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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第4章 妖異達に囲まれて
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第119話 海の異変

 太平洋を進む巡視船が、特定の海域に到達し停船する。所属は妖異対策課の和歌山支部だ。

 碓氷雅樹(うすいまさき)達を乗せたこの船は、錨を下ろして周囲の探査を開始する。妖異対策課の船には、普通とは違うソナーを搭載している。

 海洋生物を探査するのではなく、海中の妖異を探す目的で開発された特別なもの。妖異達が持つ妖力を探知する機能を有する。


「船長、どうかな?」


 大江(おおえ)イブキが無線機を使い、操舵室に居る船長を連絡を取っている。那須草子(なすそうこ)冷泉翠(れいせんみどり)は、海の様子を窺っている。

 雅樹は草子の隣で、同じく海を見ている。しかしただの人間に過ぎない雅樹には、どこまでも広い海が続いているようにしか見えない。

 こうして海へ直接来たのは初めてで、雅樹は少し興奮している。これが海なのだと、全身で感じ取る事が出来ていた。

 最初こそ水着姿の翠や、イブキと草子のウェットスーツ姿に性を意識させられはしたが。今では初めての海に集中している。


「……変ねぇ」


「どうしたの先生?」


 海上の様子を見ていた雅樹は、草子のつぶやきに反応した。不思議そうに海面を見つめる草子は、ジッと立ったまま動かない。

 何がおかしいのだろうと、雅樹も海を見るが何も感じない。そもそも初めて海へ来たのだから、普段との違いなど分かる筈も無い。

 雅樹が周囲を窺うと、翠も何やら考えている様子だ。一体どういう事なのだろうと、雅樹は草子の方を見る。


「妖異の気配がないのよ。それに、生命の反応もね」


「……え? それって……」


 草子が雅樹へ向き直ると、真剣そうな表情で海を指差した。揺らめく海面は、太陽の光を反射している。

 しかし海鳥すら飛んでおらず、魚やイルカが海面を飛び跳ねる事はない。ただ静かな海が、どこまでも広がっているだけ。

 雅樹は草子の言葉を、そのまま受け取った。この海域には、何も生き物が居ないという事なのだと。

 だがその通りだというなら、おかしな話だと雅樹も思う。普通に考えて、そんな事が起こり得るのかは、素人の雅樹でも分かる話。


「何かから逃げたのか――それとも全て喰われたか」


 神妙な面持ちで、草子は状況を整理していく。もし草子の言う通りなら、何かが居るのは確実だろう。

 

「全てって、そんな事、在り得るの?」


 雅樹の疑問に答えたのは、考えを纏めたらしい翠だった。雅樹と草子の方に歩み寄りながら話し始める。

 

「有り得ないとは、言い切れないねぇ。昔にも、似たような事はあったよ」


 翠は海で起きた過去の事件について、語って聞かせる。海は縄張り争いが激しく、それは大昔から続いている。

 一部の妖異が海域を喰い荒らして、生きる者全てを殺してしまう事があった。例えばクラーケンや白鯨など、有名な伝説がある。

 巨大な海の妖異達が、荒れ狂って暴れれば大きな被害が出る。支配圏は滅茶苦茶になり、その周辺にも影響が出る。

 逃げ出した魚達や、妖異が殺到するからだ。逃げて来た者達と、縄張り争いが発生してしまう。厄介な二次被害だ。

 そうなると暫くの間は、近隣の海も含めて不安定な状態に陥ってしまう。ただでさえ発生し易い争いが、より一層激しさを増す。


「巨大な妖異、とは限らないけどね。アタシら人魚でも、その気になれば同じ事が出来るからね」


「そ、そうなんですね」


 あまりにおかしな海の状況に、草子も翠を邪険にはしなかった。何が起きているのか、そちらの方が気掛かりだからだ。

 元より海は小競り合いが多いとは言え、大きな争いが起きるなら地上の妖異も無関係ではない。多くの人間が犠牲になれば、食い扶持が減る。

 もし地上でも生活出来るタイプの妖異だったら、侵略を試みる可能性も考えられる。他国からの侵攻、という線もあるだろう。


「何よりアタシが来たのに、人魚達が挨拶に来ねぇ……そんなの普通なら有り得ない」


 住む地域こそ違えども、翠は人魚達の中でもトップクラスの実力者だ。こうして海に出れば、挨拶にやって来て当然だという。

 だが一向にその気配はなく、近くで隠れているという可能性は低いそうだ。もし何かから逃げているならば、真っ先に翠を頼るとの事。

 もう既に別の海域へと避難したか、それとも全員喰われてしまったもか。後者であるならば、許す気はないと翠は憤る。

 静かに怒りを燃やす翠へ、どう声を掛けて良いか雅樹は分からなかった。そこへ丁度タイミング良く、イブキがやって来た。


「海に何も居ないみたいだね。ソナーで確認したよ」


「今その話をしていたんですよ」


 合流したイブキも含めて、これからどうするべきか相談をする。翠が少し調べて来ると言って、海へと潜って行った。

 下半身がシャチの尾びれに変わる瞬間を見て、雅樹は衝撃を受けていた。人魚という存在を、ちゃんと見たのは初めてだったから。

 これまでの翠は、人外らしい点が歯にしか出ていなかった。だがこうして泳ぐ姿を見てみれば、嫌でも本物の人魚だと分かる。

 別にイブキや草子の発言を疑っていたのではない。ただ実感を得られていなかっただけで。


「深度の深い位置の調査は、このまま翠に任せておこう。マサキ、私達は浅い所を調べるよ」


「え、えっと、俺、潜った事ありませんよ?」


 雅樹は川や湖でなら、泳いだ経験ぐらいある。だから泳げないという事はない。しかし海でダイビングともなると話は変わる。

 足ヒレすら付けた事がない雅樹は、酸素ボンベの使い方すら知らない。海中での合図なども、当然分からない。

 一緒に海へ入ったところで、何の役にも立てはしない。ハッキリ言えば足手まといだと、雅樹は自覚している。


「違うよマサキ。君はボートの上で、計器を見ておいて欲しい」


「あ、ああ。なるほど」


 雅樹の役目は潜る事じゃなく、モニターの監視係だった。それなら何とか出来そうだと、雅樹は了承する事にした。

 巡視船に積まれていた小型ボートを借りて、周辺の調査へと向かう準備を進める。雅樹は乗組員からモニターの見方を教わる。

 イブキと船長の話し合いも終わり、草子と共に雅樹は小型ボートへと乗り込む。運転はイブキが担当し、巡視船から離れていく。

 南へ500メートル程離れた地点で、イブキはボートを止めた。ここを起点に、周囲の探索を開始する。雅樹を残して、イブキと草子は海へと入る。


「じゃあ頼むよマサキ」


「海へ落ちないように、気をつけるのよ」

 

 イブキと草子は酸素ボンベを背負っていない。そんなものが無くても、妖異の肺活量なら暫く海中で行動可能だ。

 流石に人魚の翠とは勝負にならないが、鬼と妖狐でも水中への適正はある程度持っている。通信用の機器と水中メガネだけ持ち、両者は海中へと消えた。

 雅樹はボートに積まれた機器を確認しながら、イブキや草子と連絡を取り合う。それから1時間ほど、周辺の調査を行った。

 特に得られたものは無く、イブキと草子はボートへと戻って来た。海水に濡れたイブキと草子の髪を見て、色気を感じてしまう雅樹。

 だが今はそういう時ではないと、どうにか跳ねる鼓動を抑え込む。雅樹達が巡視船へ戻って暫く、翠も海から戻って来た。

 彼女はその手に、大きな魚らしき尾びれを持っていた。海から上がった翠の表情は、怒りに染まっていた。


「……喰われていたよ。こいつは、この辺りに住んでいた人魚の下半身だ」


 人魚の腰から上は、何も残っていない。喰い千切られた後が、生々しく残った傷跡は痛々しい。大きな口を持つ襲撃者が、どこかに居るのだろう。

 その正体を確かめる為、イブキは更に沖へと向かう事を決める。彼女の指示に従い、巡視船は進んで行く。

 次の目的地は、トパーズ・プリンセス号が浮かんでいた海域。彼らが何かに襲われたと思われる、現状最も怪しい位置。

 巡視船が近付くにつれて、双眼鏡を覗いていた雅樹の視界に異常な光景が映る。昼間だというのに、遠くの海上に濃い海霧が発生していた。

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