ep44 視覚が捕らえたもの
次の朝、ショウはいつもとは違う感覚とともにリビングのソファーの上で目を覚ました。腕枕のせいで窮屈な腕と、少し寝違えた首がギシギシと音を立てたがっていた。身に覚えのない掛け布団を畳んで、起き上がる。左腕を持ち上げてみるがいつも通りで、首以外は体に違和感はない。
どうにも女性陣の寝室から音がする。ショウは、湯を沸かしてコーヒーを淹れてから、それとなく寝室の扉をノックする。
「どうぞ」
ドアに阻まれて、いつもの気力のない声が余計に不気味に聞こえる。
「朝早くから何してるんだ?」
ショウはコーヒーを片手に部屋の中へ入っていく。
「昨晩、BB本社が襲撃を受けたそうです。外から見てとれるだけでもなかなかの惨状です」
ネイは壁一面のモニターに都度目をやりながら、忙しそうにキーボードを叩いている。
「何者の仕業かわかったか?」
「いえ全く。しかし、これは由々しき事態です。秩序の基盤が揺らぎます」
BBの力は、戦力はさることながらそれに付随した権力も凄まじいものであった。それは、絶対的な戦力で他者の追随を許さなかったからだ。これまで、BBは敗戦しても、その次はもっと大きな戦力でねじ伏せてきた。
ただ、本社が襲撃されたことはこれまでない。それだけBBが弱体化していることかもしれない。このチャンスに乗じて反旗を翻すやつらがいてもおかしくはない。
まだ、ニュースとして出回っているわけではないらしいが、もみ消せたとしても、情報を仕入れているボウトも少なくはないだろう。
「もしかして、藤鹿の仕業か?」
「昨日の必死な様子だと、そんなことをする余裕はなさそうでしたが」
「俺らも出遅れないようにしないとな」
「ふぁぁぁ。なーに?」
ユウが眠い目をこすりながら、こっちを見ていた。
「おはよう」
ショウは涼しい顔で挨拶した。本当は、見慣れているはずの部屋着といつもは綺麗に整列した髪が無秩序になっているのにドキッとした。見てはいけないようなところを見てしまったような、ベッドと女の組み合わせは意識してしまうというか、とにかく、頭に上ってきた熱を理性で鎮火した。
「ショウさん、今日のご予定は?」
「アキを訓練にでも連れ出そうかと思ってたんだが、そうもいかないか」
「いえ、今日は動かない方がいいでしょうね。どのくらい被害が出たのかも定かではないですし、焦って行動するのはかえって危ないと思います」
「じゃあこっちも戦力を整えとかないとな」
「そうですね。私は調査を進めておきます」
コーヒーをすする。今の会話の間にいい感じに冷めていた。
「朝飯俺が作ろうか」
ショウはベッドにボーッと座ったままのユウに気遣いを見せる。
「いや大丈夫。私がやるから」
目の焦点が合ってないようだが、意識はあるらしい。
「アキとトレーニングに行こうと思うけど、どうする?」
「どうやっていくの?」
「車か徒歩」
「わかったわ。私が車出してあげるから」
「サンキュー」とボソッと呟いて、ショウは女性陣の寝室を出た。そして、自分の部屋で寝ているアキを起こしに行った。
「起きろー」という声をかけながら揺さぶるとアキは起きた。
少し驚いたような顔をしている。人のベッドで思ったよりも寝れたからだろうか。ベッドと筋トレグッズと銃とその部品が雑乱した殺風景な部屋に時間をおいて気付いたからか。それとも、昨日のことを思い出したからだろうか。同時に、ショウは13歳の少年の扱い方を知らないことに気付いた。
「今日はトレーニングに行きたいんだけど、一緒に来るか?」
「何するの?」
「お前の実力が知りたい」
「オレもだ」
素直で助かった、とショウは思った。反抗期とやらに阻まれたらどうしようというのは杞憂に終わった。説明責任を果たせば答えてくれるのは大人と一緒ということだろうか。
朝食をとり、いつもの地下倉庫に向かった。
ショウは到着するや否や、ユウとアキのことをほったらかしにしてそそくさと筋トレを始めた。
「デジャブ……」
見かねたユウが不満そうな声を漏らす。
「連れてきたなら面倒見なよ。私のときみたいなのはかわいそうだよ。思い出してみれば私もかわいそうだったんだけど」
連れてきたものの、距離感が掴めず、なんて声をかけたらいいかわからない。戦闘となればそれを見誤ることはないのに。ユウが先陣を切ってくれたおかけで、少しは会話の軌道を見つけることができた。
「撃ってみろ」
ショウはアキにピストルを手渡す。
「おい、誰かに習わなかったのか。ハサミは刃を持って、相手に刃を向けないようにして渡すんだぞ。銃口をこっちに向けるとか何考えてんだよ」
「そのまま撃たれたら困るからな」
「信用してないってことか」
「お前も俺が撃つかもって考えたんだろ」
明らかに屁理屈だ、とその場の誰もが、ショウ本人ですらも気付いていた。だが、アキもそろそろ、この人たちが口と頭が回る賢いようで面倒くさい人種だと理解しつつあった。
アキは荒っぽくピストルをショウの手から受け取ると両手で構えた。目の前には人の形をかたどった、放射状に円の印がある的に向けて引き金を引く。
頭部と胸部にそれぞれマガジン内弾数半分ずつの穴が開く。
撃ち終わったアキはしたり顔でショウにピストルを差し向ける。
「なあ、あんたの実力も見せてくれよ」
「なんで?」
「オレ、師匠にはかなり筋がいいって言われたんだ。実際、そうだっただろ。そこらのチンピラよりはずっと強かった。でも、あんたはそれ以上だ。実際、あいつらも、俺も手も足も出なかった」
「そりゃどうも」
「なあ見せてくれよ」
「なんか嫌だ」
「あんたみたいな人でも俺と比べられるのが怖いのか?」
「安い煽りだな。それに的の跡を見ればだいたいわかるだろ」
「あんたの戦闘ははっきりいって汚い。美しさとかはない。ただただ殺しに特化している。でも、的確で、調律がとれているってそんな感じだった。自分が強くなったと錯覚してしまうほどに。もう一回見てみたい」
「お前、煽るのか褒めるのかどっちかにしろよ。まあ、ここまでが作戦ならなかなかやるな」
少し気分がよくなったショウは、的の前に立った。
「ちょっとサービスするか」
そういって、ショウは手に持っていたタオルを頭に巻き、目元を覆った。そして、右手で伸ばして銃を構える。
数秒後、的の穴が増える。隣の的にも穴ができている。アキがつけた穴よりも大きい。
「すごーい。やっぱり銃の腕はすごいのね」
ティーチャーの腕に改めて感心した。
「どうゆうことだよ、おい」
アキは声を荒げる。
「いや、あんた前見えてなかったんだろ?」
「そうだが」
「待て待て。あんた敵が見えなくても、殺せるってことか?」
「どゆこと?」




