第11話 作戦会議
花山総合病院の院長、花山一正の依頼を受けた大江イブキと碓氷雅樹は、病院の調査を進めていた。
進めている筈なのだが、イブキと雅樹は個室のある高級焼肉店に居る。
大阪市内は食い道楽の街なだけあり、あちこちに良質な飲食店が点在している。
この店もその内の1つであり、花山総合病院からそう離れていない位置にある。
少し遅めの昼食として、イブキが雅樹を連れて来た。解決してもいないのに、焼肉で良いのかと雅樹は内心思った。
「あの、イブキさん。早く解決しそうって言いましたけど、何か分かったんです?」
雅樹はまだイブキの説明を全て聞いたわけではない。これからどうするのかも含めて、一旦聞いておきたかった。
それに周りに人がいない個室なら、普段通り色々と答えてくれそうだから。
「分かったよ。恐らくは治療中に死んだ霊だろうね。属性は怨恨」
「属性とは、何ですか?」
新しい表現に雅樹が反応し、説明を求める。
「私が使っているだけの表現だけどね。要するに幽霊となった原因についての言葉さ」
妖異化して幽霊となった、その根源を表すのがイブキの言う属性だ。
例えば死んだ事に気付けず、自分がどうなっているのか気付いていない。この場合だと属性は困惑や錯乱。
強い怒りを根源にしている場合だと、属性は怒りや憤怒。悲しみならば、悲哀などと表現する。
「その中でも特に強い属性が、恨みや憎しみを根源とする怨恨だ。これは地縛霊化する危険性が最も高い厄介なパターンさ」
人間は感情に特化して作られた半妖であり、普通の妖異以上に強いエネルギーを生み出す。
その感情が正のエネルギーなら良い結果を生むが、負のエネルギーは悪影響を及ぼす。
ましてやそれが、負の中でも強烈なパワーを持つ怨恨の感情である場合は、その殆どが深刻化する。
「恨み辛みは強いエネルギーだから、悪化するスピードが早いのさ。ましてや病院なんて、死の多い場所ではね。周囲に取り込める霊魂が非常に多い」
病院やお墓の様な場所は、成仏しきれず残留思念となって、霊魂が残り続けるのは珍しくない。
神事をしっかり行う病院や墓なら、定期的に除霊されて溜まり続ける事はない。
しかし現代は神など信じない者も多く、神事を蔑ろにしてしまう医療施設もある。
そう言った所や、人の死が頻繁に起きている場所は霊魂が溜まり易い。
「あの病院は淀んだ霊魂が溢れていた。あまり褒められた病院では無さそうだね」
「……そんな事まで、あんな短時間で分かるのか」
病院の調査は2時間ぐらいしか行われていない。看護師を連れて行った調査が1時間ほど。
看護師を眠らせた後に、イブキと雅樹が敷地内を練り歩く事1時間。たったそれだけの調査だ。
「あそこが露骨過ぎるだけさ。私の目から見たらね」
「何となく嫌な雰囲気だって事しか、俺は分かりませんでしたよ」
助手としては、殆ど仕事をが出来ていないと雅樹は気を落とす。ほぼ雑用しか出来ていないと。
「いや、君は素質があるよ。雰囲気に気づけるのは、感覚が鋭敏な証だ。それに囮役としては抜群だったしね」
「いやまあ、それはそうですけど……」
看護師を眠らせた後の調査で、雅樹は何度も霊達の視線に晒された。同時に御守りの凄さも判明した。
イブキが横に居てもお構いなしに、霊達が集まって来てしまう。それ程までに雅樹が、妖異にとって魅力的だという事だ。
京都の様にイブキが支配していない地域だと、こうなるという事実が雅樹にも確認出来た。
「何にせよ初日でここまで出来た以上、君は合格だよ。一緒にいた看護師なんて、何とも思っていなかっただろう?」
「ええまあ、確かに」
霊安室に入った時、雅樹は沢山の視線を感じた。とても嫌な雰囲気と共に。
しかし共に居た雅樹と同じ人間の、女性看護師は平然としていた。そこで先ず足切りラインがあるという事。
どうやら自分はただの囮役だけでなく、霊能探偵の助手をやる資格があるらしい。
とりあえずその事実だけでも喜ぶべきかと、雅樹は現状を受け止めた。
「話がズレましたね。これからどうするんですか?」
やや脱線してしまった話の方向性を、雅樹が元に戻していく。ついでにタン塩を焼き始める。
「昼からは分担しよう。私は病院関係者を上手く使って、色々と調べて来るよ。マサキは幽霊を見た人達から、聞き込みをして来て欲しい。特に幽霊の外見を中心にね」
「え、良いですけど、御守りを……あ、ありがとうございます」
言われずとも分かっていると言わんばかりに、イブキは一旦預かっていた御守りを雅樹に渡す。
イブキは肉の種類を気にせず、好きな順番でバラバラに焼いている。1種類ごとに焼く雅樹とは、食べ方が全く違う様だ。
「あ、というかそもそもなんですけど、大阪の支配者に会ってませんよね? 好きに動いて良いんですか?」
妖異の支配圏について教えて貰っていたので、雅樹はそこが引っ掛かった。挨拶とかした方が良いのではないかと。
「ああ、それは気にしなくて良いよ。ここの支配者は、私に借りがあるからね。雅樹も御守りを持っていれば、何もされないさ」
雅樹には借りというのが何か分からないし、支配者がどんな妖異なのかも分からない。
ただ今すぐ聞きたいほどに興味があるかと言われたら、正直微妙な所でもある。
どうせなら近畿2府4県全て、支配者が誰かを纏めて教えて欲しいとは思ったが。
「夕方に一度合流して、夜に備えようか。多分そこで決着がつく」
多分と言いながらも、確かな何かを感じている。雅樹の目にはその様に映った。
人間の幽霊と対峙するのは初めてだから、雅樹は少し緊張している。
御守りがあるから自分が襲われる事は無さそうだが、それでも怖いものは怖い。
あの日遭遇した餓鬼の姿と、起きた結果は今も忘れていないから。
だからここで、しっかりと過去を乗り越えたい。ただ恐れるだけではなく、対峙する敵として見据える。
せめてそれぐらいは、出来る様になりたい。戦うという訳じゃない、ただ逃げないというだけ。
それが今の雅樹を動かしている、原動力とも言うべきもの。戦わないけど逃げない、そんなリベンジだ。
自分が囮役として成立するなら、せめて被害者を減らすぐらいには仕事をこなす。
両親を殺された雅樹の、せめてもの反抗だ。
「へぇ…………ちょっと美味しそうだけど、今はやめておこう。君は本当に良い感情を抱くね」
「…………あんまり覗き見ないで下さいよ」
何度も感情を喰われたせいで、雅樹の考えは大体イブキに筒抜けである。
行きの道中みたいに、無謀な戦いを挑もうとする愚かさではなく、身の程を弁えた覚悟をイブキは好ましく思った。
イブキの言う人間を好きだという言い分は、確かに餌としての味に拘るが故である。
ただしイブキは、心ない殺戮マシーンでもない。想いというモノを、ちゃんと理解している怪物だ。
「一旦網を替えようか」
「……イブキさん、なんで焼肉はそんなに滅茶苦茶な焼き方をするんですか?」
雅樹が使っていた位置と、イブキが使っていた位置で網の汚さが違う。
丁寧に焼いていた雅樹と、雑で適当だったイブキの明確な差が出来ている。
料理はちゃんと出来るのに、何故焼肉だけはこうなのか? 雅樹には全く理解出来ない。
「そんなに、変かな? 焼肉は好きなものを好きに食べるのが良いんじゃないか。君の苦しみも悲しみも喜びも、全部好きな時に食べたいと思うのと同じでね」
「ああ……そうですか……」
雅樹は最近少しだけ目の前に居る美女が、理解できる様になったと思っていた。
だけどやっぱり人間じゃないのだなと、こうして思い知らされる。
見た目だけなら超美人なのになぁと、雅樹はいつもの様に複雑な気分になった。
ともあれ方針も決まったので、焼肉で栄養補給をしたイブキと雅樹はそれぞれ動き始めた。




