第126話 成果を急ぐ男
森山隆司は功を焦っていた。自身の研究の正しさを証明する為に。自分の名誉を取り返す為に。どれだけ人の道を外れようとも。
彼を突き動かすのは、研究者としての栄光を得たいという欲求。始まりはただの探求心だったが、今では歪に変質してしまっている。
かつてはDNAの研究を通じて、人の未来をより素晴らしい物にしようとしていた。癌の治療や老化細胞の克服など。
様々な問題を解決する為の、新しい技術の確立を目指していた。その頃の彼は輝いていただろう。しかし今は、狂気に染まりつつあった。
「順平君、数値はどうかね?」
隆司は助手の荻野順平へ経過を尋ねる。彼らは今、ラボで研究を続けている真っ最中だ。彼が今行っているのは、新しい生物兵器の開発。
昔持っていた理想とは真逆の、人を殺す為の道具を作っていた。目指したものとは、随分と変わってしまっている。
だが彼の中では変わっていないつもりだ。出来上がる成果が同じであるなら、自分の理論は正しかったと証明出来る。そう思っているのだ。
彼は最初、ニシオンデンザメの研究に熱を上げていた。ほぼ不老と言っても良いニシオンデンザメを通じて、人類の不老を実現しようとしていた。
事実現在では、人間の健康寿命が120歳まで伸びると見られている。それどころか、250年の時代が来るとまで言われている。
それらの研究をしていた筈の彼が、こうなってしまったのは皮肉な話だ。道を踏み外してしまったのは、人間の業だとでもいうのだろうか。
「順調ですよ。まさかこんないあっさり上手く行くなんて。流石は森山博士ですね」
「なぁにたまたまさ。偶然の産物、いや神のお告げかな」
彼らの足下にあるプールでは、異形のサメが計器へと続くケーブル類で繋がれている。麻酔で眠らせている間に、健康状態を図っているのだ。
隆司が作った生物兵器、γ-1stと呼称されている実験体。顔だけみれば普通のオオメジロザメだが、全体を見ると明らかにおかしい。
本来頭足類が持つ筈の、触腕が体から生えているのだ。生えているのは8本の白い腕。先端には鋭い鉤爪がついている。
どう見ても自然に生まれた生命とは思えず、明らかに科学の手が加わっている。ただそうだとしても、このような生物が作れてしまうのはおかしい。
「そうだとしても、これまでで一番出来が良いですよ」
「まだ運用試験が済んでいない。断言するのはまだ早いさ」
そうは言いながらも、隆司は成果に満足している。これで自分の研究を、また一歩先に進める事が出来たと。表情はとても明るい。
彼が先日得た論文を元に、自分の研究を合わせて生み出したのがこの実験体だ。全く別の生命を、かけ合わせるという研究。
本当ならニシオンデンザメのDNA情報を人体へと組み込み、不老を実現しようとしていた筈だった。しかし作り上げたのは、異形の怪物。
他国へ売り捌く為の、ただの生物兵器だ。隆司は自分の生み出した異形が、何を成そうが興味はない。何人犠牲になろうがどうでも良い。
ただ次の研究へ活かす為、データの収集を続けるだけだ。次はもっと別の生き物で、試してみようと考えている。
(あの論文には助けられた。イカの触腕を、別の生命に生やすとはな)
隆司が受け取った論文には、研究で行き詰っていた部分を解消する為の答えが載っていた。別種の生き物に、悪影響なくイカのDNAを混ぜる技術だ。
後はこれまでの生物兵器を作成して来た過程で得た、知能の向上と成長の促進を合わせれば完成まではあっという間だ。
彼が行き詰っていたのは、作った生命に悪影響を与えないという部分だった。今まではどうしても、欠点とも言うべき部分が消せなかった。
短命になってしまったり、想定より下回る性能になったり。病気に弱くなってしまう等の欠点も発現してしまっていた。
だが今回は一切の欠点が見られず、想定以上の性能を発揮している。隆司の研究と相性も良かった為、彼にとって良いデータが収集出来た。
「これならアメリカ辺りの物好きが、高く買ってくれそうですね」
「金持ちのハンティングの獲物にかい? きっと喜ぶだろうねぇ」
隆司達の研究所では、ただ生物兵器を作るだけに留まっていない。海外のお金持ちを相手に、モンスターの出荷も行っているのだ。
見世物にするのか、狩りを楽しむのか。購入者がどのように扱うかは、彼らの自由である。顧客が満足さえすれば、研究費用は増える。
そうなればまた次の研究へと邁進するだけ。それが隆司達の日常であり、これからも変わらない目的だ。この研究所には、似たような者達ばかりだ。
あまりに危険な思想を持っていた為に、学会を追われてしまった者。ここへ来てから倫理観を失ってしまった者。隆司のように、魂を悪魔に売った者。
まともな人間など、この狂気に包まれた研究所には1人も居ない。皆がどこか、壊れてしまっているのだ。狂人の集まりとも言える。
「ガンマを戻したら、お酒でもどうです?」
「ああ、良いかも知れないな。今日は気分が良い」
彼らは細かな最終調整を済ませて、後はダイバー達に任せる。実験体を専用のプールへと移すのはダイバー達の仕事だ。
ラボを出ていく隆司と順平は、研究所の中に用意されているバーへと向かう。その途中ですれ違った研究者と雑談を交わす。
今回の一件で、隆司の成績は大きく伸びた。所長からの評価も高く、これから資金を優先的に回して貰えると確約もされた。
ちょっとした時の人として、研究所内では知れ渡っている。学会を追われた時とは真逆の状況で、隆司も鼻高々だ。
やはり自分の研究は間違っていない。提唱して来た説は、正解だったのだと胸を張って歩ける。この歪な研究所の中では。
「いやぁ、面白いデータだったよ森山君」
隆司よりも年上で、古株の老人が隆司を褒める。隆司と同じく白衣を着た老人は、この研究所でも有名な存在だ。
主任研究員であり、彼の覚えが良いと出世も早くなると言われている。そんな人物に褒められて、嫌な気などする筈がない。
隆司は更に気分が良くなり、老人と握手を交わす。感謝の言葉を伝えて、老人と軽く雑談をする。キリの良い所で別れを告げ、順平と通路を進む。
「やりましたね、森山博士。出世コース入りですか?」
「そうだと嬉しいけどね。その時は君も一緒だ」
会話だけを聴けば、普通の研究員の会話に見える。しかしここは、異形の化物を作って売り捌く悪魔の研究所。悪の組織と言っても良い。
そんな所で出世をするという事は、より酷い研究に手を出すという事になる。彼らはその事に、なんら後ろめたい気持ちなど無い。
ただ成果を上げて、自分の研究をより素晴らしいものへと発展させていく。そうとしか彼らは思っていない。生命の冒涜など、幾らでも行う。
彼らはこれまでも同じ事を繰り返して来たし、これからも好き勝手に研究を続ける。それがどれ程、悪魔染みた内容であったとしても。
「チッ」
気分良く歩いて行く2人を、陰で睨んでいる男が居た。成功者が居れば、そうでない者も居る。思い通りの成果を、全員が出せるわけではない。
ここで成果を出す事は、世間から見れば悪でしかない。だがそんな事は、ここで働く人間には関係がない。結果が出せたか、出せていないか。
そのどちらかでしか、評価される事はないのだ。闇の中の更なる闇と言うべきか。成功者を妬む者だって当然居る。人間の集まりである以上は。
バーへと向かって歩いて行く隆司を順平を睨んでいる男は、鈍い光を宿した眼光で睨み続けている。暗い嫉妬の炎が、燃え上がっている。
暫く睨んでいた男は、ニヤリと笑ってその場を離れて行く。彼が一体何をするつもりなのか、今ここで知る者は本人だけだった。




