ep51 銃弾が飛んできたときのお約束
「なんだ?」
「ごめんなさい。見逃してくれない?」
今度もまたミヤが先陣を切って、前に出る。ショウも手鏡で確認する。男が1人いる。武装はおそらくアサルトライフル。ラビットも驚いたような表情で、声を出さないように口を両手で抑えている。おそらく、想定外の動きをした見張り兵とでくわしたのだろう。出口までもう少しのところだったのに。
「緊急事態。侵入者発見。至急応援を」
その男は急な接敵に焦りながら、されど手際よく報告をすると、問答無用で発砲した。
甲高い金切り音が響く。
だが少女は斬った。飛んでくる銃弾を。
ミヤは自分に向かって飛んでくる銃弾をすべて斬ったのだった。そんなの、ありえない、とはいわないが、不可能に近い。それを今目の前で完遂した。彼女手には、少し刃の厚い刃渡り20センチ程度のナイフが握られている。
撃った男はというと、後ろからジンが撃ったピストルの銃弾にあっけなく倒れた。ミヤが飛んでくるもの全て斬ったわけだから、安全に後ろから射線を通せるというわけだ。
「これはマズい。どうしたものか?」
ジンが冷静に作戦の変更を告げている。
「どうせ次の作戦が用意されているんだろ。そんな心配はしてない。それよりも、だ。なんで銃弾が斬れるんだよ」
「銃弾は豆腐じゃないから」
「どこぞの隕鉄の剣の話じゃないんだよ。しかもそれをいうなら蒟蒻だ。豆腐は針を刺すものだ。というか、銃弾が物質的に切断可能かなんて聞いてない」
ミヤは右手のナイフを鞘にしまいながら、淡々と感情のこもってない声で答えた。
「人がどうして弾を斬れないかわかる? それは怖いから。当たったら痛いし。それだけ」
「うん、そうだな、理解できん。人間には無理ってか」
「そうかもね」
「この場から早く立ち去ろう。幸い、出口は近い。このまま突っ切ろうか」
これも想定内と言わんばかりに、ジンが次の指示を出す。そして、ついて来いと言わんばかりに出口目指して走り出す。
研究所のセキュリティはラビットによって攻略済みなようで、パスコードが必要な扉がいとも簡単に開いていく。途中で数人の見張り兵と遭遇したが、ラビットに飛んできた銃弾はミヤが斬り飛ばすわ、ジンが瞬殺するわで、ショウは彼らの死角を補う程度で、全く仕事がなく、ピストルを抜くことすらなかった。
時刻は夕方になったばかりで、空は暗いがはっきりと橙色であった。
ようやく外に出られたかと思うと、そこは研究所の正面の入り口だった。4人は廃研究所前に広がる荒んだ遮蔽のない広場を駆けていく。
しかし、その広場には数人の見張り兵が待ち伏せをしていた。
ジンもしくはラビットは、事件発生から日も浅く敵の統制がとれていないことを知った上で作戦を練ったはずで、だからこそ、敵も他に怪しい出入り口があるのだから堂々と正面から逃げる馬鹿はいないと考えると踏んだ上でのルート選択だったはずだ。ゆえにこの接敵は、統制のとれていないがゆえに、取れて無さすぎたがゆえに、何も考えつかなかった兵士たちが取り敢えず正面に集まったということだろう。事実、接敵して丸くなった彼らの目と目が合った。畢竟、手の内の読み合いは互いに高度だからこそ回るということだろう。
だが、その戦闘は一瞬で片が付く。
兵士たちの横から銃弾の横雨が降り注ぐ。
別行動のミサが展開しており、横から射線を通したのだった。ライトマシンガンの弾幕の暴力で兵士たちは逃げることもかなわず、あっけなく掃討された。
この世界では、取り回しの悪いライトマシンガンを効果的に使える場面は少ない。だからこそ、一方的に撃ち込める場面では弾数の暴力は最大火力だ。引き金を引くミサと、その隣に銃交換とリロードを補助するアキの姿も見られた。
銃弾のにわか雨が止むと、4人は消えかけの転がった肉塊には気にも留めず突っ切った。
4人はそのまま森林の中に姿を消し、ユウの待つ脱出用の車へ向かっていく。途中で、ショウはジンとミヤと救出対象を先に行かせ、少し遅れたミサとアキを待った。そしてショウたちもすぐにジンたちと合流した。アキは強がっているものの少し疲れている様子で、逆に兄妹たちは疲れた様子を全く見せなかったことに驚いたというか感心した。しかし、その驚きはもうひとつの“それ”のついででしかなかった。
「……サトミ」
「なんであんたが……?」
「早く乗って」
「おじゃましまーす」
「おいちょっと待て」
硬直したユウとラビットを無視して、ショウは車に乗り込む。なぜかジンたち兄妹も乗り込んでくる。ミヤがラビットをそのまま助手席に押し込む。
「車までは手配できてないんだ。すまないがついでだと思って」
ジンが申し訳程度の申し開きをしてくる。嘘つけ、最初からそのつもりだったくせに。じゃないと、車が入れる限界の地点を待ち合わせ場所に設定なんかしない。
運転席と助手席にユウとラビットが乗り、後部座席にショウ、ジン、ミサ、アキ、ミヤが乗る。見た目はいたって普通の、ちょっと防弾仕様に装甲改造がなされた程度の5人乗りSUV車だ。3人乗りの後部座席は5人も乗れば当然狭い。
ユウも少しはこういう無茶ぶり想定外の状況にも慣れてきたらしく、誰の確認も取らず、全員が乗り込んで車の最後の扉が閉じた瞬間に思い切りアクセルを踏み込んだ。車はそれに応えるように地面を削り、うねりを上げて駆動した。
後部座席の様子(一部抜粋)
「誰かトランク行けよ、せめーよ」
「すまないすまない」
「お前らどこまでついてくるつもりだ?」
「ボクらがいつも使ってるアジトがあるんだがそこまで送ってくれると助かるんだけどね、彼女さん」
「お前覚えとけよ。これはカシだぞ」
「ミサちゃん、助かった、ありがと」
「おねーちゃんに任せなさいな。それと兄ちゃん、アキ(この子)結構いい子だよ。そいつと違って」
「素直はいい子」
「いちいち突っかかってくんなよ。俺のこと好きなのか」
「はー最低。自意識過剰? キモいんですけど」
「安心した。好意を向けられるのは無条件で嬉しいものなんだが、もしお前から来たかと思うと悪寒がする」
「まあまあ、ミヤもショウもそうかっかしなさんな。楽しいドライブが台無しじゃないか」




