ep55 絶命
今度も空間を裂く斬撃がきて、次の瞬間にはあっという間に距離が詰められていた。両手の刀が交互に絶え間なく降りかかってくる。先ほどと刀の振りと速さ、重さは劣らないまま、攻撃回数が2倍になったようなものだ。
剣道だと二刀流は流行していないと聞くが、ここは剣道大会の会場ではない。弦木は一本の刀での到達点を超えるため、二刀流を開拓したかのような男だ。一本よりも二本のほうが強いを素で実行しているのだ。純粋に武を極めた天然の強さに蹂躙され、ショウは防戦一方で押されていた。しかも、攻撃が相変わらず重いせいで、うまく受け流さないとナイフのほうがやられる。銃を使う暇もなく、猛攻に耐えることしかできない。圧倒的な体格差もあるし、回避を失敗すれば命取りになるし、防御に専念していては相手は死なない。ボムで隙を作ることに成功しても、それで致命傷まで持っていくには遠い。また、手持ちのボムの数にも限りがあるし、ボムに殺傷能力がないとバレ始めると反撃もままならなくなってくる。このままだとジリ貧になるのは火を見るよりも明らかだった。
そして、元のスペックが高すぎて、多少のハンデででは役に立たない。プロのピッチャーの片手が使えなかったところで、利き腕で球さえ投げられれば、素人くらいなら余裕で抑えられる、そんなところだ。左足を怪我しているのが嘘だと感じられるくらいに、弦木は動いている。左足が使えない想定で訓練でもしていたのかと思うくらいに、足慣れている。むしろもしも万全の状態で相手をしたらと思うと恐怖すら湧く。
つまるところ、ショウはどうしようもない劣勢を強いられていた。
……やけに静かだ。
戦闘の打開策を求めて周囲の情報を拾い直すと、ショウは耳から入ってくる情報のデシベルが減ったことに気が付く。当初は破壊された車と共犯者たちの随分と前方に立ち、牛飼と弦木に立ちふさがっていたのだが、弦木に押されてショウは故障車が真横に見える位置まで後退していた。
さらに横目で確認すると、その奥にはジンがフェンスに叩き付けられて血を流していて、ミヤもうつ伏せで転がっている。ジンとミヤが前衛と後衛を入れ替わりながら、ナイフと銃で絶え間なく攻撃を繰り出していた息の合った音はしていた。2人の戦闘センスは目を引くものがあるとショウは思っていた。だが、結果は明らかに完敗だった。見るからにボロボロだ。まだ2人とも息はありそうなのが救いか。少し離れて、転がっている人体がもうひとつ確認できる。装いからしてミサだった。
ショウが周囲を確認できた少し前、アキ、ユウ、ラビット、ミサたち4人の前に急にジンとミヤを払いのけた牛飼が現出した。
急に目の前に現れた牛飼に4人は声も出なかった。この際、そのタネや仕掛けのことは後回しだ。突然接近してきた黒幕に、ミサは咄嗟のことながら殴りかかった。牛飼はミサの懐に入り込んで拳を躱し、顔面を裏拳で振り払った。ミヤはそのまま吹っ飛ばされ、フェンスに激突する。アキも銃を持ったはいいものの、先ほどから牛飼に銃が効かないところを見ていたため、トリガーを引かなかった。ミサを造作もなく吹き飛ばした牛飼は、ラビットの首を掴んで持ち上げた。それを見たアキは、ラビットを囮に、腰の引けたユウを引っ張って牛飼から距離をとった。
「期待外れといったところか。まったく残念だ」
「ははーん。あんたのっ、目が節穴なだけ……だ」
「負け犬の遠吠えにしては弱いな。せっかくこれ以上ない環境を与えてやったというのに。そこから抜け出すひょうきん者はどんな命知らずかと思って来てみれば、この程度か」
「悔しいがっ、私も同じ気持ちだよ。かの悪名高き問題児“ブル”がこの程度っ、だったなんて」
「口が減らない女だな。殺奪を乃公が握っているのがわからないほど頭が悪いのか?」
「お前は凄い。確かにお前は私よりも進んでいる。だが、確信したよ。お前が何をしたいのかは知らないがきっと打ち砕かれる」
「そこは阻止ではないのかな? それではいかにも一度叶ってしまうことにならないかい?」
「人外の力を使えば、そりゃあ速くゴールにたどり着ける。人の力だけってのは成長にも、結果を生むのも相当の時間がかかるものだ。どっちが強いかは断言したくはないが、美しさには天と地ほどの差がある。だから信じているんだ。物語が美しくなりますようにって。だから、追いつくよ。いつかきっと。そのときがお前の負けだ」
「自分の死後だからって好き勝手言うのはあまりにみっともないぞ」
「理想は現実に打ち破られるって相場が決まってる。それでも、追い求める、いつか勝てると願って。そうだろう? 私にも理想ってやつがあるからね。
でも、まだ負けたわけじゃないさ。私の理想が私一人の死で終わってたまるものか。この先の未来に私の理想のほんの一部でも実現する可能性が見出せればそれで十分さ。ちょうど託すアテが見つかったところで、私はつい嬉しかったのかもしれない」
「お前がこの世に残せるものは塵一つもない。わかっているだろう?」
「そうだね。研究成果も燃やされちゃったし、どこかに隠したところでどうせあんたに発見される。どこにも残っていやしない。唯一残っているのは私の頭の中だけだ。でも、必要ないさ。バタフライエフェクトって言葉があるだろう? 私が一から十まで教えなくとも、彼らは彼らなりの方法で竜巻を起こしてくれるさ」
「安い命乞いすらしないのか。潔いが、少し面白くないな」
「命乞いの代わりといってはなんだが、あんたの目的が聞きたいかな」
「もっと面白くないな。乃公が軽口に見えるのか?」
「口の重量は知らないが、あんたの目にはまだ人が生き物として映っているように思ったんだよね。悪逆非道で人をゴミのように扱っているにも関わらず。なんだ、人の上に立つ王様じゃなくて、動物園の支配人にでもなりたがっているのかってね」
「この世には、2種類の人間がいる。虐げる人間と、虐げられる人間だ。虐げられる人間がいなくなっては面白くないだろう?
動物園か。いい言葉だな。
乃公が生活・食料・安全が保障された楽園を用意してやろうと言っているのに、抵抗する者の気が知れないな。飼いならされるのなら野垂れ死んだほうがマシだという酔狂な奴らとは、なおのこと雌雄を決するほかない」
「ひとつ教えてやろう。お前は水牛と兎を、ましてや、鶴と鴉を同等に扱うことができるのか?
まあ、無理だね。人気のある奴ほど待遇がよくなる。私たちはそれを仕方のないことだと、頑張れば自分もよくなるとか、そういうふうには割り切れない。他人に勝って踏んづけて、上になりたいとか思わない。他者から与えられたもので満足できるほど、私たちは満足のハードルが飼いならされているわけじゃない。
そして、それができない器量不足の無能に支配されるのは看過できないというわけさ。私は自由ってやつを、愛してるんでねっ。牛飼に飼われるウシになるってのはゴメンだよっ」
「女、乃公もひとつ教えてやるよ。なぜお前が乃公に殺されるかわかるか?」
「私は殺される理由なんかいらない。死ぬターンが来た奴から死んでいくだけさ。だが、まあ逃亡の見せしめくらいは意味があるのかな」
「乃公はお前のことなど知らない。今から死ぬ人間のことなんて興味もない。いわばお前はハエだ。おとなしくしていればいいものを、乃公の目の前を羽音を立てて通過してしまった。そこに意味などなく、ただ邪魔で、手を叩けば殺せる、それだけのことだ。お前たちにも覚えがあるだろう」
これを聞いた者の顔は、きっと引きつっていることであろう。まるでセミの抜け殻をつまみ潰すように、なんとなくの気まぐれで人の命を踏みにじる、殺意や悪意、悪びれすらも感じさせないその言い草が、人の心には十分な恐怖だった。角度的に見れたのは牛飼しかいないが、そのときラビットはどういう表情を見せたのだろうか。
「その顔が見たかった。思い上がった愚か者が鼻を折られたときの間抜け顔が」
「いや、ちょっと悔しいんだ。何も残せなかった有象無象の名もなき天才たちの仲間入りになるが。こんなことになるんだったら悪名高き馬鹿にでもなっとくべきだった」
「こんなときでもよく口が回るようだな」
「でもやっぱり頭のほうがっ、回る自信があるよっ。一応天才だったからね」
「女、死ね」
少し刃の長いナイフが女の大きな左胸を裂き、その奥の心臓に突き刺さる。背中を伝って路上へ流れ出た赤い血は、限りなく暗い明度ながらも双月の明かりで照らされて輝いていた。




