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銃力と  作者: 沓月
42/60

ep42 長い夜はまだ明けない

 少年は車窓から面白くもない景色を眺めていた。


 少年の後ろの席には、弾の補充をしているバケモノと、ノートパソコンを開いている少女がいる。


 今までボウトの連中にペコペコしている姉を見てきたし、師匠は自分にやさしくしてくれたが、それは利用するつもりがあることくらい肌で感じていた。だからこそ、初めて出会ったタイプに少年は困惑していた。拘束も詮索もなく警戒もされずむしろ放置されていることが居心地が悪かった。




「今日ご飯何がいい?」

 運転席の女の人が聞く。しかし反応がない。よって、次の言葉はこうだ。

「じゃあ私が勝手に決めるからね」




 助手席の少年の目には苦い水滴が漏れていた。

 少し前に、いや頻繁に、姉とそんな会話をした。特に答えがあるわけじゃないから「なんでもいい」って答えると、返ってくる文句を聞かなくちゃいけない。

 でも、「あれがいい」って答えると、そればっかりで栄養バランスが悪いって言ってきたり、冷蔵庫にないとかでタイミングの悪さに難しい顔をされりする。姉のそんな顔は見たくなかった。だから、何も言わない。そしたらすぐに「勝手に決めるから」ってつけ足してくる。これがテンプレートだった。わざわざ聞いてくれたことに対して、何も返さないのは不躾かもしれない。しかし、これが一番の安牌だった。何か返すのはどうせバッドなルートしかないのだから、こんな質問しなければいいのにって何度心の中で反芻しただろうか。


 どれも間違いで、どれも正解だ。ベターはあっても決してベストはない。でも、このやり取りができる、それが幸せってことはアブソリュートにトゥルースだ。



 ねーちゃんがいなくなってから、ねーちゃんならカンカンに起こりそうなことばかりしてきたなあと少年は反省した。食生活は荒んでいたし、知らない人について行っちゃいけないって口酸っぱく言われていたのに破ったし、命を奪ったことだってある。

 普通の暮らしがあったかと言われればないのだけれど、ここ1か月でえらい遠出をしてしまったと顧みた。


「あら、どうしたの?」

 今度は運転席の女の人が話しかけてきた。


「いえ、なんでも」

 少年は平静を装った。


「よかったら使ってください。別にあなたを信用したわけじゃありませんからね。勘違いする暇があったら、おとなしくしておいてください」

 後ろの女の子がハンカチを押し付けてきた。窓の外に顔を向けて悟られないようにしていたのに、ズケズケと触れてきた。これは優しさや気遣いなどでは決してない。飴と鞭のアメの方のつもりなのかもしれないが、れっきとした煽りだ。いまどき、涙をハンカチで拭くとか悠長なことをする人間はいない。だが、そのハンカチからは落ち着く匂いがした。




 到着した先は、立派なマンションだった。


 3人についていって部屋に入り、アキは言われた通りにソファーに座っていた。


 住民はすぐに着替えてリビングに戻ってきた。さんざん姉のは見てきたので女の人の部屋着姿には慣れているつもりだったが、少しドキッとした。兄弟と他人とでは違うらしい。というか、女の人の方は想定外の大きなハートの書かれたカラフルな服を着ていて、戸惑った。


 目を丸くしていると、女の人が一応の補足をした。

「これネイちゃんからの施しなんだけど、意地悪されちゃったの」


 家のチャイムが鳴ってピザが届いた。

 家の中の雰囲気に完全にのまれている間に、ピザパーティーは始まっていた。


 バケモノも、女の子も、ピザを、まるで子供みたいに頬張っていて、戦場での様子が信じられなくなるほどだった。


「さあ、アキくんも食べて。じゃないとなくなっちゃうわよ。今日は、お礼とアキくんの歓迎会も兼ねてるんだから」

「何我が物顔で勧めてるんですか。これ、私のポケットマネーから出てるんですけど」

「いつか必ず払うから」

「いつかっていつですか?」

「出世払いとか、とにかくいつか!」

「あんまりいい加減なこと言うようなら追い出しますよ。ちょっと、人の台詞の途中でピザに手を伸ばすとか人げないですよ」

「大人と名乗るつもりはないけど、少なくともちゃんと人だよ」


 女の人たちがキーキー言い合いをしているのにガン無視で、バケモノはピザを頬張っている。


「ちょっと、ショウさん、食べすぎです。私の分がなくなります」

「ふるせぇ」


 変な人たちに囲まれて圧倒されっぱなしだった。

「お前も食えよ。なくなるぞ」


 これがあの場で手を取らなかった後の最初の会話だった。アキはそこで初めて無造作に床に置かれたピザに手を伸ばした。


 食事が終わると、言われるがままにシャワーを浴びた。渡された服はどうやらバケモノの余りものらしく、サイズが少し大きくダボっとして不格好だった。それよりも、Tシャツに「I ♡ CATS」ってデカデカとプリントされていて、この家の人たちのセンスを疑った。女の子がそのTシャツを着た姿を発見すると、バケモノに、「私がプレゼントしたTシャツなんで着てくれないんですか」って文句を垂れていた。ただの猫好きって意味なのかと思ったが、どうやらそうではないらしかった。


 そこからまたひと悶着あった。どこで寝るか問題である。


 女の子は「ショウさんとこの子供を一緒の部屋に置いておけません。だから、私がショウさんの部屋で……」とか言って、またどつかれていた。

 結局、バケモノがリビングのソファーで寝るからと、バケモノ部屋のベッドを使うことになった。言われるままに部屋に連れていかれ、そのまま横になった。


 夜はまだ始まったばかりだ。





 ♢♢♢♢




 時刻は少し遡って、襲撃のあったカフェから少し離れた裏路地にて。日の落ちた頃にビルの合間の室外機溢れる裏路地に光が漏れ入るわけもなく、なんとも不気味である。


「おい、どういうことだ? なぜ一般市民を巻き込んでいる!」

「おお、生きていたのか。そりゃ、ご苦労様」


 スーツをピシッと着た男は、似合わない表情で綺麗とは言えない裏路地の壁にもたれかかりながら電話相手を問い詰める。


「話が拗れたら、後をつけてそこで始末する手筈じゃなかったのか?」

「考えが甘いよ。相手はバカじゃない。プロだよ、この道の。そんなプロが無策にお前を脅しに来ると思うのかね。あれは完全に向こうが有利なフィールドだ。向こうが時間をかけて用意した舞台で、お前が主演を張れるわけがないだろう。時間も限られていたわけだし、向こうのペースから抜け出すにはあれくらいの大胆さが必要さ。まあ、結局追いきれなかったんだが」

「彼らを生かしたままで大丈夫なのか?」

「お前もなかなかしぶといなあ。彼女らもお前を潰すつもりだっただろうが、それをしなかった。それよりも逃げることを優先した。君の背後にいる乃公おれのことを暴きたかったのだろうが、今回は無理だと判断したんだ。揺するネタはまだ残しておきたいはずだからね。お前はしばらく安泰だよ。乃公おれの予想が正しければ、ね」

「でも、君が負けるなんてな」

「いやいや、今回は勝負すらしていない。用意された舞台に上がるのはダンサーだ。ファイターは舞台なんて人の目につくところには立たないのさ」

「君、私まで排除する気だっただろ。そんなに私は利用価値すらないのかね」

「そんな、失敬な。まあ、死んでくれてもよかったのだけど、生き残ったらそれはそれでってね。まだ仕事があるのかは知らないが」

「今日の惨事の後始末をつける身にもなってくれ。私があの場にいたことがそもそもマズイのだから」

「その心配はない」

「どういうことだ?」

「今会話ができたお前の悪運に感謝するんだな」


 ピーという音が鳴る。

 電話はここで一方的に切られた。


 男は怒りのあまり拳で壁を叩く。少し痛む手を見て、そのまま自分の靴先に視線を移す。あまりにも薄汚れたその身なりに、このまま日の当たるところへは戻れないことを認識する。いったんどこかで服装を整えなくては、会社に戻れない。男はスーツにまとわりついた埃を手で払い、そっと裏路地を進んでいった。

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