ep68 映画の見すぎ
それは、ショウの推理の余韻の前の一瞬の出来事だった。大きな音を立てて3人の男が同時に倒れる。
ミヤが一番近くの男に飛び掛かる。男はその手の武器を振るう暇もなく接近を許し、ミヤのナイフが腹に突き刺さる。刺殺。
立ち上がったネイはショットガンを構え、もう1人の男にぶっ放した。不意の一撃を貰った男は吹っ飛んで倒れこむ。すぐにネイはサブマシンガンを抱えて追撃した。銃殺。
ショウに武器を押し付けていた男はショウの拳と足払い喰らって倒れこむ。その男に馬乗りなったショウは転がった男の刀を胸にザクリと立てる。刺殺。
武器には交戦距離というものがある。
一見万能そうな銃も、刀のほうが有利になる距離というものがある。今この時に限って、ショウと男の距離はゼロ距離だったといっていい。そんな肉薄した状態では、銃も刀も本来の力を発揮できない。繰り出す拳が一番速く、効果的で、確実だ。
この世界でショットガンが弱いとされている理由。まずは射程。ダメージは下がるが正直ピストルで事足りる。次に射撃間隔。一発撃ってから次を撃てるまでに多少のラグがある。さらに取り回し。装弾数が少なく、リロードが大変。
だが、最弱が最強になる瞬間というのは虚構ではない。
今回のような一撃の火力が必要で、絶対に当てないといけないから多少散弾するほうが都合が良くて、ターゲットの位置がおおよそわかっていて銃口を向けやすい、そんな絶好の状況だったのだ。ついでに、ショットガンを購入しても懐が痛まない。条件が揃えば最強、過剰な介護、豪華なお膳立てが必要、まるでワイルドカードのジョーカーとは真逆だ。
「大丈夫ですか?」
「ナイスだよ、ほんと」
「いえいえ、座席にナイフを残してくださったからですよ」
「武器に頼るって思い込みはよくないなあ。参考になるぜ。それにしても、人間武器庫は便利だな」
殴られても即死はないからと、銃を取り出したら先に斬って撃ってばいいと思っていたからこそ、片手の人間に取り押さえられることはないだろうと思っていたに違いない。ショウはだてに生き残ってきたわけじゃない。その辺のことも器用にこなしてきたのだ。
ショウが連行される前に座席に挟んで隠したナイフで、ネイは自分の腕の結束バンドを斬り、そのナイフを隣のミヤに渡した。そしてミヤはそのナイフで自分の腕を自由にし、刺殺に使った。ネイが使った銃は、アキがLPで取り出したものだ。すぐに回復するからこそできる浪費だ。本当に便利だ。一家に一台は欲しい性能だ。天賦のバグだからセーフだよね。たぶん。
「どうですか?」
「気付かれたっぽけど、予想してなかったのか、迷ってるっぽいぞ」
「しばらくは冷戦でしょうか?」
「目を光らせておくよ」
ショウは連結部の扉から隣の列車の様子を伺った。他の車両から銃声や悲鳴がしないこともない。多少の反抗はあったところもあるのだろう。だからこそ、ハイジャック犯たちは担当の車両を死守しなければならない。誘拐ならば、この列車ごとどこかに逃走するのが効率がいいので、人々を移動させる必要がない。ただ見張っていればいいのだが、だからこそ、自分の担当場所から眼を離したくないのだ。それに、仲間が制圧に失敗したところに同じ戦力で乗り込むのは自殺行為だから、手をこまねいているのだろう。さらに幸運なことに、ショウたちがいるのは最後尾の6号車なので、警戒する扉はひとつでいいし、挟み撃ちの心配もない。状況は最悪だが、ワーストではなさそうだ。
「持っとけ。武器無いだろ? 使いにくいかもだが、ないよりマシだ」
「わかった」
扉を見張るショウの元にミヤが拘束を斬ったので自由になったユウたちも駆けつけてくる。ミヤが無言でそのナイフを返却してきたので、そのまま押し付け返した。
「あんた、よくそんな物騒なものピクニックに持ってきてたわね」
「備えあれば患いなし。女の人の化粧みたいなもんだ。なしでは出かけられない」
車内は完全に熱狂に包まれていた。ハイジャック犯を倒し、圧政から解放されたのだ。乗客たちからは、喜びの声が上がる。そんなヒーローに拍手を送りたくとも、手が縛られていて拍手ができないので、一層歓声が大きくなる。
「なあ、早く解いてくれないか?」
1人の乗客が立ち上がってショウたちに言った。年齢は30過ぎくらいの壮年の男で、傍にはおそらく奥さんと小さな娘がいる。家族で休日ピクニックに出かけた人々のうちの一組だろう。
「はい?」
「え?」
「なんで解かなきゃいけないんだ?」
さっきまでの歓声が一変し、疑問符の後に罵声が飛び交う。
その発言を聞いたネイとミヤは表情一つ変えなかったし、アキは難しくも納得したような顔だったし、ミサは「前にもこんなことあったなあ」って顔に書いてるし、ユウは一度口を開けて驚いた後、口を閉じて言葉を飲み込んだ。
「え? だって……」
「なんだよ」
「君たちは何をするつもりなんだ?」
「俺は早くここから逃げ出したいだけだよ」
「私たちもだ。一緒に逃げたいよ」
その男はなかなか食い下がらない。正義感と義務感と責任感を感じられる。まるで正義の代弁者のようであるが、実際のところはそうではなく、それは成熟した大人の振る舞いのひとつにすぎないのであろう。
つい先程までショウたちに歓声を送っていた他の乗客はすでに男の肩を持っていた。こうも簡単に鞍替えされると、素直になるのがばかばかしくなってこなくもない。
「ここからどうやって逃げるんだよ? このスピードで飛び降りようなんて、映画のみすぎだな。どんな超人でも全身打撲じゃ済まない。列車のスピード下げるにしても停めるにしてもここは最後尾。運転席から一番遠い」
「列車を切り離せば?」
「それも映画の見すぎだぞ。隣にはまだ敵がいる。連結部弄っている隙にお釈迦様だ。簡単に外れる連結も逆に怖いだろ」
「それでも、まずは皆を解放してくれても」
「あのさー、俺をヒーローだとでも思ってるの? 誰にでも優しいとか思ってんの?」
「じゃあなんだよ。君たちは君たちだけ助かればいいと思ってるのか? それとも、きみたちもあいつらと一緒か?」




