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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第1章 世界の真実
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第12話 妖異の時間

 妖異という存在は、基本的に睡眠を必要としない。よほど大きな消耗をしない限り眠らない。

 ただし惰眠を好んで貪る者も中にはおり、寝るのが趣味だと主張する。

 中には太陽を好かない者達も居る。彼らは日の当たる時間は寝て過ごし、月が出てから活動する。

 好きではないというだけで、弱点という程ではない。ただの好みの問題だ。

 それらとの因果関係は不明だが、月が出ている間は妖異の力が増す傾向にある。


 太陽が出ている時間よりも、個体差はあれど概ね1.2倍から2倍程度上昇する。

 典型的な例で言えば、人狼や吸血鬼などが夜に大きく上昇するタイプだ。

 あまり変化しないのが、大江(おおえ)イブキ等を筆頭とする純粋な鬼達だ。派生種でない原種は、昼でも夜と変わらず強い。

 だからこそ鬼は、妖異の中でも特に強者として扱われている。夜でなくとも常に最高のパフォーマンスを発揮できるからだ。


 とは言え多くの妖異は夜を好む。殆どの妖異が活発に行動を開始する。

 それ故に人間を作る時、妖異とは逆の昼型に作った。そうすれば人間は夜に無防備となり、食事を摂りやすい。

 妖異が夜に行動するのは、主にそれらが理由である。しかしそうではない理由で、夜しかまともに行動しない妖異がいる。

 その代表が人間の幽霊だ。元が作られた半妖であるからか、殆どの妖異が持たない欠点を有している。彼らにとって、太陽は大きな弱点である。


 あくまで日の光を浴びるとダメージを受けるだけで、日中に活動できない程じゃない。

 例えば霊安室で碓氷雅樹(うすいまさき)を見ていた様に、日の光さえ当たらない場所なら昼でも活動可能だ。

 放置された廃墟の中や、木々が生い茂る深い森など、太陽さえ遮られていれば問題ない。

 もしくは人間などに取り憑いて、内部に入り込んだ場合もダメージを負う事はなくなる。


 ただ幽霊となった元人間は脳を持たない。生前の頃ほど思考力がない。

 だから日の光を避ける理由を理解しておらず、本能的に苦手だと感じて回避する。

 結果的に薄暗い場所や、夜間の活動が中心となる。そしてそれは、花山(はなやま)総合病院に発生した幽霊も同じだ。

 昼間は地下などの薄暗い場示で過ごし、夜になると活動を開始する。


 新たに幽霊となったのは、とある心臓病を抱えた若い女性である。

 本当なら病気を克服し、晴れて愛する男性と結婚する予定だった。

 しかし彼女は死んでしまった。生への執着が強かった彼女は、死後すぐに霊魂となって漂っていた。

 それだけならまだ、生を諦めきれない残留思念になるだけで済んだ。

 しかし彼女は聞いてしまった。医師達の医療ミスと、院長による事実の隠蔽について。


 彼女に強い生への執着がなければ、聞こえても認識出来なかっただろう。

 強い意思を持つ人間でなければ、そこで終わる話であった。しかし残念なことに、彼女は意思が強かった。

 感情が豊かで、膨大なエネルギーを生む事が出来る人だった。それは死後でも、強い憎しみを抱ける程に。

 死んだ事を認められなかっただけの彼女は、憎悪を糧に幽霊へと進化していく。

 他にも医療ミスで死んだ者達の霊魂が、霊安室に残されていた。彼ら彼女らを取り込んで、妖異としての力を増していく。


 本来幽霊となった者が、実体を得るには数ヶ月掛かる。しかし彼女は複数の霊魂を吸収し、猛烈な速度で成長していく。

 数ヶ月は必要とする成長を、彼女は僅か2週間で実現してみせた。

 強い幽霊が生まれると、周辺地域から他の霊魂を引き寄せる。誘引効果を持つ場が形成される。

 引き寄せられた霊魂をまた彼女は取り込み、更により強い妖異へと成長していく。


 人から幽霊へと進化した者が、他の霊魂を取り込むにはある程度の条件がある。

 根源としている元の感情が、同じ種類である事だ。イブキが言う所の属性がそれに相当する。

 幽霊となった彼女が取り込めるのは、憎しみや恨みを抱いて死んだ霊魂。

 ただし彼女よりも強い怨念を持つ霊魂が相手だと、自分の方が吸収されてしまう危険性がある。

 何でも好き放題が出来るわけではない。ただ偶然にも、集まった霊魂に彼女より意思の強い者はいなかった。


「イナイ……」


 実体を得た彼女は、夜の花山(はなやま)総合病院を彷徨い続ける。医療ミスをした医者、そして院長を探して。

 医療ミスをした医者は、実体を得る前の彼女と出会って以降病院に来ていない。

 強烈な呪詛を受けて、体調を崩している。毎晩の様に彼女を夢に見て、まともに眠る事も出来ない。

 許さないと血走った目で、自分へと迫る髪の長い女性が夢に現れる。

 眠れば必ずその夢を見る。睡眠不足で意識を失う度に、飛び起きて悲鳴を上げた。


 彼の精神状態は滅茶苦茶で、生き地獄という表現が相応しい。

 しかし夢は夢であり、いつかは終わると思ってしまう。自分から医療ミスを告白するには至らない。

 だって幽霊なんている筈がない。だけどまさかと言う考えもあり、病院に顔を出す勇気が持てない。

 そんな日々を送っていたら、看護主任も仕事を休む様になった話が舞い込む。

 次は別の医者が、その次は別の看護師が休み始めた。別の病院に移る入院患者も現れ始める。


 まさかそんな筈はない。彼は信じたくない。幽霊なんていない。医療ミスを隠蔽した事実から、自責の念にかられているだけ。

 彼は知識が豊富な医者であり、精神に関する知識も持ち合わせていた。

 だから自分の精神状態を理解している。若い女性を死なせてしまった後悔。

 院長に揉み消して貰った後ろめたさ。それらがこうして悪夢を見せた。病院で見たのは幻覚だ。


「あれ…………ここは…………」


 そうやって自室に籠もり、言い訳を並べ立てていた筈。しかし今彼は、()()()()()()()()()()()()()

 なぜ、バカな、そんな筈はない。そんな言葉ばかりが、彼の脳内を駆け巡る。

 つい先程まで自室に居た。白衣なんて着ておらず、Tシャツに短パンだった。

 そもそも体調が最悪で、出勤なんてしようとも思わない。だから病院になんて行かない。

 彼の脳内では冷静な判断が下される。しかし彼が立っているのは、真っ白な病院の廊下である。

 LED照明で照らされた廊下に、自分の足で立っている。窓の外からは、月明かりが降り注いでいる。


「おかしい! 有り得ない! そうだ、これは夢だ! 夢から覚めれば――」


 喚き散らす彼を遮る様に、電灯が激しく明滅する。全てのLED照明が、同時にチカチカとチラつく。

 そんな事は普通有り得ない筈で、彼は思わず狼狽する。とても嫌な予感が彼の心を埋め尽くす。


「ミ ツ ケ タ」


 廊下の奥に、真っ白な病衣を着た髪の長い女性が立っている。だらりと垂れた長い髪の奥では、血走った目がギョロギョロと動いている。


「ひっ!?」


 彼と彼女の目が合った。絶対に不味いと直感で感じた彼は、慌てて反対側へと走り出す。

 何度も歩いた病院の廊下を、彼は良く把握している。ここはB棟の3階で、この先に行けばA棟に辿り着く。

 そうすればすぐにエレベーターがあり、1階へと降りられる。メインホールから外に出れば、病院の敷地を出るだけだ。

 冷静な部分が夢だと判断しているが、捕まるのはだけは嫌だった。


「うわっ!?」


 慌てて走るあまり、足がもつれて転倒した。A棟と接続する連絡通路のドアで、彼は強かに背中を打った。

 一気に肺の中から酸素が吐き出され、上手く呼吸が出来ない。

 ぶつけた背中がジンジンと痛み、これが本当に夢なのかと疑いが生まれる。

 だがそんな事を考えている余裕はない。ゆっくりと死んだ筈の女性が歩いて来る。


「クソッ!?」


 痛みを堪えながら彼はA棟へ移動し、エレベーターへ飛び乗った。間に合ったと彼は安堵した。

 ひと息ついて、胸を撫で下ろす。良かった、何とかなった。後はメインホールから外に出るだけだ。

 僅かな休息の時間。運動は得意じゃないが、もう一度全力で走るぐらいの体力はまだ残っている。

 さあもうひとっ走りするだけだと、彼は改めて気合いを入れる。



 

 彼が何気なく隣を見たら、あの女性が立っていた。


 


「ユ ル サ ナ イ」


 長い黒髪の隙間から、血走った目が彼を見ている。


「うわあああああああああああああ!?」


 そこで彼の意識は途絶えた。翌日、彼の奥さんから旦那の息がないと119番通報が入る。

 心臓病の治療中、医療ミスで患者を死なせてしまった彼は自宅で息を引き取った。

 彼の死因は、特発性の心臓発作と診断された。

設定の補足です。

霊魂→薄っすらとした意識。思念体。妖異とは言えない半妖。動物も同じ状態になる。

残留思念→人の霊魂が更に薄れた状態。最後に抱いた感情が僅かに残ったエネルギー。霊魂だったもの。

幽霊→それなりの意識がある。完全な妖異となった状態。動物の幽霊は太陽が弱点ではない。

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