第18話 雅樹の学園生活 後編
「碓氷、雅樹君て言うんやんな? ありがとうな、私は2年C組の永野梓美」
彼女は派手なギャル系の女子だが、かなり可愛い部類に入るだろう。
鼻梁の通った顔、丸みを帯びた女性らしい輪郭。形の良い唇に、パッチリ二重の大きな瞳。
着崩した制服が、妙に似合っている。下品という感想は浮かばない。
出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。スタイルもかなり良さそうだ。
雅樹の感想としては、流石にイブキさんには及ばないが、かなり綺麗な先輩という所。
「あ、はい。俺は1年A組なんで、後輩になりますね」
「ホンマ助かったわぁ。変なのに絡まれるて最悪やってん」
派手な服装をしていたり、露出の多い格好をしたりすると変な男に絡まれる。
誘っているのだと、身勝手な勘違いをして。確かに下品過ぎる格好はどうかと雅樹も思う。
ただ目の前に居る1つ上の先輩が、下品かと言うとそうではない。
少々スカートの丈が短い気もするが、これぐらいはファッションの範疇だろうと雅樹は判断した。
ただ遊んで居そうと思われる見た目であるのは確かだ。本当にそうなのかはともかく。
「いやでも、助けたのは結局警察官ですし……」
雅樹が助けに入らなくても、警察官が来て解決しただろう。自分の功績ではないと彼は考えている。
「それでもやん、助けに入ってくれたんは事実やろ?」
「そうですけど、見捨てるのが嫌だっただけですし」
助けたかったというよりは、駄目な大人を立て続けに見てうんざりしたというだけ。
ここで見捨てたら、彼らの同類になる様な気がした。ただそれだけの理由しかない。
いじめを見て見ぬフリをするのは、いじめているのと同じ。それと似たような感覚だった。
雅樹にとっては本当にそれだけ。目の前に居る先輩には、あまり興味が無かった。
「エライ正直やなぁ、おもろい子やね」
ここで格好をつけておけば、綺麗な先輩とお近付きになれる。大体の男子なら、多少なりとも思う筈。
しかし雅樹は特にそんな素振りを見せず、ストレートに本音を話した。
それが梓美にとっては新鮮だったらしく、雅樹に興味を持ったらしい。
容姿に優れた梓美は、下心を向けられる事が多い。なのに雅樹からは全く感じない。
普段から美の完成形を見ているので、価値観が壊れてしまっているだけなのだが。
雅樹はまともに人間と恋愛が出来るのか、少し怪しくなりつつある。
それも含めての囲い込みだと言うのなら、イブキはかなり用意周到に雅樹を染めている。
染められたのか染まりに行ったのかは、現時点では何とも言えない。
「まあエエわ、このお礼はするしな。ホンマにありがとうね!」
笑顔で手を振りながら、梓美は走り去って行った。見た目のイメージよりも、真面目な人なのかなと雅樹は思った。
そんな出来事があった翌日、雅樹はいつも通り登校して自分の席に鞄を置く。
10分もあれば学校に着くので、雅樹の朝は時間的に結構余裕がある。
余裕はあるが、大体イブキに美味しく頂かれた後でもある。複雑な気分での登校はもはや日課だ。
授業が始まる20分前に、雅樹は学校へ来る様にしている。今日も時間通りの到着だ。
部活絡みで既に登校していた相葉涼太と、いつもの様に雑談を始める。
それが雅樹にとってのルーティーンで、この後に朝練終わりの井本深雪が追加で参加する事になる。
いつも通りならそうなる筈だった。しかし今日は微妙に違っていた。
井本深雪が教室に来るのは、HR開始の10分前だ。そのタイミングで、1年A組に来客があった。
「な、なあ、碓氷! 先輩がお前を呼んでんで」
教室の後ろ側、ドアの近くに居た生徒が雅樹を呼んでいる。その生徒はかなり驚いた様子を見せている。
「俺に? 先輩って、まさか……」
その情報から思い当たる人物は、1人しかいない。だって雅樹が知っている先輩は彼女だけ。
急いで雅樹がドアまで行くと、やはり待っていたのは派手な見た目のギャル。
美少女という言葉がピッタリの、可愛らしい先輩がそこには居た。
「雅樹君、昨日のお礼に来たんや。ハイこれ、良かったら食べて。私、料理得意やねん」
梓美が渡して来た物は、手作りっぽいクッキーだった。可愛らしい袋に入った、掌サイズのクッキー達。
雅樹は知らなかったが、永野梓美は学園内で有名な人物である。モデルかと思う程に、美しい外見。
人当たりの良い性格と、可愛らしい仕草。学園のマドンナとして、男子から支持されている人気者。
だから雅樹を呼んだ生徒は驚いていたし、クラス中の男子達が聞き耳を立てている。
「いやでも、あの程度でそんな……」
「私の作ったものはいらん?」
そう言われると雅樹は、断る方が難しくなる。悪い事をしているみたいで、素直に受け取るしかない。
「いえ、そうじゃなくて。永野先輩に、手間を掛けさせたかなと……」
雅樹としては、そんな大層な事をしたつもりがない。そこにわざわざ手作りなんてと、そう思っただけだ。
これが既製品であったなら、そこまでの事は思わない。多少気は遣うけれども。
「梓美でエエよ、仲良い子は皆そう呼ぶから」
結構距離感が近い人だなと、雅樹は思った。そう言えばイブキさんもそうだったなとも。
綺麗なお姉さんは皆そうなのかなと、ややズレた感想を抱く雅樹。
それはそれとして、雅樹はクッキーを受け取った。イブキとはまた違ったタイプの女性から、手作りの食べ物を貰う事になった。
「今度感想を聞かせてな!」
「え、あ、はい。分かりました」
そのまま一言二言を交わして、梓美は2年生の校舎へと帰って行った。
雅樹が廊下から教室へ戻ると、待って居たのは男子生徒の群。涼太を中心に、雅樹を待っていた。
「碓氷、これはどう言う事だ? 説明を求める」
涼太の発言に、集まった男子全員が頷いている。どう言う事だと言われても、雅樹だって良く分かっていない。
たまたま偶然、昨日ナンパされていた所へ介入しただけ。そうとしか説明出来ない。
「なるほど分かった…………だがしかし! お前だけズルいぞ!」
「いや何言ってんの!?」
またしても涼太の発言に、周囲の男子達が同調している。そして雅樹は困惑している。
「この辺りで有名な美女と暮らしながら、永野先輩からクッキーを貰う! こんな横暴が許されても良いのか!」
そうだそうだと、男子達が賛同する。そんな事を言われても、雅樹にはどうしようもない。
「そんな大袈裟な……今のは偶然だよ」
大体イブキとの生活は、色々と大変で良い事ばかりではない。
常識や認識をぶち壊される事ばかりで、悩まされる頻度はかなり高い。
キスをされるというサービスこそあるが、自分が喰われるという事実は変わりない。
あくまでも餌として、同居しているだけでしかない。だがそんな真実は話せないし、話した所で誰も信じない。
ちょっとした騒ぎになりかけた所で、強制的に雅樹を糾弾する会は終了させられる。
「男子、五月蝿い!」
井本深雪を初めとした、体育会系の女子達に涼太達は怒られた。涼太は深雪の鉄拳制裁により、床へ転がされていた。
朝練で疲れている彼女達からすれば、下らない事で騒がれてもイライラするだけだ。
怒れる女子代表の深雪が、集まった男子達をバッサリと切り捨てる。
「碓氷君ならモテても不思議じゃないでしょうが! いちいち僻むな!」
雅樹はど田舎出身だから、自分の容姿がどの程度か良く分かっていなかった。
周囲との差はそう大きくなく、普通だと思っていた。しかし実際の所で言うと、結構整った容姿をしている。
背丈も十分に高く、体格も良いし爽やかな空気を纏っている。
雅樹が周囲とあまり馴染め無かったのは、そこにも理由がある。
悲劇に見舞われた儚げで容姿の整った男子。どうしても同性は距離感を測りかねる。
だが今回の騒動で、意外と話せる奴かも知れないと、男子達の判断は変わって行った。
以降は頻繁に梓美が雅樹の元を訪れる様になり、彼らは綺麗な先輩を拝む事が出来る。
何だかんだ言っても、彼らは結構単純だった。そうして雅樹の学校生活は、少しずつ潤い始めた。




