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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第4章 妖異達に囲まれて
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第117話 調査開始

「これが例の豪華客船か。デカいなぁ」


 碓氷雅樹(うすいまさき)は港に停泊している船、トパーズ・プリンセス号を見上げている。和歌山沖で発見された後、現場検証を行い和歌山まで移動させた。

 東坂香澄(とうさかかすみ)の指示で、大江(おおえ)イブキ達の調査が終わるまでこのままである。調査が終わり次第、大阪港へと返還される予定となっていた。

 雅樹とイブキの後を、那須草子(なすそうこ)冷泉翠(れいせんみどり)が着いて行く。トパーズ・プリンセス号は全長が250メートルもある。

 全高は水面から40メートルで、大体13階建て程のビルに相当する。船内の階数は12階までで、豪華客船の中では中型サイズだ。

 それでも雅樹からすれば、相当な大きさであり初めて見た豪華客船だった。もっとも、知る事が出来たのは無人の状態だが。


「人間てのは、物を作るのが本当に好きだねぇ。アタシには理解出来ないよ」


 翠は豪華客船を見ながら、思ったままの感想を述べた。シャチから進化した人魚である彼女にとって、豪華客船ほど無駄に見えるものはない。

 泳ぐ能力が低い人間は、水中だと無力である。魚より早く泳ぐ事は出来ないし、野生のシャチが相手なら先ず勝ち目はない。

 現代の海を生きる生物の中で、頂点捕食者とされているのはシャチだ。高い知能と仲間との連携、その上強靭な肉体まで持ち合わせている。

 体格の大きなオスなら、10メートル近くまで成長する。どう足掻いても、人間には勝てる要素がない。生命としての強度が違う。

 だというのに無駄にデカい船を浮かべて、海上で遊興に走ろうというのだ。翠からすれば理解出来ない行為だ。


「モノづくりは人間の才能さ。私達と違って、興味深いものも作る」


 イブキはそう言いながら、トパーズ・プリンセス号の中へと入っていく。圧倒的な強者である妖異は、道具の類を量産する必要性が薄い。

 大体は素の力でどうにでもなるし、妖術だって使う事が出来る。1000年以上前の文明に戻ったとしても、特に困る事は無い。

 ただ物によっては、妖異達も使用する事がある。例えば現代の家電製品は、それなりに便利だ。妖術でも代用は出来るが、全く同じではない。

 

 米を炊く事に特化した道具はあっても、米を炊く為の妖術なんてない。作れば生まれるとしても、誰もそんな術は作ろうとしない。

 見ようによっては、人間の文明が全て無駄とは言い切れない。無駄も多いが、良い物だってある。事実イブキは、タバコを好んでいる。

 今も手に持ったキセルから、紫煙を登らせている。本来船内は禁煙だが、そんな事を気にするイブキではない。


「衣類なら私は好きよ。着物を着るのも、嫌いではないもの」


 草子が過去を思い出しながら、人間の衣類について思いを馳せる。妲己として生きていた頃、そして玉藻前として生きていた頃。

 どちらであっても草子は、派手な衣装を着て妃扱いを受けていた。自らの美しさを際立てる事が、当時は楽しいと思っていた。

 今では昔ほど着飾っていないが、興味を失ったのではない。必要が無くなったから、華美な格好は控えているだけだ。


「……確かにお前は、やたらと着飾っていたな」


 イブキは草子の過去を知っているので、かつての姿を思い出した。玉藻前として、鳥羽上皇の寵姫をやっていた頃だ。


「貴女が適当なだけでしょう? いつ見ても貴女は、機能性重視よね」


「面倒な事はやらないだけさ」


 自らの美しさを活かそうとしないイブキを、草子は不思議に思っている。美貌を活かす方が、より多くの男性を虜に出来るのにと。

 だがイブキは、そのような事に手を染めない。素の状態でも美しい彼女は、ただ立っているだけで男性を魅了出来る。

 草子だってそう変わらないのだが、着飾るとやはり効果が段違いだ。現代風の着こなしで、雅樹を魅了して来た実績もある。


「イブキさん! ここじゃないですか!」


 雑談をしながら船内を移動していた彼らは、大量の血痕が残されている5階のレストランへとやって来た。

 本来なら景色を楽しむ為にある、展望デッキも兼ねているフロアだ。ガラスで囲まれており、見渡せる範囲はとても広い。

 夜にワインでも飲みながら、夜景を楽しむにはもってこいだ。しかし今となっては、惨劇の跡が残る痛々しい空間だ。


「銃弾の跡は無い……ね。刃物で斬られたのかな?」


「……斬ったにしては、少し違和感が残るわよ?」


 イブキと草子が血痕を見て、原因を探っている。まだこう言った調査に疎い雅樹は、両者の意見を黙って聞いている。

 凄惨な事件現場なら、既に何度か目にした雅樹。しかし血痕から何かを見通せる程、知識が十分とは言えない。

 何が起きたのか調べつつ、次の場所へと移動する。船尾から中央にむけて、広範囲に渡る破壊の跡が残った後部デッキ。

 爆発があったにしては、焼け焦げた跡がない。まるで重量のある何かを、上空から落としたかのように見える。


「翠、こんな事が出来る妖異に心当たりは?」


 イブキの質問に、ぼうっとしていた翠が反応した。暫く悩んでいた後に、彼女なりの答えを話し始めた。


「うーん、まあ色々居るさね。海坊主とかお化けダコとか、幽霊船って可能性もないとは言えない」


 翠は侵入する為の先制攻撃として、砲撃を受けた跡との見方も可能だという。幽霊船の砲弾は、彼らが去ると現世からも消える。

 後方から集中砲火を受けた後、船内へと侵入されて全員が連れ去られた。これまでの歴史上で、既に起きた事のある事象だ。

 他にも大きな体を持つ海坊主や、妖異へと進化した巨大なタコという可能性。他にも都市伝説の何か、という説も考えられる。

 現状を見ただけでは、コレだという決め手に欠けている。ただ1つ言えるのは、どうやら人間の仕業である可能性は下がったという事。


「じゃあ、妖異の方だという事ですか?」


「マサキ、答えを焦ってはいけないよ」


 まだ可能性が下がっただけだとイブキは言う。自分達が知らないだけの、何らかの兵器が使われた可能性もあるからと。

 人間はいつの時代も、様々な兵器を作って来た。ここ近年も、兵器開発は進んでいる。何かしらの実験として、船舶が襲われているとすれば。

 秘密裏に試験運用を行い、目撃者を消す為に誰も生かして返さない。そんな可能性も残されている。何であれただ人攫いの類ではない、というのがイブキの答えだ。

 人身売買をする為だけに、ここまで大掛かりな事をする意味は薄いからだ。人だけを連れ出せば良いのだから、無駄な破壊行為は必要ない。


「写真だけで判断出来ない部分は、これで確認出来た。次は海に出てみようか」


「だ、大丈夫なんですか?」


 何が起きているのか分からないのに、船で海へ出ても良いのかと雅樹は不安に思う。幾らイブキが強いと言っても、彼女はあくまで鬼だ。

 草子だって九尾の狐だし、海に特別強いというわけでは無い。現状の戦力で頼れるのは、人魚の翠だけしかいない。

 もし海の妖異が相手だった場合、襲われたら応戦出来るのだろうか。その辺りが雅樹には分からない。まだ海へ出る経験が少なすぎた。


「ビビるんじゃないよ! アタシが居れば、何が来ても大丈夫さ」


 雅樹の背中を軽く叩きながら、豪快に笑う翠がギザギザの歯を見せている。翠から強そうな雰囲気は、雅樹もしっかり感じている。

 ただ信頼関係が築けていない以上、どこまで信じて良いのか分からないのだ。東西の確執があるとは言え、草子が警戒している相手だ。

 手放しに信用するのは難しい。ただイブキは警戒していないので、そこまで危険ではないのだろうとは彼も思っている。

 シンプルに人魚へのイメージが、やや悪いというのもあるだろう。男性を干からびるまで喰らうという話が、雅樹の脳裏をちらつくのだ。


「じゃ、何かあったら翠に任せるという事で」


「おいイブキ、タダ働きはゴメンだよ?」


 任せるなら対価を寄越せと、視線で訴える翠。要するに、雅樹を喰わせろという事だ。当然そんな事を、草子が承認する筈ない。

 またしても揉めながら、雅樹達はトパーズ・プリンセス号を降りていく。次は妖異対策課の巡視船で、海上での調査となる。

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