第19話 愚かな配信者達 前編
とある街外れの廃工場に、数名の若者達が集まっている。その廃工場は心霊スポットとして有名な場所。
借金を苦に自殺した社長の幽霊が出るとか、異形の化け物が出る等と噂になっている。
良くある怪談話の1つだが、行方不明者が出ているのも事実だ。
噂を確かめに入った若者達が、この廃工場を訪れて以来消息を絶っている。そんな話がネット上に転がっている。
長年放置されたその廃工場は、砂埃が溜まっており染み付いた機械油の匂いと合わさり鼻につく。
人気の無いだだっ広い敷地内は、真夜中の静けさに包まれていた。つい先程までは。
「というわけで俺達、例の廃工場に来ちゃってま〜す!」
スマートフォンに向かって、逆立てた金髪の男性が話し掛けている。
派手なアロハシャツに、真っ赤なハーフパンツ。ジャラジャラとアクセサリーを身に着けた軽薄そうな男だ。
「いえーい! 皆元気〜?」
隣に居るのは同じく首まである長い髪を、金髪に染めた如何にもギャル風の若い女性だ。
化粧は濃くカラーコンタクトを入れている。ヘソ出しの丈が短い赤のTシャツに、ホットパンツと露出が多い。
男遊びをしていそうと思われても、文句を言えない格好と見た目をしている。
話し方もあまり頭が良さそうには見えず、上品さは欠片も感じられない。
「フゥ〜〜〜!!」
坊主頭のヤンチャそうな男性が、彼らの後ろから画面に映り込んだ。
他に居るのも似たような外見の若者達で、一昔前ならカラーギャング等と呼ばれていた存在だ。
全員が赤色を含む衣服を纏っている。恐らく彼らの象徴がこの色なのだろう。
どうやら彼らは配信をしているらしく、スマートフォンを使って現在の状況をネットに発信している。
今の時代はスマートフォンが1台あれば、誰でも配信が出来る時代。
彼らがそういう事をしていても、何もおかしい事ではない。きっと観ているのも、彼らの様な若者達だろう。
「今回も心霊スポットの真実を俺らが暴いてやるから、最後まで楽しんで行ってくれよ!」
どうやらリーダー格らしい金髪の男性が、そのような挨拶をしていく。所謂オープニングトークというものだ。
彼らはどうやら、心霊スポットでの配信を得意としているらしい。
幽霊なんて居るわけがないという態度で、恐れる事なくどんどん廃工場に入って行く。
この工場は町工場の様な小規模な工場ではなく、そこそこの規模を誇る車両部品を作っていた工場だ。
敷地は結構な規模を誇り、全て見て回るにはそれなりの時間が掛かるだろう。
だがそんな事を彼らは気にしていない。ノリと勢いだけで生きている。
今回もこれまでの配信で行なって来た様に、どうせ噂だけの心霊スポットだと思っている。
「オラッ!」
若者達の1人が、地面を転がっていた空き缶を蹴る。割れた窓ガラスに吸い込まれ、建物の中に飛び込んだ。
「ナイッシュー!」
「ギャハハハ!」
良く言えば明るい。一般人からすれば品がない。悪く言うなら騒がしい。
そんな彼らは、夜の1時を回っているのに元気なものだ。これが街中なら通報されているだろう。
バカ騒ぎを繰り広げながら、彼らは廃工場を進んで行く。大きな倉庫を見つけた彼らは、中に入ろうとする。
「なあ誰か、このドア開けれねぇ?」
リーダーらしい金髪の彼が、閉じたシャッターの横にある鍵の掛かったドアを指さして言う。
「私に任せて」
真っ赤な髪をしたショートカットの女性が、ヘアピンを手にスチール製のドアに近付く。
2本のヘアピンを鍵穴に差し込み、器用に指先を動かして行く。
1分ぐらい経っただろうか、カチャリと音が鳴り、ドアが開いて中へ入れる様になった。
「流石はマキだな。良し行くぞお前ら!」
リーダーに従い10人の若者達が、倉庫に突入していく。電気が来ていないので、彼らは懐中電灯やスマートフォンのライトで室内を照らす。
そこには放置されたドラム缶や、古びた資材などが棚や床に並んでいた。
全体的にゴチャゴチャとした印象を受ける。薄暗いせいで、少々不気味だが彼らは気にしていない。
「何か売れそうなものねぇかな?」
若者の1人が倉庫内の物色を始めた。勝手に物を持って出たら窃盗だが、誰も注意しようとない。
各々が中にあるものを勝手に動かしたり、箱を開けたりしている。
心霊スポットの筈だが、彼らの行動の方が少し怖いぐらいだ。遵法精神が薄いらしい。
必要ないと思った物を、勝手に投げ捨てて壊していた。器物損壊も追加された。
最初から不法侵入もあるので、十分に逮捕される理由になる。こんな調子で配信をして大丈夫なのだろうか?
犯罪行為を平気でインターネットにアップする若者は、いつになっても後を絶たない。
彼らは全く気にせず、好き放題を続けている。特に目を引く物も無かったからか、彼らは倉庫を出て移動を開始。
「じゃあそろそろ、本命の工場に行ってみようか!」
この廃工場にまつわる噂は、人を喰らうベルトコンベアだとか、今も生きている社長の幽霊等だ。
敷地の外側から近い位置にある今の倉庫よりも、更に奥へと進んだ先にある生産ライン。
それこそがこの怪談話における主役。噂の中心となっている場所だ。
曰く幽霊に捕まった者は、夜な夜な動く機械へ入れられ肉塊にされる。
そんな風に言われており、本当かどうかは分からないが、行方不明になった者達は全員そこで消息を絶った。
若者達は奥へと進み、噂の中心となっている生産ラインのある建物までやって来た。
3階建ての大きな建物で、探索には結構骨が折れそうだ。一般的な高校の校舎より、1回りは確実に大きい。
おまけに中は機械が沢山あるだろう。迷路の様になっている可能性もある。
建物の構造を何も知らない彼らが、スムーズに見て回れるかは怪しいところだ。
「行くぞお前ら!」
入口となっている両開きのドアは、特に施錠されていなかった。倉庫の時と違いあっさり開いた。
そんな事があり得るのかと、疑う者はここに居ない。軽率に彼らは中へと侵入していく。
まるで誰かが来るのを待っていたかの様に、若者達を招き入れている。
「お〜結構広いな」
リーダーの男性が建物の中をカメラに映して行く。受付らしきカウンター、従業員のロッカールームなど。
まだ入口だからか、機械の類はまだ見られない。正面にある広い廊下の向こうまで、暗闇が続いている。
地下へ降りる階段と、上の階に行く為の螺旋階段が、少し離れた位置に見えている。
「こりゃあどっから回るかなぁ〜お前はどう思う?」
ずっと隣に居る金髪の女性に、リーダーの男性は問いかけた。
2人は恋人関係にあるのだろうか? 最初からずっと妙に距離感が近い。
「え〜? じゃあ上からにしよーよ」
「分かった。お前ら、上から行くぞ!」
彼らは螺旋階段を上がって行き、先ずは3階へと向かって行く。
奥に進むと幾つかの機械と、段ボール等が置かれた広い部屋に出た。
恐らく3階ではパッケージングをしていたのだろう。完成品を乗せる為の、プラ製パレットが幾つか残っていた。
パレットを移動させる為の小型フォークリフトには、起動用の鍵が刺さっていない。
仮にあったとしても、既にバッテリーの充電は切れてしまっているだろう。
僅かに差し込む月明かりで照らされた室内は、薄暗くてジメジメとしていた。
もしここに碓氷雅樹が居たならば、嫌な雰囲気に気付く事が出来ただろう。
しかしここに居る若者達は、漂う冷たい何かを感じ取る能力は無かった。
彼らは雅樹の様に、妖異という存在を知らない。差し迫る危機に、全く気付いていない。
既に仕掛けられた罠に、嵌った事を理解していない。彼らは能天気に、配信を続けて行く。




