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異世界恋愛

「今更言われても遅いですけど、本当に」

作者: 星乃カナタ

 


「お願いだシエル、俺とヨリを戻してくれ!」


 特別招待された高位の貴族たちのみが集う王の誕生日パーティーでの出来事であった。シエル・シャングリラもパーティー参加者だ。


 彼女の出身であるシャングリラ家は貴族の中でも上流家庭だった。しかし家全体で経営していた金融業が破綻してしまい……没落したものの、シエルの見事な手腕により農業分野にて再び貴族として舞い戻ることが出来たということで、近年注目を浴びている名家だった。


「だれかと思えば、アルトリエじゃん」

「おお、シエル。俺のことを覚えてくれていたのか! もしかして振った俺のことが恋しかったとか?」


 そんな訳で現在では成功者に媚を売るという名目で近付いてくる輩も多い。どれも下心丸出しで彼女からしてみれば"気持ち悪い"、その一言に尽きる。


 そして、いま彼女に話しかけてきているこの男も例外ではなかった。


「恋しかった、とは?」

「いやさ、あの時の俺はなにも考えずにお前のこと振っちゃったけどさ! でも、お前はオレに対して未練がある風だったじゃん?」

「……はあ」

「それでさ、あれから結構月日が経ったけど。まだ俺のことを覚えてたみたいだから、実は会いたかったのかなーって」


 いつも通りだ。ゴミを見る目──もしくは、それよりも酷いナニカを見る冷めた目つきで、シエルは彼を見た。


(この正真正銘のクズが……)


 アルトリエとシエルは数年前、婚約するほどの仲睦まじいカップルだった。だがシャングリラ家が没落したのと同時に婚約破棄されて彼女は捨てられてしまった。


 シエルは覚えている。


 彼がシエルに告白する時に『君がたとえ不幸になろうが、そんなの帳消しにしちまうぐらい俺が君を幸せにする』と言ってくれたのを。でもそれは、いくら告白の言葉といえど口約束。

 実際にシャングリラ家が没落した時に、彼は一番最初に縁を切ってきたのだ。いとも容易く運命の約束を反故にした。


(まさかソレを忘れたなんて、ぜっっったいに言わせないけど……)


 彼女がアルトリエのことを睨んでいると、流石に勘付いたのか彼は言い訳まがしい説明をし出す。


「い、いや待ってくれよシエル。あの時のことで凄く怒ってるの、分かるよ! あの時は俺が悪かったと思う。絶対に」

「そうですか、私もそう思うよ」

「……でも俺はあの後気がついたんだ。そして改心した。君はとんでもなく魅力的な少女なんだってね!」


 それはどうも、でも君に言われたところで何も嬉しくないしそれどころか苦痛だけどね。

 と、彼女は心の中で思った。

 あんな盛大に裏切ってくれたという、今更何のつもりなんだろうと。どうせ裏切ると決めたのなら、せめて最後までその意思を貫いてほしい。


「お世辞は別に要らないんですが?」

「いやいや、お世辞なんかじゃないって」


 気持ち悪かった。


「だからさ、」


 彼の気持ち悪い声が脳内にこだまする。


「お願いだよ、」


 昔を思い出して頭痛がする。気持ち悪かった。


「俺はお前のことがまだ好きなんだよ。だからお願いだ。シエル、俺とヨリを戻してくれ!」


 シエルは思う。

 本当に───どんな気持ちで私と会話しているのだろうか、と。冷えきった彼女の心はだんだんと凍りついてゆく。

 最低限、本音を伝えた。


「……今更言われても遅いですけど、本当に」


 それは本心。侮蔑を込めた最大限の『ノー』であった。彼は何を言われたのか理解できなかったのか、唖然としている。


「は、え? どういうこと。まさか俺の誘いを断ってるっていうのか?」

「まだ分からないの、鈍感すぎでしょ。私はとっくにアンタのこと『大嫌い』なんだよ」

「はぁ? う、嘘だろ! 冗談だろ!?」


 肩を掴まれる。

 苛立ちは最高潮に、流石に周囲の目も気にする余裕がなくなって彼女は勢いよく彼の腕を振り払う───振り払おうとした。


 その時だった。


「僕の彼女に触れるのはやめてくれませんか」

「……あ?」


 シエルの代わりに、男の腕を振り払ったのは一人の少年だった。黒髪で貧弱そうだが、その中身はまるで別人である。


「アンテ、ちょっと遅いんじゃない?」

「ごめんごめん。ご飯が美味しすぎたのと、話が盛り上がりすぎてさ。それに事前に言われてたけど、まさか本当に元彼が話しかけてくるとは思わないじゃん?」


 シエルに『アンテ』と呼ばれた少年のことを、元彼は睨む。


「て、てめぇ誰だよ!」

「僕かい? 僕はシエルの婚約相手」

「はっ、俺に捨てられたからってどこぞの知らないガキ相手に恋愛してんのかよっっ!」

「……ははは」


 彼は独りで腹を抱えて爆笑する。アンテは苦笑いをして彼に事実を伝える。


「いちおう僕、第一王子なんですけど。覚えていなかった?」

「え、は? 王子?」

「一応ですよ、僕が誰だか分からなかったら気持ち悪いだろうし、伝えておこうかなって」


 その時になって、ようやくアルトリエは気がつく。周りの人間が彼に向ける視線がとても痛々しい事に。


 このパーティーに、こんな野蛮人が紛れ込んでいるなんて。彼はいったい誰? 次からは出禁にしてもらいましょう。


 ついでに、そんなヒソヒソ声が聞こえてきた。


「ん、だと……っ! なんで、どうして! どうしてコイツと王子が恋仲なんだよ!」

「成り行きだよ、私が貴方に"捨てられて"途方に迷ってた時に手を差し伸べて、アドバイスをくれたのが彼だったの」

「はっ、メチャクチャ怪しいじゃねぇか!」

「そうだね、私も最初はそう思ったよ。だって裏切られたばっかだったし。手を差し伸べてくれる人は全員、私を利用したいだけなんじゃないかってね」


 でも、実際は違った。


「でも実際は貴方みたいな存在の方が稀有だったみたい。裏切ることもなく、両想いになって、付き合って、何事もなくそのまま今に至るの」


 ただ、それだけなの。


「だから、貴方みたいな人間の屑とヨリを戻すなんてあり得ない。お願いだから、もう私と関わらないで」

「……はっ、ふ、ふざけんなよ!!」


 アルトリエの感情は既に収まることを知らなかった。叫ぶ声はだんだん大きくなっていき、ヒートアップする。

 ただでさえ楽しい王の誕生日パーティーが台無しにされている状況なのに、これ以上暴走されると……。


「あの警護さん、この人を……"毒林檎"を城の外に摘み出してください。それと父上にこの事を報告してください。僕の方からもしますが、一応ね」


「は? おい、待てっ!! ふざけんな! このクソ野郎共が!! クソ女がっっ!!!」


 クズ人間は駆けつけてきた警護の兵士たちに捕らえられた。当初は城の外に連れ出される命令だったのだが、王家を侮辱した為に地下牢に入れられることになった。


「醜いですね」

「うん、ごめんね。私の目が節穴だったばっかりに、こんな事になってしまって」

「いえいえ」

「それよりアンテ」

「どうしました」

「さっき、アルトリエのこと……毒林檎って言ったけど、どういう事?」


 アルトリエがパーティー会場から連れ出され、再び賑わいを取り戻した頃。彼らは街の景色が一望できるバルコニーでワイングラスを傾けながら、他愛のない会話にふけっていた。


「あぁ、あれは比喩ですよ、比喩」

「比喩?」


「伝説のお姫様の比喩ですよ。お姫様は魔女から毒林檎を貰い、毒だと気が付かずに食べてしまった。その結果、彼女は永遠の眠りについてしまいましたが……そこに白馬に乗った王子が現れ、キスをする事で彼女は蘇った」


 彼はシエルの方を向く。

 相変わらずの美少年だった。


「どうです、今の僕とシエルにピッタリじゃないですか」

「……いやあ、私はお姫様みたいなグレードじゃないし、柄じゃないけどね」

「そんな事ないですよ」


 花火が上がった。

 ひゅるひゅると音が鳴る。

 数秒間経ってから、見事な花を咲かせた。彗星が空から降ってくるような錯覚。

 とても幻想的な景色だった。


「僕にとって───間違いなく、シエルはお姫様だ」


 彼は言った。それが決め手だった。それから数年の交際の後、婚約破棄をすることはなく、順当にシエルとアンテは結婚する事になる。

 だがそれは未来の話。


「あ、後ですね」


 今の話をしよう。彼は一つ、付け加えた。


「僕からも言いたいことがあります」

「えっ、あ、うん。ななななんでしょう」


 偉く真剣な目つきだったから、返答する側は不思議と緊張してしまう。


「アルトリエさんとの会話でシエルは、僕と貴方が"付き合って、何事もなくそのまま今に至る"って言っていましたが」

「……はい?」

「何事もないってのはなんですか、普通のファンタジー小説なんかよりもずっとファンタジーでラブコメ的な展開を僕たちは付き合うまでに繰り広げてきたじゃないですか!」


 アンテは目を輝かせて、腕を広げていった。

 いやまぁ、確かに?


「仮に僕がシエルと出会ってから結婚するまでを小説にするのなら、100巻あっても足りませんよ。さらに結婚後の生活を書くとなると……」

「……はは、ありがとう」

「何ですか、う、疑ってるんですか! 本当ですよ!?」


 いや別に疑ってる訳じゃないけど。なんていうんだろう。


「いや、嬉しいんだけどね……100巻はちょっと長すぎじゃない?」


 そんなどうでも良い会話の裏では、次々と花火が上がっていく。青いブルースターの花火だった。

 不思議と頬から涙が流れる。

 ともかく、こうしてシエルは幸せを掴み取った訳である。毒林檎を食べさせられた困難もあったけれど、しかしそのおかげで白馬の王子に出会えた。


「心配しないでください。物語はとても長いかもしれませんが、時には困難、絶望、喧嘩、悲劇などがあるかもしれませんが──ハッピーエンドで書き納めさせてみせますから」


 彼が腕を広げた、シエルはその胸の中にダイブするように抱きつく。


「じゃあ、楽しくその物語を読ませてもらう事にするよ」


 こうして彼らの物語は始まる。


 いやいや。

 待って待って、まだその先を読む心の準備が出来ていないって? えぇ? いやいや……今更言われても遅いですけど、本当に。


「これから末長くよろしくね、シエル」

「こちらこそ」


 さぁ、物語の1ページ目を。

 ここから書き始めるとしよう。



ここまでお読み頂きありがとうございました。

もし面白い、幸せになってねと思った方は、よろしければ評価を頂けるとありがたいです。


ざまぁ要素あまりなしの、少女と魔族の純愛モノ(約一万字)↓

「たとえ貴方が『化け物』だとしても私は」。

もよろしければ、よろしくお願いします。


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