ep22 鼎談1
「ネコ、この部屋の防音はどの程度信用できる?」
「100とは言えませんが、それなりに音漏れしないような物件のはずです」
「そうか」
「何してるの?」
「監視カメラの映像処理ですよ。スマホでの作業でフラストレーションがたまってますので、話しかけないでもらえます?」
隻腕のボウトはリカちゃんに話しかける。それに続く形で、勇気を出してユウも彼女に話しかけたのだが、一蹴されてしまう。
隻腕のボウトはベランダに続く大きな窓ガラスに寄りかかって外の夜景を眺めている。幽霊ちゃんはソファーで寝転がって、スマホで作業をしているらしい。ユウは仕方なく、ダイニングテーブルの椅子に腰かける。
なんとなくわかる。この沈黙はしばらく続くやつだ。
そこでユウは自分に降りかかってくるであろう火の粉を覚悟して、会話を回そうと覚悟する。切り出すタイミングは、リカちゃんがスマホを置いた時。安直過ぎてむしろ嘘っぽいが、本当にそこしかない。
「あのーっ、とりあえず自己紹介とかその辺から始めませんか?」
今更だが、3人はまだ自己紹介すさえしていない。素性もわからなければ、呼び方すら定まっていないのだ。
2人はユウを睨んでいる。腹の内を知りたいという気持ちは同じなのだろう。お前が言い出したんだからお前からやれとでも言いたげな、二人分の紅く鋭利な眼差しがユウに向けられている。
面倒くさい人たちに多少呆れながらも、慎重に爆弾を転がす。
「えっとー、私はBBの情報指令室所属だった九鳥ユウです。何か質問は?」
2人とも目を逸らしている。
これでは会話が進まないので、ユウは無理やりにも導火線が燃え減っている爆弾をなすり付ける。相手はなんとなく話しかけにくさが幾度かマシだったという理由でリカと名乗った女の子に。
「次はあなたの番よ」
「私は稀代の天才、ネコ、生業は情報屋です」
「ダメダメ。ハンドルネームはなし。私たちは、どうせ明日の身も知れないお尋ね者状態なんだから協力しないと」
「協力というよりかは牽制ですね」
「リカっていうのが本名?」
「なんですか、その卒業理由に恵まれた生い立ちと自分のとのギャップ気付いたからとの噂がある偶像みたいな名前は」
「着せ替え人形にそこまで酷い言い方しなくても。じゃあ、あれは偽名ってこと?」
「うるさいですよ、オバサン」
「私たちあんまり年変わらないと思うから、そんなこと言ってると、意外とすぐにブーメランが返ってきて痛い思いするわよ」
「はーあ、ワカリマシタ。でも、私あなたのこと全くと言っていいほど知らないんですけど。待ち合わせの後に、なんやかんやなあなあでついてきたことが想像に容易いくらいです」
「ほとんどそれで合ってるわよ」
「BBではどんな仕事を?」
「ほとんど雑用だったわよ。資料整理とか。たぶんあなたの欲しいような情報は持ってないし、むしろあなたのほうが詳しいと思う」
「そうですか。そうですよね。そうに違いありません」
「そこまで言わなくても」
「狩苗ネイ、名前です」
「あっ、えー、ご両親は?」
「両方とも海外です。しばらくは帰ってこないらしいので、ご心配なく」
「おばさん以外だったら私のことはなんて呼んでもいいから。よろしくね、ネイちゃん。で、あなたは?」
窓ガラスにすがり、今度は下を向いて話を聞いているロストに爆弾を投げつける。ネイがなにかごにょごにょと文句を言っていたのは聞こえていたけれど、ユウは無視した。
「俺のことは……いい」
反射的に口から言葉が飛び出しかける。ちっともこっちに目を合わせようとしない。その反応は、戦場での様子とはまるで違って、まるでシャイボーイだった。
ここで、自分の出番ですねみたいな、嬉々とした表情で家苗ネイが勝手に説明を始めた。
「この人は、界隈では知る人ぞ知る、噂の範疇で、神話程度に、その存在が囁かれている、というか無名中の無名イン無名のボウトで、ほんの一部では『ロスト』と呼ばれていたっこともあります。本名は烏丸ショウ。3年ほど前から活動が確認されています。私が把握しているだけでも、三桁人はあの世送りにしています。ランキングがあれば紛れもなくこの国で最上位の殺人鬼です」
「お前、どこからその情報を?」
「国のサーバーにも潜り込みましたが、個人情報がまったくありませんでした。意地の片っ端捜索で入手しました」
「嬉しそうだが、そんなに俺の情報に価値があるのか?」
「いえ、趣味です」
「なんて?」
「そりゃあ、ネットストーカーくらいしますよ。この際だから言っちゃいますけど、私が情報屋を開始して、初めての依頼をくれたのがあなたでしたから。リピートもしてくれるし、こっちに気があるのかと勘違いしちゃったじゃないですか。まあ、勘違いを拗らせたのは私の方でしたけど。ずっと聞きたかったんです。どうして私を選んでくれたんですか?」
「たまたまだよ。偶々、情報屋を『メジェド』で探してたら見つけただけ。偶然だよ、運に縁」
「それ、私が作ったやつです」
(「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」)
「へー、あー」
会話に入っていけないので声は出せなかったが、ユウは目が飛び出るくらい驚いた。それに比べて、隻腕のボウトの反応は薄い。ネイはそれに不満そうに突っかかった。
「あんまり驚いてくれないんですね」
「だって、一見いや、三見でさえお断りと言わんばかりの複雑な手順を踏んだ先にようやくコンタクトが取れるようになっていたんだぞ。詳しくはわからんが、サイトの内部構造にわたって仕込まれていたわけだから、それができるのはまあ、開発者かバケモノだよな」
「もっと褒めてくださいよお。私の薬指空いてますよ」
「メジェド」とは、所謂ハッカー御用達の裏サイトである。情報屋やハッカーたちが匿名で情報を書き込んでいたり、仕事の募集をしていたり。あるいは、犯行予告や犯行声明らしきものを出していたり。ユウもハッカーとのメールのために、最近になって知ったくらいだ。一般人が到達することは基本的にありえない、悪の温床である。
「一応聞くがなんで今までなかったんだ? 誰かが思いついていてもおかしくはないだろう」
「セキュリティの問題ですかね。誰が書き込んだのかが絶対にわかりっこない。運営はもうオートなので、私は管理してませんし、どうなっているかもわかりません。ハッカーっていうのは、バレたらダメなんです。相手に見つからずに、情報を抜き取り、工作をする。だから、ハッカーっていうのは、承認欲求とか自己顕示欲を満たすことに飢えている。そこで、私は、彼らに自分の成したことを発表できる場所を与えたわけです。4年位前の話になりますが」
「あの中では、お前の情報も出回ってなかったから、仕事が少ないか、凄腕かのどっちかだろうと思った。まあ、結果的には両方だったからよかったけど。情報が出回ってる情報屋なんて信用できないからな」
「やっぱり好きです。結婚はまだいいので婚約してください!」
隻腕のボウトもといショウはユウが今までに見たことなのない、鳩が豆鉄砲を食ったようなアホ面で、フリーズしている。
そんな隻腕のボウトをもろともせず、ネイは畳み掛けた。




