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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第4章 妖異達に囲まれて
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第116話 和歌山の支配者

 妖異対策課の東坂香澄(とうさかかすみ)が持ち込んだ依頼をこなす為、大江(おおえ)イブキはいつものようにグレーのSUVを運転している。

 ただし彼女は、非常に複雑そうな表情を浮かべている。だがそれ以上に、後部座席の空気は複雑だった。

 最悪と言っても良い空気を醸成しているのは、金髪のショートカットが似合う美女。玉藻前の名を持つ那須草子(なすそうこ)だ。

 隣に座る黒髪と白のインナーカラー、そしてギザギザの歯が特徴的な冷泉翠(れいせんみどり)の影響が大きい。

 碓氷雅樹(うすいまさき)を狙ってやって来た、翠の存在が目障りで仕方ない。そんな空気を草子は一切隠そうとしていない。


「あ、あはは……」


 もはや乾いた笑いしか出て来ない雅樹は、助手席で肩身の狭い思いをしていた。ピリピリとした空気は、決して彼の勘違いではない。

 狡猾な金毛九尾と、海のハンターであるシャチの人魚。どちらも外敵に対する攻撃性は、非常に高い妖異なのだ。


「何度も言うけど、車内で戦い始めようものなら叩き出すからね?」


 険悪な空気が充満している後部座席へ向けて、イブキが普段以上に気だるげな表情で警告する。車を壊されたら面倒だからだ。

 人間社会に溶け込みながら、移動する手段としてイブキは車を良く使用する。新しい車が欲しいと香澄に伝えれば、すぐに新車が用意される。

 しかしそれは、事務所に居ればの話である。和歌山へ向けて走る高速道路の上では、流石に香澄でもすぐに用意は出来ない。

 もう少し進めば、松原那智勝浦線まつばらなちかつうらせんを降りる事が出来る。川辺(かわべ)インターチェンジで降りれば、目的地まではもうすぐだ。

 ここまで何とか耐えたのだから、最後まで耐えてくれとイブキは願う。これ以上の面倒事は抱えたくないからだ。


「アタシは別に何もしないけどねぇ」


 イブキの後ろで腕を組んで座りながら、翠は窓の外を見ている。我関せずというスタンスらしい。その態度がまた、草子をイライラさせる。


「何もしないなら、九州へ帰れば良いじゃない」


 雅樹の後ろに座る草子が、怒りを隠そうともせずに帰れと告げる。草子からすれば、翠に居られる方が迷惑だからだ。

 確かに人魚が居ると、海での調査は楽になるだろう。だがそのメリット以上に、デメリットが大き過ぎる。

 雅樹の貞操を狙っている翠は、草子からすれば怨敵と言っても良いぐらいだ。何があっても、2人きりにさせないと誓っている。

 翠は隙あらば、男性に手を出す女性だ。好みの男性を囲う傾向のある妖狐から、毛嫌いされている相手だ。

 好いている男性を、翠に喰われてしまった妖狐は多いのだ。彼女達からすれば、翠は要警戒対象でしかない。


「なら碓氷を早く喰わせてくれよ。30分もあれば十分だからさぁ」


「ダメに決まっているでしょう。人魚なんかに、まー君を渡しません」


 美女が睨み合う中で、SUVは進んで行く。高速を降りて向かう先は、天台宗の寺院。道成寺(どうじょうじ)というお寺である。

 最悪な空気を緩和しようと、雅樹は和歌山の支配者について尋ねる事にした。後ろに座る草子へ向けて、質問を投げかける。


「あの、先生? 道成寺、でしたっけ。どんな支配者が居るんですか?」


 横に居る翠をひと睨みしてから、草子は雅樹の方を見る。当然雅樹に対しては、険吞な視線を向ける事はない。

 大切な弟子であり愛する男性として、草子は柔らかな態度で説明を始める。和歌山県の支配者は、清姫(きよひめ)という女性の妖異だ。

 黒髪のおかっぱに、着物を着た背の低い女性だという。名乗っている名前は真砂(まなご)キイ。20代半ばぐらいの見た目をしている。

 アカギと同じ蛇女であるが、見た目は人間と変わらないという。しかし本気になれば、大蛇へと姿を変える。

 炎を操る蛇であり、悲恋に関する伝説を持つ妖異だ。その伝説の中で、自殺したとされているが今も生きている。


「勝手に一目惚れした男性にフラれて、怒って殺してしまう厄介な奴よ。まー君も気を付けなさい」


 確かにそう言った過去を持っているのは事実である。捏造ではなく真実だ。しかしその発言を受けたイブキは、草子を鼻で笑う。

 

「ははっ! 清姫(きい)はお前より厄介ではないさ、玉藻前」


 どう考えても面倒なのはお前の方だと、イブキは横目で草子を見る。清姫という妖異も強力だが、草子ほど狡猾な相手ではない。

 複数の名前を使い分けて、男性を篭絡していた草子の方が策士である。清姫は少々愛情が重すぎるだけの女性でしかない。

 そんな話をしている内に、イブキの運転するSUVが道成寺の駐車場へと到着した。雅樹とイブキ達妖異組が、本堂へ向かって歩いていく。

 もちろん雅樹はなるべく翠に近づかず、草子かイブキの近くを歩くようにしていた。そんな雅樹を、翠は楽しそうに見ていた。


「よう来たなぁイブキ、なんで翠までおるんや?」


 前情報通りおかっぱ頭で、ボタン柄の着物を着た、見た目だけなら20代半ばの女性が本堂で待っていた。

 当然のように、草子を居ないものとして扱っている。その程度の事で、草子が怒る事は無い。平然と受け流している。

 

「気になる男の噂を聞いたからねぇ。味見しないわけにはいかないさ」


「相変わらずやなぁ。まあ好きにしたらエエけど」


 イブキは雅樹をキイに紹介し、今回の話について情報交換を行う。キイが把握している情報は、漁船が何隻かやられたという事。

 ただし調べた範囲では、特に何も見つかっていないとの事だけ。これ以上被害が出るようなら、対策をする必要があると考えていたそうだ。

 豪華客船の件があったお陰で、何かが起きていると分かった。人間が知らないだけで、海で行方不明になるのはそう珍しくない。

 1隻2隻程度なら、妖異に襲われても不思議ではない。それが海と言う領域だ。少しの被害で、支配者が動き出す事は少ない。

 実際キイは、最近まで問題視していなかった。これぐらい良くある事だと。しかし立て続けに豪華客船等が消えた件は、明らかにおかしい。


「流石に数百人単位やとなぁ。何かあるわなぁ」


 イブキ程に人間寄りでないキイは、豪華客船の件を知ってから調査を始めた。それ故にまだそれ程、詳しい調査は出来ていない。


「人攫いの類は、最近起きていないのかな?」


 イブキは人身売買組織の関与について質問をする。現状ではまだ、妖異の仕業と決まっていない。

 どちらかと言えば、人間同士の争いを疑う人数が消えている。妖異はそこまで一気に、人間を喰らう必要がない。

 被害は老若男女問わず起きており、人魚の集団が活動したという可能性は高くない。他の妖異も同様で、短期間に大勢狙われ過ぎだ。


「あんな人数、アタシらでも襲わないよ。大昔の巨大生物でも、生きていたんじゃないのかい?」


 人魚である翠が、私見を述べる。彼女が言っているのは、過去の海に生息していた巨大な捕食者達の事だろう。

 20メートルを超えるサメやクジラが、かつては居たという。だがそれでも、豪華客船の件は説明出来ない。

 船内に居た筈の全ての人間を、どうやってか消している。ただデカいサメやクジラが襲っただけでは、そんな結果にはならない。


「今はまだ、何とも言えないね。ありがとうキイ、後は私達で調べるさ。行こうかマサキ」


「は、はい!」


 真砂キイへ頭を下げてから、雅樹はイブキの背中を追いかける。頭部の後ろで腕を組んだ翠が、その後ろに続く。

 草子もまた続こうとしたところへ、キイから忠告が飛ぶ。それまで居ない者扱いだったというのに。


「女狐、余計な事はすんなよ?」


 少しだけ振り返った草子は、キイの眼を見ながら返した。堂々と、そしてきっぱりと。


「安心なさい、この地に私は興味がない。ただ大切な人の為に、同行しているだけだから」


 それだけ告げると、草子は雅樹の後を追う。霊能探偵の助手として、調査を始めようとする愛する男の背中を。

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