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銃力と  作者: 沓月
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ep14 邂逅

 殉職した熊谷ワタルの葬儀も終わり、ユウは日常を取り戻しつつあった。


 あの日の襲撃以降も、いつもこれまでように事件は起き、仕事が減るなんてことはなかった。BBが全戦力をもってボウトを潰しにかかれば、それらを殲滅することは可能だろう。しかし、そんなことをしてもまた新たなボウトが湧いて出てくることは火を見るよりも明らかであるし、そんなことをしたらBBという会社の存在意義がなくなってしまう。民間軍事会社は脅威や不安あっての商売である。生きるためには働かないと、お金を稼がないといけないのだが、サトミと話したあの日から、ふと正義とは何かについて考えてしまう。


 先日を最後に、サトミとも会えていなかった。研究に没頭して音信不通になることはこれまでもよくあることだった。まあ、研究棟に行けばいるのだから心配はいらないだろう。むしろ溜まったフラストレーションが、押しかけることで栓が抜け、自分になだれ込んでくるかもしれない。しばらくそうっとしておくのが吉だ。


 そして、ユウも自分なりに時を進めていた。これまでとは違って、隻腕のボウトからアプローチをかけて会長探しをしていた。BBの保有する膨大な監視カメラのデータやら、過去の事件資料やら、ネットの書き込みやら、色々な方法でユウなりに情報を集めていた。そんなとき、ユウの会社のパソコンに一通のメールがいた。恐る恐る慎重になりながら、そしてかつ大胆に、そのメールを開くと、そこからとある情報屋とのコンタクトが取れ、隻腕のボウトとのアポイントメントを取り付けることができた。


 文面のやり取りでは、かなりユウのことを警戒しているようで、できるだけ下手したてに出たつもりだ。BBの監視カメラにすらなかなか映らないくらい情報が出ないように徹底している相手だから、警戒が強くて当然なのではあるが、会ってくれるという返事をもらったときは嬉しかった。


 指定されたのは2日後の18時、向こうが指名してきた場所はとある町のショッピングモール。BBの本社からは少し離れている。戦闘になれば一般人を巻き込みかねないので、抑止力にと考えているのだろう。ユウにはそんなつもりはないので、自分が大きく見られて警戒されてるのが勘違いだとしても嬉しくて頬が綻んでしまう。


 そうして、当日は浮かれた気持ちを抑え込みながら仕事に打ち込み、退社して帰宅して着替えを済ませたのち、待ち合わせ場所へ向けバイクを走らせた。


 思い出せばバイクも彼氏ワタルの影響だった。ワタルの趣味がバイクで、デートではよく背中に捕まっていろいろなところに連れて行ってもらった。そのうち自分でも運転してみたくなって、免許を取った。新しく購入するつもりだったが、ワタルがコレクションの一つを譲ってくれた。今となっては、この青いバイクを返すことも出来なくなってしまった。そんな最良の彼氏を思い出して目頭は熱くなっても、涙は出ない。



 3年近く付き合っておいて、冷たい女だと自分でも思う。仕事柄、見知った人の死にも慣れてしまっていた。だから、順番が回ってきたんだと現実を簡単に受け入れることができてしまったのだろう。彼が死んだあの日、ユウ自身も死に直面した。結果として、彼は死に、自分は生き残った。よくよく考えてみても、一歩間違えたら死んでもおかしくなかったのだ。そのことが、より一層、ユウに現実を受け入れさせた。むしろ、殉職はお付き合いをしていた頃から覚悟していたことだった。今更覚悟が甘かったなんて、反省したくもない。生前に別れを告げていればもっと楽だっただろう。別れを一方的に告げるのは、生者も死人も変わりなく苦しい。かといって、生前に告げていた方が良かったとも思わない。今となってみれば、そのジレンマに耐える覚悟だけが足りていなかった。だが、もう振り切れた。過去に対して一方的にサヨナラを告げ終えた女が向かうのは秒速で過ぎ行く現在いまと少し先の未来しかないのだ。

 でも、やはり、最低だ。そして、こんな女を好きになったほうが悪いなんて性根の悪いことはいえない。こんな女からの祈りはいらないかもしれないが、彼の冥福をただ心から祈っている。


 そんな振り切った感情を連れて、目的のショッピングモールに到着した。バイクを停め、中に入ると、休日夕方のショッピングモールは案の定混雑していた。事前に指示があった通りに、指定されたコインロッカーを開けると、中には封筒が入っていて、屋上へのルートが書いてあった。指示通り従業員通用口を抜け、階段を上った先の屋上の扉の前にたどり着いた。


 ユウは扉の前でひとつ深呼吸をして、いざ、ドアノブに手をかけ、扉を開く。踏み出した先には紫色の空が広がっていた。そして、冷たい夕方の風が前髪を押し上げる。足元から飛ばされてしまいそうなほど風が強い。




 そして……。


 目が捕らえた先には、季節に似合わない黒いロングコートを纏い、フードを被った、あの日見た姿のまんまのボウトが背を向けて立っていた。


 ユウが来たことは扉の開閉音で気づいているに違いないはずなのだが、ユウのほうに振り返ってはくれなかった。


「あ、あのーぅ」

 ユウは先に声をかけた。黒い背中はびくともしない。距離にして20メートルほど離れている。ショッピングモール上の分厚い大気と休日の地表の賑やかさに声が阻まれたのかもしれなかった。


 ユウは喉を鳴らして、もう一度、今度は先程よりも大きな声を出す。


「お、お久しぶりです!」


 黒いボウトは振り返り、その前面が姿を見せる。普通身長、普通体型、普通オーラ、どこをとってもいたって普通の若者というイメージが先行する。全身真っ黒の格好は少し異質感がある。フードを深々と被って顔は見えないし、左の袖が風に吹かれて、ブラブラしている。まさしく先日遭遇した隻腕のボウトに間違いなかった。


「お前、誰だ?」

 開口一番に返ってきたのは挨拶でも社交辞令でもなかった。


「ええっとー、この間助けていただいた者です。あの、『亀路都かめろと』で」


 向こうはユウがあのときの人物だとは知るはずがない。いきなりの馴れ馴れしいロングタイムノーシーは選択を間違えたかと思った。しかし、合点がいったのか、隻腕のボウトは「あの時の人か」と理解したような頷きを見せると続けて質問をしてきた。


「料亭の中居が何の用だ」


 あのときついた嘘がここで厄介な問題を生む。このまま自分がBBの社員であることを黙っておいてもよいのだが、ここにきて急に嘘を突き通す自信がなくなる。むしろ、ここは正体を明かしたほうがかえってことがスムーズに運ぶような気がして、その可能性に欠けることにした。


「あの、この間は助けていただきありがとうございました。そして、ひとつ謝りたいことがあります。私が料亭の中居というのは嘘でして、本当のところはBBの社員で……」


 ユウは思わず目を見開いて、静止する。黒い無法者はポケットに入っていた手を出し、その手で握った銃をユウに向ける。幸い、すぐには発砲はされなかった。


「これは罠か? お前は囮か?」


 引き金を引かれていても何らおかしくはなかった。しかし、撃たれずにまだ会話を続けられることに感謝し、息を吐いてこぶしを握る。


「いえっ、私は今日あなたに、個人的に会いに来ました。会社は関係ありません。会社に(あなたのことを)告げるつもりもありません」

「目的は何だ?」

 ユウは銃を向けられたままである。声を張り上げないといけない距離感が煩わしくて、そろそろ距離を詰めたくなっていた。ユウは動かせるようになった足をゆっくりと交互に前に出しながら返答する。


「私は鈴橋サイイチに会いたいんです。あなたも追っていて情報を持ってそうだったので、お話ができたらと……」

「すまんが、大した情報は持ってない」

「では、お互い協力しませんか」


 2人の距離は5メートルを切っていた。目の前の黒い無法者はいまだ銃を構えている。まだ会ってから3 分も経っていない。信頼も信用も素性すらわからない相手の提案の返答に詰まるのも無理はないだろう。


 隻腕のボウトは銃を構えたまま、ユウの表情を見ているようだった。ユウも負けじと見つめ返したため、お互いに睨み合うフェーズに突入する。




 少し長めに続いた沈黙の時間は、思わぬ横槍に終わりを告げられる。

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