ep43 再再敗北
あれからどれくらい時間がたっただろうか。まったく眠れなかった。深夜に生活音はしていなかった。
ベッドから起き上がって、握った拳を見つめる。よし、と意気込んで、部屋を出る。
リビングは真っ暗だった。もちろん、女性陣の寝室の扉の下からも灯りは漏れていなかった。
そっと進んでいくと、リビングのソファーに大きな影があった。男が横になっている。恐る恐る近づく。
目の前に到着したが、気付かれた素振りはない。暗くてよくは見えないが、普通の人間が寝ていた。それでも姉を殺した悪人で、今日も散々暴れた罪人だ。このバケモノが野放しにしては、これからも数多くの死人が出る。これは氷山の一角にすぎないし、こいつがいなくなっても世界が平和に近づくことなんて微塵もない。でも、きっと誰かが止めるべきなんだ。あの強大な力は危険だ。理性や感情はできないと否定するが、本能だけは今のうちに排除したほうがいいといっていた。今の状況もまあまああり得ないのだが、何やらチャンスらしかった。千載一遇の好機だ。明日になったらきっと銃を向けられなくなる。本能に従えるのは今しかない。
そっとピストルを購入し、手に握る。手の汗で滑らないように慎重に力を込める。
「なーに、してるんですか?」
肩が大胆に震えて、引き金にかけようとした指が変なところに引っかかる。女の子の明るい声だった。慌てて振り返ると、女の子がいた。全く気配に気づかなかった。
「何も、してないよ」
「後ろに隠したところで無駄ですよ。全部見てましたから」
どういうメカニズムかはわからない。ただ、「殺られる前に殺れる」は冗談ではなかったらしい。
「もしオレがここで引き金を引いたら、どっちかは死ぬよ。わかってるの?」
「あなたが一発撃つ間にあなたを3発は殴れます。それでOKです」
「怖くないの? 痛いでしょ」
「一発じゃ死なないんですから、怯えることでもありません。確実に殺したいときは、縄かナイフを使いましょう。銃は簡単ですけど、意外と不確実、だそうです。あと、私を撃った場合はきっちりいたぶってから殺すので、楽に死ねると思うな」
女の子は終始声色が明るかった。女の作り声は、たいてい本音じゃない。場をうまく回すためのスキルだ。しかし、目の前の女の子はそれすらも上手く使いまわしているように感じられて一層恐怖した。
「どうして今さらこんなことを?」
「復讐なのかな」
「復讐したい気持ちってのは私にも覚えがあります。というか、数日前に私の家族、いや姉ですね、を死に追いやった同級生を殺しましたね」
「じゃあ復讐を止める権利なんてないじゃないか」
「あの場でもショウさんが言ってたじゃないですか。あなたのは後追い自殺だと。そんなの今の時代じゃ流行ってないですよ。復讐の連鎖の果てに生き残るのが自分でないと本当に意味がない。事実、あなたはここで復讐しても生き残れない」
「そんなの君たちの論理じゃないか」
「復讐したときの快感はものすごく刹那い。だから、それに耐えられない人間ははなから復讐なんてするべきじゃないって言ってるだけですよ。それに私も復讐してわかったんですけど、なんで復讐するのかって、それは大事な人を差し置いてそいつが生きてる、その事実が一番業腹なんですよね。今のあなたは、ショウさんが生きていることを完全に否定できていない。強い者が生き残る世界において、そのルールはだいたい正しいから。何も知らない一般人のままならできたかもしれませんが、ボウト(こっち側)に来てしまった以上、不可能ですね」
「怖くないの? この人はヤバすぎる。身すら滅ぼしそうなくらいに」
「サイコーですね。むしろ世界ごと壊しちゃってくれても面白いくらいです」
「何言ってんの?」
「あなたはこの世界どう思います? こんな世の中じゃなければお姉さんと一緒に暮らせていた未来もあったでしょうに。そんな世界が変わるなら、見てみたいとは思いませんか? ただ、どうせ見るなら誰かが変えた世界よりかは、自分で変えた世界の方が見てみたいんですよね。」
「世界を変えるなんて、そんなのできるわけないだろ」
「でも、あながち不可能とは言い切れませんよ。前時代とは違うんですよ? 前前時代には武力で革命を起こした歴史だってあるんですから。武器と殺戮が蔓延してる今世も、もしかしたらそれと似たようなものかもしれません」
「世界を変えてどうすんの? 王様にでもなりたいの?」
「王様、良い響きですね。そうですね、王になったらショウさんを強制的に正室にする法でも作りましょうか」
「やっぱり女の子は危ない男が好きなんだね」
「ショウさんは危なくないですよ。お人好しで凄く奥手でシャイです。誰にでも通用する汎用スキル持ちは多方面からモテるという話で、そんなのより私はニッチなスキル持ちを自分だけが愛でるってのが好きです」
「君も十分狂ってるよ。オレは君も怖い」
「あらー、怖がらなくてもいいんですのよ。自分を正常と信じて疑わないほうが狂ってますことよ」
せっかく銃を取り出したのに使えなくなってしまった。いつまでも脅えていてはダメなのだ。恐怖にも向き合わないといけないことだってある。それを楽しんでいるこの子も怖いが、きっとこの狂った世界で生きるというのはそういう狂人さが必要なのだろう。自分の甘さがとても嫌になった。
「あと、ショウさん、起きてるなら感想くださいよ」
「え⁉」
後ろを振り返ると、ソファーが軋む音がしてバケモノが起き上がった。
「どうもバケモノです」
「あんた、いつから……」
「最初っから起きてましたよ。あんまりにも居留守決め込んでいるので、私が説教しときましたけど、これは何で埋め合わせてくれるんですか?」
「おいおい、これ金かかんのかよ。ていうか、さっき俺このこと女にしたり、ディスってなかったか?」
「記憶にないですねえ」
「生意気はガキの特権だから大目に見てやる。ガキはもう寝る時間だろ。寝ろ寝ろ」
男はそれ以上何も責めたりしなかった。しかしこれは、いないのと同じ扱いなのだと理解できてしまった。雑魚の行動など気に留める必要もないのだ。いるもいないも殺しても一緒だから、手間がかかる殺しをしていない状況に過ぎないのだ。眼中にもない。それがどうしても悔しかった。
「じゃあ、私も生意気言いまーす! ショウさーん、結婚してくださーい!」
「お前に言ってねーよ。お前の場合はもうちょい遠慮っていう言葉を覚えろ」
「遠慮なんてしてたら、ハッカーなんてできませーん」
「じゃあ、遠慮じゃなくて自粛しろ」
急にコントが始まった。目の前で同年代の女の子が求婚する姿には驚いたが、その返答が手慣れている様子で、通常運転なのがいとも簡単に察せられた。こいつらやっぱり狂っている。
「私はあなたのことを信用してないので。おとなしくしててくださいね。もしショウさんに手を出そうもんなら、私が存在を抹消します。今日のように見逃したりしませんから。覚悟えておいてください」
女の子は、撃って変わって今度は再三のくぎを刺してきた。正直ここ数日は恐くて手出しできないのが本音だった。
「わかった」
「それと私のほうがひとつ年上なので、敬語使ってください」
アキは開いた口を塞げなくなった。体格とかから引きこもりの天才児タイプで、カテゴライズすると年下のギフテッドだと勝手に思っていた。急にお姉さんだった事実が飛び込んできて、脳が処理を停止している。きっと、体の成長はこれからなのだ。そんなことを思ったとしても決して口には出せなかった。
「返事は?」
女の子は威丈高に追撃してきた。
「はいわかりました」
アキは諦めた。戦力として頭一つとびぬけている2人と、それらの手綱を握れるハウスキーパーみたいな女の人。とびきりのバケモノ揃いだ。手出しするべきじゃないし、敵にしてはもっといけない。姉によって導かれたともいえるこの運命が、吉と出るか凶と出るかはまだわからない。それでも、これを感謝といえる日が来ればいいのにと思わないこともなかった。




