第107話 妖異の配下となった村人達
碓氷雅樹は倖田圭太達3人を、自分達が乗って来た船へと非難させる。大江イブキの指示で用意された、妖異対策課の巡視船だ。
名目上は海上保安庁の船舶として登録されているが、実際には特別な処理が施された対妖異専用の船である。
現在は結界が発動しており、異形と化した村人程度なら近付けない。そして海の妖異達は、誰が乗って来た船か分かっている。
イブキだけでなく、那須草子まで乗って移動していたのだ。酒吞童子と玉藻前が乗る船へ、不用意に近付こうとはしなかった。
「じゃあ、俺は行くので。ここを動かないで下さいね」
雅樹は船内に圭太達を残して、再び村の方へと向かう。イブキと草子が今も戦っている場所へ。もっとも、戦闘というより蹂躙だが。
巡視船の医務室に3人を預けた雅樹は、部屋の外で待っていた、妖異対策課の職員へ伝言を残す。
「あの人達をお願いします」
「あ、ああ」
妖異対策課の職員達は、雅樹の存在に戸惑っていた。あの酒吞童子と、玉藻前が連れている少年。彼に失礼がないようにと、上から指示が来ていた。
妖異対策課の上とは、内閣総理大臣である。一体彼は何者なのかと、職員達は興味を惹かれている。詳しく知りたいが、余計な詮索は禁止だ。
下手な行動に出て、イブキや草子の怒りを買ったら――命の危険まである。特に玉藻前は、身内以外に厳しい妖異だ。
どんな罰を受けるか、職員達は考えたくもない。下手な邪推をする事さえも、非常に危険な行為でしかない。もし見透かされたら……。
故に興味をそそられながらも、職員達は船外へと出ていく雅樹を見送るだけ。まだ雅樹の話は、全国に広まったわけではない。
玉藻前に鍛えられ、酒吞童子の助手をする少年。その話が全国の妖異対策課で、語られ始めるのはもう少し先の話だ。
(イブキさんと先生、どこまで行ったかな?)
今回は囮が要らないので、雅樹は船内で待っていても問題ない。だが雅樹は、助手として着いて行く事を決めていた。
どんな妖異がどんな手段を取るのか、自身の目で見ておく事で知識が増える。これからの活動に、活かせる日が来るかも知れない。
彼のそんな意思を受けて、イブキと草子は同行を許可した。雅樹を鍛えるという意味でも、良い機会になるだろうと。
同時にそんな雅樹の成長を、草子は高く評価した。この子はまだ、もう一段階ぐらい先が望めると見た。
剣の才能を開花させるだけでなく、妖異を正しく恐れ、その上で対峙する道を選ぶ心を持てている。現代の人間としては、上澄みと言える。
もしも雅樹が、侍として開花すれば。妖異を相手に、討伐隊を編成していた乱世の世。あの時代の水準まで、成長するかも知れない。
草子が雅樹に見た未来は、そのような光景だった。ならばこそと、より厳しく指導する事に草子は決めた。その分彼の生存率は、今より上がるのだから。
妖異に負けない人間から、妖異を押し返す人間まで成長させる。勝てはしないが、追い返すまでなら可能とする。そこまで行けるかは、雅樹次第だ。
(あっちの方で音がするな)
そんな期待を持たれていると知らない雅樹は、イブキと草子を探して薄明村の中を進む。もちろん警戒は欠かさない。
ここは妖異の住処であり、その配下がどこに居るか分からない。いきなり民家の影から、襲い掛かられる可能性は十分ある。
イブキと草子が討ち漏らす可能性は低いが、高を括って良い場所ではない。この村は既に戦場なのだから。
雅樹は慎重に歩みを進め、戦闘音がしている方へ進んで行く。すると途中で、異形の村人と遭遇した。恐らくは、逃げ出して来た個体だろう。
「気持ち悪いな!」
雅樹は持っていたいつもの木刀で、首元から突き出た幼虫の下半身を突いた。鋭い突きは中心を捉えて、木刀に巻かれた護符から電撃が迸る。
焦げた匂いが周囲へ漂い、異形の村人は仰向けに倒れた。彼らは完全な妖異ではなく、半妖の域を出ていない。少し強い人外という程度。
つまり雅樹であっても、適切な道具があれば倒せる相手でしかない。まだ都市伝説の怪物達の方が、幾らかマシだと言えるだろう。
「おやマサキ、一匹倒したんだね」
「ええまあ。結局コイツら、何ですか?」
逃げた村人を追いかけて来たイブキが、林の向こうから現れた。雅樹は倒れている異形の頭部を、木刀の先でつついて見せる。
妖異の配下が居るというのは、来る前から聞かされていた。妖異対策課からの報告で、事前に分かっていた事だ。
「コイツかい? マサキは山姥の事件を覚えているよね?」
「徳島の廃工場ですよね? もちろん覚えています」
廃工場を拠点に、下剋上を図ろうとした山姥の事件。まだ雅樹が、本当の意味で助手と認められる前の依頼だ。
そこで雅樹は、山姥に操られていた複数の人間と対峙した。何か黒い液体を、口から垂らしていた者達。雅樹は彼らに襲われている。
中々に衝撃的な事件だったので、雅樹は良く覚えていた。相手が人間だったせいで、護符の効果が出なかった。
その代わりただの人間だから、雅樹でも十分対抗出来た。もっとも相手が1人なら、という前提ではあったが。
「これはあの時と似ている。今回の場合は妖異の因子を無理矢理植え付けて、配下として使っているのさ」
「……こんなやり方もあるんですね」
人間を配下として使用する場合、幾つかのパターンが存在する。山姥の件では、純粋な精神支配だ。洗脳して自分の手足とする。
意思や自由は奪われて、ただ妖異のしもべとして使役される。この場合はただの人間に過ぎず、体の変化はそう多くない。
だが今回の場合は、主である妖異の因子を、人間の体に植え付けている。その象徴とも言うべきものが、この幼虫の下半身だ。
頭部の代わりに生えているのは、人間に植え付けた因子が顕在化した状態。こうなると、ただの人間では無くなってしまう。
しかし妖異となったわけでもなく、まだ半妖のままである。やや妖異寄りの半妖、ただの人外という表現が正しいだろう。
「とまあ、そんな感じだね。一言で言えば寄生だよ」
こうなった人間は、助ける事が出来ないともイブキは説明する。今ここで殺してしまう方が、彼らにとっての救いであるとも。
主を失ってしまえば、植え付けられた因子が暴走する。半端な化け物となって、いずれ死に至るのみ。今死ぬか、後々死ぬかのどちらかだ。
おまけに植え付けられた因子は、定着していたら取り除けない。そしてこの村で暮らす人達は、全員が定着してしまっている。
一目見ただけで、もう助からないのが分かったとイブキは言う。魂の歪さが、酷い状態になっていたと。
「謀反を起こそうとしていた、という話でしたもんね」
「ああ。だからコイツらを、自分の兵隊へと育てるつもりだったのだろうね」
今回の事件は、長年に渡って下剋上を狙っていた妖異が主犯である。妖異対策課の極秘調査で、この村が大変な事になっていると判明した。
村人が全員人外となり、不老不死の兵隊へと変化していたのだ。この島で祀られている妖異が、虎視眈々と進めていた計画。
自らの軍団を作って、他の支配圏へ侵攻するつもりでいた。潜入した調査員の尊い犠牲により、判明した手の込んだ勢力拡大。
日暮島のような小さな島々は、強大な妖異の支配圏から外れている事が多い。そんな細かな所まで、見ているのは面倒だと考える妖異が多い為だ。
故にこうして独立した小規模の支配圏を、所有している妖異達も居る。だが当然ながら、そういった妖異はあまり強くない。
「全く、バカな事を考えるよ」
「……この人達、神様を信じていたのかな」
神様として崇めていた妖異に、ただ利用されただけなのか。それとも望んでこうなったのか。雅樹には彼らの気持ちが分からない。
ただもしも不老不死を求めた結果ならば、同情する事は出来ないなと雅樹は思う。人間はいずれ必ず死ぬ生き物。
それを知っている雅樹は、永遠の命なんていらない。人間じゃない何かになって、生き長らえるより幸せに死にたい。
不老不死の成れの果てを見ながら、雅樹は村人達が何を望んでいたのか想いを馳せた。




