動物とロボットと妖精と
今日も学校の帰り、いつものパン屋さんへ行った。
パン屋さんの前には大きな桜の木があり、その桜は、八重桜で、花びらが幾重にも重なっていてボリュームがあり可愛らしく、パン屋さんの立派なシンボルツリーになっている。
パン屋さんの名前は「桜の木の下のパン屋さん」
美味しいパンが揃っているのはもちろんだが、選ぶのが楽しくなるパンばかりだ。
例えば、「カレー屋さんのご長男」カレーパンだが、大きなお肉がゴロゴロ入っていて、とても美味しい。
私が楽しみにしているのは、「メロンの心変わり」
メロンパンの中に、いちごクリームが入っていたり、もものクリームが入っていたりで、数種類のクリームが、日によって何かは分からない。
他にも、りんご姫のゆうつ、チョコレート王子の初恋、クロワッサンの午後、ジャムの討論会…。
他にもいろいろあり楽しくて美味しい。
言う事なしだ!
そして、店員さんがロボット1人だ、顔も、手も、足も、機械だが、パン屋さんの制服を着て、名札に「八重」と書いてある。
以前デパートで白いロボットを見かけたり、最近では、外食に行くとロボットが運んでくれたりする店もある。
ここのロボット、八重さんもとても感じが良い。
そして、当然のように一度店にきた人の顔は、全て覚えている。
さすがAIだ。
店の前の桜の木の下には、テーブルといすがあり自由に使える。
いつもキレイに掃除がしてあるので八重さんに聞くと、この桜の木が好きな近所のおばあさんが、掃除に来てくれているようだ。
八重さんがおばあさんを見かけると、おばあさんの好きなパン、「ジャムの討論会」と紅茶を出すらしいが、おばあさんは「私のことは気になさらないでくださいね。私はこの場所が好きなの、お邪魔だったらごめんなさいね」と言うらしい。
邪魔なはずがない、「とても感謝しています」と、八重さんは言っていた。
八重さんが言うには、おばあさんは店が開店するよりかなり早く掃除を済ませているらしく、八重さんもなかなか会えないと言っていた。
ある日パン屋さんに行くと、扉が閉まっていて、ブラインドが閉じていた。
そういえば、だいたい毎日来ているけど、お休みだった日は一度もない。
表の看板には「桜の木の下のパン屋さん」と書いてあるが、電話番号はない。
次の日も、次の日も休みだった。
心配になり両親に言うと、「パン屋さんの慰安旅行じゃないかしら?」母が言った。「それはあるな」と父は納得していた。
私が「レジの八重さんはロボットだよ」
父は「関係ないさ。同じだけ働いたら、同じだけ楽しみもいるさ」と父の答えに、今度は私が納得した。
次の日店に行くと、店の奥で電気がついているのがブラインド越しに見えた。
木で出来ているアーチ型のドアを叩いた。
トントントン。反応がない。
もう一度ガラス窓の奥をみた。
トントントン。反応がない。
もう一度…。
何度か繰り返した。すると、八重さんが見えた。
「八重さん。私、まりです。やえさーん」
トントントン
「あっ」
気がついてくれた。
でも、また奥へ行った。
そしてまた出てきた。今度はドアを開けてくれた。
私が店に入ると、八重さんはすぐに鍵をかけた。
暗い表情だった。
「八重さん、何かあったの?」
私が聞くと八重さんは店の奥へと案内してくれた。
八重さんに案内され店の奥へ行くと、そこには山羊が苦しそうにして横になっていた。
周りには動物たちがいた、リス、さる、うさぎ、鹿。一瞬驚いたが、苦しそうにしている山羊をみると、そんなことは言っていられなかった。
動物たちは、心配し過ぎて言葉もなくしてしまった。そんな顔をしている。
山羊のために動物たちはそれぞれに、身体に良いといわれる野草を探したり、八重さんは山羊の症状を読みとって、あらゆる方法を自分たちで模索してたようだ。
このままでは山羊が死んでしまう。
私は、父を呼ぶことを八重さんや動物たちに断って、すぐ父に電話をした。
こんな時の父はとても頼りになる。
そして父が来るまでに、八重さんに近くの動物病院を探してもらった。
父は店に来ると、何も聞かないで急いで山羊を抱えて「大丈夫だからな、すぐに病院へ行くからな」と、山羊を車に乗せて、私と父が付き添って動物病院へ行った。
山羊はもう高齢で、疲れも出ていて少し入院することになった。
店に戻り山羊の様子を伝えると、八重さんも動物たちも少し安心したようだ。
父は帰りの車の中で「しばらくは、山羊もパン屋さんも気をつけて見てあげないとな」と言った。
子供の私が言うのも何だけど、父は全てに愛の深い人だと思う。それは生き物だけでなく、物も大切にする。
ただ洋服を選ぶセンスは致命的で、以前1人でポロシャツとパンツを買ってきたとき、母は「あの大きなデパートで、この組み合わせ…?」
父は「良いだろう!このポロの色とパンツの色の組み合わせ、それに、ここにポケットがあるのが洒落てるだろ」ご満悦だ!
母が「相談する定員さんはいなかったの?」
父は笑いながら「定員さんは忙しいんだよ、それに定員さんの手を煩わすことはないさ!」
それ以来、父が1人で洋服を買いに行くことは無くなった。
見ていて楽しい両親だ。
私は山羊が入院してから、毎日山羊のところに行き、その後パン屋に行って山羊の様子を伝えて、少しだけ店の手伝いをした。
19時から塾があるので、それまでの短い時間だ。
レジは今まで通り八重さん。
私は、裏で動物たちとパン作りを手伝った。
手伝いながら動物の話を聞くと、山羊はここのオーナで、山羊が「パン屋さんをする」と言って山を下りて来るとき、自分たちもついて来た。と教えてくれた。
そしてロボットの八重さんは、ここに来た時、椅子に座らされていて、すぐには動かなかったが、
オーナのが修理して、名前の「八重」もオーナーがつけた。
店の前の大きな桜の木にちなんで八重。
八重桜の花言葉は「豊かな教養」「しとやか」
オーナーは「ピッタリだ!」と言って、ロボットは「八重」と命名された。
こうして、温かで器用な動物たちと、優しくて賢いロボットのパン屋ができた。
次の日は休みだったので、朝早くパン屋へ行った。
パン屋の前をおばあさんが掃除をしていた。
「おはようございます」声をかけると、
おばあさんは「おはようございます。今日はお早いですね」と微笑んだ。
おばあさんがオーナーのことを心配してたので、少し話をした。
「それはよかった。本当によかった。まりさんありがとう」そう言っておばあさんは握手をしてきた。
その時、お店の中の八重さんが見えた。
「八重さん、おはようございます。今おばあさんと、オーナーのことを話してて…」ふり向くとおばあさんはいなかった。
掃除は綺麗に終わっていた。
おばあさんは、ほんのり桜の香りがした気がした。
八重さんに言うと「私は香りのことは分からないのですが、おばあさんはとても桜を愛しています。だからでしょう」
「そうなんだ」なぜか納得した。
オーナーは一週間の入院で元気になりパン屋に戻ってきた。
動物たちも、八重さんも大喜びで、しばらくオーナーの傍を離れなかった。
復帰後、心配かけたお客さんに新しいパンを提供しようということになった。
私もそのミーティングに参加することになり、店に行くと1羽のカラスがいた。
見かけないカラスだった。
このカラスの、お爺さんのお爺さんのお爺さんのまたお爺さんが昔、有名なパン屋さんだったらしい。
カラスは誇らしげだった。
オーナーが「じゃあカラスのヤータくん。どんなアイデアがあるか教えてくれるかね」聞くと、カラスは「そですねぇ、お客様に気に入っていただけること、喜んでいただけること、美味しく食べて…」こんなのばかりが続いてアイデアらしいものはなかった。
すると八重さんが、「私もいくつか浮かびました」と、シャインマスカットの吐息。バナナの王様。ベーグルの悩み。サンドイッチのコーラス隊。ブルーベリーの真実。マロンの夢。
八重さんは止まることなく、いくつでもアイデアが出て、レシピも一緒に説明した。
そして最後に「春の桜の季節になったら、桜のパンもどうでしょうか?」と聞いた。
猿のイーサンは「それはいい!名前は『桜は僕らの御神木』だ!」
一瞬、桜だよ。もっと優しい柔らかな名前が…そう思った。
私がそう思うより早く「さんせい!」「さんせい、それ絶対いいよ!」「桜は僕らの御神木だぁ!」とんでもなくもり上がっていた。
そして、オーナーも微笑んで頷いていた。
私はカラスを「何しに来たんだ?」そう思って見たら、「そうだよ。そうそう」という顔で拍手をしてた。
なんか憎めない。
早速パン作りにとりかかった。
そして「ぜひ一番に食べていただきたい」と、父と母が呼ばれた。
どれも美味しくて、結局全部、店に並ぶことになった。
私はこの頃、漠然としていた自分の進路を獣医になりたいと決めた。
両親に言うと、驚いたようで、今までのんきにしていた私に、母は小さく「本気?大丈夫?」聞いてきた。父は「山羊のオーナを見たからだね」
図星だった。
それからは、猛勉強をした。八重さんは私の苦手なところを何度も何度も繰り返しサポートしてくれた。
他の動物たちも私の好きな「メロンの心変わり」をいつも店に行くと持たせてくれた。
みんなの励ましとサポートもあり、大学に合格。
店の前の満開の桜を見ながら、みんなでお祝いをしてくれた。
人前には出ないように、店の奥でパン作りを頑張る動物たち。
父が「『合格したい』と、言う気持ちより、『動物たちの力になりたい』その気持ちの方が強かったのかもしれないな」と言った。
母が「そうね、なにも考えていなかった、まり、にここまでやる気を持たせてくれたのだから」
両親の言う通りだった。一日でも早く獣医になりたかった。
オーナーも他の動物たちも安心させてあげたかった。
ある日の朝、久しぶりに早く店に行った。
あの、おばあさんがいた。
「おはようございます」
声をかけると、「まりさん、おはようございます。そしておめでとうございます」と言ってくれた。
おばあさんが、少し痩せたような気がした。
するとおばあさんは「私、もう百歳近いんですよ」と微笑んだ。
心で思ったつもりが、聞こえたのか気を悪くされなかったか?
少し痩せた後ろ姿が心配になりながら、おばあさんを見送った。
そして私は、また猛勉強の日が始まった。
相変わらず八重さんと動物たちは応援してくれた。
ちょうど八重桜の見頃の四月下旬、パン屋へ行くと、八重さんが「今朝、おばあさんに、桜は僕らの御神木。を食べて頂いたんですよ。そしたらおばあさん『こんな素敵なパンを作っていただいて…』って、涙を浮かべて、ご自分のことのように喜んでくれました」
その話を聞いて、おばあさんがお元気と知り、私も嬉しくなった。おばあさんは八重さんが言うように、本当に桜を愛しているのだなと思いながら、少し桜を見て勉強に取りかかった。
月日は流れ、国家試験も目前。
オーナーや、動物たちからは、たくさんのパンをもらった。八重さんからは最終チェックのプリントをもらった。
そして、いつかのカラスが、葉っぱを一枚咥えて来て「僕が住んでいる森の近くに、学問の神様の神社がありましてね、境内の葉っぱを一枚頂戴してきました。合格祈願をして、お礼も言ってきましたからね」と、さりげなく言った。
「ありがとう。本当にうれしい」カラスと握手をした。
オーナー、動物たち、八重さん、みんなと握手をし、みんなが笑顔で送り出してくれた。
「合格」これしかない。一生分の勉強をした気がする。
合格発表当日、両親の「おめでとう」の声を背中に、気がついたらパン屋へ走り出していた。
店のドアを開けると「おめでとう」「おめでとう」拍手で迎えてくれた。
カラスも、拍手をして「頑張ったね」そんな顔で頷いていた。
嬉しくて嬉しくて、宙に舞うようだった。
うさぎのハナは「まりのお祝い、盛大にしなくちゃね」と、喜んでくれた。
「ありがとう。桜が咲いたらみんなでお花見しようよ…」私が言い終わる前にみんなの顔が曇った。
オーナーが「ここ二年は桜の花が咲かなくてね…調べてみると樹齢百年ちかくになるらしいんだよ」
「心配なんだよ」鹿のノアが言うと、リスのルナも「私、時々、木に登ってみるの、でも元気ないの」
カラスのヤータも「木の上から見るのですがね、痩せたみたいですね」
みんな、こんなに心配してたんだ。
とんでもないことになっていたんだ。
私はみんなに樹木医のことを話した。
そして、八重さんに樹木医を調べてもらい、父に相談し樹木医に来てもらうことにした。
やはり、樹齢百年で花を咲かせるのは難しいと言われた。
だけど、その桜が四月の末、見事に花を咲かせた。
一夜にして満開になった。
その日、お花見をしながら、みんなでお祝いをしてくれた。
次の日行くと、桜の花は一つとして木には残っていなくて、パン屋の前はピンク色の絨毯だった。
そして、いつもおばあさんが使っていた、ホウキとチリトリが桜の木に立てかけてあった。
「あとはお願いね」と言うように。
いつかおばあさんから香った、桜の香りがした。
おばあさんが最後の力を使ってお祝いをしてくれた。そう思えた。
「おばあさんは桜の妖精だったんだ」動物たちはそう言って喜んだ。
私も、そう思った。「おばあさんありがとうございました。これからも、ここで動物たちと八重さん守ってあげてくださいね」
数日後、うさぎのハナが風邪をひいたと連絡があった。「こんにちはぁ、まりです。ハナ、来たからもうね、もう大丈夫だからね」