ep63 本当の悪は笑顔の中にある
「こっち、こっち~」
すれ違う人々で騒がしい休日の駅の構内でユウは大きく手を振り、少女2人めがけてコールを贈る。それに気付いた2人は足早にこっちに向かって来た。
「2人とも可愛い。服もよく似合ってる」
「アタシはこれくらいしか服持ってないから」
「ふふっ。ミサちゃんあれだけ何着ていくか迷ってたのに(笑)」
「あんまり余計なこと言わないでよ、恥ずかしい」
姉ミサはデニムのショートパンツに肩出しのトップスと、若さの象徴と特権みたいな恰好で、妹ミヤは白を基調としたワンピースに麦わら帽子と、こちらもどこぞのお嬢様みたいな格好である。この双子の似ても似つかず、アンバランスでコントラストなところは、いつ見ても妙な違和感と納得感を与えてくるのだった。
「おはようございます。それに朝早くからありがとうございます」
ネイは深々とよそよそしく頭を下げた。
「あなたたちがアタシたちをピクニックに誘うなんて、何か裏があるとしか思えないんだけど、どういう腹積もりなのかしら?」
「そろそろ列車が来る時間ですし、まずは出発しましょうか」
六人掛けの列車の席に、ショウ、ネイ、ユウと、ミヤ、アキ、ミサの順で向かい合って座る。列車はすぐにノスタルジックな汽笛を鳴らして、一揺れと共に発射した。威勢のよい列車とは対照的に、6人は誰も目を合わせず口も開かず、そこには微妙な空気が流れていた。
あの事件のあった夜から半月ほど経過していた。事件の次の朝には姉妹を家に送ってから、ショウたちもマンションに帰宅し、それからはいつもと変わらない生活を送っていた。ショウたちは怪我とLPの回復を待ちながらトレーニングに勤しみ、ネイはパソコンの前に張り付いて情報調査に励んだ。皆の怪我が癒え、気持ちも落ち着いたであろうタイミングで、ネイが隣町の高原でのピクニックを提案してことにより、今に至る。
しびれを切らしたのか、睨み疲れたのか、ミサがネイに厳しめな声で訊く。
「で、どういうつもりなの?」
「どういうつもりも、ほとんどただのピクニックですよ。親睦会的な。そんな辛気臭い顔してないで、楽しみましょうよ。じゃないとせっかくのピクニックが台無しです。そうだ、せっかくですし“あれ”やりましょうよ。移動時間のレクリエーションといえば、“あれ”ですよね。憧れてたんですよねえ。こういうの」
終始ニコニコなネイは鞄に手を突っ込んで、手のひらサイズの四角い箱を取り出す。表紙の9割を規則的で不規則な赤い絵柄が占め、その周囲は白く縁どられている。“トランプ”だ。
「ババ抜きをしましょう」
「呑気で羨ましいわ」
「私に勝ったら、何でも質問に応えてあげてもいいですよ?」
「もしあなたが勝ったら?」
「そうですねえ。では、今日一日は、親しみを込めて私を“ちゃん”づけで呼んでください」
「乗った。あんたの鼻を明かすチャンスね」
誰も、簡単にネイに乗せられるミサにも、イマイチぱっとしない賭けの内容にもツッコまなかった。ショウはぼーっと車窓からの退屈な景色を目に入れながら、そっと頭のギアをひとつ上げた。
ネイは箱から中身を出すと、ジョーカー一枚を抜き、手際よくカードをシャッフルする。ある程度混ぜたところで、カードの束を正面のアキに渡し、もう一度シャッフルさせ、カードを配らせた。アキに配らせたのは、シャッフルやディールでのイカサマを疑われるのをケアしてのことだろう。
「右隣の人からカードを引くということで。開始はミサさんからでいいですよ」
トランプは全部でジョーカー含めて53枚。6人でするとなると、1人当たり9枚で、配ったアキだけは8枚。
順番はミサがユウから引き、ミヤがミサから引く。ショウがミヤから引き、ネイがショウから引く。最後にユウがネイから引く。
このルールの場合、1位をとるなら初期手札は偶数枚であることが望ましい。1ターンでの手札の変動枚数が0枚か2枚であるから、奇数枚だと最後は手札が1枚になってしまう。単純な話、1枚よりも2枚のほうが確率的にペアを作りやすいよねって話だ。手札2枚なら自分が引いてペアを作れれば、そのまま残った一枚を相手に渡せばあがれるし。よって、奇数の民は単騎待ち、それもほぼ地獄単騎を自模らないといけない。今回の場合だと、アキが少し有利である。
ショウは自分の手札を確認する。ひとつだけペアができたので、揃えて捨てる。ついでに、目の前にジョーカーがある。
「あっ、なくなった」
アキが両手をパーにして広げている。自分で自分に配った8枚で4ペアを作りきってしまったらしい。
こいつあがりやがった。やりやがった。一応遠目に確認はしていたからイカサマは疑う余地がないし、ケチのつけようがない。運がいいとかいうレベルじゃねえ。天和じゃねーか。
整理した後の初期手札は、ショウ7、ネイ5、ユウ5、アキ0、ミサ3、ミヤ7。
よって、残った5人でのババ抜きが始まった。
ネイはショウがジョーカーを持っていることに気付いた様子だった。人は、配られたカードを見てジョーカーが無ければホッと胸をなでおろすし、ジョーカーがあればギョッと胸を衝かれ、それを隠そうと平常心を装うものだ。ネイ視点で、自分にジョーカーがなく、皆が安堵しているのに、1人だけ平常通りのポーカーフェイスを決め込んでいたら逆に不自然で、そりゃ特定できるのは当たり前だ。普段通り冷静に振舞っていたのが、仇となったらしい。ここは安堵を浮かべる演技をするべきだったかもしれない。というか、ジョーカーがなくてほっとするなよ他のやつって感じだ。
取り取られ引き引かれて、1週回ったとて、手札がそう減るわけではない。5人でしているのだから、早々簡単にはペアが作れるわけがない。
ネコさん、手札が見えている。1週目は見ないふりをしたが、2週目も相変わらず見えている。手札を見られても基本いいことはないから、列車という限られたスペースでするときは特に注意するべきだ。
しかし、コイツ、わざとだ。どうやら、察するに、俺の手も進めたいらしい。
自分の手が進めばオッケーで、俺があがるのもまた有利に事が運ぶとわかってのことらしい。
この状況の場合、前の人があがると、自分が引けるカードがないため、そのターンはカードを渡すだけになる。よって、手札の変動枚数はマイナス1枚だ。これが意味するところは、つまるところ、手札の偶奇を切り替えることができる。だが、またも自分の前の人があがると、偶奇がまた元に戻ってしまうことは注意しなければならない。
3週目にネコが俺からカードを引くとき、輝かしい曇りある眼を向けてきた。どうやらジョーカーが欲しいらしい。視線を動かせばジョーカーの位置なんて簡単に通知できるから、望み通りジョーカーをくれてやる。どうやら、ユウの癖にだいたい見当がついたらしく、見事すぐ次の番でユウにジョーカーを渡すことに成功していた。表情には出さないが、ちゃんと性悪なオーラが出ている。後々、ジョーカーはユウからミサに渡り、ネコの一種の嫌がらせかつ分からせは成功したらしい。
一方の俺は、ネコが見せてくる手札の情報も併せて、自分の手を進めていく。ネコと自分とでペアができる札はなるべくネコに渡し、それ以外の札は誰が持っているかを予測しながら、ネコに渡すか、自分で抱えてあがりに使うかを選定していく。
その甲斐あってか7枚あった手札はみるみる減っていき、気付けばネコの手札どころか全員の手札を追い越し1枚になっていた。一応、ネイが抱えていたことのない札ではあるので、それ以外の3人の誰かが抱えている札だ。トライアンドエラー、3週でその札を自模る。俺の2位が確定すると同時に、ネイの有利状況をアシストしたのだった。
それからは、誰もひょっこり運だけ自摸をしなかったので、ネイが確率の暴力であがりを掴み、ミヤがしれっとあがりを掴み、ミサは掴んだジョーカーをユウに押し付け返し、文句を言いながらもユウにあがりを掴ませなかった。
というわけで最終順位は、1位アキ、2位ショウ、3位ネイ、4位ミヤ、5位ミサ、最下位ユウ。
「あーづづづ。もう一回!」
「そこは、『ネイちゃん、もう一回やろうよ、いや、やりましょうよ』じゃないですか?」
「もう一回お願いします。ネイちゃん」
ミサのプライドはここではもう塵もないらしい。呼び方どうこうよりも負けたことのほうが嫌らしく、せめてイーブンには持っていきたいらしい。負けず嫌いって面倒だけど、下手に開き直って扱いにくいよりはマシか。
ネイはバレなきゃ何でもありと言わんばかりの大人げない勝利を上げ、満更でもない様子だった。調子づいたのか、もしくは無邪気に楽しんでいるのか、ガサガサとカードを集めて、束をシャッフルし始める。
全員が手札を見たとき、ユウの片眉が吊り上がっていたのをショウは見逃さなかった。順番はさっきと同じなので、ショウにジョーカーが回ってくるのはしばらく後だろう。第二ラウンドはズルもなく、順当にゲームは進んでいった。結果は、ジョーカーが一切動くことなく、アキ、ネイ、ミサ、ショウ、ミヤ、ユウの順。こういう運の絡むゲームでは、どうしても自称稀代の天才のネイでも、確率の壁は突破しても、偶然の壁には抗えないらしい。アキの運が良すぎる。
続く第三ラウンドも、まあ大方予想のつく結果に終わる。




