ep6 実の力のみで1
スマホの振動がうるさい。
今日という今日も夢見が悪く、気分が乗らない。
目には前髪、肩には気だるさがのしかかっている。しかし、寝起きで冴えないながらもどこか穏やかそうな表情をしている。
男は簡素な寝床から起き上がると、音を鳴らし続けるスマホを耳に当てる。スマホの向こうからは、重圧感ある低い声が聞こえてくる。
「昨日はお疲れさまでした、ロストさん」
「いつも言ってるが、そう名乗ったことはないんだがな。で、何の用だ?」
「昨日は残念でした。かなり有力な情報でしたのに」
「お前はなんで昨日はBBのガーディアンが負けたと思うか?」
「さあ。しかし、BBが戦力を出し渋ったわけではないと思います。もちろんあなたのせいでもないと思います」
「なら、アレか」
「おそらく」
「それで、何か用か? 回収した銃は現場の転送機でいつものところ宛に送ったぞ。なんか料亭の近くの転送機、普通のよりちょっと大きくて特殊だったがまあいいか」
「確認しております。いつもありがとうございます。これからもどうぞご贔屓に。今日お電話したのは、昨日の襲来に関与したボウトの行方がつかめたもので」
「いつもごとく仕事が早いな。で、どこだ?」
「今日はふ……。いえ、なんでもないです。それで、今日行かれますか?」
「どうせ他にやることもないからな」
「では、あとでメールで送ります」
「バックアップもよろしく」
「では、後ほど」
情報屋からの仕事の連絡だった。太陽が最頂点に到達する少し前の出来事である。
時代の変化、社会の変革、状況の変容に伴って、ゴーストタウンと化した地域の一角。寂れたその街跡には人影などないし、誰も寄り付かない。すでに街として機能不全に陥っている。そんな街跡を少し入ったところの、ボロボロの建物の中に隠されるように建てられた、仮設住宅のよりも心もとない、小屋というのも疑問が残るような場所を、ロストと呼ばれている男は住処にしていた。電気と水道が辛うじて通っているくらいで、部屋にはベッドくらいしかない。要約すると、内外問わず、今を生きる人間が住むような環境ではない。
ロストというのは、過去に一度、ネットの掲示板に書かれた呼び名だ。徹底的に目撃者を排除するような矜持は持ち合わせてはいない。しかし、情報戦で不利になるのは避けたいので、ネット上に上がった情報の統制・監視・削除を情報屋には依頼している。そして、その中で見つけたその名前を情報屋はひどく気に入っているらしい。
ロストは、送られてきたメールを確認し、準備を始めた。食事の缶詰を胃へ流し込んだ後、昨日拾ってきた銃を厳選した。使用するものは、事前に手入れをし、弾丸を補充する。それ以外は売り捌く。スナイパーライフル、ショットガン、アサルトライフル、サブマシンガンなど、銃の種類はそれなりに存在する。しかし、片腕しか使えないこのロストにとっては、ダメージ効率と取り回しが良い、ピストルを一番愛用していた。
準備が終わると、ロストはトレーニングで体にギアを入れたあと、廃墟を出立する。
送られてきた目的地は、とある町の裏路地を入った先の廃ビル。高さ5階くらいの廃虚が建ち並んでいる路地なのは知られているが、それをもう少し奥に進んだところ。人が寄り付かない地域に変わりはないから、ボウトがたむろするのには都合がいい。踏み入れたことがない場所ではあったので、理解度の低い場所なのは確かだった。
目的地付近に到着したロストは、向かいのビルの屋上に上って、しばらく目的のビルを観察する。昼間は人の気配は見られなかったが、日が暮れるにつれて人が集まってくる。確認したのは全部で12人。昨日BBのガードは3部隊計30人ほど導入されたはずで、襲撃したのは全部で60人程度だったと情報屋は言っていた。戦闘のプロ、職業軍人であるガードを30人相手にして、12人なら割と生き残ったほうだ。それはつまり、それだけ強い奴がいることの裏返しでもある。
人通りもない、監視カメラもない、そもそも人がいないその場所はボウトには絶好のたまり場だが、逆に襲撃もしやすい。周囲への被害とか一切考えなくて済む。
目的のビルの最上階で祝杯を挙げているのが確認できる。
鈴橋の情報を手に入れ、それの抹殺なり拉致なりが奴らの目的であると考えられたが、鈴橋死亡との情報は見たところまだ出回っていない。BBからしたら、会長の暗殺は会社存続にかかわる一大事であるはずなので、そのような情報は統制したいだろうし、迅速に襲撃者の排除も行うだろう。襲撃者側も馬鹿ではないので、それを公表するのは自分たちが襲撃者ですと言っているようなものであることを理解している。だから、襲撃者たちはBBの戦力をもう少し削いでから会長の暗殺を公表して勢いをつけたいと考えるだろう。
まあ、実際は死んでいないのだからこうはならない。ただ、BBのガード全滅はかなりの大事件である。今頃、BBは死に物狂いで捜索しているだろうから、襲撃者たちはしばらくおとなしくしているつもりなのだろう。
そして、贔屓にしている情報屋がかなり優秀だったので、BBよりも先に襲撃者の特定を済ませてしまった。
目の前の奴らがBBのガードを壊滅させた一員なのは間違いない。騒いでいるところ悪いのだけれど、抹消のターゲットにする理由には十分だった。
―作戦開始―
まずは、目的の廃ビルの隣のビルの屋上に行き、そこから目的の建物の屋上に飛び移る。戦闘態勢を整え、すぐに襲撃にかかる。
(爆弾を仕掛けて建物ごと爆破するのが手っ取り早いのだが、この世界では殺傷力のある爆弾は禁止されている。これは法などではなく、世界のルールと言っていい。所持だけでLPを全部持っていかれてゲームオーバーになるとされている。この世界は、銃撃戦を推奨したいらしい。)
ロストは、屋上から体を吊るし、窓ガラスを割ると同時に閃光弾を投げ込む。中のボウトたちは突然の物音に振り返るが、その先の凄まじい発光を目に浴びて途端に動けなくなる。その一瞬の隙に、ロストは正確に手前にいる奴らから順に、弾丸を正確に打ち込む。ピストル3丁、計24発、一人あたり5発。ほぼ命中。
ロストは、空になったピストルを部屋の中に投げ捨て、壁を蹴って屋上に戻る。
ボウトのうちの数人はいきなりの閃光に目がやられている状態ながらも反応して撃ち返してくるが、もうそこにロスト姿はない。
足音、声から推測するに確実に4人殺れたはず。残りは8人。
すぐに、屋上へ続く階段を上ってくる2人分の足音。
それらが階段を登り、屋上への扉が目視できたであろうタイミングで、ロストは屋上から振り子ような軌道でさっきと同じ窓から閃光弾を下の階に投下する。
屋上の下から爆弾が破裂する音、叫び声がする。ロストは、その音に合わせて屋上の扉を開け、音に反応してできた刹那の隙に階段にいた2人に発砲、ノックアウト。残り6人。
すぐに銃を持ち替え、もう一度、振り子軌道でフラッシュボムを下の階に放り込む。しかし、今度は最初の襲撃のときに残弾で割っておいた別の窓ガラスのから放り込むことで、意表を突く。
それと同時に、ロストは屋上から飛び降りる。先ほど割った窓から下の階に見事着地し、一番近くにいた1人に銃を撃ちながら、そばの柱の陰に身を隠し、ピストルを口で加え、器用にタクティカルリロードを済ませる。今ので1人を仕留めることに成功したため、残り5人。しかし、ボスらしき男は奥にいることは確認していた。それゆえ、これまでの7人に含まれている可能性は低い。ボスをとり残してしまったというのは、襲撃においては致命的なミスになりかねない。
少しの膠着状態が訪れる。
ロストが柱の裏で様子をうかがっていると、ボスらしき人物が話しかけてくる。