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銃力と  作者: 沓月
52/67

ep52 楔と布石

「ねえ、サトミ、あなただったの?」


 夕方過ぎのバイパス道路で行き交う車もなく、窮屈な後部座席のすったもんだが休戦して静かになったところで、急に一変して車内の空気が冷たくなる。会話が尽きて誰も喋らない空間を利用して、ユウは勇気を出して聞きたいことをぶつけた。


「それはどーいう質問?」


 もう一度すぅーと空気を吸い、アクセルペダル上の足は動かさないように力を入れて、呼気に言葉を詰め込んだ。


「あなたが捕まった研究者で、この人たち(古取兄妹)のボスで、チートを作ってて、協力を指示してきて、それで……。とにかくあんたは何者なの?」


 そこにいた誰もが固唾を吞んで回答を待った。

「ラビット」はこの界隈では知る人ぞ知る大物だ。名が知れ渡るのが決して良いとはいえないのがハッカーというものであるため、知名度と悪名は反比例するものなのだ。そんな大物が、天才が、どういう人物であるのか、その口からなにを語るのか、誰もが期待していた。

 ユウはあの「望月サトミ」が本当に凄腕ハッカーなのかの最後の確認がしたかった。



「なにって、あんたの友達よ♡」


 ニコニコした作り笑顔がルームミラーに映っている。



「結構真面目な話をする流れだと思うんだけど」

「それよりあんた、生きててくれてよかった。失踪したって聞いたから一応調査はしたんだけど、足取りが追えなくてね。ダメかと思った」

「それにしては反応が薄いわね。仮にも友達なんでしょ」

「そう見える? だってさ、そういう世界じゃん。事件とか事故とか自殺とかが起きない世界なんてどこにもないし、それに銃が加わった程度でそう大差ないよ。ある日その身に不幸が起きたとしてもどうしようもないじゃん。あたしが生きてたらそれでラッキーなのよ。で、あんたも生きてたわけだし、超ラッキーじゃん」

「お前らが友達やってるのお似合いだわ」

「それどういうこと? ショウ?」

「なんか言ったかい、ロスト君? あ、そういえばなに、あんたたちなんで一緒にいるのよ? もしかして、コイツ誘拐犯? まったく、いい女だからって連れ去るとか友達として許せないんだけど」

「あんた頭いいんだからだいたいわかってるだろ。ここには頭がいい奴ばかりとは限らんのだから、誤解を生むような表現はやめろ」

「亀路都襲撃の日に助けられて、再開したと。もうそれって運命じゃん。で、つきあってんの?」

「今のところ共犯者だよ」

「付き合ってんの?」

「バカか」

「じゃあ……」

「次の漢字に変換して喋ったら殺す」

「今が一番楽しいときってことね」


 ラビットはまたもニコッと笑った。今度のは悪い顔でいてどこか羨ましさも含まれているようだった。ラビットを詮索するどころか話が大きくずれていた。


「ハンドルネーム『ラビット』、いや、望月サトミさん、あなたがしていた研究とはいったい何ですか?」

「「「「!!!!!!」」」」


 狭い車内に聞き覚えのない男の低い声でアナウンスが流れる。古取兄妹は当然目を丸くしていた。ラビットは頬と口は驚いているようだったが、目は嬉しそうだった。


「あなたがネコね。初めまして。なかなかかわいい声ね。ネコちゃんって呼んだ方がいいかしら」

「お褒めいただき、どうも。それで、質問に答えてくださいます?」


 ネイは抜かりなくボイスチェンジャーで渋い声に変えていた。車内の幻の8人目と謎の女との高度な会話が繰り広げられていく。


「あなたたちには協力して貰った恩があるし、前置きくらいは話してあげないとね。まあ、いわゆるチート関連ね」

「詳しく話していただかないと、今すぐ放り捨てますよ」

「あなたは、チートについてどこまで理解してる?」

「生憎、専門外でして。詳しい仕組みはわかりません」

「そう。チートを作るのも解析するのも高度な技術が必要。私だってまだ全然。だから、この世界ではチートがまだ爆発的な蔓延はしていなし、それこそ絶対必勝のチートなんて生まれてない。そこのロスト君みたいに強い人であればまだ人力でも対応できるくらいには」

「で、どうやって作るんですか?」

「それは教えらえない。まだ仮説段階で究明できていないからね」

「では、あなたが作ったのはどんなチートですか?」

「思いつくものはひと通り試したつもりだよ。まあ、実戦に投入できたのはなんちゃってウォールハックと、ヒットボックスの誤魔化し、それとホーミング擬きのエイムアシスト程度しかないけど」

「頒布状況は?」

「そこの彼に全部やられちゃったよ。チートを付与するってのもそう簡単じゃない。そう次から次に輩出できるわけじゃない。あと、チート関係は完全に私の趣味だからBB(会社)は知らない」


 ラビットは少し暗いトーンで自分の成果を語った。それは確定していないことを他人に話すのが憚られるのと同じようなもので、途中の研究成果を報告することになったからだろう。

 この辺りで古取兄妹は、ラビットとスピーカー越しに話している渋い声がショウたちの抱えるハッカーだと理解したらしく、眉間に寄った皺がなくなって、話をおとなしく聞いていた。


「では、この前の湾岸倉庫の件については?」

「ユウから話を聞いて、私じゃ普通の手段では君たちの尻尾を掴めないと思ったからね。少々犠牲はつくけど、確実な方法を取ったかな」

「私が気にしているのは、男を殺した方法です」

「そのことかあ。それを話すには、まずBBがしていた研究のことが必要かな。今回の襲撃のこととも関係するし」


 ラビットは、車内にあったペットボトルを勝手に開封して、喉を潤してから口を開き直した。

「どうせ君たちはあの事件の詳細を掴めていないだろうから、教えてあげる。BBを襲撃したのは、ブルっていうやつの差し金だよ。まあ、襲ってきたのは部下で、本人は来てなかったみたいだけど。そいつが相当強くってさ。うちのガードが全滅だったよ。いかにもこの時代には珍しい『侍』って感じで、剣の腕は相当だったよ。銃ではまるで刃がたっていなかった。で、そいつがBBを襲った理由なんだけど、この国の天下が目的なら今頃ありとあらゆるメディアをハイジャックして演説してるだろうから、それが第一ってことではない。で、やつらが狙ったのはBBの持ってた研究データってわけ。で、その研究というのが……」

「LPの譲渡ですか?」


 ネイが口を挟んだ。本来、ここで間違えば情報収集能力を軽んじられる可能性があるため、ここで口を挟むべきではない。ラビットとの情報交換において少しでも優位につけておきたいという負けず嫌いが発動したのだろう。もしくは、単純に優秀な人物との会話でいつにも増して興奮しているということだろう。


「まあ、そのくらいは知ってるわよね。本来個人に属するはずのLPがやり取り可能となると、大きく常識が揺らぐ。それこそ通貨の代わりになるかもだし、寿命だって操作できるかもしれない。命を売買できるようなものに等しいわ」

「で、どのくらい進んでいるんですか?」

「時間はかかるけど、ある程度は移動できるくらいまで開発が進んでいたわ」

「では、遠隔から人を殺すことも可能と?」

「いや、あのときは、あの男は、捕まっていないだけの犯罪者みたいなもので、ロクでもない奴よ。以前お金欲しさにBBで実験台になったことがある人だから、そのときに細工されていたのよ。私はミサイルを作ったわけじゃなくて、発射ボタンを押したに過ぎないわ」

「では、ブルという人の目的は?」

「私も知ーらない。この国を牛耳ろうってことより研究成果、ひいてはその研究者をさらって研究をさせようってした奴だから、少しは頭が回ると思うんだよねえ。頭が回るやつが望むことなんて、それこそぶっ飛んだことなんじゃない? 永遠の命とか。知らんけど。まあ、永遠の命なんて凡人に扱えるものじゃない。きっと頭のおかしな傑物気取りなんでしょうね」


 車内の皆が黙って話を聞いていたため、ラビットが話を止めると車内は静まり返った。当のラビットは、少し調子に乗って話が飛躍したことにここで気付くと、論文の最後ように今後の展望を付け足した。


「どうであれ、これでBBもかなり痛手を受けたし、この先、世界の流れは変わるね。BBが強いのは、圧倒的な資金力と政界への近さなんだけど、本質は資金力からくる人材だったり、実用化した研究成果であって、その要である研究者を軒並み失っちゃったから立て直しは厳しいだろうね。なんせ、生き残った経営陣は、あくまで経営の専門家であって、技術を再構築することはできないんだから」


「なあ、なぜチートを作るんだ?」

「いい質問ですねえ」

「ちょっと古いぞ」


 ショウがラビットに質問をする。どういう答えが返ってきても正直どうでもよかった。ただ、開発者の口から何が出てくるのか、その一点において興味があった。


「私も聞きたい。君は何故戦い続けて生き続けるんだい?」

「質問を質問で返すな」

「本質は似たようなものだと思うのだがね。なに、素直に答えてくれたら私も答えるさ」


 顎で隣のジンに水を向ける。


「なに、ボクの番か? 質問を回すなよ。まあ、ボクは妹たちの幸せを一番に願っている。正直最初は生き汚く戦うしかなかった。それしか道がなかった。でも今は、こんな汚い世界でも勝ち続ける限り幸せが続く、不幸を断ち切れると知ってしまった」

「感動的な演説をどうも」


 ショウは一度窓の外を眺めた。そして、喉一度鳴らして脳内細胞を呼び覚ました。


「俺はこの世界に美しいかどうかなんてどうでもいい。でも、世界は美しいって信じていたいんだろうな。その美しい世界に自分がいなくてもいい。ただ、その希望が、打ち砕かれるまでは取り敢えず生きておこうってなる。

 この間ネコが言っていたので、はっとした。確かにいつかこの世界は変わる。どう転ぶかはわからんが。でも、それを傍観して終わるのはつまらない。どうせなら一枚噛んでみたい。そんで美しい世界にならなかったら、また壊すだけさ。

 せっかく、ある意味平等な世界になってんだ。この世界の銃のシステム(この力)は、俺の希望それを叶えてくれるそんな気がする」


 皆それぞれが特徴的な表情をしていた。急にショウは恥ずかしくなって、フードを目元まで引っ張って窓の外へそっぽを向いた。


「ロスト君の言う通り、この世界では銃で人は多少死ににくくなったが、銃は簡単に手に入る。人を殺したとて多少問題ない。命が簡単に奪い奪われるような舞台だ。死んだら負けで生き残ったら勝ちっていうのは、シンプルで魅力的だ。それゆえ、美しくも見えるさ。

 でもね、忘れてはならないのが、そんな世界であっても、命の重さや価値自体は変わっていないってこと。それを忘れて、生への執着を見誤ったり、美しさに目がくらんだりしては身を亡ぼすことにつながるから気を付けるべきだ。

 さて、話を戻して、私もちょっとした理想なるものがあってね。この世界の次に訪れるであろう新秩序に興味があるんだ。言っておくが、君と同じで私もチート使用者は嫌いだ。だが、争いの世界でそのような不届き者が現れるのは防ぎようがない。いくら嫌いとはいえど、それから目を逸らすのは頭がお花畑すぎるだろう。むしろ天才なら先回りして対策を講じる。というわけで、敵を知るにはまず己からとかいうし、チートの研究に乗り出したのだよ。チーターを排除し、新たな世界の幕開けを目指す、どうだい、君のとよく似ているとは思わないかい?」

「迷惑な話だな」

「野良のチーターごときに倒されてしまっては私も困る。君も天才なら、そのくらいは楽に制してもらわないと」

「買いかぶりすぎだ」


 どんな極悪人かと構えていたショウたち陣営は、ラビットのあまりに軽快な物言いと目的に少し拍子抜けした。ジンたち陣営は、うすうす感づいていたようだが、師匠の目的をきちんと言葉で聞いて安心したような得意げな表情をしていた。そういうラビットは、友と再会できたこと、ショウがお眼鏡にかなう人物であることがわかったことで、非常に満足げだった。


「君が今に楔を撃つのなら、私は未来に布石を撃とう」


 そう言ってラビットはペットボトル中の水を一気に飲み干した。そして、そのままクシャっと握り潰す。似たような志を持った同志と少しすれ違ってしまったこと、自分の研究が完成していないこと間に合わなかったことを、悔しがるかのように。

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