ep71 サイクロンの目
ここは4号車。作戦通り、ネイたちは5号車を制圧していた。6号車のガラスが割れた音は、ショウが詰めるきっかけだけではなく、ネイとミヤが5号車に進行するための布石だった。5号車の兵士たちも、その音につられて顔を出して身構えたら、殺戮兵器が突っ込んできたら驚いたどころではなかっただろう。だって、銃が当たっても全く効かない、というか全部ナイフで弾いてくる、わけのわからない少女が特攻してくるのだ。そして、その後ろからライフル構えた少女が的確に打ち抜いてくる。逃げる間もなく瞬殺されたに違いない。
親玉の大男も、5号車と6号車の境には近づこうとしなかった。下から攻撃される可能性があるからだ。だからこそ、4号車と5号車の連結部に落ちることを甘んじて受け入れたのだ。落ちた先に忠実な部下がいるから、挟み撃ちができるから、大いに勝機があるとふんだから、先に着地できれば逆に取り押さえることができるから、落下することを選んだのだ。だが、そんなことを実現させてくれるほど、相手も甘くはなかった。空中で体を捻ることを許さず、受け身を取ることも許さず、その上、仲間をさらに排除し、新たに人質を取ることさえ許さない。今感じることは、背中が痛い。
そんなとき、車内放送が流れる。
「えー、ハイジャック犯さん方、今すぐ武器を捨ててください。でないと、大事なボスが死にますよ」
列車を止めることはできずとも、車内放送くらいは乗っ取れたらしい。ネイはおよそ十代の少女からとは思えないほど凍えるように冷たい声色で淡々と述べた。
そして、ネイは通話状態のスマホを大男に向ける。声を出さない大男に、今度はミサが脛を手持ちのナイフの刃で撫でる。目にナイフ、口元にスピーカー、脛に刃を突き付けられていた。大男は状況を悟ったのか、目を瞑り全身の力を抜くと、微かな覇気を込めて口を開いた。
「お前ら銃を下ろせ」
「よくできました」
そこから大男を縄で拘束し、無抵抗でおとなしい残りの兵士もミサとネイが拘束していった。
そうして生き残ったハイジャック犯12人は4号車に集められた。皆手足を拘束され、おとなしくしていた。理由としては、乗客も同じく拘束されたままであるため手を出されないからなのと、今この場の支配者がショウたちで、それが自分たちをすぐには殺さなかったから、まだ殺されないと思っているからだ。むしろ逆に殺されると諦めているからかもしれない。4号車にいると扉が壊れたせいで入ってくる夕方の風が寂しく冷たい。
ハイジャック犯から完全勝利を収めたことを確信した乗客たちは、大きな歓声を上げていた。
「あとは任せた」
「どう調理しましょうかね」
「お前に任せる。でも興が削がれたから今日はもう引き金を引きたくはないな」
「むしろ、このままにしておくほうが残酷な結果になるかもしれませんよ」
「それは知らんな。当初の目的はほぼ完遂したし、後は自由に任せようか」
「それで、どちらに?」
「ちょっくら車掌の口封じに」
「私に任せていただいて結構ですのに。それと、それじゃあ殺してますよ。正しくは、口止め、ですね」
ネイと二人でニヒっと悪い顔で笑った後、ショウはそこから車両の前方に歩いて行った。フードで顔を覆って見ないようにしているが、羨望と畏怖と感謝と疑念その他諸々の乗客の視線が背中に突き刺さるのはわかる。
用事を済ませると、ショウはもとの6号車に戻ってきた。案の定、6号車は他の車両に比べて静かだった。ユウとアキだけであれば、こうはならなっただろう。乗客と平和な相互理解の場になって懐柔させられていたかもしれない。目つきの悪い姉ミサが一緒にいたせいで、話しかけることに躊躇したのだろう。番犬の役割は果たしたそうだ。
「君、本当にありがとう」
沈黙を突き破って、ユウたちが話しかける前に、まるで決心していたように、さっきの家族連れの男が感謝を述べてきた。気分が良かったので、ショウは気さく(できるだけ)に返事をした。
「さあな。ここまではハズレくじじゃなくて本当に嬉しいよ」
「でも、一つ謝りたいことがある」
「それじゃ足りなくないか。俺を戦いに行かせたことと、突っかかって来たこと、思いつくだけでも2つはあるぞ」
「いや、それじゃない。コロンブスの卵って有名な言葉がある。一見簡単で誰でもできそうだったりすることも、最初に行うのは難しいって意味だ。不覚にも、協力すれば私たちならばなんとかできるのではないか、いやそうすべきと思ってしまった。君たちはこんな限られた環境で、被害は最小限で相手を降伏させたんだ。到底、私たち素人ではこうはできない。こんな驕ったことを考えてしまったことを謝罪したい」
「なんだよ、自己満足か」
「そうなのかも……しれない」
「謝罪はコミュニケーションを円滑にするためのツールだ。誠実さがないだあ、反省してないだあ、謝罪にそれを入れろってほうが難しいってもんだよ。謝罪はあくまでも謝罪だ。その次の話の機会を作る、口をきいてもらうのが役割だ。で、何をご所望か? 何もないっていうんなら、勝手にお前だけ気持ちよくなってんじゃねーよ」
「では、名前は?」
「人に名を聞くときは自分から名乗るのがセオリーでは」
「私は柳原という」
ここで、先ほどよりは少女っぽい声でネイの車内放送が始まった。




