第103話 孤島にある村④
日暮島の薄明村は、夕暮れ時を迎えようとしていた。民俗学研究会の面々は、公民館を出て行く。夕食を摂ろうと考えて。
しかし何やら、外へ出てみると様子がおかしい。何か別の空間に来たかのように、静けさが広がっている。
「うん? なんだ?」
長嶋健司は違和感に気付いた。今まで滞在して来た中で、こんなにも静かだった事はない。野鳥の気配すら――全く感じられない。
まるで時間が停止してしまったのかと、思わされてしまう程の静寂。一体どういう事なのだろうと、周囲を伺っている。
いつの間にか公民館の館長も居なくなっていたし、どこを見ても村人が見当たらない。たまたまだろうかと、健司は首を傾げる。
「どうかしたんですか?」
部長の篠原愛花が、どうも落ち着きがない健司へと尋ねる。彼はキョロキョロと周囲を見ており、一向に進もうとしないから。
「いや、何か変だなと思って」
「2人共、何の話ですか?」
公民館の入り口を出てすぐの場所で、立ち止まっている2人を高瀬未央奈が訝しむ。後に続いて出て来た学生達も同様だ。
未央奈の彼氏である倖田圭太や、軽薄な笑みを浮かべた山内春樹。そして一番背の高い高村祐介も、2人の様子を窺う。
何故先へ進もうとしないのだろうと。しかし彼らも、村がやけに静かだと気付いたらしい。お昼に見た時とどうも違う。
何がどう違うのかは、上手く説明出来ない。ただ何か、違和感だけは感じている。何かが違うという事だけは分かる。
「人が、居ない?」
圭太が漂っている違和感に気付く。人の気配がまるで感じられない。まるで誰も居なくなってしまったかのよう。
「は? そんな筈ないだろ」
「や、やめて下さいよ先輩……」
違和感の正体に、全員が気付いた。しかしそんな事、有り得る筈がない。台風が来て、避難したわけでも無いのだから。
遠くに雨雲が見えてはいるが、日暮島は綺麗な夕日に照らされている。雲1つない快晴で、人が居なくなる理由はない。
民俗学研究会の6人が困惑しているところに、突然スピーカーの雑音が聞こえた。通電した瞬間の、ノイズ音が届く。
公民館のすぐ近くにあった、防災無線のスピーカーだろう。何かの放送が始まるのかと、6人はスピーカーの方を見る。
すると聞こえて来たのは、人間の声では無かった。高い虫の鳴き声、カナカナというヒグラシの鳴き声が響く。
「これは、ヒグラシか? どういう連絡だ?」
健司は放送の意味を考える。1週間ほどこの島で調査をして来たが、こんな放送が流れた事はなかった。これが初めての経験だ。
日暮島というだけあって、何か理由があるのだろうか。健司が知らなかっただけで、定期的に流れていたのだろうかと。
「と、とりあえず、空き家に戻りませんか?」
「そ、そうですよね先輩」
愛花と未央奈が、宿泊する空き家に戻ろうと提案する。何か奇妙なものを感じているが、どうして良いか分からないから。
何が起きているのだとしても、村の中心に戻れば誰かいる筈だとも考えて。公民館は薄明村の端にある建物だ。
もしかしたら食堂にでも、集まっているのかも知れない。夏休みの最中だし、お祭りでもあるのかも知れない。
民俗学の観点から見ても、夏に祭りを行う村は多い。人が居なくなるなんて事態より、よほど有り得る話だから。
「あ、ああ。そう、だな。戻ろうか、皆」
健司が先頭に立って、村の中央へと向かって歩いていく6人。だが何故か、村の中央に向かう程、不安な気持ちが6人の心に浮かぶ。
理由はハッキリと分からない。ただ生物としての本能、危機感と恐怖が反応している。夕日はどんどん落ちていき、島へ暗闇が広がる。
どれだけ進んでも、人の気配はないままだ。スズメの1匹すら、どこにも見つからない。昼間はあちこちで見られたのに。
まるで何か、捕食者から逃げてしまったかのよう。そんな予感が、どうしてか拭えない。村の様子はおかしいままだ。
「あ、おい! あれ!」
春樹が林の方を指差すと、人影が薄っすらと見えた。残りのメンバーも気付き、話し掛けてみる事にした。漸く見つけた村人だ。
何が起きているのか、尋ねようとする。人の存在に気付いた事で、6人の間で安堵が広がっていく。自分達が感じたのは、ただの気のせいだと。
村から人が居なくなったなんて、そんな馬鹿な話がある筈ない。こうして実際に、誰かが居たのだから。胸を撫で下ろしながら、彼らは村人に近付く。
ハッキリと見えて来た姿から、村で暮らす中年女性らしい事が分かった。エプロンを付けたままの格好で、何故こんな林の中へ来たのかは分からないが。
「ん? ちょっと待て」
突然健司が待ったを掛ける。何故止めたのかは、彼自身良く分かっていない。ただ彼の本能が、止まるべきだと感じたのだ。
林の中を歩く中年女性は、どうも目の焦点が合っていないように見える。フラフラと歩いており、足下が覚束ない。
6人が見守っていると、女性の体に異変が起き始める。ぶるぶると震え出すと、突然頭部が弾け飛ぶ。周囲に肉片と血が飛び散る。
突然のスプラッターな光景に、愛花と未央奈が悲鳴を上げる。異変はまだ終わっておらず、虫の下半身らしき物体が女性の首から生えて来る。
それはまるで、ヒグラシの幼虫を思わせる形状をしている。何故そんなものが生えて来たのか、どうしてこの状態で、女性は死んでいないのか。
様々な謎が飛び交う中で、生徒達がざわついている。すると女性の体が、6人の方へ方向を転換して移動を始めた。
「に、逃げるぞ皆!」
健司の指示で、生徒達が走りだす。必死で林を出た6人は、何も考えずに村の中心へ向かっていく。誰かに説明をして欲しかった。
この村ではあんな光景が、起きてしまう何かがあるのかと。だが6人は村の中心に到着するよりも前に、恐ろしい光景を見た。
先程見た異様な光景と同じモノ。人間の頭部より少し大きなサイズの、幼虫の下半身を首から生やした村人達の姿だ。
愛花と未央奈が再び悲鳴を上げると、異様な村人達が6人の方を向く。ただそのリアクションを見た健司は、とある事に気付く。
「こっちだ!」
健司の指示で家の影に隠れる6人。追いかけて来た村人達は、隠れている6人を見つけられていない。先程6人が居た場所で、ウロウロしている。
(やはりか。どうやら目が見えていないらしい)
人間の頭が無くなり、代わりに生えているのは幼虫の下半身だ。目はどこにも付いていない。どうやってか、音だけを察知しているらしい。
より多くの村人達が集まって来る前に、健司が重要な事を見抜いた。だが未だに何が起きているのか分からない。
確かなのは、村人達がおかしくなってしまったという事だけだ。
(こんな所に居たくないです)
(私もそう思います)
愛花と未央奈が、この島から出る事を提案する。どの程度こんな状況が、広がっているのかは分からない。だが明らかに村の様子がおかしい。
もし村人全員が、こんな良く分からない異形に変わってしまったとしたら。いつか自分達も、同じ状態になってしまうかも知れない。
何かの病原菌なのか、食べ物に何かしらの問題があるのか。原因は分からないが、今はそんな事を探している場合ではないと。
(……よし、着いて来なさい)
小声で相談を続けた6人は、島からの脱出を目指す。1週間の滞在で、最も土地勘があるのは健司だ。先導は健司が担当する。
音を立てないように注意しつつ、島の中を移動していく。港を目指して隠密行動を続け、どうにかして島唯一の港へ到着した。
6人は幾つか停泊している漁船を調べていく。しかしどの船も、鍵が刺さっておらず動かす事は出来そうにない。
「……どうしろと言うんだ!」
健司が思わず叫ぶ。この島から逃げ出したければ、漁師の家か本人から鍵を取って来るしかない。戻るしかない、異形の蠢くあの村へ。
6人は相談した末に、その決定を下した。音を立てなければ大丈夫だと、自分達へと言い聞かせながら――彼らは再び薄明村へと向かう。
明日から1/4まで、10:10の更新とします。




