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苦手な方はご注意ください。

執事長クロードの業務記録〜個性豊かな使用人仲間と読めない主人に振り回されてます〜

作者: 超山熊

初めての短編!

書いていて楽しかったです!

では、本編へ〜どうぞ!


「――きゃあっ!」


 大きな屋敷の中に女性の悲鳴が響いた。

 普通の貴族邸であれば何があったと慌てて使用人たちが集まるのだろう、しかしこのラディスター伯爵邸では違うのだ。

 悲鳴を聞いた全ての使用人が「……またか」と、うんざりするような表情で声の聞こえた方向へ視線だけ向ける。

 そしてすぐに悲鳴の聞こえた方角から逃げるようにして散っていくのだ。

 悲鳴を迎えに行くのがこの屋敷で最も恐がられている人間だから……。


「……また、あなたですか。……メアリー。いい加減にしたらどうです?」

「く、クロード様!……ご、ごめんなさい!」

「ごめんなさいではなく、申し訳ございません。です」

「ご……申し訳ございません……」


 メアリーと呼ばれた女性は使用人とは思えないほど綺麗に梳かれたブラウンの髪を後頭部で結んでいる女性。

 メアリーは3年ほど前に屋敷の主人である王国伯爵クリス・フォン・ラディスター様が拾ってきた新人メイドである。

 そしてメアリーを見下ろす形で立っている青年がラディスター伯爵家執事長を務めるクロードである。

 誰よりも仕事をこなし、誰よりも伯爵の信頼厚く、誰よりも厳しい。

 己に厳しく、他人にも厳しい。そんなクロードの前で項垂れているメアリーこそ屋敷の中で最も仕事が出来ない、クロードの対局にいる人物なのだ。


――――――――――


 床に滴る水はメアリーの頭に被さったバケツから零れたものだろう。

 盛大に溢してある水は廊下のカーペットにシミを作り今も尚広がり続けている。

 これだけ広がれば拭き取ることは出来ない。

 申し訳なさそうに自分の前で頭を下げ続けるメアリーは寒いのか体を震わせている。


「全く……あなたは着替えてきなさい。カーペットは私が変えておきます」

「……は、はい」

「着替えたら庭へ行きなさいライラがいるはずです。罰として、今日は庭の掃除を2人でやりなさい」

「……はい」

 

 意気消沈といった様子で使用人部屋へ歩いて行く彼女に声をかける。


「誇り高き伯爵家に仕えるのだから使用人として態度で示しなさい。これは仕事以前の話ですよ」

「は、はい!!」


 落ち込むように曲がっていた背筋を伸ばし走り去っていく背中を見つめ言葉を漏らす。


「屋敷の中を走るな……これは何度も言っているはずなんですがね」


 濡れたカーペットを剥がし手伝いに来たメイドへ渡す。

 屋敷奥の倉庫から予備のカーペットを取り出し手早く濡れたものと入れ替える。

 入れ替えている最中、濡れたものに古いシミが出来ていることに気がつき溜息をついた。


「……これは清掃の仕方を見直す必要があるかもしれませんね」


――――――――――――――


「また、クロード様に怒られたんすか?」

「……ライラちゃん。……うん」


 乾いたメイド服に着替えた私を庭で掃き掃除をしていた後輩メイドのライラが迎えた。

 私より2年後輩の彼女はすでにメイドとしての仕事を私以上にこなしている。

 今も他の使用人であれば5人で1日かかる庭の掃き掃除をたった1人で大方終わらせてある。

 彼女の仕事スピードなら終わっていて当然なのだがライラ曰く、「早く終わらせても別の仕事回されるだけっすよ」ということらしい。

 

 その言葉の通り、先ほど自分を叱っていた屋敷の実質的ナンバー2である執事長のクロード様なんかは誰よりも仕事を早く終わらせ、人間なのか疑わしいほどの仕事量を受け持っている。

 

「それで、今日は何をしちゃったんすか?」

「廊下でバケツをひっくり返しちゃって……」

「アハハハ!流石っすね!でも、よく毎回のように失敗できますね。何か秘訣でもあるのかな?例えば……この辺に」

「ら、ライラちゃん!?……きゃっ!や、やめてよー!」


 何やらワキワキとさせた手をまさぐるようにして接近してくるライラ。

 そのままくすぐり攻撃を受け笑いが止まらなくなる。

 彼女の腕を抑えようにも、まるで掴めない動きで翻弄し前後左右あらゆる方向からくすぐられ続ける。

 彼女のこうした優しさが今は心地良かった。



――――――――――――――――


「クリス様、紅茶を淹れました。少し休憩なさっては?」

「クロード、ありがとう。冷めるのももったいないし、休憩しようかな」


 自分(クロード)の歳は20代半ば、貴族の当主に仕える執事長としてはかなり若いが。

 それでもソファに座り優雅に紅茶を嗜む主人の方が若い。


 王国伯爵、クリス・フォン・ラディスター。

 その名を知らぬ貴族は王国にはいない。

 5年前まで貴族として最も位の低い男爵家だったラディスター家を当時15歳の青年が当主を任された。

 

 彼の父親である先代ラディスター男爵は金の亡者で、裏金・密買・犯罪組織との繋がりなど数えきれない裏の顔を持っていた。

 そんな父親を知ってしまった息子のクリスは自身の信用できる者を集め父親を糾弾した。

 ラディスター男爵は国外追放、男爵家は息子であり糾弾した本人であるクリスが拝命することになった。

 そこからたった5年で彼は小さかった男爵家を高位貴族である伯爵家まで成長させるほどの政治的手腕を見せる。


 他の貴族曰く、「未来が見えているような動き」らしい。


 正直に言えば彼の当主拝命前からともにしている自分ですら、彼のことを怖いと思うことがある。

 何か事件が起きても慌てず、ただ資料に目を通せば迷わず指示を出す。

 結果的にあれが最善の一手だったと思わせる、その手腕には毎度のように驚かされる。

 だから自分も主人を支えるために誰よりも働くのだ。

 

「先ほど目を通していたのは?」

「うん?ああ、領地の情報だね」

 

 街の情報か……主人が座っていた執務机を覗くと、そこには街で起こったことの情報が載っている。

 それは辺境の村で山賊が現れたという重要な事件から花屋の夫婦が喧嘩しているなんていう小さな報告まで多種多様。

 そんな小さな事件まで拾っているのだから主人の机は書類でいっぱいになっている。


「何度でもいいますが……もう少し情報の取捨選択をしてはいかがですか?」


 どう考えても伯爵家当主まで通すような報告ではないだろう。

 これまで何度も言ってきた自分の提案に主人はニコリと微笑みこう言った。


「僕は皆に支えられているからね」

 

 そんな自分の問いに対して答えているのかはぐらかしているのか分からない答えを返し。

 紅茶を飲み終え休憩から仕事へ戻った主人は書類から目を離さず自分の各報告を受け取る。


「まずは騎士団長から、新兵の武器を補充したいとのことです」

「分かった。去年の帝国領土侵略作戦で受け取った褒美を武器補充に回して」

「承知しました。次は料理長から、フリルさんが在庫の無駄遣いをしているから止めてくれとのことですが」

「いつも通りで頼むよ。彼女は無駄な調理はしない。確実な一歩を踏むための実験をしているだけだよ」

「では、いつも通りに食材の補充を十分にしながらフリルには表向きの注意のみします」

「頼むよ。執事室は問題無いかい?」

「もちろんです。ただ訪問客が後を絶たないため人員不足が否めません」

「そこも考えておこうか」

「ありがとうございます。それと運送業者から、予定より早くしてほしいとの依頼を受けた例の物が届いたとのことですが……」

「ああ、中は確認しなくてもいいから。ガルドさんのところへ運んでおいてね」

「あなたの隠し事は慣れていますが、承知しました。庭師からは、先月クリス様が強行した植木に現在の花が合わないとのことで、新しい植物に変えたいと……」

「ごめんごめん、そんなに睨まないでよ。悪かったと思っているけれど必要なことだから」

「あなたがやることに無意味なことは無いと承知しています。ただ、あの植木にどれだけの使用人が大変な思いをしたか……」

「みんな泥まみれになったもんね……話は逸れたけれど、新しい植物なら街の花屋に話を通しておかないとね」


 一通りの屋敷内外での報告を終えたとき、主人は変わらぬ視線を書類に向けながら新たな紅茶を受け取る。


「そういえばメアリーの様子はどうだい?さっきも悲鳴が聞こえていたけれど」

「心配する必要はございません。いつも通りの仕事ぶりです」

「今日はあと何度あの声を聞くことになるんだろうね?」


 面白そうに笑う主人に若干の怒りを込めて伝える。


「彼女はすでに3年働いています。その中で彼女は、皿487枚、グラス98脚、ガラス47枚、カーペット62枚、カーテン41枚、屋敷への損害と数えればきりがないほどです。いい加減辞めさせてもいいのではないでしょうか」


 自分は当然のことを言っていると思う。

 この屋敷の中で起きる報告・連絡・相談、その9割に彼女は関わってくる。

 実際に彼女がしでかしたことを金額にすれば無給で働かせても損が出るほど、メイド長はすでに呆れ果ててしまい彼女を叱るのは自分だけになっている。

 なぜ伯爵が彼女を雇っているのか全く分からないのだ。

 なんて言っても彼女は。


「僕が見捨てたら彼女を拾う貴族はいないよ」

「多くの貴族邸で雇われながら1年も働かせてもらえないメイドなんて初めて聞きましたよ」

「そうだろう?彼女は面白いんだ!それに――僕のこれからには彼女が必要になるからね」


 伯爵のこれから、普通の貴族であれば男爵から伯爵へ陞爵出来ただけで十分な人生。

 ただ彼はそれ以上を求めている。


「王位……ですか」

「別に反意を持っているわけでは無いさ。ただ、上を目指す分にはいいだろう?」


 崇高で壮大な目標。

 だが彼ならやり遂げそうだと思わせる、そんな未来を想像させる力があるから自分たちはついて行くのだろう。


――――――――――――――――


「入りなさい」

「……し、失礼します」


 夜の時間、物音静かな部屋にノックの音が響いた。

 入室を促しおずおずと執事長室という名の自分(クロード)の仕事部屋に入るのはメアリーだった。

 ここは執事室を通ったさらに奥で構えているため、執事長室に来ることが出来るのは基本的には主人(クリス様)のみである。

 部下である執事への連絡や執事からの報告等は朝と夜の全体報告時間で済ませているし、他の役職についている人間であれば報告書という形で朝提出することを義務づけている。

 ならばなぜメアリーがそんな執事長室へ来ているのか。

 

「あ、あの……お話というのは……」

「クリス様からのご指名です。明日一日、クリス様の執務室清掃と仕事の手伝いをしなさい」

「……はい。……って、えぇ!む、無理です!」


 違う言葉を想像していたのだろうか。一度は俯き返事をしたメアリーだったが自分の言葉を理解出来た途端狼狽する。

 このメイドはその言葉と反応に失礼が無いとは思わないのだろうか。

 他の使用人であれば感謝の言葉で誠心誠意働き、待遇や給料のアップを望むところなのだが。

 まあ、それだけ自分が”できない人間”であることを自覚している、ということなのかもしれない。


「”無理”ではありません。何より主人の指名に逆らうなど、メイドであるあなたに許されるはずがないでしょう」

「ご……」――ギロッ「も、申し訳ございません!……で、ですが」


 本当に自信が無いんだろう。それもそのはず、彼女のしでかしたことを考えれば自信を持つ方がおかしい。

 それでも今回は断れない。


「あなたの仕事ぶりは説明してあります。わたしがクリス様に事前確認をしたところ『大丈夫だから』とのことでした。なのであなたは明日に備えることだけ考えなさい。以上です。退室しなさい」

「……そんなぁ。……し、失礼します!」


 まさに問答無用、ここまで言ったのだからあとは自分のことだけ考えろ。とでも言うかのように眼圧だけでメアリーを追い払う。

 メアリーが退室し夜になった執事長室、薄く部屋を照らす蠟燭の明かりが妖しく揺らぎ明日への不安を増す。

 そう、不安なのはメアリーだけでは無いのだ。

 どちらかといえば自分の方が上かもしれない。


「なぜ、メアリーなんでしょうか……」


 普段なら絶対にしない溜息交じりのクリス様への疑問。

 あの方は全てを見通している。

 それでも今回の采配は「ただの面白半分なのでは?」というのが拭えない。


 もし、違うメイドだったら……。

 新人とはいえライラであれば十分に任せられる。

 彼女の過去だけを見ると怪しいもののクリス様への忠誠は本物であり、何より仕事ができる。

 前職の影響もあるのだろうが、それを抜きにしても覚えるのが早く頼んだ仕事は完璧にこなす彼女をクロードも屋敷のものたちも信頼している。

 

 他の誰でも良いのだ。それなのになぜ、メアリーなのか。

 

 今朝にクリス様から直接伝えられたその伝言は衝撃的で、危うく持っていた紅茶を落とすところだった。

 すぐに平静を取り戻したが耳を疑い何度聞いても真実は変わらずクリス様は「メアリーに任せる」との一点張り。

 今日一日で何度人員の交代を進言したか分からない。それでも変わらぬクリス様に最後は折れ「何か考えがあるのですね」と確認だけして終わってしまった。

 

 そんな明日への不安、それだけが今の自分を悩ませていた。

 

 

――――――――――――――――


コンコン……


「――来たようですね」

「そうみたいだね」


 いつも通りの朝、早くから仕事を始めるクリス様の執務室にはその日の清掃係がやってくる。

 いつもであれば特に気にはしない、誰が担当するのかは日ごとのスケジュールとしてメイド長から事前に聞いている。

 だが、今日はそんな普段とは違う緊張感が自分を襲っていた。

 ノックのあと扉の前に立つ気配から誰なのかを察し、ゆっくりと扉を開く。

 そこには掃除道具を持ったメアリーが立っていた。


「ほ……本日、清掃をさせていただきます。メアリーです!」

「うん、ありがとう。今日はよろしくね」

「は、はい!精一杯務めさせていただきましゅっ!」


 最初から噛んでいるじゃないか……。

 クリス様は気にしていないようなので今は何も言わないが、後で指導する必要がありそうだ。

 クリス様は若いとはいえ伯爵家当主、その権力は王国内でもトップクラスに位置し現時点で次期宰相へ推薦する声が出ているほどのお方。緊張するのも無理はないかもしれないが、仕えている者として仕事としてそれを表に出すのはどうなのか。

 

「クロード、そんなに睨まないであげなよ?メアリーも縮こまってしまうじゃないか」

「クリス様、わたしはいつもこの表情です。メアリーも止まっていないで仕事をしなさい」

「は、はい!」


 そしてクリス様の様子を確認しながら上がった報告書をまとめ、さらにメアリーを視界の隅に入れておく。

 ここは屋敷の中でも最重要の部屋、こんなところでいつものような失敗をさせるわけにはいかないのだ。


「――きゃっ……」


 やはりだ……ホコリをはたきながらカーペットに躓き、棚の上に置いてある花瓶を割りそうになった。

 メアリーの歩き方や今までのしでかしたことから逆算し、ここで何か起こしそうだなと思っていた自分を褒めてやりたい。

 クリス様の集中の邪魔にならないよう、一瞬で静かに駆け寄りメアリーの身体を支えながらメアリーの持っていたはたきで花瓶を支える。

 一種の曲芸じみた格好になってしまったが呆けたメアリーを立たせ花瓶を元の位置へ戻し執事服を正す。


「……す、すみま――」


 咄嗟のことに呆けていたメアリーはすぐに謝ろうと口を開ける。

 今は謝ることより仕事を覚えてほしいのだが。


「クリス様は集中なさっています。無駄な音や声を出さないでください。何かあればわたしが対処しますので」


 静かにしろと眼で訴えながらメアリーの口を手で塞ぐ。

 クリス様は集中するときに全てを忘れて思考を目の前のことに費やす。

 クリス様にとって大事な時間を使用人が邪魔するわけにはいかないのだ。

 

 メアリーも理解したようでコクコクと頭を縦にふる。


 クリス様が休憩するのは食事の時間以外に朝起きてすぐに行う剣の訓練と昼食と夕食の間にある少しの休憩のみ。

 それ以外は書類と格闘しながら次の一手を探っている。


 昼食までにメアリーは何度も失敗を繰り返した。

 同じ花瓶を落としそうになったり、本棚の本を崩しそうになったり、拭き掃除に使う水を部屋の中でばら撒きそうになったり、壁に掛かっているラディスター伯爵家に伝わる宝剣を落としそうになり、執務机で仕事をしているクリス様に対して水換えをした花瓶を転んで投げたときは流石に怒りそうになったが……。

 とにかく昼までに起きたメアリーの失敗は全てクリス様に気づかれることなく済んだ。


 昼食を終えたクリス様は自分(クロード)の表情を見て笑った。


「……どうやら、相当だったみたいだね」

「何がでしょう?」


 クリス様の言っている意味は分かったが、はぐらかす意味も込めてそう返した。


「誤魔化さなくてもいいよ。クロードがそこまで疲れているのは初めてみたかな」

 

 面白いものを見たとでもいうように笑うクリス様に呆れを込めた視線を送る。

 この方は、午前中にどれだけのことがあったのかおそらく知った上で言っているのだ。


 未来を見通すとまで言われるクリス様が気づいていないことも考えられないが、どんなことが起きるのかすら予測出来ていないなんて無いのだから。

 

「では言わせていただきますが……午後からは別のメイドへ変えてもよろしいですか?」

「うーん……やっぱりメアリーに頼むよ。それと、あとでクロードには頼むことがあるから。おっと、忘れてたよ。これ騎士団長への伝言、渡してきてね」

「……ですが」


 時間的にそろそろメアリーが来る時間だ。

 自分がいない間に何かがあっては執事長の名折れ、クリス様から離れるわけにはいかないのだが。


「今、渡してきてね?」


 急ぐということは、きっとこれもクリス様にとって必要なことなのだろう。

 渋々了承し出来る限り早く戻るために騎士団の本部へ向かった。



――――――――――――――


「失礼、レイガスト殿はどこに?」


 クリス様から渡された手紙を手に屋敷から少し離れた騎士団本部へ来た。

 騎士団は伯爵へ陞爵されたときに新設されたラディスター伯爵家の私属騎士。

 元々ある程度の騎士はいたが、屋敷や当主の護衛といった仕事をする十数名の騎士のみだった。

 王家から騎士団を持つように命令が下ったクリス様が各地の傭兵や兵士を目指す若者を集めてできた騎士団。

 平均年齢も若いが練度だけであれば十分だろう。それは騎士団長を務める女性のおかげ。


「団長なら現在訓練所にいるかと」

「分かった、ありがとう」


 見事な敬礼を返す騎士、確か彼は3か月ほど前に入った新兵のはず。

 そんな彼が見事な敬礼をし、動きだけで実力者であることが分かる。どういった訓練をしているのか非常に気になるところではあるが、今はクリス様の使いが優先である。

 彼に言われた通り広い騎士団本部の中央広場へ向かう。そこは普段から騎士たちが切磋琢磨を繰り返す訓練所でもある。


 新兵はもちろん騎士団設立前からの騎士たちも同じように訓練している。

 訓練と言っても数人でたった一人、中央に君臨する女性を打ち負かすといった周りが見ればいじめとも思われかねない訓練だが。

 しかしいじめと違うのは君臨する女性が圧倒的に強いということだろう。


 女性は赤い長髪を翻し剣を振りかぶる騎士たちへ隙の無い構えから痛烈な一撃を加える。


「……かはっ!」

「はっはっはっは!まだ足りんぞ!もっと速く打ち込んで来い!」


 豪快に笑う彼女こそラディスター伯爵家騎士団長レイガスト殿だ。

 過去には王族へ仕える近衛騎士団に所属していたこともある。だが問題になる行為が多かった彼女は近衛騎士団を抜け傭兵をしていた。

 その情報をどこからか聞きつけたクリス様が自分(クロード)を連れて説得しに行ったのは懐かしい記憶だ。


「レイガスト殿、もう少し加減しては?」

「……?おっと、これはクロード殿では無いか!貴殿も一本どうだ?」

「いえ、お断りいたします。何より今日はクリス様からの伝言を持ってきただけですので」

「……ふむ。そうか。……また貴殿と剣を交わしたいものだが、主君の指令であれば仕方ない。また今度だな!」


 レイガスト殿は至極残念そうな表情で落ち込む。

 彼女の剣技や戦闘技術を持ってすれば自分など瞬殺だろう。

 受け取った手紙を開くとレイガスト殿は自分(クロード)と手紙を交互に見ながら、いつもの豪快に笑う表情を仕舞い、いつになく真剣な表情で頷いた。


「――うむ。なるほど、承知した。全員!訓練止め!至急各部隊に別れて警護準備!」

「「「「「はっ!」」」」」


 手紙から目を離し、全体へ指揮を放つ。

 その指揮内容は如何にも「これから何かがあります」と言うようなものだった。

 自分は何も聞いていない。おそらくはクリス様からの手紙にそういった内容が書いてあったのだろうが。


「――手紙にはなんと?」


 自分の疑問に苦い顔を浮かべたレイガスト殿はもう一度手紙を読み込み自分を見る。


「……申し訳ない。私に主君の考えは分からないが……貴殿には何も伝えるな。ということだ。私からは何も言えない」

「……承知しました」


 レイガスト殿は自分に対して敬礼をすると、すぐに踵を返して騎士団長室へ歩いていった。

 クリス様の考えは読めないが、これも必要なことなのだと割り切ろう。

 何より急いで帰らなければいけない理由が自分にはあるのだから。


「メアリーが何もしでかしていなければいいのですが――」


 執事長として屋敷の中を走ることは出来ないが、それでも足の回転速度を上げてクリス様の執務室へ向かった。


 執務室へ歩いている最中、疲労した様子の執事や何やらせわしなく動くメイドたちに不安を覚えながらも、その中心地である目的地へ着いた。

 何も起きていないことを願いながら扉をノックする。


「クロードです。クリス様、レイガスト殿への伝言を届けてきました」

「――ああ、どうぞ」


 なんだか苦笑いを浮かべているような声音だったが……。

 心配しながら扉を開けた先に広がっていたのは、割れた花瓶、床に舞う花弁、カーペットに広がる水、壁から外れ床に転がる宝剣、頭から水を被ったクリス様……地獄絵図か、これは?


 部屋の中では苦笑いを浮かべるクリス様が濡れた髪を拭い、床のカーペットをメイドたちが替えようと動き、転がる宝剣を執事仲間が拾って中を確認している。

 この地獄絵図を産み出した張本人といえば、自分が扉を開くと同時に足元に流れる土下座を披露していた。


「メアリー、執事長の権限で――」「……」


 クリス様は自分が何をしようとしているのか分かったのだろう。

 止めようとしても止まるつもりはない。


「あなたを――」

 

 役職に長が付く者達に許された特権、クリス様に指示を仰ぐことなく使用人を解雇できる権利。

 未だこの屋敷内で使われたことは無く、それは偏に全員がクリス様の目を信頼しているからに他ならない。実際クリス様が雇った使用人に無能はいなかった。

 今までは許していた、屋敷内それもクリス様に影響の少ない場所での失敗だったから。だが、これは看過できない。

 自分の敬愛する主人に対して、これだけの失態を見せたのであれば自分の特権を使用する理由としては十分だった。

 

「クロード、君に頼みがある」

「……クリス様、今は――」


 ただ一言、決定的な言葉を発する前に主人に止められる。

 

「じゃあ、命令だ。クロード、メアリーとライラと共に宝剣の修理に行ってきてくれ」


 宝剣の修理?まさか……!

 転がっていた宝剣を持つ執事から宝剣を渡される。

 鞘に傷は見られない、鞘から剣を抜き放つが少し濁った色で光を反射するだけである。

 ひびでも入っていたらどうしようかと考えたがそこまででは無いらしい。


 なら、なぜクリス様は命令を使ってまで自分に修理へ持って行かせるのか。

 もしメアリーの使用人延命であれば考え直すことは無い。

 どれだけ時間を引き延ばされようとも自分の中で彼女は”終わった存在”なのだから。


「じゃあ、頼んだよ。ああ、皆はそのまま続けてもらって構わない」


 自分の特権発動にひりつきのあった室内、誰一人として動くことを許されなかった緊張感。

 それらから主人の一言で解放された全員は止まった手を再度動かし始めた。


「……クリス様の命令です。行きますよ」

「……は、はい」


 すでに首に手がかかっている状態のメアリーを連れて庭へ出る。

 そこには掃除が終わっているにも関わらず、おそらく自分が屋敷を歩く音が聞こえて今は作業中の”ふり”だろうライラが箒を持って立っていた。


「ライラ!来なさい!」

「……?はいっす!……なんかあったんすか?」


 ライラの言葉遣いは何度言っても治らないし、この際どうでもいい。


「クリス様の命令により、わたしとメアリーそしてライラの三人で宝剣の修理へ行きます。掃除道具を片付けて正門へ来なさい」

「了解っす!」


 自分の後ろを死にそうな顔でついてくるメアリーの表情でなんとなく察したのか、敬礼してすぐ姿を消すライラ。

 メアリーには声をかけず集合場所に指定した正門へ向かう。

 

「お待たせしましたっす!」

「では、行きましょう」

「宝剣の修理ってことはガルドさんの武器屋っすか?」

「そうです。この街なら彼が最も腕のいい職人ですから」

 

 ガルドの武器屋というのはラディスター伯爵家領にある街の中にある武器屋の1つで、傭兵や騎士への武器販売に修理、魔物と呼ばれる凶悪な害獣討伐を生業とする冒険者の武器販売、それらを担っている店である。

 主人であるガルドは強面で不愛想ながらも人は良く、誰よりも受け持った仕事を完璧にやり遂げる。

 そのため武器を揃えるならガルドへ頼め、というのがこの街で言われていることだ。


 街へ向かうと目立つ我々だが、今日は何やら街が静かだ。

 不審に思っていると少し後ろを歩いていたライラが周囲を観察しながら隣に並び歩く。

 

「クロード様、何かあったんすか?」


 その問いは一見して表情の暗いメアリーと何かあったのかということにも聞こえるが、今はそうじゃないだろう。


「――分からないですね。ただクリス様が騎士団に向けて指示を出していたので……何かあったのでしょう」

「クロード様には教えられていない。――それも必要なことだと?」

「……おそらくですが」


 ふむふむと数回考えるように頷いたライラは、最も近い店だった花屋へ足を向ける。


「こんにちはー!ライラっすけど!奥さん、いらっしゃいますかー?」


 ライラが呼んだのは直近でクリス様の報告書の中から読んだことのある最近まで喧嘩していたご夫婦の奥方だ。

 ライラの呼びかけに応じるように店の奥から出てきたのは花の手入れをしていたのだろうか軍手をはめた姿の奥方。


「あら!?ライラちゃんじゃない!あっちに見えるのはメアリーちゃんとクロードさんかしら?」

「そうっす!今はクリス様からのおつかい最中なんす。それでお聞きしたいんすけど、街でなんかあったんすか?」

「ああ、それね。どうやら誘拐事件が起こっているらしいのよ。かなりの件数があるから伯爵様の耳にも入っていると思うんだけど……」


 奥方が不安そうな表情をするのでクロードはライラの隣へ向かい会話に入る。


「失礼、奥方。クリス様は事件のことを知っておいでです。おそらく本日より騎士団が街の警備に出動することとなるのでご心配なさらず」

「そうかい!安心したよ!そういえば伯爵様から植物の殖木を頼まれていたんだった!待ってな!あんたー!」


 庭師からの依頼にあった新しい植物を頼んだのはこの店だったのか。

 奥方が店の奥へ走っていくと同時にライラが近くへ寄る。


「今の話って本当っすか?」

「騎士団が警備準備に取り掛かっているのは事実です。それが街のことかどうかは分かりませんが……」

「集めてきますか?」

「――頼めますか?」

「了解っす。お使いは頼むっす」


 ライラは息を殺すと同時にまるで煙のように姿を消した。


「――えっ!あれ!?ライラちゃん!?」


 今まで黙っていたメアリーもこれには流石に驚いたようでライラを探すように周囲を見渡す。


「細かいことは後で話します。今は奥方に怪しまれぬよう平静を装ってください」

「……は、はい」

「お待たせしたね!おや?ライラちゃんはどこに行ったんだい?」

「ライラは急用が出来まして、クリス様への届ける植物はこちらですか?」

「そうだよ!庭師の……えーと、なんだっけ」

「キーブスですか?」

「そうそう、キーブス君だ!あの子が自分で決めていったんだ。間違いないよ」

「では、請求は伯爵家へお願いします」

「了解さ!物騒な世の中だからね!メアリーちゃんを守ってあげなよ!」

「承知しております」


 殖木を自分に渡し、はっはっはっは!と豪快に笑いながら店の奥へ去っていく奥方に多少の疲れを感じながら隣を見る。

 すると隣に立っていたはずのメアリーは店先の並んでいる花にしゃがんで手を差し伸べている。


「何をしているのですか?」

「……あ!申し訳ありません!……なんか花に元気が無いような気がして」


 すっと花に視線を向けるがあまり分からない。

 まあ街全体の雰囲気に花も人も引っ張られているということなのだろうか。

 ただ、元気のない花のためにここで立ち止まるわけにはいかない。

 宝剣を持ったままでは植木鉢に入った殖木を持てないためメアリーに植木鉢を預ける。

 偶然自分たちの後ろを通りがかった人物が不自然によろけてきたため咄嗟に躱す。

 しかし立ち上がろうとした拍子にメアリーが躓き、植木鉢ごと通行人の男性に当たってしまった。


「失礼したしました。お怪我はされていませんか?」

「だいじょうぶぅ、だいじょうぶぅ。お嬢さんはぁ?」

「……は、はい。大丈夫です!ごめんなさい!」

「そりゃぁ、良かったぁ。じゃあねぇ」


 独特な喋り方の男性をよく見ると植木鉢の花の花弁がついてしまっている。

 

「服に花弁が!」


 取ろうと手を伸ばすと「急いでるからぁ」と躱され去って行ってしまった。


「次、会えたときに謝罪しましょう。メアリー、気をつけなさい」

「……は、はい」


 植木鉢を落とさないように持ち直したメアリーを確認して、本来の目的であるガルドの武器屋へ向かう。

 植木鉢の中の花は数本に傷が入ってしまったため、あとでキーブスに謝っておこう。


 夫婦の花屋から少し歩けば見える武骨な店構えをしているのがガルドの武器屋である。

 普段は中から複数人の武器を鍛錬する甲高い音が鳴り響いているのだが、今日はそれが無い。

 珍しいな、なんて思いながら店内へ入る。


「ガルド殿!ラディスター伯爵家執事長のクロードです!いらっしゃいますか!」

「――おうおう。どうした?珍しいじゃねぇか。執事長様が直々にいらっしゃるなんてよ」


 長年の鍛冶仕事で鍛えられた筋肉が服の上からでも分かるほど盛り上がる大男が店主のガルドだ。

 確かに自分が直接来るのは珍しいかもしれない。

 普段なら部下に任せるところ、ただ今回は物が物なので自分が適任でもあった。

 なによりクリス様の命令だ、断れるわけもない。


「こちらなのですが……修繕をお任せできますか?」

「こりゃ……伯爵家の()()か?」

「――ガルド殿」

「うるせぇな。鍛冶が本分の俺からすりゃ、これは贋作以外の何物でもねぇよ。伯爵様は金持ってんだろ?もっと良い剣を買ったらどうだ?今まさに調整中のお宝があってよ」


 ガルドに渡した伯爵家の家宝である宝剣。

 これはガルドの言った通り”ただの”剣なのだ。

 世界で宝剣と呼ばれる剣には強大な”魔法”が込められている。

 だがラディスター家にある宝剣は特殊な武器でもない。

 なぜ歴代の当主が持っていたのかすら不明な、ただの剣。

 ゆえに鍛冶師として一流のガルド殿からすれば整備もされず切れ味の落ちた贋作なのだろう。


「それでも、この剣が伯爵家を見守っていたのは確か。そんな剣をクリス様も大切にしています。なので、どうか修繕を頼めませんか?」

「……分かったよ。そんな顔すんなって。剣は完璧に仕上げてやる。ただ、忘れんなよ。これは”武器”じゃねぇ。”飾り”だ。そんなもんは剣に対しても鍛冶師に対しても失礼だぜ」

「……承知しております。よろしくお願いします」


 苦い顔をしながら引き受けてくれたガルド殿へ礼を遺して宝剣を渡す。

 店を出てすぐメアリーが不安そうな表情でこちらを見ていることに気づいた。


「宝剣ならば心配ありません、ガルド殿であれば問題なく仕上げてくれます」

「それも……なんですけれど……」


 そういえば言っていなかったな。


「ライラは現在メイドですが、元は違う職業でした。今も前職を生かして動いています」

「元の職業……ですか?」

「もちろん、言えませんよ?あの場では明言できませんでしたが、わたしはあなたのことを使用人仲間と思っていませんので」

「う、うぅ……申し訳ありませんでした……」

「謝罪は結構です。では、わたしはキーブスにこれを渡してきますので」


 メアリーは歩く自分の後ろを顔を伏せながらゆっくりとついてくる。

 屋敷に到着すると庭で作業中のキーブスが目に入ったので殖木を渡しておいた。

 キーブスに謝っておくと「――どこに傷がついているの?」と言われた。

 不思議に思って花を覗くと先ほどついていた傷は見る影もなく無くなっていた。

 

 自分がキーブスへ殖木を渡している間にメアリーはメイドの使用人部屋へ向かったようだ。

 おそらくメイド長に仕事が終わった報告へ向かったのだろう。

 

 自分の中では使用人でなくとも、クリス様の感じからしてメアリーが解雇されることはない。

 それでも二度とクリス様には近寄らせないが。

 そして自分と仕事をともにすることも少なくなるだろう。

 すでに頭の中でメアリーに振られていた仕事を誰に回すのか、増える仕事量と帰ってからやらなければならない仕事に目は向いている。

 クリス様の執務室へ帰ると、すでに部屋は何もなかったかのように元通りになっていた。


「やあ、おかえり」

「ただいま戻りました。ガルド殿は宝剣の修繕を受けてくださいました。彼の仕事であれば1週間もすれば屋敷へ届くでしょう」

「うん、ありがとう。メアリーは?」

「……メイド長の元へ行きました」

「……そうか。分かっていると思うけれど、メアリーは屋敷に残ってもらうよ」

「どうしても、ですか」

「どうしても、だよ。それに僕は君達の相性が然程悪いとも思っていない。きっとうまくいくさ」


 どこをどう見たらそう思うのだ。

 本当に、この人の考えは読めない。

 だが、はっきりと断言する姿を見るとどこか「そうなんだろうな」と納得させる雰囲気を持つのが不思議なところで


「承知いたしました。ですが、1つ訂正を」

「なんだい?」

「相性はきっと悪いです」


 自分の断言にクリス様は笑いながら「そういうところだよ」と言った。

 さらにキーブスへ新たな殖木を渡してきたことも伝える。


「花屋は近かったもんね。ありがとう」


 もはや、街の雰囲気を察することも、ライラが動くことも、近くの花屋で情報を入れることも、この方の計算なのではないかと思うその笑顔に若干の恐怖を覚えながら執務室を出た。


 その日の夜、クリス様の夕食と夜の仕事が終わり執事長室で明日の仕事を纏めていたとき。

 ふと風のようなものが横を通るのを感じた。気配に気づいたので声をかけると部屋に入っていた人物は姿を現す。


「――どうでしたか?」

「気づくなんて流石っすねー。クロードさん実は相当できる人っすよね」

「わたしのことはいいでしょう?本題のところをお願いします」


 部屋に入ってきたのはライラ。

 今までずっと街の隅から隅まで調べていたらしい。

 逆に言えば半日で街を調べつくせるという一種の超人である。

 

 ライラは調べたことが書いてある紙を自分の前に出した。


「一通り調べた感じは……犯罪組織が入り込んでるみたいっすね。それもかなり大きい、有名どころっすよ」

「犯罪集団アフトクラトル……残っていたのか……」


 ライラのメモに書かれた、その名は自分にとってもクリス様にとっても記憶に新しい。

 アフトクラトル……その名が王国で聞こえるようになったのは約8年前のこと。

 王都周辺の街や村で盗賊の動きが活発になり流通が滞る事件があった。

 当時は近衛騎士団や貴族の騎士団が出動し大きなことにはならなかったが王国には大損害、そして捕らえた構成員からアフトクラトルの名が大きく広まることになった。

 王都から離れた当時のラディスター家にとっても関係がある組織、なぜなら5年前にクリス様の父親が関わっていたのがアフトクラトルだったのだ。


 クリス様の尽力によりアフトクラトルの本拠地である帝国領まで押し切り事件は終息したはず。

 

「なぜ、今になって……」

「思い当たる節はあるっすよねー」


 アフトクラトルは帝国の犯罪組織、幹部も強力でボスに関しては一切の情報が無い。


 武力的に見ても帝国の近衛騎士団が手をこまねいているとも考えられない。

 あの騎士団は、化け物が揃っている。

 それでも壊滅に至っていないということは、帝国皇族がアフトクラトルと繋がっているのではないか、そんな噂も立っている。

 

 つまりアフトクラトルが王国で活動するのは王国の壊滅が目的なんじゃないか。

 去年、ラディスター伯爵家は王国辺境での帝国領土侵略作戦において多大な戦果を挙げた。

 帝国がクリス様を過剰に敵視していても不思議は無いか……それに。

 

「今の王族は王位継承権争いもあり、攻めるには絶好の機会ということですね」

「あたしは、そう思うっすね」

「ありがとうございます。助かりました」

「手当を給料に上乗せしといてくださいねー!」


 報告を済ませたライラは欠伸をしながら自室へ帰って行った。

 ライラの報告書を机の上にある蝋燭で燃やし明日以降へ目を向ける。


「クリス様は、なぜ言わなかったんでしょうか」


 ――――――――――――――


「本日の報告は以上になります」

「うん、ありがとう」


 いつもと同じ報告を終えるとクリス様は何か言いずらそうな表情をしていた。


「どうされました?」

「うん、これがね……」


 クリス様が持つ書類は毎日届けられる報告書の1枚。

 そこに署名されている名前は、コウテリー商会会長の名前が。


「……これは」

「コウテリー会長の一人娘、レティニュー嬢が行方不明らしい。おそらく……」

「……アフトクラトル、でしょうか?」

「知っていたんだね」

「昨日知ったばかりですが」


 若干の嫌味を込めて言うがクリス様は苦笑いを浮かべるだけで書類に目を通す。


 ラディスター伯爵領で最も大きなコウテリー商会は、この街でクリス様の次に大きな権限を持っていると言っても過言でない。

 その一人娘のレティニュー嬢は若くして商会の副顧問を務める才女として有名である。

 そして父コウテリーは亡き妻の忘形見であるレティニュー嬢を溺愛している。

 もし、今回の事件を放っておけば彼の商会は街から出ていくだろう。


「どういたしますか?」

「とりあえず騎士団に捜索を要請する。クロードはこっちを頼むよ」


 クリス様は騎士団への手紙とは別に自分へ書類を渡す。


「これは、フリルの報告書類……この程度であれば別の執事でもよろしいのでは?」

「フリルのスイーツは僕にとってのご褒美なんだ。頼んだよ」

「……承知いたしました」


 内容は果物の入荷が遅れているというフリルからの苦情。

 いつもなら、こんな頼みを自分に託すことはない。

 執事長である自分にクリス様が任せるのは、執事長としての立場が必要なこと。


 クリス様から騎士団への捜索要請をすれ違った執事へ託し、調理器具が激しく音を立てている厨房へ入る。

 厨房員たちは次の昼食へ向けて忙しなく動いている。

 その中に1人、一切の音を立てず、誰よりも早いスピードで、調理を進める女性が見えた。

 まるでそこだけ別の世界なのではないかという不思議な感覚を覚えながら声をかける。


「フリ――」


 名前を呼ぼうとした瞬間、フリルは自身の口に人差し指で静かにしろとばかりに睨みつけてくる。

 視線はすぐに外され、フリルの目と耳、五感の全ては調理中の肉へ注がれる。


 なぜ自分だけ静かにしろと言われるのか……周りで調理している男たちの調理音の方がよっぽど煩くはないのだろうか。


 しばらく待つとフリルは手慣れた動きで肉を皿に移し盛り付けを始める。

 盛り付けを終えたフリルはゆっくりと歩いてきた。


 待ったのだから早く来てほしいという心の叫びを抑えながら本題を切り出す。


「フリル、クリス様の使いで参りましたが。こちらの報告書類にある果物、入荷は先の予定ではありませんでしたか?」


 今回フリルからクリス様への報告内容は果物の入荷が遅れているというもの、しかし自分の予定では本来の入荷予定が一月ほど先だったはずなのだ。


「今回は~クリスさまから~その果物で~作ってって~言われたの~」

「クリス様から?」


 ふわふわと気の抜けた声で喋る彼女だが、嘘はついていないようだ。

 またあの方は……仕方がない。


「果物はコウテリー商会から……いや、今は無理か」

 

 コウテリー商会はただでさえ混乱しているだろう。

 そんな中、まだ捜索協力の確約をしていない伯爵家から果物を買いたいなんて言われても嫌な気にさせるだけ。

 街の有権者と揉め事を起こすのは流石にまずい。


「その果物なら~原産地知ってるよ~」

「どこですか?」

「マンサナ村~」

 

 マンサナ村はこの街から馬で4時間ほど走った先にある村だ。

 そこなら場所も知っているし、今から行けば明日には帰って来られる。

 

「分かりました。ありがとうございます」

「クロードさんが行くの~?」

「はい。――なにか問題が?」

「いーや~。何もないけどぉ~」


 フリルの言葉に何か含みを感じながら旅支度を執事室へ戻ってから始める。

 何分、急なことなので今日の仕事は一通り終わらせながら重要度の低い仕事は部下の執事へふる。

 さらに明日のクリス様への報告仕事をメイド長へ引き継ぎ、準備が出来たところでクリス様の元へ向かう。


「分かった。わざわざありがとうね。頼んだよ」


 この人は果物が無いことも分かっていたはずなのだが、とにかく全ては引き継いであることを言い屋敷を出た。

 馬は騎士団に借りようと考えていたため騎士団に寄ると門番の新兵が驚いた様子で敬礼をする。


「申し訳ありませんが――」

「クロード様!馬と剣を準備してあります!」


 どういうことだ?クリス様から伝令があったのは街の警備のみ、自分に関しての指示は無かったはずだが。

 驚き少し固まる自分に新兵の彼は何か間違ったのだろうかと狼狽する。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。それで、なぜ私が来ると知っていたのですか?」

「騎士団への伝令が街の警備とレティニュー嬢の捜索、そしてクロード様が外へ出るときの馬と剣の貸し出しだったからです!」

「……ありがとうございます」


 そういうことか、つまり自分が屋敷をそして街を出ることさえ、あの方にとっては事前に決まっていたことなのだ。

 それにしても剣を持たせるということは、戦闘が起こりうると思っているのだろうか。……少し用心しておこう。


 馬に乗り街の門を抜け、草原を駆ける。

 まだ昼前ではあるものの、ゆっくりしていれば日が落ちてしまう。

 村で1泊するとしても、今の街の状況でクリス様の傍からなるべく離れたくはない。


「……早めに帰ってこられるだろうか」


 呟きは風に流され、手綱を強く握り直した。


 しばらく走り続け馬が走るのをやめたタイミングで休憩をとる。

 草原の中には小川がいくつか流れているので馬に飲ませる。

 走り休んで、また走り休憩を取る。

 騎士団の馬にしては珍しくかなり若い馬だったのか、頻繁に休憩を取ることになってしまった。


 時間のロスにはなるが仕方が無いと割り切る。

 そうやって何度目かの休憩を取っているときだった。

 街の方から一頭の馬が走ってくる姿が見えた。その背には見たことある女性が二人乗っている。

 その女性たちは自分を見つけると速度を落とし近づいてくる。


「なぜ、ここにいるのですか?メアリー、ライラ」

 

 馬に乗っていたのはメイド二人、ただメイド服が乗馬には適さないためかロングスカートに質素な服という見るからに町娘といった風貌である。

 メアリーとライラは馬から降りると、追いかけてきたのはクリス様の指示だと言った。


「ただ果物を買うために3人もいらないと思いますが……。それに追いつけないとは思わなかったのですか?」

 

 近くの村で果物を買って帰る、それだけのために使用人を3人も送る理由がどこにあるのだろうか。

 街を出たのはかなり前、同じように馬で追いかけるとなれば彼女たちが村に着くころには自分が買い付けを終わらせていたかもしれない。

 今日はたまたま馬のこともあり休憩を多めにとっていたが……まさか。


「クリス様が、きっと道中で馬を休憩させているから間に合うと言ってたっすよ」


 やはりか、騎士団に馬と剣の貸し出しを頼んだのはクリス様だ。

 おそらくその伝令内容に馬の指定までされていたのだろう。つまり手の内だったわけだ。


「そういうことであれば、一緒に向かいましょうか」

「は……はい!」「はいっす!」


 なぜ寄こした中にメアリーを加えているのか分からないが、クリス様が必要なことだと考えているのであれば割り切って仕事をしよう。

 ここから残りの距離的に休憩は最後になるだろう。

 このタイミングで二人が追いついたことでさえ計算のような気もするが……。


 とにかく合流できた2人とともに村を目指した。


 村に到着したのは日が落ちる直前だった。

 何度かお会いしたことのある村長に一言挨拶をして本日の用を伝えた。


「――そうですか。わざわざ遠いところありがとうございます」

「いえ、それでペーシュはどちらで保管されていますか?」


 ペーシュというのが今回目的の果物。

 甘さと程よい酸味が特徴で平民の間でささやかな流行となっている果物である。


「ペーシュは倉庫で保管しています。クリス様のためでしたら最高の物を選ばせましょう」

「ありがとうございます。それと出来れば管理倉庫を見させていただいてもよろしいでしょうか」


 せっかくなら自腹で部下の執事たちへ買って行ってもいいかもしれない。と思い倉庫への案内を頼もうとしたのだが。

 その提案をした瞬間、一瞬ではあるものの村長の表情に曇りが見えた。

 

「なにか……ありましたか?」

「いえ、ではご案内いたしますね」


 自分の心配に表情を戻した村長は外へ向かった。

 今の表情はなんだったのだろうか。

 外へ出るよりも安全な室内にいたほうが安心だと考え、2人を村長宅へ残すことにした。


「二人は残ってください。倉庫へはわたしが行きます」

「……え、でもわたしも見てみたいのですが……」

「駄目です。必要ならわたしが買っておきます。ライラ、分かっていますね」

「――はいっす」


 メアリーは本当に察するということが出来ないな。

 さきほど村長の表情が曇ったこととクリス様が剣を持たせたことがどうにも重なってしまい警戒をした自分は半ば強引に2人を残した。

 暢気な彼女を放り、ライラは分かっているようなのでメアリーのことを任せ村長について行く。

 ペーシュの倉庫は村はずれに建てられていて1階が出荷のための作業場、地下が管理および熟成のための倉庫になっているようだ。

 

 倉庫の扉を開き、無人の1階を奥まで進む。

 地下への階段を降りると厳重に南京錠の掛けられた扉が現れる。


 村長が錠を開けるとき、その手元は震えていた。

 扉の先に何かがある……そう感じた自分は気づかれないよう剣へ手を伸ばし身体に力を籠める。

 

 集中することで、一瞬が引き延ばされていく……ゆっくりと開く扉の先には……何もなかった。

 いや、ペーシュの実が籠に積まれて保管されているだけで犯罪性のあるものが何も無かったというべきだろうか。

 古びた扉、積まれたペーシュ、新しい南京錠、ペーシュの実を回収したときについていたであろう様々な植物の欠片、人のいるような気配もない。


 隣を確認すると村長が年齢によって垂れ下がっていた瞼をひらき倉庫の中を見ている。

 その表情を見るに村長にとって予想外のことが目の前で起きているのだろう。


 倉庫の中を見るが怪しげな気配は見えない。

 村長に再度確認を取るが、彼は何か安心した様子を見せただけだった。

 ペーシュの実を何個か手持ちの袋に入れながら倉庫内を観察するが、何かを発見できることは無かった。


「ありがとうございました。伯爵家へ入荷予定分は別の運送業者を手配するので本日はこれぐらいで」


 最低限必要な分を持つと倉庫を出た。

 馬車で来ているわけではない以上、2頭の馬に積んでいくにも限界がある。

 フリルの言っていた感じから察するにクリス様が個人で食べられる分を持てばいいだろう。

 そこに何個かの執事やメイド分を含めれば持ってきた袋はペーシュでいっぱいになった。


「申し訳ありません。本日1泊のみ宿をお貸しいただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ、どうぞご案内いたしますとも」


 すでに日が落ち、時刻としても夕食の時間。

 これから村を出ても野宿することになる。自分だけならともかく、女性2人を野宿させるわけにはいかない。


 村長に案内されながら倉庫を出て村を歩く、宿へ向かう前にメアリーとライラを連れて行かなければならないため、先ほどまでいた村長宅に着くと室内では村長の孫とライラそしてメアリーの3人が仲良く遊んでいた。


「お姉ちゃん!さっきのやって!」

「いいっすよ!――っほ!」

「ライラちゃん!危ないよー!」

「きゃははは!」


 ライラがスカート下に隠してあるナイフを大道芸師のように宙で回し、村長の孫娘の少女は楽しそうに笑っている。

 その少女が近づきすぎないように抑えているメアリー含めて姦しい雰囲気で覆われていた。


「ライラ、メアリー。事は済みました。宿へ行きましょう」

「えー?お姉ちゃんたち帰っちゃうのー?」

「ごめんね。エリーちゃん、また明日ね?」

「いーやーだー!」


 イヤイヤと首を振ってメアリーのスカートを掴むエリーを見て、村長は溜息をついて提案をする。

 

「エリーもこの調子なので、今夜は我が家に泊まっていただけますか?部屋は2部屋なので女性方とクロード様で分かれていただきますが……」


 まあ、わざわざ引き離す必要もないだろう。

 それに宿の中で3人が分かれた部屋に入るよりもメアリーにライラがついてくれていた方が安心できる。

 

「ご厚意ありがとうございます。よろしくお願いします」

「お姉ちゃんたちいるの?やったー!」

 

 夕飯をエリーのご両親と自分で作り、ライラとメアリーはエリーと楽しく過ごして夜を迎えた。

 村長宅2階に残っていた空き部屋を借り時間が過ぎるのを待つ。

 しばらくすると部屋のドアがノックされた。


「――どうぞ」

「倉庫はどうだったっすか?」

「異常は見られませんでした。ただこの村、しいては村長が何かを隠しているのは確実かと」

「……探しますか?」

「いえ、あなたはメアリーの傍にいてください。いざとなれば2人で逃げてください」

「了解っす」


 ライラは寝ているメアリーを起こさないよう部屋へ戻っていく。

 村で何が起きているのか分からない。用心するに越したことはないが、一先ずクリス様へ報告することが優先だろう。


 ベッドへ横になり、手が届く位置に剣を置く。

 クリス様が自分に剣を渡した理由は分からない。

 ただ何かが起きようとしている、街の誘拐事件、村長の怯えるような警戒。きっと何かが繋がっている。

 そしておそらく、クリス様は”知っている”。


 グルグルと回る思考の渦に飲まれながら、ゆっくりと意識を落とした。


 早朝、目を覚まし街へ戻る準備を終えた自分たちは馬を連れて村を出た。

 村を出るときにエリーちゃんが泣いてメアリーに縋ったが「また来るね」とメアリーが諭し離れた。

 

 双方の馬の速度を合わせて進んでいたため、そこまで早くも無かった。

 途中でローブを羽織った旅人とすれ違い違和感を覚えたが、もうそろそろ街が見えてくるだろうかといったところで……。


「あれは、煙っすか?」

「……なんで、街から煙が……」

「――クリス様!」


 街の方角から上がっている煙、それも1本や2本ではなく。

 街全体で火が上がっているのではないかと言うほどの量、たった1日で何かがあったのだ。

 街には騎士団もいる。クリス様が危険になればレイガスト殿が護衛についてくれるはず、それでも拭えない不安を抱き馬を全速で走らせた。


 街へ着いた時、状況は酷かった。

 すでに火は消し終わったようだが、所々燻っている箇所の残る家屋、商品が焼けてしまった商店。

 騎士たちが声を上げて逃げ遅れた人がいないか捜索している。


「――なんすか。これ……」

「……」


 追いついてきたライラは言葉を漏らし、メアリーは絶句している。

 

 ここは騎士に任せるしかないと、自分は馬を屋敷まで進ませる。

 街の中を進みながら全体像を掴んでいく、焼けた家は街の20%ほど、ただ相当火の回りが早かったのか住民の大半は避難したようだ。

 避難所は騎士団本部に隣接される大型倉庫となっている。屋敷までの道中で確認できたが人々の表情は明るかった。

 これなら再建も早く済むだろう。

 

 屋敷に着いた自分は荷物を降ろす前にクリス様の無事を確かめるため急ぎ足で中へ入る。

 使用人たちがバタバタと動く中、帰ってきた自分の姿に暗い表情で礼をして仕事に戻っていく。

 街の様子と正反対の空気感を漂わせる屋敷は主人に何かあったのかもしれないと不安を募らせる。

 

 クリス様の執務室、いつも通りの扉なのにノックをする勇気が必要になった。

 

「――どうぞ」

「執事長クロード、帰還いたしました」


 扉を開けたのはベテランの騎士、警護についているのだろう。

 クリス様は流石に疲弊した様子で、それでも笑顔を崩さないように笑う。


「ありがとう。――君は下がっていいよ」

「はっ!失礼します!」


 ベテラン騎士を下がらせたクリス様は昨夜何が起きたのかを話した。


 昨日夕方、自分たちが村へ到着したころに街ではアフトクラトルによる誘拐事件へ終止符を打つための作戦が実行された。

 それまでの期間で騎士団及び伯爵家の裏の者達が街の地下水道に隠し施設が増設されているのを発見し、調べたところアフトクラトルの仮支部のようなものであることが確認された。

 その中には複数のメンバーと誘拐されていた子供たちがおり、情報によれば2日後に本部へ輸送されるということも分かった。


 急なことではあるものの作戦を立て、騎士団団長レイガストと共有し1日で準備を済ませた。

 作戦前に周辺住民は静かに避難を始め、地下水道に繋がる出入口は騎士団が固める。

 中に入るのは騎士団長レイガストを始めとする精鋭たちと隠れた通路を塞ぐための隠密数人。

 しかし……作戦実行直後のことだった。

 街のいたるところで爆発音とともに火が上がり、地下水道の出入り口で待機していた騎士の何人かを派遣せざるを得なくなった。


 結果、構成員の何人かを取り逃し騎士団からも死傷者を出してしまった。

 屋敷に乗り込んできた数人の構成員は屋敷に常駐する騎士と使用人たちの奮闘により撃破、ただ余裕も無かったため捕縛は出来ていない。

 朝方になって火は消火し、地下水道施設にいた構成員3名を捕縛、誘拐されていた子供も1名を除いて救出を確認した。

 多くの住人を事前に避難していたこと、避難所にも十分な備蓄をしていたことを含め、住民に不安や怪我は見られていない。


 最高の結果とまではいかないものの、大掛かりな作戦としては十分な結果といえる。

 それなのにクリス様の表情が優れない理由は……。


「レイガスト殿はどこに?」


 未だアフトクラトルの構成員が残っている可能性があるにも関わらずクリス様の元から離れている理由があるのだろうかと尋ねると、苦々しい表情でクリス様はこう言った。


「――作戦終了指示は出していないんだ」

「……なぜ、ですか?」

「地下水道作戦実行部隊の内、半数は死亡。騎士団長レイガストは重傷を負った」

「――は?」


 騎士団の強さは知っている。

 新人であれ、たった数か月で立派な騎士にする指導力、そんな騎士たちを纏めるレイガスト殿、レイガスト殿についてきた精鋭騎士たち。

 そんな彼らが亡くなった?それに圧倒的な強さで君臨するレイガスト殿が重症を負った?


「……大丈夫、では無いけれど。レイガストに関しては教会のシスターたちがついている」

「そんな状況であれば、一度作戦を立てなおすべきでは……」

「レイガストを倒したのはアフトクラトルの幹部、そいつと取り逃がした構成員はレティニュー嬢を連れて街を出たらしい。今追跡要員を構成しているんだけれど……来たようだ」


 レティニュー嬢の救出は作戦の第一目標だったはず、それが完遂されず、敵の幹部も取り逃がしたとなれば……。

 こちらの最大戦力であるレイガスト殿は動かせない。

 レイガスト殿が負ける敵なら他の騎士を何人投入しても犠牲が増えるだけなのではないか?


 そう考える中、執務室の扉がノックされる。

 咄嗟に敵の可能性を考慮し斜に構える。

 声はメアリーとライラそしてしゃがれた男の声、ただ男の声も聞いたことがあるもので。


「失礼するぜ。クリス様、頼まれていた宝剣だ。嬢ちゃんたちじゃあ持てないだろうからな。持ってきてやったぜ」

「ガルドさん、ありがとう。メアリーとライラもお疲れ様」


 ライラとメアリーはおそらく代わりに荷下ろしをしてくれたのだろう。

 扉の先には購入したペーシュの実が見える。


 ガルド殿は自分が渡した布にくるまれた修繕済みの宝剣を取り出した。


「――それは!?」

「……綺麗」


 その場にいた全員が言葉を失った。

 布から出てきたのは自分が修繕を頼んだのとは異なる剣。

 鞘から取り出した刃は太陽の光を反射して輝く、両刃の長剣は片方の刃が澄んだ蒼を反対の刃が輝く橙を部屋に満たす。

 確実に修繕を頼んだ鉄の剣とは違う、紛れも無い”本物の宝剣”。


「宝剣”イグニスアイル”。探すのに手間取ったけれど、最近見つけてね。ガルドさんに修繕を頼んでいたんだ」

「修繕なんて対してやること無かったがな。こいつは魂を持っている。それが無くならねえ限り、切れ味も変わらず、刃が欠けることもねえ。まさに至高の剣ってわけだな」


 そう言ってガルド殿はイグニスアイルを自分に手渡した。

 剣を持っているにも関わらず、重さを感じないのは”宝剣”ゆえか。

 それを見たクリス様は何かを呟き、指示を出す。


「執事長クロード、宝剣を君に託す。君を合わせた20名の騎士で追跡をしてもらう。……ただ逃げた方角すら分かっていない。情報を集めなければ――」

「……きゃっ!」


 緊迫した場面、命令が下る瞬間に背後でメアリーが転んだ。


 溜息をつきながら振り返ると廊下から転がってきたペーシュの実につまずき尻もちをつくメアリーが目に入る。

 ふと、ここ数日の記憶が過った。

 偶然で片付けるにはおかしいこと、そんな偶然が重なり、今の結果になっているのなら。


「――クリス様。わたしに考えがあります。追跡作戦の指揮権をいただいてもよろしいですか?」

「……心当たりでもあるのかい?」

「はい。ペーシュの原産地、あそこの村に潜んでいると思われます」

「――分かった。頼んだよ、クロード」

「はっ!」


「……クロード様!あの村に賊がいるんですよね!?」

「おそらくですが、そうです」

「なら、エリーちゃんをお願いします!彼女は次の村長になるために頑張っていると言っていました!彼女の未来を守ってあげてください!」


 宝剣を携え部屋を出ようとする自分に起き上がったメアリーは懇願するように頼んできた。

 

 確実に助けるなんて言えない。

 自分はクリス様のため、作戦を実行するだけの執事でしかないから。

 それでも、一人の少女の命を、一人の女性の頼みを守れないほど廃ってはいない。


「――任せなさい」


――――――――――――――


 騎士を連れて街を出た自分たちはペーシュを取りに行ったときより数段速い馬に乗ってかけていた。


「時間がありません!休憩は取りませんが大丈夫ですか!?」

「我々は鍛えられております!馬たちも騎士団随一の馬ですのでご心配なく!」


 すでに時刻は昼を過ぎ夕方手前、村につくころには日が落ちているかもしれない。

 暗い中で戦闘が始まれば多少の被害が出るかもしれない。そう思っての発言だったが、追従する騎士たちの表情は”覚悟は出来ている”と語っていた。


 頼もしい、そう思った自分は馬の速度を一段上げた。


 村に着いたのは日が落ちきる前で、周囲は黄金色に明るい。

 それでも騎士と自分の表情は暗い。なぜなら村民の姿が見えないから。

 まだ夕方とはいえ、村であれば日が落ちる前に松明へ火を起こして村中を照らすはず。

 各所に設置されている松明に明かりは灯っておらず、作業に出てくる気配も無い。


「3人1組で各家を捜索。村民は見つかり次第、避難を促してください。2人はわたしと村長宅へ向かいます」

「はっ!」


 家の中に敵が潜伏している可能性を踏まえて騎士たちは行動を開始する。

 近くにいた騎士2人を連れて村長宅へ向かいノックをすると、中からうめき声のようなものが聞こえた。

 扉を蹴破り中へ入ると村長と村長の息子が倒れ、2人を抱えるようにエリーの母親が泣いていた。


「何がありました!」

「賊たちが……エリーを攫って……2人が止めようとしたら……うぅ……」

「2人を安全なところで治療してください。私は、倉庫へ向かいます。奥方、見た限り2人とも息はしています。必ず助けます。どうか今は騎士に従ってください」


 泣きながら状況を説明してくれたおかげで確証が持てた。

 アフトクラトルの者達は、この村にいる。

 ここより帝国側には簡単に通り抜けができないような環境が揃っている。

 賊たちもすぐに自分たちの逃走経路がバレるなんて思ってもいないのだろう。


 騎士の2人に倒れた村長たちを託し家を出た。

 村長たちは軽い火傷を顔に負っているが、呼吸を見るからに治療を受ければ治るはずだ。

 

 賊がきたことで村民たちは自宅へ籠っていたようで、騎士たちの姿に安心しながら村の広場に集めっている。

 

 今の状態で村の外に連れ出すのは危険だろう。

 騎士の数にも限りがある中で護衛しながら敵と戦うのは無理がある。

 そこからさらに要人の救出に人を裂いては村人たちに危険が迫る可能性もある。

 そう考え、騎士たちを置いて目的の倉庫へ向かった。


 案の定というべきだろうか。

 倉庫の扉は開き、複数人の足跡と血痕が地下室へ続いている。

 地下室へ向かい南京錠の開けられた倉庫内へ入って行くと、そこには何やら物を纏めている人影が見えた。

 明かりを消している人影は、こちらの気配に気づくと腕を一振りする。

 

 直後、左右から2人の殺気を感じ後ろへ下がる。

 尚も追撃してくる敵に対し、腹部への蹴りと顎への掌底で昏倒させる。

 こいつらに指示を出した人物は、味方が倒されると同時に拍手をしてきた。


「なんのつもりです」

「いやぁ、たんなる賞賛さぁ。まさか君のような騎士もいるなんてねぇ」

 

 その独特な喋り方、そして放たれる一瞬の殺気に剣へ手を伸ばす。

 彼が喋ると倉庫内の松明が灯り明るく照らされる。

 まるで一種の劇場にいるようだな。


「おっとぉ、騎士だと思ったら執事じゃないかぁ。暗い中の戦闘に慣れているのかなぁ」

「この倉庫には昨日来ています。その記憶と照らし合わせれば難しいことじゃないですよ」


 彼の背後にはエリーとレティニュー嬢が意識を失って縛られている。

 遠いが見た限り怪我はしていなさそうだな。


「彼女たちを返してくださいませんか?あなたと一戦交えればお互い無事では済まないでしょう?」

「そうだなぁ。でもぉ、こっちもやらなきゃいけないんだよなぁ」


 街での放火、村長の火傷、そして手も触れずに倉庫の松明へ明かりを灯す技術。

 まさかとは思っていたが……。


 剣を抜こうとした瞬間、自分の目の前の空気が膨張するような感覚があり後ろへ跳ぶ。

 突然の爆風に姿勢を崩されながら剣を抜く。


「やはり、魔術師か……」

「知ってるんだぁ。それにぃ、今の反応速度ぉただの執事じゃないよねぇ」


 この世の理を曲げて常軌を逸した術を扱う者達、王国でも何人か確認されているが、そのほとんどは国で管理されているほど。

 優秀な魔術師、それも犯罪者であれば、ここを逃すことは出来ない。

 アフトクラトルの幹部、王国の敵、何より……身内の仇。

 

「――あなたは、ここで倒します」

「――やってみなぁ」


 倉庫に積まれたペーシュが籠ごと投げられる。

 宙に散らばるペーシュに紛れて男が2人、剣を振りかぶるのが見えた。


 まだ隠れていたのか!

 

 咄嗟にイグニスアイルを抜き2人を切り伏せる。

 切り伏せた男2人が地面に倒れる瞬間、男たちの身体が膨れ上がる。


 まさか――!


 背後に逃げ場も無く、その迷った一瞬で膨れ上がった男たちが爆発した。


「――いやぁ、凄いねぇ」


 爆発と同時に駆けだしていた自分は魔術師の男と剣を交わしていた。

 

 魔術師を相手に距離を取るのは愚策、接近して切り伏せる。

 今、何度か切り結んで分かったが、この男……対人戦に慣れている。


「爆風を追い風に使ったのかぁ。勉強になるなぁ」

「……いい加減、黙りなさい!」


 「いやだねぇ」と男は後ろへ下がりながら指を弾く。

 また目の前の空気が爆発し後退させられる。


 距離を取らされた!

 もう一度接近を試みようとすると、男はレティニュー嬢の首を掴み脅しをかけるように笑った。


「……その方をどうしようと」

「依頼ではぁ、売るつもりだったんだけどぉ。殺してもいいかなぁ?」

「――どうすればいいですか」


 レティニュー嬢を殺されるわけにはいかない。

 レティニュー嬢とエリーの命と引き換えに交渉の余地があるなら、条件次第で逃がしてもいい。

 王国の敵として討ち取りたい気持ちは強いが、命には変えられない。

 何より……現状で、こいつに確実に勝てると言えない。


「まずぅ、聞きたいんだけどぉ。なんでぇ、ここが分かったのぉ」

「昨日、ここへ来たときに扉は古いのには南京錠は新しかった。これはおそらく、あなた方が子供を隠すのに村民の邪魔が入らないようにするため新しくつけたのでしょう。そして倉庫内に散らばっていた植物、これらに青い花弁が混じっていました。帝国で生きるあなた方は知らないかもしれませんが、この花はここらで自生していないんですよ」


 花屋でメアリーがこの男につけた花弁、それが倉庫に落ちていた。

 あのときは気づかなかったがメアリーが転んだときに思い出した。

 寒い地域に咲く青い花は北方へ位置する帝国なら珍しくないかもしれないが、温暖な王国では徹底した管理の下でなければ花を咲かせられないのだ。


「おそらく花屋でメアリーにぶつかるとき、私から宝剣を盗もうと考えていたのでしょう」


 花屋のある通りはそれなりに広い。

 それなのに花屋に用事もない急いでいる人間が、わざわざ人の近くを通ろうなんておかしかったのだ。

 急いでいるのなら人にぶつからないよう広いところを歩けばいいのだから。


 つまり彼らアフトクラトルは伯爵家が宝剣を見つけた情報を盗み、奪う機会を待っていたのだ。

 

 クリス様はそこまで読んで運送業者に数日早く持ってこさせ、誰にも中身を知らせずガルド殿へ届けさせていた。


「凄いねぇ。そして君が持っているのがぁ」

「ええ、あなたの探す。宝剣イグニスアイルです」

「いいなぁ、ほしいなぁ。この子たちよりもほしいなぁ」


 その”ほしい”という言葉に違和感を感じた。

 この男は最初、2人を誰かに”売る”と言っていた。

 それなのに今の発言では、イグニスアイルをほしい、2人の命がほしい、この2つの言葉はなぜか彼自身が欲しているようで。


「”あなたは”その2人をどうするつもりなんですか?」


 その質問に男は欲望に塗れた汚い笑顔でこう言った。


「僕のぉ、魔術実験で使うんだぁ。ボスの指示なんてぇ、知るかよぉ」


 その返答と同時に、無意識で距離を詰めていた。

 今までのような騎士の綺麗な剣技ではない。

 本能に身を任せ、不条理を斬るための、不可避の剣劇。

 

「――その汚い手で、美しい未来の可能性に……触れるな」

「――はぁ?……あぁ」


 剣を鞘に戻した自分の腕の中には穏やかな呼吸を繰り返すエリーとレティニュー嬢が抱えられている。

 先ほどまでレティニュー嬢を掴んでいた男の腕は切り離され床を転がる。


 二人を安全な場所へ降ろし、男と向き合う。

 腕を落とされた男は顔を伏せ何かを呟いている。


『――業火に焼かれ、怨嗟は響く、紅蓮の荒野を今ここに……』


 ――詠唱!

 魔術師が自身の魔術出力を上げるために必要とするもの、それを唱えていたのか!

 どんな威力か分からない以上、2人が危ない。


 2人を抱え、階段を駆け上がる。

 不意に階下から猛烈な空気圧が襲い吹き飛ばされそうになる。

 地下室を出て倉庫を跳び出したと同時に背後から強烈な爆風が襲う。


「――くっ!」


 爆風が治まり周囲を見渡すと、立派に構えていた倉庫は跡形もなく吹き飛び周囲の家屋も崩壊している。

 エリーとレティニュー嬢は自分が盾になったようで怪我はない。

 遠くに見える騎士と村人たちは当然の爆発に驚き伏せている。


 騎士の1人が自分に気づいて駆け寄ってくる。


「何があったんですか!?」

「今は2人を安全なところへ……」


 地下から上がってくる気配に備え2人の少女を騎士へ託す。

 宝剣を構えた先には腕の治った魔術師の男が悠然と歩いてくる。


 その姿は人間のものとは思えないほど、肌は赤黒くなり、瞳は黄色く射殺すようにこちらを見ている。


「……人間をやめたんですか」

「イヤぁ、コレは……アタラシイ、ニンゲンのぉ、カタチだぁ」


 言葉が反響して聞こえているような不思議な感覚に不快感を感じながら剣を前へ出す。


「シッテルゾぉ……ホウケンハ、ショウガイでぇ、1人ニシカぁ、ホンリョウをぉ、ハッキデキなぁい!」

「……よくご存じですね」


 話しながら爆破を連続して使用する男、冷静に1つずつ避けながら倒し方を模索する。


「わたしも思い出したことがあります。……2年前、帝国内で起きた不自然な爆破事故。それを起こしたのは当時の宮廷魔術師……名は、フォイボ……」

「アッハハぁ!シッテイタカラナンだぁ!」


 そう、知っていたとしても彼に勝つには距離を詰めなければならない。

 今も周囲は爆破の余波で火が広がっている。


 ――こいつが街を燃やしたのか。

 

 宝剣はただの剣としても一流以上の剣である。

 だがそれが真価を発揮できるのは宝剣がその魂を捧げたたった1人の剣士のみ。

 たとえ一流の剣士が宝剣を持ったとしても、それはただの剣士でしかない。


「あなたが持っても、宝剣は答えない。なぜ欲するのです」

「マジュツをぉ、ツヨクスルタメだぁ」

「……そうですか」


 宝剣に込められているのは”魔術”より強力な古代の”魔法”。

 魔術師である彼が欲する理由も分かる。

 

 彼は何かに浸食されているかのように言動が幼稚になっていく。

 爆破も策を弄さず、威力と数でごり押してくる。

 時間をかけてはいけないな。倒壊寸前だった家屋は爆破の余波で倒れ、被害の無かった建物まで火が移る。

 これ以上は被害がでか過ぎる。……仕方が無いか。

 このままでは距離も詰められず、打開策も無いまま被害を大きくして”終わる”。


「あなたの言う通り、宝剣は生涯を1人の剣士に捧げます。扱える者は他にいない」


 宝剣の”魔法”を発揮し、その強大な力を振るうことが出来るのは宝剣に認められた生涯唯一の剣士のみ。

 宝剣は生まれたときには所有者が決まっているとも言われるほど、その時代の強者に引き寄せられる。

 

 認めた剣士が死ねば宝剣は生き場を失い、力を消失し、いずれ朽ちる。

 

 例外は……ない。


「宝剣はその圧倒的な力で世界を守り、高潔な意志の元で”邪”を払ってきた世界の宝。だからこそ人々はその剣と剣士を称え”宝剣”と呼ぶのです」

 

 宝剣を上段に構え、その名を呼ぶ。


「”イグニスアイル”――我が声に応えよ」


 自分の声に反応するように吹き荒れる風の中、構える宝剣から大量の細かい霧が出る。


「――オマエハぁ」

「――永劫の眠りにつくといい」

 

 『霧氷』


 男の放った最後の爆破を包むように周囲に舞っていた小さな氷の粒が男と男の魔術を凍らせた。


「……ふぅ」


 振り下ろした剣から力を抜くように白い息を吐いた。

 久しぶりの宝剣の威力を制御しきれなかったようで、村と一帯の森は白銀の世界に包まれていた。

 意識的に制御が聞いたのは背後に固まる村人と騎士たち、怪我のない彼らを確認し、身体から力が抜けた。

 

「――クロード様!――クロー……」


 呼びかける騎士の声に応えることが叶わず、意識を落としていった。



――――――――――――――――



 暖かい日差しが顔に当たる。

 不意に吹く風が心地よく、どこか澄んだ空気を感じる。

 手を包む感覚は子供の頃を思い出し、どこか懐かしく、どこか寂しいような……。


「……ぅん」

「――起きたかい?」


 この、今起きるのは知っていたよ感。

 敬愛する主人の声だ。

 起き上がると右側から差し込む陽気に紛れた主人の影が見える。


「ここは……屋敷ですか……」

「騎士が君を運んできてね。安心するといい。村民に死傷者は無し、怪我人の村長と息子の2人は無事。捕まっていたエリー嬢とレティニュー嬢に怪我も無く、街で捕まえた構成員の発言から街に入っていたアフトクラトルは壊滅できたと判断した」

「では……」

「うん。クロードに怪我も無さそうだし、これで作戦終了とする」

 

 最後は倒れたが、仕事を完遂出来たのか。

 安心したことで左手の温もりに気づいた。


「――メアリー」

「君が運ばれたときに騎士からエリー嬢を救うため敵に立ちはだかったと聞いてね。意識を失っているのは自分が頼んだからだと、ずっとそばにいたんだよ?」


 すーすーと寝息を立てながら手だけは離してなるものかというぐらいにしっかりと繋いでいる。


「……わたしは仕事をしただけですよ」


 彼女の普段の働きからは考えられない……いや、自分が知らないだけで彼女は常に周りを想って動いていたのかもしれない。

 屋敷を出て村へ向かう前にかけられた、あの言葉。小さな命であれ、1つとして見捨てていいものはないと、最後に宝剣を使う勇気をくれた。

 

 それに、今回の作戦では彼女のおかげで敵の追跡が可能になったと言っていい。

 普段はドジも多いけれど……。


「――クリス様」

「なんだい?」

「今回の作戦において彼女がもたらした功績は小さくないと思います」

「うん」

「わたしは、彼女が使用人として残ることに……いえ、残っても問題無い。と、考えます」

「あはは!固い言い方だね。でも良かったよ。僕もメアリーは屋敷に残るべきだと伝えたかったからね」


 クリス様の笑い声に反応したのか左手を握る力が強くなる。


「……う、んぅ」

「……おはようございます」

「おはよう、メアリー?」

「……お、おはようございます?」


 まだ眠気が覚めていないのか。

 眼を擦り、ぼやけた視線で周囲を見渡す。

 自分(クロード)が目覚めていること、主人であるクリス様の目の前で眠ってしまっていたことに気づいたメアリーは慌てて立ち上がった。


「……ご、ごめんな……申し訳ありません!」


 勢いよく頭を下げたメアリーはゆっくりと顔を上げて目を合わせてきた。


「……クロード様、お怪我は?」

「……大丈夫です。ありがとうございました」


 別に治してもらったわけでもないが、それでもヒントをくれた彼女の行動と付き添ってくれた彼女の気持ちに感謝を表すとメアリーは呆けた表情で「はぇ?」と間抜けな声を出した。


「……なんですか?」

「ご、ごめんなさい!……クロード様から感謝されたのは初めてだったので……」

「素直な感謝です。それよりも……仕事はしていたのですか?」

「――え?あ、ああ!いってきます!――へぶっ!……うぅ」


 慌てた様子で部屋を出ていくメアリーは正面に見えていたはずの扉にぶつかり泣きそうになりながら走り出した。


「メアリーは面白いね」

「……さて、わたしも仕事へ戻ります」

「もう少し寝ていてもいいんだよ?」

「いえ、滞っている仕事が多そうなので……では、失礼します」


 ベッドから起き上がり部屋に掛かっていた執事服へ手早く着替える。

 大きな怪我をしたわけじゃない。

 体も動くので仕事に支障は出ないだろう。何よりメアリーが自分のところにいた分、そして寝ていた分の仕事は終わらせなくては。


「クロード、君は……戻る気は無いんだよね?」


 クリス様からの質問は様々な意味を含んでいた。

 それでも答えは変わらない。


「わたしは、クリス・フォン・ラディスター伯爵に仕える執事です。それ以外の何物でもありませんよ」


 今はただの執事として、個性豊かな仲間たちとともに読めない主人に仕える。

 ただそれだけの日常を送るのだ。




「……執事、ね。きっとこの先、君の本当の力が必要になるときがくる。そのときには向き合ってもらうよ、君の過去とね。――ク・ロード」



これはREALITYというライブ配信アプリの配信内でアイデアを募集し、完成に至った作品です。


アイデアを出してくれた、応援してくれた

小新谷杏さん、わくわくさん、汐乃しおさん、MYc(マイシー)さん、mnさん

ありがとうございました!


みんなで作った物語。

どうでしたか?

面白かった!続きを書いて欲しい!

そんな方々!

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クロードと個性豊かな仲間たちにまた出会えることを信じて…今回はこの辺で、お疲れ様でした。

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