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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第1章 世界の真実
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第29話 夜の廃工場④

 どうやら妖異のトラップに引っ掛かったらしい碓氷雅樹(うすいまさき)と、沢城里香(さわしろりか)の2人は地下1階まで下りて来た。

 急いで逃げて来たが、不思議と追手は来ていない。そして雅樹は気付く、誘導されたという事に。


「やられた……でもそれならもう、本命と遭遇すれば良い」


 雅樹が妖異と会ってしまえば、敷地外で控えている大江(おおえ)イブキがやって来る。

 そうなれば相手が妖異でも、何ら問題はなくなる。イブキが来るまでの間だけ、どうにか凌げば解決だ。

 しかし問題があるとすれば、どんな妖異が相手かという事。話し合いで解決するのか、それともしないのか。

 友好的な相手であれば、捕まった人々の解放を願えば良い。そんな円満解決が、果たしてあるのか。


 雅樹としてはそちらを願っていたが、既に操った人間達から襲撃を受けている。だから今も安心は出来ない。

 イブキの御守りがあっても、構わず手を出すタイプなら雅樹も危険だ。

 鉄パイプを握る手に自然と力が入る。雅樹はヘッドライトとビデオカメラを併用して、周囲の状況を探る。

 ここはメインの製造ラインのようだ。長いベルトコンベアがずっと奥まで続いている。


「あ……ここって……」


 噂を調べて内容を知っていた里香は、ここが例のベルトコンベアだと気付く。

 自殺した社長の霊が出る。機械に入れられて殺される。そんな噂がこの廃工場には流れている。

 殺された人間の血で染まるベルトコンベアは、その代表とも言える噂の1つ。


「多分……本命がここに居る。絶対、俺から離れないで下さいね」


 噂については雅樹も把握している。現状も併せて考えれば、妖異がここで待っている。

 操った人間をわざわざ使い、こうして地下に誘導した。そんな事をする理由は他にない。

 少なくとも雅樹はそう判断したし、今までで1番嫌な空気を彼は感じている。

 雅樹は妖力を感じ取れないが、危険な雰囲気を嗅ぎ取る事は出来る。


 ひしひしと感じる、イブキ達妖異が放つ異様さ。非捕食者としての勘が、雅樹の感覚を研ぎ澄ます。

 真っ暗な生産ラインには、誰もおらず無人。ホコリ臭い匂いと、冷たい空気が漂うだけ。

 ビデオカメラに映るのは、停止した複数の機械と通路だけ。肉眼で確認出来るのも同じ景色だ。

 操られた人間に襲われた時とはまた違う、不気味な雰囲気が空間を支配している。


「もう少し進みます」


「え、ええ……」


 正直な話をするなら、雅樹は今も恐怖を感じている。御守りがあって、イブキが控えていてもだ。

 大丈夫だとは思っていても、怖くない訳じゃない。弱者の側だと分かっているから、危機感はマックスだ。

 雅樹が幾ら鍛えても、妖異に勝てはしない。鉄パイプなんて振るっても、傷1つ負わせられない。


 それでも雅樹はイブキの助手として、任された仕事を進んでこなす。

 理不尽な搾取を少しでも減らせるなら。妖異達の理不尽を邪魔出来るなら。

 彼なりの反骨精神が、今の雅樹を動かす原動力。覚悟を決めた彼なりの意思。


「これ……血の匂いか?」


 かつて両親を殺された時に、嫌と言うほど嗅がされた鉄臭い匂い。

 周囲に血痕は見当たらないが、何故か匂いだけはしている。そんな変化が起きた時だ。

 急にボロボロの服を着た、女性らしき姿がビデオカメラの映像に映り込んだ。


 ボサボサの長い白髪に、あちこち汚れた和服。良く見れば老婆の様に、シワシワの肌をしている。

 明らかに普通ではないと、雅樹は即座に感じた。この老婆は間違いなく妖異だと。

 ついに遭遇し、息を飲む雅樹と里香。老婆と雅樹の目が合った瞬間、老婆は雅樹の目の前へ移動していた。


「きゃっ!?」


 里香が悲鳴を上げ、尻もちを着いた。まるで幽霊の様に一瞬で移動した事に驚いたのだろう。

 対して雅樹は、その程度で驚かない。こんな瞬間移動なんて、既に見た経験がある。

 雅樹の目の前まで来た老婆は、ジロジロと雅樹を見ている。呼吸が届く程の近さで、雅樹の姿を観察している。

 ギョロギョロと動く目が、あまりにも気持ち悪い。雅樹は老婆の行動を注視していた。


「お前、何者だ? 誰のお手つきだ?」


 幽霊とは違い、老婆は流暢な言葉で話し掛けて来た。どうやらすぐ襲わなかった理由は、雅樹が何者なのかを測りかねたからの様だ。


「あ、あんたこそ誰だよ」


 どうにか勇気を振り絞り、雅樹は老婆に問い掛けた。しかし老婆は、そんな事どうでも良かった。


「その女を置いていけ、お前は要らない」


 雅樹の持つ御守りは、イブキの妖力が込められている。妖異が見れば、雅樹が誰かの所有物だと分かる。

 しかし操っていた人間の目を通した映像からは、どうやら見えなかったのだろう。

 人間には妖異の持つ妖力を感じ取る能力がない。こうして直に見るまで、御守りの存在に気付けなかった。


「駄目だ、彼女は渡さない」


 雅樹は鉄パイプを構えて、里香と老婆の間に入る。こんなのが意味はないと、彼も分かっている。

 だけど自然と動いていた。こんなに血の匂いを漂わせた、怪しい老婆に従うつもりなど雅樹にはない。

 雅樹は気付いた、この老婆は人間を物理的に食べるタイプだと。

 纏う血生臭さは、あの日見た餓鬼とそっくりだったから。


「人間風情が邪魔を――」


 老婆が雅樹を攻撃しようとした瞬間、轟音が工場内に響く。建物が大きく揺れている。

 次の瞬間、天井に大きな穴が空いていた。真っ暗な地下に、月明かりが降り注ぐ。

 パラパラとコンクリート片が落ちて来る大穴の下には、パンツスーツ姿の女性が着地を決めていた。

 雅樹には見慣れた、美しい黒髪のポニーテール。そのシルエットだけで、誰が現れたのか一目瞭然だ。

 雅樹を守る強力な妖異。とんでもない美女でありながら、人間ではない女性。


「良くやってくれたね雅樹。君はやはり良い囮になるね」


「ケホッ! ケホッ! イブキさん……もうちょっと大人しい突入は出来ませんでした?」


 舞い上がったホコリと、落ちて来る砕かれたコンクリートの粉。そのせいで雅樹は咳き込んでいる。

 あまりにも大胆で直接的な登場は、流石に雅樹も予想していない。

 もう少し穏便な突入を想像していた。これはこれでイブキらしいと言えなくもないが。


「この方が早いだろう? それで、引いたのは山姥か。四国じゃあ珍しくもない妖異だねぇ」


 人間の歴史上では、安土桃山時代から噂される様になった有名な妖怪。

 老婆の姿をした、人食いの恐ろしい化け物。実際にはもっと大昔から存在している種族だ。

 西欧における魔女に近い存在で、見た目は人間に近いが中身は全くの別物。

 山や森の中に隠れ家を持ち、牛や馬を始め人間をも喰らう妖異である。


「大江イブキ……貴様……私の邪魔をする気か」


 山姥がイブキを警戒している。妖異の中でもかなりの強者であり、知らない者は殆ど居ない有名な妖異だ。

 人間と妖異の調停者らしき活動をしているが、それは人間から見た場合の話。

 普通の妖異から見れば、掟を守れと煩く言って来る面倒な相手だ。

 山姥の立場からすれば、地上げ屋やみかじめ料を徴収に来たヤクザと変わらない。


「邪魔も何も、随分やったねぇ?」


 人間よりも遥かに優秀な嗅覚を持つイブキは、ここで起きていた事がすぐに分かる。


「人間を喰らうぐらい構わないだろう。貴様には関係ない」


 早く出て行けと言わんばかりに、山姥はイブキを煙たがる。まるで何か、知られたくない事があるかの様に。

 隠し事をしているのか、冷や汗が山姥の額を流れる。そしてイブキが、山姥の隠し事を見抜けない筈もない。


「お前、()()()()? 最大の禁忌を」


 いつも気怠げにしているイブキが、真剣な表情で山姥を見ている。

 鋭い視線が山姥へと向けられ、これまで以上に冷たい空気が漂い始めた。

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