第105話 孤島にある村⑥
高瀬未央奈と倖田圭太は、薄明村の東側を探索している。何件かの家を慎重に探したものの、漁船の鍵は見つかっていない。
何度か異形の村人と遭遇したが、どうにか発見されずにやり過ごす事が出来た。息を殺しながら、2人は次の家へと向かう。
1階で駄菓子屋をやっているらしい2階建てで、1階の店舗側から侵入を図る。ガラス戸をゆっくりと開け、中を慎重に伺う圭太。
(よし、大丈夫だ)
圭太は未央奈を手招きで呼ぶ。薄暗い店内を懐中電灯で照らしながら、少しずつ店内の探索を始める。店内に置かれているのは殆ど駄菓子だ。
今必要なものではない。そもそも商品を盗みに来たのではないのだから当然だ。あくまで欲しいのは漁船の鍵。漁業関係者でないなら用はない。
最初は効率の悪い探索をしていた2人だったが、靴箱を見れば漁師の暮らす家か判断出来ると気付いた。今ではもう、真っ先に靴箱を確認している。
店舗部分に靴箱は見つからず、住宅部分の玄関を目指す。もし家の中に村人が居れば危険だ。注意しながら2人は進む。
慎重に進んだ2人は、玄関へと到着する。靴箱の中を光で照らすと、漁師が使っているような長靴が複数見つかった。
(やったね!)
(まだ鍵があるか、分からないけどね)
小声で会話しつつ、圭太は玄関を探る。人によっては、玄関に鍵を置く人も居る。靴箱の近くにあった壁には、自転車と思われる鍵ならあった。
しかし漁船の鍵は見つからない。そしてグループチャットを確認する時間が来たので、2人は未央奈のスマートフォンを確認する。
そちらでは長嶋健司と、篠原愛花の組から連絡が来ていた。未央奈が代表して返答をする。もう暫く、山内春樹と高村祐介の組から連絡がない。
嫌な予感が2人の間で広がっているものの、お互い口にはしない。何度か健司が安否確認を行っているが、2人からの返答はないままだ。
(……行こう未央奈)
(ええ……)
春樹は軽薄で適当なところがあったし、祐介は少々頼りにならない。だが民俗学研究会の仲間である事には変わりない。
せめて無事であって欲しいと、2人は思っている。もし村人に捕まったら、どうなってしまうのか。2人の心に不安だけが増して行く。
どうにか恐怖心を抑えながら、2人は家探しを始める。居間の棚や電話台の引き出し、台所の壁や机の上。どこにも鍵は見つからない。
1階を探しても見つからず、2階へと上がって行く。2階は倉庫と空き部屋、そして寝室があった。有り得るとしたら寝室かと、圭太は当たりをつける。
寝室を2人で探していると、未央奈が掌サイズのキーケースを見つける。開いて中身を確認すると、それらしい鍵が何本か見つかる。
(ねぇ圭太、どう思う?)
(うーん……当たりか分からないけど、一旦借りて行こう)
漁船なんて運転した事がない圭太と未央奈では、漁船の鍵か判断出来ない。車の鍵かも知れないし、家の鍵かも知れない。
ただ漁師が暮らす家なのは、探索していてハッキリした。漁船の鍵が含まれている可能性は高い。これだけ持って、家を出る事に決める2人。
(未央奈、連絡だけしておいて)
(分かった)
圭太が警戒しながら前を行き、未央奈がスマートフォンで連絡をチャットを打つ。それらしい鍵を、1つ手に入れたと。
漁船の鍵かは分からないという旨も伝えて、未央奈はスマートフォンをしまう。健司達も同様だったので、一旦港で合流する事に決まる。
2人で家を出て村の中を移動して行くと、連絡をして来なかった祐介の姿が見つかる。慌てて2人は祐介の側まで行き、無事であるか確認する。
(おい高村、大丈夫か? どうして連絡をしなかった?)
(…………先輩が、殺されて、それで――)
どうにも混乱した様子を見せる祐介。その発言から、春樹が殺されてしまった事を2人は察した。沈痛な表情で、仲間の死を受け止める。
だがいつまでも、ここに居るわけにはいかない。殺されてしまうというなら、尚更危険なのだから。2人は祐介を連れて、港へと向かう。
村人に捕まったら終わりだと、確定したからには余計慎重を期す圭太と未央奈。まだ混乱している祐介は、良く分かっていない様子だ。
普段から頼りない祐介が、春樹の殺される現場を見た。だったら動揺しても不思議ではないと、圭太は深く考えなかった。
しかし未央奈は、祐介の状態が少し気になった。どこか上の空で、様子が何かおかしい。体調でも悪くなったのかと、祐介へ話し掛ける。
(高村君? 大丈夫?)
(ちょっと……気分が……)
フラフラと歩く祐介は、まるで酔っ払いのような千鳥足だ。恐怖のあまり酒でも飲んだのかと、圭太は訝しんでいる。
だが祐介からは、特に酒の匂いはしていなかった。どういう事かと2人は祐介の後を追う。祐介はあまりに無防備なまま、前へと進んで行く。
もう少し周囲に注意をしろと、圭太が祐介に警告する。だが祐介は、まるで話を聞いていない。どこへ向かうつもりなのか、歩みだけは止めない。
いい加減にしろと、圭太が祐介の肩を掴んで止める。無理矢理振り向かせると、祐介は青白い顔をしている。どう見ても体調が悪そうだ。
(お、おい高村?)
圭太が祐介の体調を気遣い、大丈夫かと問い掛ける。しかし祐介は、虚ろな目でどこかを見ている。焦点が全く合っていない。
「俺……たすけ……て……」
辛そうな顔色で祐介が呟くと、次の瞬間には祐介の頭部が弾け飛んだ。血と肉片が圭太と未央奈へと降り注ぐ。思わず未央奈は叫んでしまう。
その光景は、初めて異形の村人を見つけた時と全く同じ。頭部を失った祐介の首から、ヒグラシの幼虫に似た下半身が生えて来る。
どういう理由なのか、村人ではない祐介までも異形になってしまった。慌てて圭太と未央奈は後ずさる。そんな2人の方へ向けて、祐介だったモノが近付く。
「逃げるぞ!」
圭太が未央奈の手を引いて、走ってその場を離れる。民家の影を飛び出したところで、誰かと圭太はぶつかった。
村人かと圭太は慌てたが、そこに居たのは部長の愛花だった。彼女しか居ない事を、圭太は不思議に思い尋ねる。
(先輩、まさか……教授は――)
(……私を逃がす為に、捕まったわ)
辛そうな表情で、愛花は起きた事を話す。突然背後を突かれてしまい、咄嗟に健司が囮となって捕まった。愛花は1人、逃げるしか無かった。
圭太も祐介と春樹が死んだ事を伝え、どんよりとした空気になる。6人居た民俗学研究会は、今や半分の3人しかいない。
唯一船を操縦した経験のある健司は、村人に捕まってしまった。これから3人だけで、どうにかするしかない。圭太が励まそうとした時だ。
彼らの周囲を異形の村人達が囲んでいた。いつの間にか、3人は追い詰められていた。音を立てていないのに、どうしてだと圭太は焦る。
追い詰められた3人は、背中合わせになって周囲を見る。逃げられそうな場所は、どこにもありそうにない。これで終わりかと、圭太は歯を食いしばる。
「おやまあ、随分と数を作ったものだ」
3人が聞いた事のない女性の声が、どこかから聞こえて来た。異形の村人達も、声の発せられた場所を探している。
「うげっ……何ですか、アレ?」
「来る前に教えたでしょ? 多分アレが配下よ、まー君」
今度は少年らしき声と、また別の女性の声が続いた。一体どこから誰が近付いて来るのか、誰もがキョロキョロと周囲を見渡している。
すると圭太が、歩いて来る男女を見つける。港の方から堂々と、こちらへ向かって来ている。こんな状況を見ても、動じた様子はない。
明らかに異常な化け物が沢山居るのに、少年以外は疑問に思っていないらしい。遠目でも分かる2名の美女は、涼しい顔をしていた。
そこに居たのは、腰まであるポニーテールと、パンツスーツ姿の似合う大江イブキ。隣を歩いているのは、彼女の助手をしている碓氷雅樹。
雅樹を挟んでイブキの反対側には、金髪の似合う剣道着を着た美人。雅樹の師であり初恋の女性、那須草子だった。




