ep70 キリマンジャロの雪
最後尾の扉を開けると、ちょっとしたデッキに出た。ギリギリ1人ならタバコが吸えそうなくらいの手すり付きのスペース。列車の速さもあって、夕方の気温以上に肌冷たさを感じる。フードを一段と深く被り、一息呼吸を挟んでから、列車の屋根の上に飛び上がった。
「ようこそ、いや、おじゃましてます、か」
ショウはかがんで足と腕の3点で屋根に張り付いた。
先に屋根にいた大男が装備した2丁の銃の片方を向ける。
「貴様何者だ?」
「即発射しなかったことには感謝する。俺はただの乗客だよ」
両肩にショットシェルホルダーとアサルトライフルを掛けた、いかにも親玉らしき風格を醸し出している大男だった。高速で走る電車の屋根上に二本立ちしていることだけで凄い腕の持ち主であることは容易に推測がつく。
「俺様の仲間をやったのは貴様か?」
「正確には俺の連れだ」
「わかった。そいつらは殺そうか」
「まあ、それはいつでもできるんだからさ、ちょっと聞きたいことがあるんだ。せっかく、こう出迎えに出てきたわけなんだから、話くらいしてくもよくないか」
「貴様、何が目的だ?」
「それはこっちの台詞だよ。なかなかいい計画だと思ってな。だが、計画が良すぎて逆に誰の差し金か気になってな」
「褒める気があるのか、それは」
「計画は凄いし、実行するのもまたスゲーよ。まず、この列車は乗務員が少ない。だって観光地直通だから切符の確認とかいらないから。ハイジャックが漏れたり、対処される可能性が低くなる。また、一気に多人数を誘拐できて、家族連れで女子供多いからいうことを聞かせやすい。家族人質に男は兵員に駆り出せるしな。平和ボケしたやつらが銃を握る可能性も低いから、反抗もされにくい。しかも、帰り道だから皆疲れてる。よくできた誘拐計画だよ。唯一の欠点は、時間帯が夕方だから忍んで犯行に及べないことだろう。それも、BBが瓦解してる今なら大した問題じゃないか」
「そんなに俺様の作戦を褒めてくれる奴がいるとは思わなかったぜ。では、貴様は何しに来たんだ?」
「そりゃあ、俺にもやりたいことがある。それにはとりあえずお前がいる」
「なんだ、スカウトか」
「俺が誰をプロデュースするってんだ」
「とんだ悪徳スカウトだ。お前も殺したほうがよさそうだ」
「お前らみたいなのに会うたびにつくづく、アンシャンレジームの終りを実感するよ。まあ、ひとつだけケチをつけるとしたら、大将自ら出てくるべきではないな」
豪華列車での殺人事件ミステリーと屋根上でのバトル展開は、物語でのお決まり展開だ。こういうの一度やってみたかったんだよね。ただ、こういう場合、決着は大抵トンネルの上部に頭ぶつけるか、谷底に落ちるか、だ。しかし、残念なことにこの列車のルートはずっと山ひとつない平原を走ることになっている。つまり、死因トンネルも、谷底落下も起きない。せいぜい、どっちかが振り落とされてぐちゃぐちゃになって終わるだろう。
そして、ショウは仕留めにかかる一歩を踏み出す。それに反応した大男は、肩にかけた片方の銃の引き金を引く。しかし、ショウはすぐに踵を返し、屋根から下のデッキに降りる。敵の実力も運量もわからない状態で、しかも敵との距離を詰めるにしても向かい風なので戦略もクソもない。一旦戻ったいいものの、待ち構えられているだろうし、屋根にも戻れない。電車の屋根の上は映像映えはしても死ぬほど戦いづらい。そこでとりあえずは、屋根には上がらずピストル片手に頭一個出しで応戦する。しかし、大男は警戒してか、限りなく4号車に近い5号車の屋根の上を位置どっている。ショウのいる6号車の最後尾からは距離があるし、列車の進行方向に逆らう銃弾の命中率なんてたかが知れている。そんな睨み合いが続く。
突然、悲鳴が上がる。数多の銃声がする。ガラスが割れる音がする。それも6号車から。
なぜ制圧されたはずの6号車で威嚇射撃にしてはありえない量の破壊音がするのか。仲間が制圧し返したか。いや、それはない。指示していない。しかし、こちらの気を引くための敵の作戦にしては、悲鳴が大きい。乗客たちに同意や合図があったとは思えない。せっかく解放した戦力になるかもしれない乗客をわざわざ敵に回すようなことをするのか。少しでも見方は多いほうがいいのに。もしかして、こいつらは、想像以上にイカれているのか。イカれている奴らの考えなんて今即興で考えたとて理解できるはずもない。
訳のわからない展開を把握するために、大男は一瞬でも脳のリソースの一部を使った。その一瞬の隙で、ショウは一気に屋根に飛び戻って2車両近く離れていた距離を一気に詰める。2人の距離は5メートルを切っていた。そこまで近づくと、アサルトライフルの距離ではないし、ましてやピストルの距離でもない。銃弾戦ではなく肉弾戦の始まりだ。ナイフで斬りかかるショウに、大男もそれを避けながら拳で応戦する。列車の屋根というとてつもなく足場が悪い。先に一発貰ったほうが屋根から弾かれてノックアウトだ。
ショウの振りかざしたナイフに一歩下がることで大男は対処した。
「こんな足場の悪いところでステゴロとは、なかなかの勇気だな」
「埒が明かないときは拳に限る」
「だが、それがお前の敗因だ」
ショウは束の間の会話が終わるよりも早く大きく踏み込み、手に持ったナイフを大男目掛けて突く。さすが大男、太い肝を携えていたようだ。もはや刺される覚悟で踏み込んでくる。突きに対する対処法は主に二つ。距離を取るかもしくは間合いの内側に入って横から叩くかだ。普通は、避けきれなくて刺さるのを恐れて距離を取るものだ。それでも、大男は足を進めて、ショウの1本しかない腕狙い、ナイフを手放させ簡単に無力化するために、大きく踏み込んできた。
ナイフを伸ばしたショウの腕は横から払われ、いとも簡単に弾かれる。ナイフはショウの右目の視界の隅を横切ってフェードアウトしていく。そして、大男は防御に回す腕をなくしガラ空きになったショウの腹目掛けて拳を引く。
だが、ショウはその拳が伸びるよりも速く、勢いのままに男の腹目掛けて膝を突き上げて激突する。
攻撃の体制に入っていた大男の腹ももちろんガラ空きだった。勢いのままに2人は衝突し、そのまま屋根から、4号車と5号車の間へ落ちた。
「動くな」
ショウに突き落とされ、大男が背中から着地した場所は、ちょうど4号車の後部だった。4号車の貫通扉をぶち破り、その残骸が背中の下敷きになっている。そして、フード男が自分に馬乗りになっている。いきなり轟音とともに落ちてきた隕石に、4号車担当の兵士3人がワンテンポ遅れて銃を向ける。
「武器を捨てろ」
大男に馬乗りのショウは、今にも角膜に触れそうで、まばたきをすれば刃先に当たるくらいに大男にナイフを突きつける。それでも、兵士の一人が乗客に手を伸ばす。
花火のような破裂音が車内に響く。伸ばした兵士の腕が、血を噴射しながら吹っ飛んで壁にぶつかってぐちゃぐちゃになる。
ショウたちが落ちてきてからここまで一瞬の出来事。ここでようやく乗客の悲鳴が上がる。
そして、ショウの背中側からミヤとライフル片手に下げたネイが来る。
「動くなって言われたの聞こえなかったんですか? 次は1発じゃ済みませんよ」




