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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第4章 妖異達に囲まれて
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第124話 草子と雅樹

 本当に他の化けダコや、何らかの巨大生物がいないか確認する為、碓氷雅樹(うすいまさき)達はまだ和歌山に残っている。

 幸いにも雅樹は、宿題を先に終わらせるタイプだ。少々和歌山で宿泊をしたところで、特に支障は無かった。

 妖異対策課の手配で用意された、串本町(くしもとちょう)の旅館に滞在している。確認とは言え、実質ほぼ待機が雅樹の仕事だ。

 

 大江(おおえ)イブキは和歌山の支配者、真砂(まなご)キイと打ち合わせに出ている。海が支配圏争いで荒れると、地上も影響を受けてしまう。

 早期の安定化へ向けて、早急に移住者を募る必要があった。現在両者の連名で、移住希望者を集めている最中だ。

 では残った者はというと、那須草子(なすそうこ)は雅樹の警護。そして冷泉翠(れいせんみどり)は絶賛海中にて、調査と海の支配圏の安定を図っている。


「大丈夫まー君? あの魚女(さかなおんな)ったら、精気まで吸って行くなんて!」


 現在雅樹は客室でダウン中だ。翠が協力する対価として、提供されるのは雅樹である。つい先ほども、ガッツリと喰われたばかりだ。

 感情だけを差し出す約束だったのを、翠は破って精気までゴッソリと吸って行った。お陰で雅樹は倒れてしまった。

 今は草子に膝枕をされて、休憩中だった。雅樹としては、また別の美女とキスをする事になってしまい、とても複雑な気分だった。

 

 もちろん光栄ではあるのだが、彼はまだ思春期真っ盛りの男子高校生。また新たなお姉さんに、興味を持たされてしまった。

 もう翠を女性として意識しないという事は、一層難しくなってしまった。少し前までなら、怖いという意識が強かった。

 だが今では、異性として意識してしまっている。無理矢理に思わされてしまった。まるでイブキと出会った頃のように。


「ごめん、先生」


「貴方のせいじゃないわ。でも少し脇が甘いのも事実よ。鍛錬が足りていないわ」


 何の鍛錬をすれば良いのだろうと、雅樹は疑問を覚えた。鍛えたら精気を吸われないとか、出来るようになるのだろうかと。

 どうであれ、鍛錬を最近していなかったのは事実だ。鈍ってしまった肉体を、元に戻す事の大切さを雅樹は実感した。

 流石に今回は、動きの鈍さを体感させられた。妖刀小鴉の指示に反応する意識と、肉体の動きに乖離があったからだ。

 イメージではもう少し速く動けている筈が、肉体の方は着いて行けていない。明らかに動きが鈍いと自覚出来た。

 前回の蛇女アカギと戦った時は、貧血状態で意識が鈍っていた。だからそこまでの乖離が起きていなかったのだ。


「鍛錬はその、また頑張るよ。課題も見えたし」


「まー君ならもっと伸びるわ。これからに期待ね」


 草子の見立てでは、雅樹はかなり筋が良い。日々の鍛錬を以前のように続けて、このまま成長していけば。

 雅樹は彼女にとって、最高の弟子として完成する。1人の剣士として、草子は雅樹に期待をしている。単なる男としてだけではなく。

 気に入っている唾を付けていた男子でもあるが、師匠としての視線もちゃんと持っている。ただの欲だけで見ていない。

 人間としての最高傑作を、自分の手で生み出す。その可能性に楽しみを見出しているのだ。1人の剣客として。


「あの、先生、そろそろ――」


 このままずっと膝枕は恥ずかしいと思った雅樹は、起き上がろうと上体を起こそうとした。しかし草子がやんわり止める。


「もう少し休んでいなさい。無理はしなくて良いから」


「う、うん……」


 雅樹は正直ドキドキさせられるので、あまり素直に喜べない。草子の女性らしい柔らかな感触と、甘い匂いを感じさせられるから。

 小さい頃は何度もして貰ったし、当時から雅樹は草子の事が好きだった。今でも初恋のお姉さんとして、淡い気持ちは残っている。

 こうして接触があると、どうしても気持ちが落ち着かない。再び草子と過ごす日々に戻ったので、雅樹の心が揺れているのだ。

 周囲に集まっている妖異の女性達は、誰もが魅力的な美女ばかり。男子としては幸運だと彼も思っているが、人間としては微妙な気持ちだ。

 感情を喰われるという感覚が、未だにどうも慣れて来ない。耐性はある程度出来たが、餌として喰わてれいるのは変わらない。


「お昼から海に行きましょうか」


「今日もイブキさん、帰って来ないしね」


 現状において雅樹と草子は、ぶっちゃけ何もやる事がない。雅樹に至っては、翠に対する対価を与える餌係でしかない。

 毎朝与えてる報酬を渡せば、もうそれだけでその日の役目は終了だ。以降は何をしていようが、雅樹の自由である。

 それに今は夏休みで、初恋のお姉さんと2人きり。昔に戻ったみたいで、雅樹は少々浮かれている。だって草子と海水浴は、昔望んだ事だから。

 大人になって車を持てば、草子を連れて海へと行ける。若藻村に施された暗示の効果が、いまいち効き難かった雅樹はそんな未来を夢見た。

 まだ大人になっていないし、マイカーだって持っていない。助手席に草子を乗せて、という妄想は実現出来そうにない。


「あ、でも、海水浴場って今入れるの?」


 雅樹の知る限りでは、サメが出ているという名目で海水浴場は閉鎖されている筈。一般開放は暫く先だと聞いていた。


「中に入らなければ、問題無いわよ。妖術で姿を消す事だって出来るもの」


「そうなんだ」


 砂浜を歩くぐらいなら、別に構わないかと雅樹は受け入れる。その程度では、翠の邪魔にならないだろうと。

 今も翠は和歌山の沖で、一時的な支配圏を作り海の監視を続けている。現状では翠に敵うような、怪しい妖異は現れていない。

 このまま海の妖異が移住を始めれば、比較的穏やかな回帰が可能となるだろう。大きな争いの種も、今のところは無かった。

 移住が完全に終わった後は、普段通りの小競り合い程度で済む。今回の事件で起きた被害は、これ以上大きくなる事はない。

 

 ただ既に起きた被害はそれなりに大きく、最近雅樹が関わった事件では、過去最多の被害者数となっている。

 2隻もの豪華客船を襲撃されたのが大きい。妖異が巨大だったのもあり、千人に及ぶかも知れないという試算が出ている。

 化けダコにやられた被害と、単なる海難事故との区別がまだ終わっていない。事故で溺死したと思われる遺体を、ダイバーが現在捜索中だ。

 妖異の被害もハッキリとしておらず、現在そちらも聞き取り調査中である。和歌山沖から逃げ出した妖異が、どれだけいるか不透明だ。


「それにしても海の妖異が暴れると、こんなに大変なんだね」


「体の大きい妖異が多い以上、仕方のない事よ」


 草子との時間を楽しみたい気持ちはあるものの、犠牲者を悼む事を忘れてはいない。雅樹は犠牲者の存在を知っているのだから。

 全員助けるという欲張りは、もう今はしていない。滋賀の都市伝説事件で、十分思い知らされたから。雅樹1人では、出来る事が限られる。

 後から知った事件なんて、時間を遡って解決する事は不可能だ。犠牲はどうしても出るし、今もどこかで誰かが死んでいる。

 それが事故なのか、寿命なのか、妖異に襲われたからなのか。どんな理由か分からないが、常に何処かで誰かが死ぬ。

 全ては救えない。だけど1つ解決するだけで、以降の犠牲は減らす事が出来る。雅樹はそこで、折り合いをつけられるようになった。


「先生は中国から来たんでしょ? その時は大丈夫だった?」


 草子はかつて、中国で妲己と呼ばれていた妖狐だ。縄張り争いに敗れ、日本へと逃げ延びた過去を持つ。


「それなりに争いはあったわよ。昔は今より酷かったから」


「良く無事だったね。あんなのが沢山居るんでしょう?」


 私は弱っていても強いのよと、草子は笑って答えていた。当時も化けダコや海坊主など、多くの妖異と争ったという。

 中国の妖異がやって来た事に対して、反発も当然あった。それでも今は、こうして日本で平和に暮らす事が出来ている。


「先生が居てくれて良かったよ。例えそれが、国を追われた結果だとしても」


「……ふふ、ありがとう。私もまー君と出会えて良かったわ」


 師弟の過ごす穏やかな時間が流れて行く。戦いの後の、僅かな時間を使って。砂浜のデートも、とても温かな空気で一杯だった。

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