ep69 見て見ぬふりがもっと簡単に出来たら
ショウはすーっとひとつ息を吸ってワンテンポ置いてから再度口を開いた。
「もし、この中に敵の仲間がいたらどうする? お前らと一緒に捕まっているフリをしてるやつがいたらどうする? 背中から撃たれたらせっかく手に入れた休息を満喫する前にお釈迦になっちまう。あんたがさっき俺たちを疑ったように、俺もあんたたちを疑っている」
「じゃあ私たちはどうすればいいんだ?」
「おとなしくしとけ。敵は生きて連れてくことが目的なんだからいうこと聞いとけば命はあるさ」
「君たちがもし変なことをしたら、命を失うのは我々かもしれないんだ。どうすればいいんだ? 責任とか」
「自分のことは全部自分に返ってくるから責任を持つってのはわかるが、他人のことまでは預かり知れんよ。他人が思い通りに動くと思うな。せいぜい半分は俺のせいでも、もう半分はお前の領分だ。勝手にお前の半分をこっちに押し付けてくるなよ」
「無責任にもほどがあるだろ」
「じゃあ勝手に期待して勝手に落胆して、ブーブー言っているお前たちも相当無責任だな」
「……」
「おいおい、そう落胆するなよ。どうせどっちが勝とうが、やれることは変わらねえんだ。そこでおとなしく座ってろ。せいぜい、マシな結果になることを祈るんだな」
男は座った。乗客の罵声も鳴り止んでいた。一喜一憂が愚の骨頂であるとようやくわかったらしい。ショウたちが3人を倒した程度では状況は変わっていない、むしろ悪くなっているともいえる。
「どうだ?」
「無理ですね。遠距離ハッキングで列車停めるのは映画の中だけですね」
ネイはスマホを触っていたが、いまの装備ではどうにもできないようだった。
「やはり運転席奪って止めるしかないか」
「おそらく運転手は殺されてないでしょう。スピードも変わっていませんし、揺れ方とか、運転の腕や癖の感じは変わってない気がします。脅されてはいるでしょうが」
「この扉の向こうに乗り込んだら勝てるだろうか?」
「そうですね。遮蔽は多いですから、お互い弾を当てるのが一苦労、沼試合になりますかね。それに邪魔な人も多いですし、人質もたくさんいます。正面切って戦うのはおすすめできないですね」
「一瞬でケリをつけないと、こぼれる命が多くなるな。なあ、ネコ。もしお前が敵の親玉ならこの状況でどう動く?」
「そうですね、最後尾の車両が制圧されたのは気持ち悪いですが、それを我慢して、冷戦のまま目的地まで行きます。最後尾なんで、どうせ列車を止めることはできないでしょうし。列車が止まってから人質全員を集めて、見張りに割く兵力を減らして、それ以外を反逆者にぶつけます。というか目的地に別動隊を待機させて戦力を追加します。まあその前に、一か所に集めた人質全員をタテに反逆者に降伏を促します」
「予想の数倍ゲスイ答えが返ってきて驚いてる。それができるやつがこの世にどれだけいると思ってのか。それに、そうはならないと思ってるだろうに」
「だって、不幸中の幸いで問題が起きたのは最後尾だから全部を持ち去るのは諦めてそのまま切り離しちゃえばいいとか、屋根を伝って反対側のドアから奇襲をかければいいとか、そんなの待ち伏せされてたらすぐに昇天案件ですよ」
「呉越同舟って気持ち悪いんだぜ」
「そうですね。部下たちもよく統率が取れています。カリスマだけでここまでのリーダーシップが発揮できるなら大したものですよ。おそらく親玉は戦力のほうも多少覚えがあるでしょうね。自分の尊厳のために、部下の借りを返すために、ドンパチやりたくなるのが人間でしょうか。普段は見えていないものばかりなのに、たまたま目に入ってしまった気持ちが悪いものを見て見ぬふりできないのは人間の悪いところですね」
「そんなこと言ってたら、ほんとに来そうじゃねーかよ」
轟音を立てながら疾走する列車の天井から、雨でも降ったのかと思うような天井を揺らす微かな振動が感じ取れる。
「おい、チャンスだぞ。誰か迎えに行ってやれよ。待ち伏せで倒しても味気ないだろ」
ショウは、乗り合わせた乗客全員に向けて煽る。
「もしかしたら親玉だぞ。倒せば間違いなくヒーローだ。ヒーローになりたいなら堂々と一騎打ちで仕留めて来いよ」
さらに煽るが、乗客の誰もが目を逸らして俯く。屋根に出て敵を歓迎するような器量もなければ、のこのことやってきたところを迎撃したくもないらしい。自分ではない誰かがやってくれたらそれでいい、というか自分一人になりたくない、矢面には立ちたくない、そんな犠牲にはなりなくないらしい。皆が銃を持っていれば銃を持つし、銃を持たないのなら持たない。社会的動物としては正しすぎる振る舞いだが、人間としては、今の時代では、これからの時代では、果たして正解であるのだろうか。その分、ショウに対して声を上げたあの男は少しは勇敢なのかもしれない。
「誰か迎えに行ってやれよ。おもてなし、だぞ」
「私が見て見ぬふりが大事だと言ったばかりなのに」
「あんたもしかしてチキン?」
ミサの臆病者発言に乗客の俯いて固まっていた表情が綻ぶ。誰もが「言い出しっぺが行け」って思っていたらしく、当然の結果である。
「馬鹿なの? 俺、片手だぞ。列車の屋根に上ってどうやって銃撃つんだ? 足二本で立つの? 無理だろ?」
「じゃあ啖呵の切り方がとてもダサい」
「あまり時間がないな。ちょっと様子見てくるから、こっちは頼んだ」
「了解です」
「わかった」
ショウは1人で、反対側、最後尾車両の一番後ろの扉に向かう。
「おい、君、本当に行くのかい? 君の言った通り待ち伏せでいいんじゃ」
「もし屋根上に来た敵が対戦車ライフルでも持ってたらどうする?」
「そ、それは……」
「その場合、文字通りご破算だな。待ち伏せする前に。数学の公式みたいにはいかねーんだ。答えはいつもひとつじゃねーし、それまでの解法もひとつじゃない。なんだってあり得るんだ、現実は。読み外しただけで簡単に死ねるんだ」
「でも、そんなのこの世界にはないだろう?」
「なんでもありのこの世界で、俺はそんな賭けはできないな」
「もしかして、君は……。すまない。私たちの代わりに行ってくれようとしていたのに水を差してしまった」
「別に今からあんたが行ったっていいんだぜ。まあ、無理か。かわいいお嬢さんたち残してそんな真似できないよな。
勘違いするなよ。俺はここでくたばりたくねーから、仕方なくやってんだ。あんたたちの生死なんか気にしてない。まあ、せいぜいこの貧乏列車に俺らがいたことが吉と出るように指咥えて祈ってやがれ」




