第39話 雷獣
広島県のとある山中を、大江イブキの運転するSUVが走っている。隣にはもちろん碓氷雅樹が乗っている。
綺麗に舗装された道を暫く走っていたが、途中から脇道に入り道無き道を進み始めた。
綺麗な緑に囲まれた中で、ナビも見ずにイブキは車を運転している。目的地が分かっているのだろうか。
「今から会うのは広島の支配者だけどね、結構な問題児なんだよ」
キセルを片手に運転しながら、突然そんな事を言うイブキ。
「え? 問題児ですか? どんな風に?」
今のところ雅樹が知っている支配者は、イブキと小松茂しかいない。
大概小松も雑な管理者だったが、それでも問題児扱いでは無かった。
となれば一体どんな存在なのか、雅樹としては非常に気になってしまう。
「少し前に君達は戦争をしただろう? あれが理由で人間の管理を殆ど投げ出しているんだ。元々問題児だったのが、余計酷くなってね」
第2次世界大戦で広島は大きな被害を受けている。その際にも当然支配者は居た。
それまで人間の小競り合いぐらいならと、妖異達はあまり深く考えていなかった。
勝手にやっていろと思っていた者が殆どだ。しかし人間は妖異の想像を超える兵器を生み出してしまう。
核兵器により大量の死者が出て、思わぬ形で人口が激的に減少してしまった。
それ以来世界中の妖異達が、支配圏内に居る人間達に大規模な戦争と大量破壊兵器の使用を禁じた。
「確か前に言っていましたね。大変だったと」
そんな話もしていたなと、雅樹は過去の記憶を思い出す。
「そうだよ。お陰で杜撰だった管理は今じゃ滅茶苦茶さ。掟は守っているけれど、管理出来ているとはとても言えない」
戦争をする前から酷く適当だったのに、今では杜撰どころではなくザル状態。
人口なんてまともに見ておらず、生きようが死のうが知った事ではないと豪語している。
流石に他所から来た妖異が暴れれば、制裁を加えるが身内なら放置。
妖異としては珍しく、人間の幽霊が少々暴れても気にしない。
それぐらい人間の管理を投げ出している。そんな奴なのだとイブキは説明した。
「確かに問題児ですけど、少し可哀想な気も……」
理由が理由なので、完全にその支配者が悪いと雅樹は決め付けられない。
「切っ掛けは確かにそうだけど、元々凄い適当でね。近隣の支配者から文句を言われていたのさ。幽霊が隣の土地に流れるなんて、良く聞いた話さ」
イブキが以前嫌がった様に、近くで幽霊がポンポン生まれると、自分の支配圏に来てしまう可能性がある。
そして人間の幽霊は、大体が妖異のルールを知らない。結果勝手に暴れて、支配者か配下の妖異に処罰される。
本来ならそれで終了だが、管理者が適当だとそうならない。今回の事件みたいに放置される。
ここの妖異はメンツなんて気にしていない為、人間の幽霊が人を殺したぐらいどうでも良いのだ。
「そんな妖異も居るんですね」
まともに知っているのがちゃんと管理するイブキ故、雅樹にとってはある意味新鮮だった。
「前にも言ったけど、妖異は自分勝手な者が多い。好みや主張もバラバラさ」
滅びたくはないから、一応掟は守っている。ただそれだけだという妖異はどこにでも居る。
イブキにも雑な面はあるが、それでもかなりマシな方であるというのが実情だ。
ガバガバ管理の土地だと、人間の上層部は大変な苦労を強いられる。
お陰で妖異対策課の広島支部は、各支配圏の中でもトップクラスに重労働だと言われている。
問題が起きて支配者にコンタクトを取っても、どうでも良いと返って来るだけだからだ。
「そっか、だからイブキさんに」
「理解してくれたかい? 全く面倒な話だよ」
そんな状態であるからには、困ったらイブキ達会話の出来る妖異を頼るしかない。
毎回イブキと言う訳では無いが、今回は彼女に白羽の矢が立ったという事。
ちゃんと対価を支払うのなら、イブキは仕事を引き受ける。そして国はいつも対価を支払う。
上質な魂を持つ人間なら既に居るので、暫くは金品で受け取る事になる。
もしくは配下の妖異に充てがう人間か。何れにしても、雅樹が居る以上イブキに人間は要らない。
「さて、そろそろ着くよ。アイツは見境がない、私の側を離れない様に」
「わ、分かりました」
一体どんな妖異なのかと、雅樹は少し怖いなと思った。だいぶ慣れて来たと言っても、彼が遭遇した妖異はほんの一部でしかない。
イブキの様に理性的で無い妖異だって、大勢この世で生活している。
雅樹が捕食対象である以上、一定の危険が常に存在している事は変わらない。
そもそも他の人間と違い、雅樹は高級食材みたいなものだ。リスクは頭1つ抜けている。
車を停めたイブキは車外に出る。雅樹も彼女の後に続く。彼らがやって来たのは、山中の開けた場所。
自然と出来た花畑が広がっており、中心には大きな岩が埋まっていた。
イブキが大岩に向かって進むと、突然雷が落ちて来た。思わず雅樹は目を瞑る。
落雷の音で耳をやられた雅樹は、暫く音が聞こえそうに無かった。
何とか目を開けた雅樹が見たものは、人生で初めて見る生物だった。
「な、なんだ……これ……?」
見た目は1メートルぐらいの全長を持つ、大きな蜘蛛に見える。
しかし肉体には鱗がびっしりと生えており、爬虫類の様な特徴も持っている。
全体的に黒で統一されており、8つの目だけが白い。そんな存在が、紫電を纏って立っている。
「何しに来たのさイブキ。またお説教なら勘弁だよ」
どうやって蜘蛛の口で話しているのか分からないが、しっかりと言語を話している。
「クレームを言いに来たのさ。あと勝手に動くけど、文句を言うなともね」
全くお前は何度私に迷惑を掛けたら気が済むのかと、イブキは懇々と文句を続ける。
その途中から雅樹の耳も回復し、何の話をしているのか分かった。
「やっぱりお説教じゃないか。僕はもう聞きたくない。それよりその人間美味しそうだね。僕にくれない?」
なるほど問題児だなと、雅樹は納得した。自分の管理不足だというのに、何の反省もしていない。
それどころかイブキの話を遮って、雅樹を譲れと言い始めた。
「あげるわけないだろう。この子に手を出したら殺すよって、警告する為に連れて来たんだ」
そんな目的もあったのかと、雅樹は少し驚いている。確かに囮役の最中に、襲われでもしたら最悪だ。
適当な管理をしている支配者なのだ。その可能性が無いとは言えない。
「え〜ズルいなぁ、そんな美味そうな人間を捕まえてさ」
そう言って蜘蛛型の妖異は不満を漏らす。妖異にとって雅樹は魅力的な餌だ。羨ましいと思うのは仕方ない。
「そう思うなら、ちゃんと管理するんだね」
「やだよ面倒臭い」
イブキの真っ当なアドバイスを、蜘蛛型の妖異は即答で否定する。
良い食事をしたければ、それなりの環境を整えなければならない。
選りすぐりの人間を囲うタイプの妖異からすれば、当たり前としか言えない常識だ。
しかし管理が杜撰な妖異は、こうして手間を惜しむ。だから雑な管理に相応しい食事しか出来ない。
「じゃあそう言う事だから。私達の邪魔はしてくれるなよ」
「ちぇ……分かったよ」
雷が天空に向かって迸る、不思議な光景を雅樹は目にした。
再び雅樹は聴力を暫く失う。イブキの手振りを見て、雅樹は車へと戻る。
車が走り出してから、聴力が復活するのを待って雅樹はイブキへ質問した。
「あの、さっきの妖異は何ですか?」
蜘蛛の様で蜘蛛ではない、良く分からない生き物。その正体を雅樹は知りたかった。
「あれは雷獣だよ。名はイツカ。雷獣達の見た目は様々でね、オオカミや犬、タヌキ等に似ている奴も居る」
「あ、だから雷」
そういう事だよとイブキが答えた。本当に色んな妖異が居るのだと、雅樹はまた1つ知識を得た。
2人を乗せたSUVは、公道に戻り広島県内を移動する。目的地である廃村を目指して。




