第13話 院内の調査報告
二手に分かれた大江イブキと碓氷雅樹は、お互いの調査を終わらせて合流した。
雅樹が聞いて回った幽霊の外見は、概ね黒髪の若い女性であるという内容だった。
長い髪をだらりと垂らし、髪の隙間からこっちをジッと見ている。そして何かを呟くと消えてしまう。
幽霊を見たと証言する人々は、共通してこの様に話していた。たまに誇張表現らしき内容も含まれたが。
「……なるほどね。どうやら間違いなさそうだ」
イブキは雅樹の報告を聞き、自身の持つ情報と合わせて何かを確信していた。
「解決しそうですか?」
「そうだね。彼女がやらかして居なければ、という前提がつくけど。まあそれは良い、暗くなる前に夕飯を食べに行こうか」
イブキは受付で内線を借り、花山の下へ19時に報告へ向かうと伝えた。それまで院長室から出ない様にとも。
「近くに美味しいラーメン屋があるらしいんだ。そこでササッ済ませよう」
「分かりました」
雑食だと言っていたけど、本当に何でも食べるのだなと雅樹は思った。昼間も焼肉を食べていたしなぁと。
その雅樹とて食べ盛りの高校生だ。まだ18時前だが、ラーメンぐらいペロリと食べられる。
イブキと共にいる事で、雅樹は美味しい食事が楽しめている。思う所はあれど、メリットはある。
雅樹はイブキに連れられてラーメン屋に行き、人気のラーメンとチャーハンを食べた。
依頼主への調査報告は、雅樹にとって初めての事。戦の前ではないものの、腹拵えは十分だ。
「よし、じゃあ行こうか」
早めに来店しても、並んでいたので時間的には19時前。花山と約束した時間までもうすぐだ。
席を立つイブキに続いて、雅樹もその背中をおいかける。手早く会計を済ませたイブキは、雅樹を連れて再び花山総合病院へ。
「調査結果の報告をしたら、その後はどうするんです?」
雅樹がこれからの流れを確認する。朝からイブキの仕事を手伝った雅樹は、何となくイブキの仕事を理解した。
ただ解決編についてはまだ何も知らなかった。探偵漫画の様に、淡々と推理を話すのではないと予測はつくが。
「その後は私が幽霊を探して直接話すよ。その間、雅樹は花山が部屋から出ないように、見ていてくれるかな?」
「はぁ、それだけで良いんですか?」
「今回の相手は、コソコソと動いていないからね。君を連れ歩かずとも見つかるだろう」
イブキがそう言うのなら、従っておこうと雅樹は考えた。どうせ着いて行っても、専門的な事は分からない。
それにイブキはどうやら、花山院長が動かない事を望んでいる。なら誰かが見ておく必要があるだろう。
自分は幽霊と交渉なんて出来ないし、お祓いだってやった事がない。戦うなんて論外だ。
適材適所という言葉がある様に、自分が出来る事をやろうと雅樹は前向きに捉えた。
時間通りにイブキと雅樹は再び院長室を訪れ、これまでの調査で分かった事を報告する。
幽霊は確実に発生しており、院内を徘徊しているものと思われる。
目的も大体把握済みで、1人は現在休んでいる医師。そしてもう1人は目の前に居る。
「貴方ですよ、花山院長。彼女の目的は貴方です」
イブキの説明を聞いていた花山一正は、ポカンとした表情をしている。
「ま、待て待て。なんやそれ? 幽霊が居て、狙いがワシや言うんか? どんな冗談やそれは」
幽霊なんて信じていなかった花山は、イブキがふざけていると思っている。
だがしかし、イブキは冗談など言っていない。既に出ている被害についても、イブキは把握している。
胸ポケットから取り出したスマートフォンを操作し、花山にとある記事を見せた。
「高木康弘、38歳。この病院に勤める医師で、彼女のターゲットでした。今朝死亡が確認されましたが」
特に事件性も無かったからか、記事になったのはつい先程の話。
イブキが見せたインターネットニュースには、確かに今説明した通りの内容が書かれている。
「まだご家族から連絡が無いのであれば、そろそろ来るのでは?」
イブキがそう伝えた矢先、花山のデスクに置かれた電話が鳴る。
まさかと思いつつも、花山は受話器を取った。花山の耳に入ったのは今イブキが説明した通り。
被害者の家族から来た、高木の死亡連絡について。つまりこれで、捏造記事の類ではないと確定した。
「お分かり頂けましたか?」
先程までとは打って変わり、花山の表情は強張っていた。しかしやはり、幽霊を信じる事は出来ていない。
「な、なんやねんコレ! 幽霊て、そんなん言われてもやな――」
「落ち着いて下さい。私が今夜中に解決しますから。ここを動かないで下さいね」
混乱する花山は、ブツブツと何かを呟いている。そうでもしないと、現状を受け入れられないのだろう。
つい先程まで、幽霊なんて居ないと思っていた。なのに実在した上に、自分が狙われている。
おまけに狙われたもう1人は、既に亡くなった後だ。こんな話を急に受け入れる花山ではない。
「それでは今から捜索に入りますので。雅樹、院長を頼むよ。御守りより強い効果がある護符を、入り口に貼って行くから」
「分かりました」
イブキは雅樹にそう指示を出すと、ツカツカと院長室を出て行った。
室内に残されたのは、混乱する花山と雅樹の2人だけ。花山の気持ちが分かる雅樹は、彼に同情していた。
そして同時に、狙われていると言う事が引っ掛かった。今回の幽霊は、強い怨恨の念がある。
しかもどうやら、既に1人死んでいるという。ならばそれ相応の何かを、目の前に居る男性がやったという事。
社会経験が豊富であれば、受け流しておくべき所。だが雅樹は高校1年生になったばかり。
大人の対応なんて出来ないし、興味が赴くままに花山へと問うた。
「何か恨まれる様な事をしたんですか?」
ストレートな未成年の興味本位が、花山へと向けられる。そしてそれは、花山にとってクリティカルは話題。
「な、なんや自分、失礼なやっちゃな! ある筈ないやろそんなもん!」
「は、はぁ。そうですか」
幽霊なんて存在に、自分が恨まれている。もしそれが事実であるなら、思い当たる節はある。
だが幽霊なんてものが、本当に居るとは思いたくない。もしそうなら、これまでの行いに複数の問題を抱えている。
そんな事があっては困る。花山の脳内を様々な思考が渦巻いている。
人間は追い込まれた時ほど、本人の本性が表れる。そして花山は、あまり善い人間とは言えない。
花山はこれまで、隠蔽して来た不正や医療ミスが多々あるのだ。
だからこそ、現状を信じたくない。幽霊なんて存在を、認めたくないと考える。
「なんやねん幽霊て、そんなん居てたまるか」
結果数々の発覚を恐れるあまり、都合の良い事ばかり考えてしまう。
部下の死はただの偶然で、イブキが言っているのは状況を利用したペテンなのだと。
こうやって、詐欺紛いの悪徳商法で稼いでいるのだと考えていく。
確かにその様な手法で、お金を騙し取るスピリチュアルな詐欺行為は存在する。
所謂霊感商法と呼ばれる様な、悪徳な商いだ。そんな実例があるだけに、花山はそう思い込む。
「危ない危ない、引っ掛かるとこやったわ。…………はぁ、ちょっとションベンして来るわ」
「ちょっ!? 駄目ですって! イブキさんの説明、聞いてましたよね!」
いきなり落ち着いたかと思えば、外に出ようとする花山に雅樹が待ったをかける。
しかし自分の勘違いを信じた花山は、全く取り合おうとはしなかった。
「自分なぁ、見た感じ高校生やろ? その歳にもなって、幽霊やなんや言うてたらアカンで」
「ちょっと! ああもう!」
妖異の実在を知る雅樹は、イブキの説明が全て真実だと知っている。
しかし妖異の実在を勝手に話して良いものか、雅樹はすぐに判断が出来なかった。
大体この様子なら、話した所で信じてくれそうもない。かと言って放置は出来ないので、雅樹は部屋を出る花山を追い掛けた。
出るなよ! 絶対出るなよ!




