ep20 遭逢(そうほう)2
山を下る途中、隻腕のボウトが紐を引っ張ると、先ほどの簡易仕掛けが作動し、山頂の方から爆発の光と音が響く。
3人は山を下ると、バイクは目立つからと、目的の車のある場所まで走って向かうことにする。夜の住宅街を、私服の女と、フードを被ったいかにも怪しい格好のボウトと、もっと怪しいファンシー布被りが走る。幸い、怪しい三人組は敵にエンカウントすることもなく、目的地の前までたどり着いた。
そんなころ、原始的な陽動はうまくいき、何人もが山頂の社に向かっていた。
目の前の空き地のような公園には、輸送車が止まっていて、運転席に1人いるのが見える。
隻腕のボウトはスタスタっと車に近づき、運転席の窓を手の甲でノックする。
「なんだ?」
運転席の男は窓開ける。
隻腕のボウトは容赦なく、こめかみに柄殴りをかまして、一発でKOする。すぐに、車中他に仲間がいないことを確認し、ユウたちにこっちにこいと手で合図をする。
指示に従い、ユウと神と動物を名乗った幽霊は走って車へ向かう。角を曲がって空き地に差し掛かったそのときだった。
ユウたちの後ろにボウトがいた。そいつは二人の背中に向けて発砲した。
ユウは角を曲がり、間一髪射線上から外れることができたが、その後ろにいた幽霊は頭部に3発命中しそのまま前に転げ倒れる。
隻腕のボウトは急ぎ銃を取り出し、角から腕だけ出して射撃する。撃ち切ると、手鏡を取り出してすぐに状況を確認する。どうやら一発がボウトの銃に命中したらしく、銃を手放したようだった。すぐさま別のピストルを取り出し、今度は勢いよく飛び出して、放った5発きちんと胴体に当てる。踵を返し、倒れたコスプレイヤーを抱え、輸送車に飛び乗る。顎で指示を受けたユウは急いで運転席に座り、車を発車させる。
夜の住宅街をガタイのいい輸送車が慌ただしく走り去る。
「大丈夫なの?」
直線の続く一般道に乗り運転も安定してきたころで、ようやくユウは後ろの2人に声をかける。
反応はない。
隻腕のボウトは口で銃を咥えながら、手入れをしている。布を被った自称神は寝転がったままだ。先ほどから見えるルームミラーの様子に変化はない。
「ちょっと、何か言ってよ」
また反応がない。
「大丈夫なの?」
「あれくらいじゃ死なないだろ。当たってもないんだし」
ようやく返ってきた返事も、わかりきったことをいちいち聞くなと言わんばかりに相手にされていない。
「ちょっとどうゆうこと?」
「だってよ。ネコ。起きてんなら説明してやれ」
平らになっていた布がムクムクと隆起し、ギリギリ幽霊として認識できる輪郭になる。そうして、起き上がった布(もしくはその中の何か)は喋り出す。
「この世界ではLPという概念があります。これは命であり通貨でもあります。1人最大300であり、0になると死にます。また、ポイントを使用すれば、武器の購入や銃による傷の回復ができます。減ったLPは一日2ポイントずつ、もしくは1人殺すと10ポイント回復します。まるでゲームみたいな設定ですね。そして、ある程度年を取ると、その最大値が1ずつ減るようになります。寿命ってやつです。
ダメージは銃ごとに設定されており、現状最大なのはピストルの70ダメージで、5発当たると死にます」
「そんなことは知ってるわよ。そうじゃなくて……」
今さら世界の常識の説法をされないといけないほど、ユウももの知らずじゃない。
だが同時にびっくりしたのだ。聞いたことがない可愛い声がする。
ただ、それ以上に隻腕のボウトがドン引きしていた。
「お前、女……だったのか……?」
「えっっ、あっっ……。いえ、そうです」
幽霊は自分から、被ったヴェールを取った。姿を現したのは、顔立ちを見ても、体格を見ても、どう見ても、10代、10代前半の子供だ。シルエットは髪の毛が艶やかなおかっぱっぽい黒髪ボブの可憐な女の子だ。
「どうです? リアルで見る私は可愛いですか?」
「いや、まあ」
「あれ、反応が薄いですよ。これでもそこそこ美少女だとは思うんですが……」
「あ、今ので夢から覚めた。あんまり慣れてないことはするもんじゃねえよ」
「あーあ、せっかくの邂逅が台無しです。そこにいる女のせいで目が肥えてたんでしょうか。タイミングが悪すぎます」
「俺は人の顔見て比較するほど暇じゃない」
「顔からコケんですから、顔の怪我の心配がてら見てくれてもいいじゃないんですか」
「声は大丈夫か?」
「それだと私のこの美声をバカにしてる言い方なんですよ! 心配するなら喉なんですよ! それに自慢だった低音ボイスは、コケたときにボイスチェンジャーが逝ったので、もう出ませんよ!」
「まあ、身長盛ってるなあとは思ってたけど、メスガキだとは予想外だった」
「えっ、気づいてたんですか?」
「まあ、見かけの身長と歩幅が不自然だったし。盛る必要あったのか? 走りにくいだけだろ」
「子どもだってわかるとナメられてお終いなので、大きく見せたほうがいいんですよ。それに、盛ってるって。身長を盛るときは、靴に下駄を仕込むものです。頭の上に空間つけるとかいうこんなお粗末な盛り方では、本当に盛っている人に失礼ですよ」
「悪かった悪かった。馬鹿にするつもりはないから」
「まあでも、それのおかげで、ヘッドショットアシストチートを躱せたわけですし。お気づきだとは思いますが、あんなに弾が曲がるなんてありえないことです。詳しい仕組みはわかりませんが、精度は結構いい加減なようで、身長を盛ったらそっちに弾が飛んでいくほどで。『人間が想像できることは必ず実現できる』とは言ったものの、人間は実に恐ろしいものです。いつかは出てくるだろうとは思っていましたが、弾を曲げるチートがようやく現れました。精度はどうあれ、これまで誰も実用化にこじつけられていなかったわけですから、開発者はバケモノです」
「急に真面目な話するのか」
「じゃあ先ほどの話に付け加えをすると、女が盛るのは顔と乳だけです!」
「どうでもいい話は付け加えるな。お前、正体がバレて枷も隠す必要もなくなったからって、はっちゃけすぎだろ」
「そうですね訂正します。はっちゃけてるんじゃなくてむしろ盛ってます」
隻腕のボウトはどうやら自分の協力者が年端もいかない少女だとは知らなかったらしく、終始驚いている様子だった。サクサクと進んでいく会話に1人取り残された運転中のユウは、返しにくいセリフの登場で発生した会話の隙に、ここぞとばかりに口を挟む。
「ちょっと、あなたたち初対面にしては距離が近くない?」
「ええーっ、おばさんは黙ってて」
「私はまだっ」
「まあまあ、そういう積もった話はマンションに着いてからじっくり話そうや。帰るまでが戦闘だから」
隻腕のボウトの含蓄のあるその言葉に、誰も「遠足じゃないんだから」とツッコむことができなかった。安心しきっていた雰囲気が絞殺され、3人の間には緊張が残された。
この後の車内はお通夜状態で地獄だった。




