第21話 新たな依頼者
もう少し先を書いていて、第5話における一部の表現が気になったので修正しています。
イブキが人間を守る役目を持っている→あくまで抑止力としての存在。という感じに修正しました。
言うほど積極的に守っていないので、表現としてはこっちかなと。
大江イブキの運営する大江探偵事務所にて、今日も碓氷雅樹は助手として雑用をしている。
平日の夕方、夕日に照らされた室内では、平穏な時間が流れている。
いつもの様にイブキが手に持つキセルからは、モクモクと紫煙が昇っている。
雅樹の使う掃除機の音が、事務所内に響く。最新式のサイクロン掃除機は、立てる音がとても小さい。
彼は上機嫌で掃除機をかけている。クラスメイト達が話しかけてくれる様になり、可愛らしい先輩とも良く話す様になった。
高校生らしい青春の日々を、十分満喫していると言えよう。
「やはり充実している人間は違うね。今日も君は実に美味しそうだ」
ポニーテールを揺らしながら、人形の様に整った美しさを持つ鬼が、妖しく目を紅く輝かせながら雅樹を見ている。
「い、今ですか? まだ掃除中なんですけど――」
「別に良いじゃないか、少しぐらいさ」
スッとデスクから立ち上がったイブキが、素早く雅樹に近付く。
美しい指が雅樹の頬を這い、イブキから漂う妖艶な色気が雅樹を刺激する。
やはり何か違うなと、雅樹は内心で思う。他の妖異達とイブキは、喰らおうとする時の雰囲気が違う。
これまでに見た他の妖異は、ハッキリ言って下品だった。しかしイブキは、とても上品だ。
どちらも欲があるのは感じる。ただ具体的に何が違うのかまでは、雅樹にも分からないが。
「あ、あのぉ…………お邪魔、でしたか?」
どこか甘い雰囲気を見せる2人とは、違う人物の声が発せられた。
探偵事務所の入口に、若い女性が立っている。恐らく年齢は雅樹とそう大差なさそうだ。
首元まである黒髪をボブカットにした、ごく普通の少女である。
背丈も普通で体型だって特に目立った所はない。制服ではなく私服で、高校生かは分からない。
見た目より大人びた中学生かも知れないし、幼く見える大学生の可能性だってある。
青い落ち着いた花柄のワンピースを着ているからか、どうとでも受け取る事が出来る。
「おや失礼、ご依頼の相談かな?」
「え、えっと、はい」
自然な動作で雅樹から離れたイブキは、客人を来客用のソファに案内する。
今回は若い女性なので、イブキは紅茶の用意を雅樹に指示した。
感情を喰われる目前で、中途半端に終わり雅樹の顔は少し赤い。同年代ぐらいの女子に見られた羞恥もある。
しかし大部分はやはり、イブキの色気に当てられた結果だ。いつもはすぐ吸われてしまうから、スッと消えてしまう感情。
だが今はしっかりと残っており、雅樹としてはとても複雑な気分だ。
相手が鬼と分かっていても、見た目が妖艶な大人の女性である事は変わらない。
思春期の高校生にとっては、あまりにも強烈な刺激でしかない。
(ああもう、落ち着かないな)
ティーポットに茶葉を入れようとする雅樹は、跳ね上がった心拍数に悩まされている。
イブキによる捕食行為は、雅樹の感情を激しく揺さぶる。強く性を意識させられる。
雅樹は冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出し、気持ちを落ち着ける為にコップ一杯分を一気に飲んだ。
冷たい液体が喉を通り、火照った体を冷ましていく。多少なりとも落ち着けた雅樹は、ティーセットを持ってキッチンを出る。
「姉を探して欲しいんです。警察にもお願いしましたが、何度捜索しても見つからなくて……」
「なるほど。もう少し詳しくお願い出来るかな?」
雅樹が事務所に戻ると、ソファに座った2人が依頼に関する話が進んでいた。
どうやら依頼に来た女の子は、3ヶ月前から行方不明になっている姉を探して欲しいそうだ。
彼女は高校2年生で、沢城里香という。姉は20歳のフリーターで、沢城真希という名前らしい。
2人は岡山の平凡な家庭で暮らしており、両親の収入はごく普通だ。
特別な何かを出来るわけでもなく、警察が駄目ならどうしようもない。
インターネットでイブキの事を知った里香は、縋る思いで京都まで来たのだという。
「両親は探偵なんて当てにならないと言って、まともに聞いてくれなくて……それで、その……」
大した額は払えない。彼女が暗に言いたい事はお金の話だ。
ただの高校生に過ぎない身で、行方不明者の捜索に相応しい額は用意出来ない。
それでも誰かを頼りたくて、霊能探偵と呼ばれている人を頼った。
普通ならそんな噂は信じない。しかしこうして他に頼る者が居ない人間は、こうしてイブキの下へやって来る。
「何か姉の居場所に思い当たる場所は?」
「は、廃工場です! 徳島県の! こんな風に、姉は友人達と配信をしていて、この日から行方不明なんです!」
里香がスマートフォンを取り出し、予め見せる気だったらしい動画を再生する。
少々ヤンチャな青年達と、若い女性のグループで真夜中の廃工場を探索している。
どうやら心霊スポットらしい事が、映像の中で語られている。
何人もの行方不明者が居るらしく、誰も帰って来ていないとの噂だ。
「この赤髪の人が私の姉なんです。でもこの配信で3階建ての建物に入った所から、映像が途切れていて……それ以降は分かりません」
それまで問題なく流れていた映像が、ある所を境にノイズが流れて暗転した。
「今のところは、ここが1番怪しいんだね?」
「はい……そうです」
イブキが何度か動画を見直し、少し考えた様子を見せる。数秒の沈黙が流れ、イブキが回答を出した。
「良いよ、受けよう」
「本当ですか!?」
相手にされないと思っていた里香は、あっさり承諾されて大層驚いた。
それからイブキはいつもの流れで契約を交わし、廃工場へ捜索に行く日時を決定した。
報酬の件については、里香も首を傾げていたが。完全後払いで、相応しいと思う額を払えというのだから。
ともあれ依頼は成立し、里香は事務所を出て帰って行った。
「また幽霊ですか?」
人気の無い廃工場で、何人もの行方不明者が出ている。その情報から雅樹は予想した。
「幽霊の線は薄いよ。雅樹、覚えているかな? 幽霊になる条件を」
そう問われて雅樹は思い出す。幽霊になる条件は、人間の場合だと強い感情を抱く事。
動物なら妖異の因子を自ら発生させた場合。どちらも霊魂が幽霊へと進化すると生まれる。
「霊魂とは謂わば思念体だ。実体を持たない死んだ魂。この状態ではまだ妖異じゃない。霊魂が存在を維持出来ず、更に薄まると残留思念へと変わる」
「な、なるほど」
以前よりも詳しい説明が追加され、雅樹はより幽霊に関して詳しくなっていく。
「その逆、より濃くなった存在が幽霊だ。妖異としての格を得た状態。ただそうなるには、1つの条件がある」
幽霊へと至るには、ただ1つの霊魂だけでは難しい。それだけでは足りていない。
「あ、死の多い場所」
「そういう事だよ」
霊魂が複数集まった場所で、強い感情を抱く。もしくは妖異の因子を生成する。
それによって霊魂から幽霊へと至り、周囲の霊魂を吸収して成長する。
吸収する霊魂が多ければ多い程、より早く力を得ていく。前回の花山総合病院の件がまさにそう。
「厳密に言えば1つの霊魂だけで、幽霊になれない訳じゃない。ただ吸収する物がないと、すぐに消滅するだけで」
妖異は通常の生命より、高い次元にいる生命体である。それ故に進化するには相応のエネルギーを消費する。
長く生きた妖異なら、十分なストックを持っている。しかし幽霊になったばかりでは余裕がない。
だから他の霊魂を吸収して、先ずは存在を補強する。妖異として存続出来るだけのエネルギーを集める。
そこから更に人間でも喰らえば、より力を得た幽霊へと成長出来る。
「だから廃工場なんて場所で、幽霊が生まれる可能性は低いのさ。よほど自殺や事故死が起きていない限りね」
「なら今回は……」
イブキの説明が真実であるなら、幽霊ではない。妖異としては最も弱い、人間の幽霊とは別の存在。
「もし何か居るならそれは……あやかし、物の怪、異なる者。私の様な、根っからの妖異だろうね」
次の相手は生まれついた妖異。イブキの様な圧倒的強者。今度の依頼は大変かも知れない。
雅樹は無意識に、首から下げた御守りを握っていた。




