表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃力と  作者: 沓月
17/60

ep17 逃避行

「大丈夫か? じゃあこれで」

 隻腕のボウトは社交辞令的に一言かけて、すぐにこの場から去ろうとした。その言葉で現実を多少は把握したユウは、ちゃんと引き留めた。


「ちょっと待って。あ、ありがとうございます。でも待ってください。手、大丈夫ですか?」

「問題ない」


 隻腕のボウトは左の肩をさすっていた。先ほどユウが摑まっていたのは、確かに左の腕だった。このボウトがいつも使っていたのは右手で、左はジャケットの袖がたなびいているはずだった。これまで見せていなかっただけで、左の腕はちゃんとあったらしい。


 隻腕のボウトが会話を切り上げたそうなのが、ひしひしと伝わってくる。なんとか会話を繋げてやろうとするが、手をこまねいてしまう。お手上げ状態に陥ったユウは、ふと上を見上げた。ここで、ユウはなぜ隻腕のボウトがスナイパーに撃たれたかを理解した。

 視線斜め先には屋上と思しき天井が見える。飛び降りてもなんとかなりそうな場所は、今いるこのバルコニーしか見当たらない。あの位置でなければ、ここに飛び降りて来られない。撃たれて、のたうち回りながら転がってくることで、位置を調整したのだろう。あの状況で下手に動けば、人数差大ありの乱戦になりかねない。自分を盾にしてすぐ後ろへ飛び降りることで、一瞬にして逃げ去ることができる。自分を争いに巻き込まないような配慮だったのかもしれない。これは、多少自意識過剰な気もする。だが、まさか自分も一緒に落ちてくるとは思ってもいなかっただろう。


 それよりも、だ。

 こんな希望的推測をしている間に、理解できることがひとつあった。このまま明日を迎えても、明日からは元よりも同じか少し苦しい生活が待っている。その生きづらさが容易に想像できた。それから逃げたいあまり、覚悟が決まった。


「なんで助けたんですか?」

 口を開けば、ユウは不躾な質問をしていた。


「人が欲しがっているものってなんとなく欲しくなるし、やすやすとあげたくはないじゃないか。あっても困らないものなら、わざわざ捨てることもしないだろう」


 隻腕のボウトは律儀にもその質問に答えた。正直、無視されていたら詰みだった。だからこそ、希望が見えた瞬間だった。このボウトは自分を奪いきる自信があったんだ、別に死んでも構わないのに、自分の命よりは優先順位が低いはずなのに、守って連れ去ることなど造作もなかったのだ、と。そうでなければ、あの危機的状況で、ユウをキープし続ける理由にならない。ちょうど、値が急落する株を損を減らすために、紙切れになる前に急いで売るのではなく、株が紙切れになるかどうかなんて興味がないというようなものだ。莫大な資金ゆえに、財布に響かないのだ。つまるところ、ユウはこのボウトの可能性に賭けてみたくなったのだ。強さゆえに為せる技とその自信を目撃して、居ても立っても居られなくなったのだ。


「正義って何だと思いますか?」

 はやる気持ちから、ユウはついこんな質問をしてしまう。

「話のネタじゃないか。結局、正義があっても、人は死ぬから」

「私、わかったんです。あなたが言った通り、正義は強さがないといけない。でも、正義に強さを与えるのは難しい。だから、それを補おうとして、人々は正義を大々的に扱ってしまう。

 正義っていうのは歪です。正しいようで正しくなかったり、強いようで弱かったり、弱いようでちょっとは強かったり。だから、強いだけの正義のほうがまだ信用できる。あなたは強い。これは本当。だからあなたを信用する」

「よくわからんが、納得できたならそれでいいや」

「どうやって逃げるんですか?」

「さあね、遠くにとしか」

「私も連れて行ってください。下の階に私のバイクがあります。それ使ってください」

「お荷物はいらんのだが」

「お願いですから連れて行ってください。私にはもう引き返せる場所はないんです」


 隻腕のボウトは、少し悩むような間をおいてから、そっけなく返事をした。

「わかった」


 2人は追手をかいくぐりながら、市民の避難が完了して明るく静かで寂しいショッピングモールの中を駆け抜け、バイクを取りに行く。


「これ鍵です」

 ひときわ目立つ青いバイクにたどり着くと、ユウはバイクの鍵を渡そうとする。


「あんたが運転してくれ」

「えっ」

「こっちは右手かたてしか使えん。どうしろと?」


 隻腕のボウトは右の手のひらを空に向けながらとぼけたような口調で返す。

 こういうのってロストの人が運転してくれるんじゃって思ったけれど、ユウは言われるがままにバイクにまたがる。


 隻腕のボウトはは後ろに乗ると、「失礼」と言いながら慣れた手つきでユウの右肩に手を置く。首もとがゾクッとした。


「なるべく監視カメラのないルートを通って欲しいんだが、わかるか?」

「ワカリマシタ」


 ここ最近、ユウはBBにあるあらゆる資料を読み漁っていたので、監視カメラがなくて映像が残っていない場所に何度イライラしたことか。そのときのイライラと一緒に通れる道を脳内に描く。こんな時に役立つなんて思ってもいなかった。


「とりあえず南下してくれ」


 ユウは指示に従いルートを割り出す。

 人のいないショッピングモールの駐輪場にエンジン音が鳴り響く。


 ショッピングモールから出ていく一台のバイク。屋上にいる藤鹿とその部隊が気付かないわけもなく、すぐに機動隊が追いかけて来る。



 藤鹿によって避難指示が出されているため、付近の街の外には人がいない。道路もすっからかんだった。信号無視や逆走をもろともせず、猛スピードで一般道を駆け抜ける。


 幸いなことに、ユウたちに追いついてきたのは、数台のライダーだけだった。目視できる距離ではあるが、まだ追いつかれてはいない。元彼氏製のこのバイクは彼の趣味でタイヤは防弾仕様だし、それなりに安心感はあった。男の浪漫だと言っていたの思い出すが、ここにきて再評価&感謝だ。


「車体を安定させて、思いっきり飛ばしてくれ」

 一方の後ろの隻腕のボウトは、くるっとバイクの進行方向に背を向けて座り直すと、追ってくるバイクにピストルを発砲すす。他にも射程が足りんとか、ライフルがねえとか、閃光弾が警戒されてて使いにくいとか、ごちゃごちゃ言っていた。


 ルート選択が良かったのか、隻腕のボウトが3台ほど追手を倒したからか、巻いて逃げることはできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ