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その美女は人間じゃない  作者: ナカジマ
第4章 妖異達に囲まれて
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第114話 新たな来訪者

 大江(おおえ)イブキが所有するビルの2階。大江探偵事務所には、現在3名分の影があった。先ずは探偵事務の主のイブキ。

 そして彼女の助手をしている碓氷雅樹(うすいまさき)と、彼の師匠である那須草子(なすそうこ)だ。草子が京都へ来てから、毎日のように見られる風景。

 イブキの監視と雅樹と過ごす日々、それが現在の草子にとっての日常だ。しかし必ず毎日来られるわけではない。

 妖異対策課の東坂香澄(とうさかかすみ)や、国からの使者と会わねばならない日もある。草子としては非常に面倒であり、なるべく早く済ませたい。

 

 ただ無理を言って移住をしたのは自分だ。その意識は一応あるので、不機嫌に当たり散らす事はない。そこまで理不尽な女性ではない。

 しかし人間の都合に合わせているのも事実で、全く思うところが無いとは言えない。結果人間サイドは、胃を痛める事となる。

 香澄を始めとした人間達は、暫く金髪のショートカットを見たくもないと思った。それぐらい精神的な負担は大きい。

 陰でストレスと戦う大人達とは、また違う苦労を背負っている者がいる。それは言うまでもなく、イブキと草子の間を取り持つ雅樹だ。


「お前はいちいち細かすぎるんだよ玉藻前。もう少し楽に生きられないの?」


 コーヒーを飲んだカップぐらい、自分で片付けたらどうだと草子が指摘を入れたのだ。雅樹に毎回片付けさせるなと怒っている。


「貴女が適当で大雑把なのよ。どうして鬼はこうなのかしら……」


「ま、まあまあ。これも助手の仕事だからさ」


 雅樹が仲良くするようにと、草子へ伝えた事で頻度は減った。しかしそれでも、小競り合いは度々起きている。

 イブキの方も相変わらず邪険に扱おうとするので、草子の態度が軟化する事はない。長年にわたり敵対して来たのだから仕方ない。

 雅樹だって、事情があるのは分かっている。だから揉め事が起きる事自体は、ある程度の妥協が出来ている。

 そう簡単に解決する問題ではないと、良く分かっているから。もちろん永野梓美(ながのあずみ)一条愛宕(いちじょうあたご)におついても同様だ。

 自分を好意的に見てくれているからこそ、どうしても起きる問題。あまり文句を言える立場ではないと、彼は考えていた。


「っ!?…………これは」


 急に空気が変わったイブキを見て、雅樹は不思議そうにしている。珍しく驚いた表情を見せているので、草子も訝しんでいる。

 何かを感じ取ったのかと、雅樹は視線をイブキへ向ける。草子の方はイブキの反応から、おおよその理解は出来た。

 支配圏を持った事のある妖異なら、想像がつくリアクションだ。想定外の妖異が、支配圏へ侵入して来た時。

 もしくは想定外の事態が、支配圏の中で起きた時。大体どちらかが起きた時、このような反応を示す事となる。


「酒吞、何があったの?」


「……いや、まさか。偶然だと思いたいけどね」


 要領の得ない回答を示すイブキに、草子は更に質問を続ける。良いから状況を説明するようにと。雅樹も当然知りたがる。

 しかしイブキは、集中をしているのか何も発する事は無い。いつもの気だるげな表情が、段々嫌そうな表情へと変わっていく。

 暫くそうしていたイブキだったが、盛大なため息を吐いて天井を仰ぐ。そしてキセルを手に、タバコを吸い始めた。

 まるでイブキは現実逃避をしているかのようで、草子と雅樹は顔を見合わせる。その行動が示す意味を、理解出来ないからだ。


「私は面倒だからさ、玉藻前に任せるよ。厄介者の相手は、お前だけで十分だ。勘弁して欲しいよ」


 またしても要領を得ない言葉を残したイブキは、我関せずとタバコをただ純粋に楽しみ始めた。その姿を見て、草子は眉を跳ね上げる。


「……失礼な物言いは一旦置いておくわ。何が言いたいの貴女?」


「イブキさん? 一体どういう――」


 状況を説明して欲しいと、雅樹が改めて尋ねようとした時だった。勢い良く探偵事務所のドアが開かれたのは。

 雅樹と草子がそちらの方を見ると、背の高い女性が入り口に立っていた。やけに威圧感のある女性だが、顔立ちはとても美しい。

 特徴的なのは肩まである黒い髪に、白のインナーカラーが入っている事か。だがそれ以上に、目を引く部分があった。

 楽しそうに笑っている顔の、口元の部分。とても人間とは思えない程、ギザギザした歯が見えている。まるでサメやシャチのようだ。

 真っ赤なブラウスの胸元、ジーンズに包まれた臀部。出るところは出ているが、腰回りなどはほっそりとしている。


「よおイブキ! 元気にして――なんだい、女狐も居たのかい」


 やたらフレンドリーな雰囲気で、イブキへと声を掛けようとした女性。笑顔で入って来た彼女は、草子を見つけるなり嫌そうな表情を浮かべた。


 「……海賊風情が何をしに来た」


 草子は鋭い視線を女性へと向けている。普段からイブキへと向けるものよりも、一層嫌悪感の強い視線だった。

 今までに見た事がない草子の雰囲気で、雅樹は少し驚いている。そして同時に、やって来た女性が妖異だとすぐに分かった。

 草子は人間を相手に、こんな対応をしない。こんなに厳しい態度を見せる時は、いつも妖異を相手にしている時だけだ。

 雅樹はその事を知ったので、疑うまでもなかった。何者かは分からないとしても、油断して良い相手ではないのだろうと。


「いや何、ちょいと気になる噂を小耳に挟んだからさぁ――あん? もしかしてソイツ……」


 女性が視線を巡らせた先には、雅樹の姿があった。御守りのお陰で、イブキの妖力を纏っている若い男。見た目はそう悪くない。

 御守りの効果は、強力な妖異が相手の場合だと意味がない。雅樹の持つ純朴で美しい魂が、女性の眼にはハッキリと視えている。

 ずかずかと雅樹へ近付こうとした女性の前に、草子が真っ向から立ちふさがる。これ以上は前へ進ませないと。

 一瞬の事だったが、雅樹はハッキリと感じられた。捕食者から視線を向けられた時の、あの独特の感覚を。喰われるという恐怖を。


「何だよ女狐、アタシの邪魔をするってのかい? ここは西日本だよ?」


 ギザギザの歯を持つ女性は、冷泉翠(れいせんみどり)という名を持つ妖異。九州は福岡の支配者をしている強大な人魚である。

 だからこそ東日本の妖異である草子が、西日本で出しゃばるなと釘を刺しているのだ。分かっているだろうと、視線に言葉を込めて。


「関係ないわ。この子は私のものよ。下がりなさい、海賊が」


「アタシとやるってのかい?」


 挑戦的な表情で、翠は草子を見ている。喧嘩をするなら上等だと、ニヤリと笑みを浮かべながら。野性的な雰囲気を、全身から放っている。

 そんな翠を見て、草子は心の底から不快感を示している。イブキよりも遥かに野蛮で、好戦的で乱暴な姿を見て。話の通じない相手が草子は嫌いだ。

 火花を散らす草子と翠の様子を見て、雅樹はある程度の関係性を察した。それはそれとして、止めに入る意味も込めて雅樹は声を掛ける。

 

「あ、あの~。先生、そちらのお姉さんは?」


 雅樹から見た翠は、30歳ぐらいの豪快な女性という印象だ。もちろん30歳どころではないと、聞かなくても分かっている。


「……こいつは――」


 嫌々ながら説明しようとした草子を、強引に押しのけて翠は雅樹と視線を合わせる。近くで見ると、結構好みな男だと翠は思った。


「よお少年、アタシは冷泉翠。翠か姐さんと呼んでくれ」


「は、はぁ……」


 いい加減離れろと、草子が無理矢理に翠の体を押した。元の姿勢に戻った両者は、再び睨み合っている。

 険吞な雰囲気がまたしても発生し、雅樹はどうしようかと頭を抱える。イブキが相手ではないので、止め方が分からない。


「マサキ、そいつは人魚だ。福岡の支配者さ。それはそうと、ここで戦うなよ翠? 分かっているよね?」


「ふんっ!」


 イブキに釘を刺された翠は、つまらなさそうに草子から視線を外した。翠が何者かは分かったけれど、何をしに来たのだろうと雅樹は疑問に思った。

 よその支配者がわざわざ訪ねて来るなんて、何かの事件でも起きたのだろうかと。雅樹はまさか、自分の味見に来たなんて、この時は思ってもみなかった。

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