ep39 刺客は順当に敗北を喫す
「思わぬ妨害でぶつ切りになっちゃいましたけど、上司との話し合いはどうでしたか?」
裏路地を走り、車を止めている空き地まで向かっていた途中でネイが聞いてきた。手には銃を握り、背中にはギターケースみたいな大きな黒い荷物を背負っていて非常に走りにくそうである。
「あなたも聞いてたんだからわかってるでしょ?」
「なんだか子供みたいな夢を語る人でしたね」
「普段はもっと大人ぽかったのよ。私もびっくりした」
路地を抜けると、目の前にひと気のない空き地と車が見える。
「ちょっと待て」
「ウゥッ」
ショウが急に止まって、先に行きかけたユウの背中を引っ張った。首が引っかかって少し苦しい。
「ここに隠れてろ。ネコ、援護頼む」
ショウはピストルを取り出すと、壁に沿いながらゆっくり広場に出ていった。
「おい、何者だ?」
「バレたかあ。さすがだといったところか」
若い茶髪の男が正面の車の陰から車のボンネットを叩きながら出てきた。それに続いて、身長の小さい明らかに子供が出てきた。フードを深々と被っていて顔が見えないが、ユウ目線からはネイよりも小さく見えた。
「あと、そことそこ」
ショウが左右に手首を振る。若い男の合図で、右側から新しく2人、左側から1人、男が湧いて出てきた。
配置は凸の字状態である。3画目の一番上の線上あたりに車と茶髪と子供がいて、左端の4画目の曲がる前の線上に1人、右端の5画目の縦線上に2人、ショウたちは一番下の5画目の長い横線の真ん中あたりに路地から出てきた。
凸って漢字、1画目にそこを書いたらバランス取れなくて綺麗に書けないだろみたいな書き順をしている。凹を見習ってほしい。いや、凹も書きにくいか。というか凸凹なんて書く機会が人生にあるのだろうか。
「流石っすねえ」
「何者だ?」
おそらくリーダーは車影から出てきた正面の茶髪サングラスであろう。細身の茶髪は、トリガーガードに人差し指をかけて、ピストルをくるくる回している。余裕をアピールしたいのか、それともクセか。
隣の子供は、両手を上着のポケットに突っ込んでいる。
「プロキオンって知ってるか?」
「この間俺が消したやつか。規約違反の改造銃使用してたところだったな」
亀路都の事件後、ショッピングモールでユウと藤鹿に会うまでの期間に滅ぼしたボウト集団の名だった。撃ち合いになったら分が悪いので、奇襲で背後から葬った記憶。
「俺は釜瀬ケン。依頼されれば何でもする、もっぱら便利屋でね。プロキオンは俺のお得意様だったんだが。まあ、それは俺の勝手な都合。今回の依頼主はまた別だが。」
「ご紹介どうも。お前もチーターか?」
「戦う前に敵に情報を与える馬鹿はいないだろ」
「じゃあ名乗るなよ」
「だって付き合いはこれ限りじゃないからね。ここにやってきた人物を生きたまま連れていくのが今回の依頼なもんで。そんでもってやって来たのが君たちってわけ」
「俺は殺したやつのことは良心で最低限は覚えてるからな。知って欲しいなら俺に殺されることだ」
「減らず口が多いな。あんたの戦闘スタイルは把握してる。俺が負けるわけない」
閃光弾から目元を守るためのサングラスだろうか。
「俺の戦闘を知ってる人間は少ない。どこ情報だ? それとも、得意先のこと見捨てて出歯亀決めこんでたのか?」
「お前、おとなしく捕まってくれないかな?」
「見逃してくれるなら手出ししないんだけど」
茶髪の表情から笑顔が消える。そして、回して遊んでいたピストルを握ってショウに向けた瞬間に空気が変わる。次の瞬きをする頃にはもうそこは戦場だった。
まずは二か所で煙幕が上がった。ネイは後ろからショウの足元付近に、ショウは目の前の茶髪たちの足元めがけて、発煙弾を投げ込んだ。
煙幕には2通りの使い方がある。自分の付近に投げるか、相手に向かって投げるか。前者は、相手が自分の位置を正確に把握するのを阻害するため、銃弾が命中する確率を下げることができる。しかし、乱射されればあとは運に任せるしかない。後者は、不意に相手の視覚を奪い、方向感覚すらも狂わせることができる。しかし、投げた側も相手の位置把握が困難になる。
ショウは右側に閃光弾を投げ込みながら、建物の壁を走り蹴って右側の2人に一瞬で距離を詰める。閃光弾はほとんど効果がなかった。しかし、すぐ目の前まで肉迫しているため、伸ばしたナイフで1人の首を叩き切り、もう1人は懐まで迫っていたショウにサブマシンガンを向けようと体を捻るが、そんな猶予はなく、銃の間合いの内側までこられては対処のしようがない。そのまま胴体にナイフが突き刺さる。
ショウはすぐにナイフを手から離し、倒れた男が持っていたサブマシンガンをとり上げて指をかけ、左側にいた1人にアサルトライフルを放つ。だいぶ薄くなっていたとはいえ、煙幕越しに銃弾は届いた。
ピストルに持ち替えながらすぐに近くの壁に背中をつける。茶髪と子供はモクによる危機を察知してか、車の陰に移動していた。
「お前最近噂のチーターか。おかしいって、その強さ。グレネードは禁止行為じゃないのかよ」
茶髪は車に背中を預けて銃を手に持ちながら吠える。
「それらの質問はノーだ。言い訳なんてさせない。あんたは、負けるんだよ、順当に。力不足さ、お前の」
ショウは静かにそれでいて鋭く煽る。
「そっちのガキも仲間か?」
「ここにいるのは全員ビジネス仲間さ」
「おい、ガキ。悪いことは言わん。退け。今退かないなら殺す」
破裂音が周辺に鋭く鳴り響いた。
ネイは背負っていた荷物からライフルを取り出して組み立てると、路地からスナイパーの銃口だけを出し、車の下から覗いた茶髪一部を撃ち抜いた。ちょうどスモークが晴れたタイミングである。
あとは簡単な詰将棋だ。車の下から射線が通って他に遮蔽となるものがないのなら、せめて車のタイヤがあるところに移動する。よって、移動する前にどちらかのタイヤめがけて閃光弾でも投げれば、移動先はもう一方のタイヤの方に確定する。
ショウは車の向こう側の片方のタイヤの付近めがけて閃光弾を投げ込むと、車まで一直線に距離を詰め、案の定移動先で鉢合わせるとそのまま射ち殺した。
そして、そのまま一緒に陰に隠れた子供に上から飛び乗って取り押さえた。
子供の、がなり声混じりの高い声が響く。
ショウは子供の腹を膝で抑え、ナイフを首に当てる。すぐにネイがやってきて銃を向けると、ショウはナイフをしまい、子供のフードを剥ぐ。ユウもネイの後をついて行った。
ユウはネイに下がっていろと言われたので、これまでずっと通路の奥に退いていた。手際よくライフルを組み立てるわ、サブマシンガンの準備をするわ、スモークを投げるわ、躊躇なく引き金を引くわ、どうなったかはよくわからないけれど、いつもは引き籠っている彼女が自分よりも優れた、恐ろしい戦力の持ち主であることが恐怖だった。
「動かないでください。殺します」
ネイは表情一つ変えず淡々としている。「動いたら殺す」じゃないのが余計に怖い。
「何者だ?」
「早く、早く殺せよ」
ショウに取り押さえられた子供はただ死を要求した。だが、それは強がりや諦めが感じられるものでもあった。




