慈悲深き邪神様
「ああ……本当に、邪神様が……」
「ん?ここは一体……」
愛の女神スティーフィア様の手によって異世界に転移させられた俺が初めに降り立ったのは、シンプルな造りの木造の建物の中で必死に祈りを捧げるエルフの少女の目の前だったのだ。
(うっお!?この子ってまさかエルフじゃね!?ちょー可愛いじゃねえか!!流石異世界って感じだ!)
「あ、あの!突然お呼びしてしまった無礼をどうかお許しください邪神様!」
「ん、邪神?」
(邪神って……まさか俺のことか?そういえばさっきもそんなこと言ってたような……)
『その通りのようじゃの。どうやらその子はお主を召喚された邪神だと思うてるようじゃ』
「おおおいい!!いきなり話しかけるなビックリするじゃねえか!!」
目の前で俺のことを邪神様だというエルフに状況が良く掴めなかった俺だったのだが、その時突如俺の脳内にスティーフィア様の声が響いてきたのだ。
突然のことに俺は思わず驚きを隠しきれなかった。
「ひぃ!!本当に申し訳ありませんでした!!」
「いや、違うんだ!今のは君に言ったんじゃなくて……」
『なにしてるのじゃ将吾!!今貴様の脳内に直接語り掛けているのじゃ!!』
『わかってるよ!いきなりのことで軽くテンパっただけだわ!それで、なんでこの子は俺のことを邪神だと勘違いしてるんですか?』
『ふむ。貴様の足元を見てみよ』
『足元……?』
スティーフィアに促されて自分の足元を確認してみると、何やらそこには禍々しいデザインの魔法陣のようなものが描かれていたのだ。
『はぁ~ん。つまり俺はこの子に召喚されたってこと?……ちょっと待て!!邪神を召喚する魔法陣で呼び出されたってことはお前本当は邪神なのか!?俺を騙したな!!』
『騙しておらぬわ!わらわが見るに、その子の召喚術はどうやら失敗しておる。邪神を呼ぶのは相当な召喚術の才能が要るからの』
『うーん。つまり、邪神を召喚しようと魔法陣を作ったけど邪神は召喚されず、失敗した魔法陣の上に偶然俺が落ちて来ただけと?そんな偶然あるか普通?』
『ないとも言い切れぬじゃろうが。ともかく、わらわは最高神であり邪神などでは決してないぞ!!それだけは肝に銘じておくのじゃ!!』
『はいはい、わかりましたよ……』
「あの、邪神様……本当に申し訳ありませんでした。どうかお許しいただけませんか?」
邪神を呼ぶ魔法陣の上に偶然落ちたなど少々信じがたいが、まあ今回はスティーフィア様を信じてこれ以上言及しないことにしておく。
それよりも俺がスティーフィア様をテレパシーで会話をしていたせいで目の前のエルフの子は俺が機嫌を損ねたのだと思い恐怖に染まったような顔色で必死に謝罪をしてきた。
こんなに美人で可愛いエルフが恐怖に震えている姿は少し興奮する物があるが……かわいそうなのは俺の趣味でないためすぐに彼女を安心させてあげることにする。
「大丈夫だよ!許すもなにもそもそも俺は……」
『待つんじゃ将吾!!』
『なんだよスティーフィア様!!ずっと放置されてたせいでこの子が怯えちゃってるんですよ!?』
『それより貴様に伝え忘れていたことがあってな。いいか将吾、異世界の者に貴様が別の世界から来たということを決して話してはならんぞ』
『え?なんで……』
『詳しい話はあとでしてやる。とにかく今は何とかごまかすんじゃ!』
『ええ~?』
「えっと……邪神様?」
「あ?ああ……なんでもない!とにかく俺は怒ってなんかないからそんなに怯えなくても大丈夫だよ」
「本当ですか!?寛大なお心に感謝いたします!」
理由はよくわからないがスティーフィア様に俺がい世界から来たということを話してはいけないと言われてしまったので、俺はひとまずそのことは話さず彼女との会話を進めることにしたのだ。
俺が起こっていないことを伝えると、まだ俺が邪神だと思っている彼女は俺が心の広い人物だと思っているようで深々と頭を下げてきたのだ。
ここでようやく気が付いたが俺とこの子が立っている祭壇の一段下には、十何人ものエルフが跪きながら同じように邪神への祈りを捧げていた。
それらのエルフは驚くことにすべて女性で、目の前の彼女ほどではないが全員俺の世界の基準ではモデルクラスの可愛さだった。
(すげぇ!エルフは皆美人な種族なのかな。というか男がいないけどここには居ないだけなのかな?)
「邪神様。私はこの森のエルフの姫、アリシアと申します。いきなりで申し訳ありませんが我々の願いを聞き届けていただけませんでしょうか?」
「え?願い?でも俺は……あー……」
「もちろんそれ相応の対価は支払います。我々の願いは先日エルフの隠れ里を襲ったある魔物を……」
バキバキバキバキ!!!
「っ!?」
「きゃぁああ!!」
「き、来てしまったわ!!」
「げっへっへっ!!見つけたぞエルフ共!こそこそと隠れおって!」
俺がエルフたちの美しさに感心していると、アリシアと名乗ったエルフのお姫様が俺に……というか召喚した邪神に叶えて欲しい願いがあると恐る恐る話し始めたのだ。
もちろん俺は彼女が考えているような邪神でないためにそんなことはできないと断ろうと考える。
しかし異世界から来たことを話さずこの状況を切り抜けるにはどうすればいいかと考えていたその時、なんと俺の正面にある入口に巨大な手が差し込まれ、建物の屋根をはがすように巨大な魔物が現れたのだ。
しかもその魔物は驚くべきことに人語を話し、このエルフたちを狙っているようだった。
『な、なんだあれ!?』
『あれはこの森に棲むデーモンゴブリンね』
『ゴブリン!?ゴブリンってゲームの序盤に出てくるような雑魚モンスターじゃないの!?っていうかスティーフィア様はあんな恐ろし魔物がいるような世界にそこそこの能力を与えて俺を送り込もうとしてたんですか!?』
『別にあんなのがゴロゴロいるほどこの世界は危険じゃないわ。それに強大な加護を渡したんだからもう文句言うんじゃないわよ』
「げっへっへっ!!だが都合がいいことに餌どもが一か所に集まってるじゃねえか!これでちまちま捕まえる手間が省けるってもんだ」
「もう隠れ里の中まで……」
「きゃぁああ!もうおしまいだわ!」
「邪神様!!我々の願いはあの魔物を討伐して欲しいというものなのです!」
「えええ!?」
「あの魔物は強力で我々では全く歯が立ちません!すでに同胞が何人も犠牲になっていて……このままではこの森のエルフは全滅してしまいます!!」
「ちょちょっ!?」
天井を破壊しながらこの建物に入ってきた化け物は集まったエルフたちを見て舌なめずりをしていた。
そんな魔物に集まっていたエルフたちは完全に怯えきってしまっており、アリシアさんも涙ながらに俺に抱き着きながら助けを求めてきたのだ。
(うぉおおお!!/// 胸が当たってデッケ……じゃなくて魔物が……ていうかアリシアさん近くで見るともっと美人……そんなこと考えてる場合じゃなくて魔物が……うわぁあああ!!超いい匂いだぁ!!)
『こら将吾よ!!いやらしいことを考えている場合じゃないじゃろうが!!』
『べべべ、別にいやらしいこと考えてねえし……』
『嘘つけ!!顔に出ておるんじゃこの童貞めが!!』
『あーあーあー!!またそういうこと言っちゃうんだー!!そんなこと言うならスティーフィア様の素晴らしさを布教するのやめちゃおうかなぁ!?』
『だからそんな事言うとる場合か!!前を見てみろ前を!!』
『え?前……』
「なぜここにオスがいるのだ!?俺はメスしか喰わん主義なのだ!!ごみは排除に限る!!」
『あああ!!そうだった!!やべどうしよ!』
『落ち着け将吾!しっかりしろとは言うたがあんな雑魚わらわの加護を受けたお主の敵ではない!!』
『そんなこと言ったって絶対ヤバいって!!これどうしたらいいの!?』
『簡単じゃ。適当に魔力を込めてぶん殴るだけで解決じゃ』
『魔力を込めるってどうやるの!?死ぬ!!死んじゃう!!』
『落ち着け将吾!普通に力を込めて殴る振り程度で十分じゃ!いいか?くれぐれも全力で拳を振るうことがないように……』
「死ねぇええ!!」
「うわぁあああああ!!」
『聞いとるのか貴様ぁ!!』
明らかに雑魚ではないデーモンゴブリンが迫り、俺は完全にパニック状態に陥ってしまっていた。
何せ力の扱い方どころか自分がどれだけの力を貰ったのかもわからないのだ。
ただ死の恐怖を退けるために俺は全力でデーモンゴブリンに向かって拳を振るう。
すると……
ボガァアアアアァアアアアン!!!!
「え……?」
俺が全力で拳を振るうとまるで強力な風圧が発生したような感じとなり、迫っていたデーモンゴブリンはもちろんその背後にあった壁も一緒に綺麗さっぱり消し飛ばしてしまったのだ。
『だから全力を出すなと言うたじゃろうがぁああ!!』
「あ……え、スティーフィア様の加護ってこんなに強いの?」
「すごい……私たちが全く歯が立たなかった魔物をたったの1撃で……」
「なんてお強いの……?」
「流石邪神様ですわ!!」
一撃でデーモンゴブリンを討伐してしまった俺。
そんな俺を見て先ほどまで怯え切っていたエルフたちはとんでもない力と命が救われたことに盛り上がったのだ。
こうしてエルフたちに邪神と間違われたまま俺の順風満帆ない世界生活が幕を開ける……なんて、そう簡単には問屋は卸さないようだったのだ……
エルフの森から少し離れた大国、ゴルドラーナでは……
「諸君、よく集まってくれた。今回緊急会議を開かせてもらったのは他でもない。我が国の西方に位置する混沌の森で強大な魔力反応が確認された」
「馬鹿な!あの強力な魔素に満ちた混沌の森から観測できるほどの魔力だと!?」
「まだ断定はできないが……これが伝説の邪神が復活した証ではないかと俺は睨んでいる」
「邪神……まさか」
「そんな、この世の終わりですじゃ!!
「ああ。かつて世界を恐怖と絶望で埋め尽くし、当時の勇者に討伐されたがいつの日か混沌の森で復活してその森の魔物をまとめ上げ再び世界を支配すると予言されるあの邪神だ……」
「各国と連携し、奴が力を付ける前に討伐する必要があるわね」
「その通りだ。これは紛れもない世界の危機だ。皆の者、邪神との戦いを覚悟しておくんだ」
俺が放った魔力が伝説の邪神の物と勘違いされ、即座に邪神対策会議が開かれていたのだ。
そんな事とは露知らず、俺はのんきに異世界ライフを満喫しようとしていたのだった……
2話目~。まだやる気とアイデアがあるから投稿する。頻度は低いけどね