1「始まり」
俺が9歳の時、両親が消えた。
原因は不明。
家は目も背けたくなるような血の跡があるものの、死体や凶器など、一切が見つからず警察による調査は打ち切りになった。
路頭に迷うことになった俺を、親戚の大人たちは誰が引き取るのかと押しつけ合いをはじめた。
施設は世間体的にといい、結果俺は数年間親戚の家を転々とし、高校に上がったと同時に援助を受けながら1人暮らしを始めた。
...その頃には斜に構えた俺が完成していた。
いつから心から笑うのをやめたのか、いつから人を信じれなくなったのだろう。
全てがどうでもよかった。
退屈で退屈で、このまま適当に時間は流れ、意味の無い日々を過ごすのだろう。
...俺は死ぬ勇気なんてない。
...俺は生きている。
...俺は生きて(死んで)いる。
......
........
そう思っていた。
「やぁやぁ、青年。」
「...」
「こーんな夜更けに、、何をしているんだい?」
今日、俺の退屈が終わる。
--
特にこれと言った理由はなかった。
ただいつもよりほんの少しだけ体がだるかった、ただそれだけの事。
「...先生、ちょっと気分が悪いので保健室に行ってもいいですか?」
先生の声と、黒板にチョークの当たる音がピタリと止まる。
チョークを持ったままくるりとふり返り、席を立つ俺と目が合った。
「何だ何だ、またか黒田」
「ちょっと頭痛的なあれで体調があれなんですよ」
頭をかきながら意味の無い言い訳を並べる。
過去のこともあってか、先生も俺に強くは出ない...いや違う。
先生は、クラスの奴らは...ただ俺に同情しているだけだ。
やれやれと首を横に振り、保健室に行きなさいと言い授業を再開した。
許可も貰えたので机に置いてあるもの引き出しにしまい、廊下に向かう。
クラスメイト達からは非難の視線と、憐れみの視線を向けられるが、俺は目を逸らし足早に教室を出た。
無性にイライラし、ゆっくりだった足取りも少しずつだがスピードが上がる。
教室から保健室まで、特別遠い訳でもないため、直ぐに目的地に到達した。
コンコン
「失礼します」
中にいる人は大体予想がついていたため、ノックをしたが返事を待つことなく扉を開いた。
開いた先には、目を見開いた状態で、箱の中からタバコを取り出そうとして固まっている保健の先生が座っていた。
数秒ほどの沈黙。
扉を開けたのが俺であると認識すると、先生は安心したように息を吐き、煙草を口に加え、火をつけた。
「...な...んだ黒田か、、驚かすなよ君」
そう言いながら白い息を吹き出し、俺にほほ笑みかける。
その姿はとても似合っており違和感はないが、仮にも先生という立場でありながら堂々と生徒の前でタバコを吸い出すのは如何なものなのだろうか。
「あんた仮にも先生だろ...」
「まぁ、そう言うなよ。私と君の仲だろう?」
先生は、タバコをこちらに向けニカッと笑いかけてくる。
清々しいくらいに言い切る先生に少し呆れ、机にあるベッド使用者の欄に自分の名前を殴り書く。
「どんな仲ですか...」
「私は君のサボりを黙認する。君は私の喫煙を黙認する。人はこれをwin-winと言うらしいぞ君ぃ」
「はいはい」
もう何度したか分からないこのやり取りを軽く受け流し、俺は奥に設置してるベッドに向かった。
そんな俺を目で追い、先生は灰皿に灰を落としながら声をかける。
「...それにしても毎度毎度君と言うやつは、飽きもせずにサボりに来るな。青春だ青春、青春したまえよ青年」
灰を落としたタバコをまた咥え、勢い良く椅子の背もたれ部分に体重を乗せ、ブリッジのような体勢でこちらを見てくる。
危ないでしょタバコ咥えてるんだし、やめなさいよほんと。
「青春とか…先生いくつですか?それに漫画じゃあるまいし」
俺は嘲笑気味に吐き捨てながらベットに身を投げ、雑にカーテンをしめた。
目を閉じ数秒ほどたった時に、閉めたカーテンの動く音が聞こえ、目を開き視線をカーテンに向けると、カーテンの隙間から顔を出す先生と目が合った。
「全く君と言うやつは、そういうことを吐き捨てるものでは無いよ君ぃ」
「はいはい、タバコ臭いし寝るからほっといてください」
その後も、カーテンの奥から色々と聞こえてくるが、それらを無視してゆっくりと意識を落としていった。
--
「...ろ...き......おき...」
はっきりとしない景色の中、なにか聞こえる。
「...ろ!......お...」
ゆっくりと目を開き、声の主の方に目線を送る。
「...先生、、何時?」
「やっっっと起きたか君は!一体いつまで寝るつもりだ全く!」
呆れながらも、心配をする様子でこちらをじっと見つめる。
俺はゆっくりと体を起こし、何度か目を擦る。かすかにぼやけた視界で現在の時刻を確認すると、時計は5の数字を指していた。
「...5時か、」
ぼーっとしながら手を使い首を何回か鳴らす。
少しずつだか脳が覚醒していき、自分が夕方まで寝てしまっていたという状況を理解すると同時に、申し訳ない気持ちが押し寄せてきた。
「...あー、、、すみませんめっちゃ寝てました」
「君が寝坊助なのはいつもの事だか...昼に起こして起きなかったのは初めてだな。何かあったのかい?」
「...いや、、なんでもないですよ」
「...まぁ、そういうことにしておこうか」
「そうしてください。」
ベットの横に置いてあった上履きを履き、立ち上がってから少し伸びをする。
ちらりと先生に目線を向けると、机に戻りタバコに火をつけていた。
「...人のこと心配してますけど、普通にその煙吸うのもやめた方がいいでしょうよ」
俺がそう言うと、先生は軽く微笑みながらこちらに体を向けた。
「...吸わないとやってけないこともあるのだよ」
「いいですね、はけ口があって」
冗談交じりに俺が言うと先生は少しぽかんとしたが直ぐに笑い出した。
「はははっ!...君は本当に面白いな、その通り!大人にはなお酒もタバコもあるんだ!...だか、君たちにはそれがない」
吸いかけのタバコを灰皿に押し入れこちらの方に歩き俺の頭に手をのせる。
「...だから定期的に吐き出したまえよ?」
ニカッと笑うが、その目は真剣で...
俺はその目を正面から見ることが出来なかった。
「...はい」
「お、素直だな。てっきり、生憎様吐き出すものもないんでー、、とか言うと思ったぞ?」
ガハハと笑い、俺の肩をバシバシと叩いてくるためとても痛いのだが、不思議と嫌ではなかった。
その後、すぐに帰るようにと先生に忠告を受け保健室を出たのだか、カバンを教室に置いていることを思い出しため息が漏れる。
「カバン、、」
起きて数分経ったのだが、何故か頭がスッキリしない。
まぁ、いいか。
ぼーっとしたまま、誰もいない教室に足を進めた。
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教室に着くと、当たり前だが誰の姿もなく、窓から聞こえてくる運動部の声だけが響いていた。
夕焼けの影響で、少し赤みがかった教室で何も考えずただ空を眺めていた。
…
……
...どれくらいそうしていただろう
...帰る...か
「やぁやぁ、青年。」
誰もいないはずの教室で、女性の声が響く。
本来ありえないこと、だけど不思議と驚きはしなかった。
……いや、何も考えれなかったのだ。
今思うと、自分はあの時はどこかおかしかったのだと思う。
ちらりと視線だけ声の主に向けると、そこには黒を中心とした、制服のようなものに身を包む女性が机に座っていた。
「...」
「こーんな夜更けに、、何をしているんだい?」
夜更け?何を頭のおかしなことを...
外を見てみろこんなにもきれいな夕や、、
「……は?」
女性から窓へと視線を戻すと、そこには先程赤に染っていた景色はなく白と黒しかないモノクロの景色が拡がっていた。
「…なんだこれ、、」
「お、戻ったね...ちーなーみーに、君はずっとその空を眺めてたんだよ?」
困惑した俺のことなどつゆ知らず、目の前の見知らぬ女性は口元に指を当て、横に揺れながらどこか楽しそうに話しかけてくる。
「どういう…ことですか…?」
疑いながら慎重に声をかける。
全く状況が分からない今、何か知っていそうな女性にどういうことなのかときくと、女性は怪しげな笑身を崩すことなく、手をぱちぱちと鳴らし声を上げた。
「おー、テンパってると思ってたけど案外余裕なのかな?いいよいいよお姉さんがなんでも教えてあげるよ?あ、スリーサイズとかはNGだからね?」
終始おどけた様子に呆気に取られるが、そんな余裕は無いから勘弁して欲しい。
「...テンパってますよ、テンパりすぎてボケを拾う余裕なんてないんで勘弁してください」
急に何言ってるんだという視線を向けるが、彼女はキャッキャと笑い、受け流されてしまう。
笑い声は消え、しかしニヤニヤとした表情はそのままで彼女は口を開いた。
「そうかそうか、では青年君は何を知りたいのかな?具体的に質問をしたまえよ」
何度か深呼吸をし、彼女の方に改めて視線を向ける。
机に腰かけたまま面白そうにこちらを見ている女性は端正な顔立ちをしており、大人っぽい見た目をしている。
見た目こそ綺麗な大人の女性なのだか、笑い方や、話し方も相まってどこか子供っぽい印象を受けた。
その中で特に目を引いたのは、腰付近まで伸びた髪の毛と、目の色である。
髪は、生え際からは綺麗な黒一色なのだが、毛先に行くにつれその色を藍色へと変えていた。
その髪色と同じ色をした綺麗な藍色の瞳が、どこか儚げで、悲しげに揺れているような気がした。
「…見つめ過ぎではないか青年?...さすがに照れるのだか」
そう言われ彼女の顔を見ると僅かに頬を染めており、染めた頬に手を当てていた。
彼女に見とれていた事実に気づき、自分も沸騰したかのように熱く、赤くなる。
「すみませんでした!!」
やっばい普通に見とれてたし!?!
なんかめっちゃ笑ってるし!?
慌てる俺を見て、彼女は少しキョトンとしたがクスクスと笑い出す。
そんなに笑わんでも、、
「いいよいいよw、、ほら質問質問」
笑いを止めようと堪えているが、肩が震えているからバレバレである。
めっちゃ恥ずかしいが、先程ある緊張や焦りなどは落ち着いており、もしかしたら彼女なりに気を使ってくれているのかもしれない。
俺は2回ほど頬を叩き、目の前の女性と向き合った。
「まず...ここはどこですか?」
そう質問しながら辺りを見渡す。
姿形は間違いなく俺の教室で、窓から見える景色も姿形は何ら変わりない。
ただ色のみ、全ての色が白黒で形成されており、教室であり教室でないという異質な空間に自分達は立っていた。
「見ての通りここは君の教室だよ?ただちょっと反転してるけどね?」
「…反転?」
俺が聞きなじみのない、彼女と同じ言葉を口にすると、彼女はとても愉快そうに笑いだし俺の方へと近づいてきた。
「そう、反転だよ。ここは君が知ってるけど知らない、ここにあるけどここには無い世界で、私たちが住んでる、表の世界とは似て非なるセカイだよ?」
彼女の言葉を聞き、自分の体を確認する。
ここにあるけど、ここにない。
自分の体は本物なのかと、何度か自分の体を触っていると、俺の考えを察したのか彼女はニヤリと笑いながら、俺の両頬をつかみ引っ張ってきた。
「……なにひへんへふか(なにしてんですか)」
「いやいやいやー?悩んでるようだったからね?ちなみに、君の体は間違えなく本物だよ?」
ケラケラと笑いながらながら頬から手を離し、肩をバシバシとしてくる。
「まぁ、君の考える通り君がここにいるのはおかしいんだよねー」
ここは対になる世界なら、ここにいる自分は偽物で本物は表にいるのではないか。
漠然とした恐怖を感じ、自分の身には何が起きているのだと考えていると、彼女は口に手を当て唸りながら答える。
「なんと言うかね、迷い込んだ?と言うよりかは呼ばれたんだよ裏の住民さんにね?」
そう言って彼女は窓の方へ指を向ける。
彼女の指につられるように目線を窓の外に向けると、グラウンドの中心にぽつんと黒いモヤが立っていた。
「……なんだ、あれ、」
距離もあり全身モヤなため、表情は見えないはずなのに何故か目が合った感覚におちいる。
モヤから目を離すことが出来ず、10秒ほど見ているとそのモヤは校内へと向かって動き出した。
...校内に入ってくる...目が合った。
咄嗟にドアの方に目線を向けるが、今入ったばかりなので来るはずもない。
クスリと笑い、彼女は続ける。
「溜まったものっていずれどうなると思う?溢れることなくずーっと溜まり続ける?そんなわけないよね、溜まり続けたらいつかは溢れちゃうよ」
言っていることが理解出来ずに彼女を見つめる。
この場で今それを言う意味がわからないのだ。
困惑する俺を無視し、彼女は続ける。
「私達人間のさ?ストレスとか色んな負の感情。それは一体どこに溜まってるんだろうね?」
「……ここ…が」
そこまで言われ現状を理解する。
目を見開き、彼女を見つめたまま息を飲む。
そんな姿を見て、彼女は満足気に笑い手を広げ口を開く。
「さぁ!答え合わせと行こうか青年!……ここは私たちの住む世界の裏の世界、人間の負の感情のたまり場『 懐裏』。負の感情を糧として生きる懐裏の住民『穢人』。君は穢人に呼ばれたんだよ」
そう言いながら元いた机に腰を落とし、ゆっくりと顔を上げ口を開いた。
「さぁ、青年どうする?あと数分で穢人はこの教室の戸を開け君を狙うだろう」
先程の笑とは打って変わって、表情を消し俺に問いかける。
ごちゃごちゃする頭をフル稼働させ、何とか非現実的な言葉たちを無理やり飲み込む。
落ち着け、落ち着け、今は無理やりでいい、今は、今は、
……俺はゆっくりと口をひらき彼女に問いかける。
「俺らは、懐裏に住む奴らに干渉はできるのか?」
俺の問いに大して、目の前の彼女は表情を変えることなく首を横に振る。
干渉出来ない、つまり俺自身がやつに殴ったり抵抗することはできないということだ。
「相手はこちらに干渉できるのか?」
その時に彼女は頷いた。
...予想通りではあるが、ずるくないかと思ってしまう。
まぁ、そんなこと思っても仕方ない。
時間は刻一刻と迫っているのだから……
俺は近くにある椅子を持ち上げ、何度か振ってみる。
めっちゃ重い...それになんか手がヒリヒリする。
恐らくこれが無理やり干渉した代償なのだろうと、椅子から手を離し少しだけ赤くなった手のひらを見つめる。
そんな姿を見て、彼女は怪訝の色をみせ口を開いた。
「...君何してるんだい?」
椅子を掴める事を確認した後、特に意味は無いだろうが軽くストレッチをする。
「…何してるもないだろ、これでぶん殴るんだよ」
「は????」
無表情だった彼女は目を見開き、声を上げ、、
「……ぷっ、ハハハハえぇ!?嘘でしょまってお腹痛いキャハハハ!」
...床に倒れ大爆笑しだした。
「…なんでやねん」
「ヒィィ、お腹痛い、もうね君最高!!」
まだ笑ってはいるがゆらゆらと立ち上がりこちらまで歩いてくる。
「なんで応戦しようとしてるのさ!!普通逃げるでしょ!w」
「…いや、出口とかわかんないし。何もせずやられるのも癪じゃないですか、、」
笑われている現状にムッとし、こうするしかないだろうと抗議をするが、彼女は横に揺れながら何度かブツブツと呟き、直ぐにこちらに顔をむけた。
「君!名前は!」
彼女は笑い涙を手で拭いながら、俺の目の前で足を止めた。
「…黒田、一」
「はじめ君だね?私は紫葵 碧、あおあおって呼んでね?」
そう言いながら、彼女は無理やり俺の手を握ってくる。
俺は握られた手をゆっくり離し、2歩ほど下がり彼女から少し距離をとった。
「...よろしくお願いします。紫葵さん」
「あらあらあら、思春期ってやつかな?」
よく分からない自己紹介の最中、唐突に教室の戸が開かれた。
その音で全身が固まり、息が詰まる。
ゆっくりと目線を向けると、そこにはモヤのようなものがゆらゆらと立っており、表情は無いはずなのに、こちらを見てニヤリと笑った気がした。
「っ、、」
近くになると少しだけその姿をとらえることができた。
体の形こそ人と同じなのだが、頭部がゆらゆらと炎のように揺れている。
身体全身が逆立ち危険信号を放っているが、それら全てを無視し、椅子を手に取り紫葵さんの前へと歩き声をかける。
「...下がってくださ……え?」
そう言って彼女に下がるようにと声をかけている途中、ふと肩を引かれ抵抗する間もなく床に尻をついてしまう。
呆気にとられていると、肩を引いた本人であろう紫葵さんが、横を通り過ぎ、振り返ることなく言葉を発する。
「ここはお姉さんに任せなさい」
紫葵さんは、俺の目の前で2回ほど伸びをして息を吐いた。
息を吐くと同時に紫葵さんの髪が少し逆立ち、体を覆うように黒い何かが見えた気がして、目を擦り何度も彼女に目線を向ける。
こちらの視線に気づいたのか、彼女はちらりとこちらに顔を向け、ニコッと笑い口を開く。
「普通の人は穢人には干渉できない。つまり攻撃も防御も出来ないってのは君の予想どうりだよ?でもね……」
そこで区切り、彼女は右手をゆっくりと上げ、穢人に向かって突き出した。
先程の黒い何かが右手に集まり、とんでもない圧を全身で感じる。
あまりの迫力に息が詰まり、俺は声を出すことができなかった。
穢人の方を見ると、両手を前に突き出し警戒しているように見えた。
「……でも、何においても異例ってあるんだよ。それこそ君が今日ここに来て私と出会ったのだって異例中の異例だよ、、」
「な……に...いって、」
上手く声がでず、掠れた声で何が起きてるのか分からないと意志を伝えるが、彼女は大丈夫だよと微笑み、穢人に視線を戻す。
ふと辺りを見ると、黒いかまいたちのような物が俺と紫葵さんを中心にして吹き荒れだし……
「そこから動かないでおくれよ!!〝黒一葬〟!!!!」
刹那、まとわりついていた黒が深く濃くなり嵐のごとく穢人一直線に向かい、襲いかかった。
当たったと思った瞬間、穢人の腕から黒い炎が穢人を守る壁のように放射され、紫葵さんの技と衝突。
一瞬にして辺り一面に煙が舞い上がる。
視界が奪われ、机などの破壊音と窓の割れる音が室内に響く。
何秒ほど経っただろうか、煙が少し落ち着き目も慣れてくると、目の前にいる紫葵さんの姿も見えだした。
彼女はただ煙の奥を見つめ、少し驚いたように目を見開いていた。
「……なかなか、」
少しだか俺も向こう側が見えだし、穢人の姿を確認する。
穢人は両手を前に突き出した状態で、プルプルと震えていた。
顔がないため分からないが、先程と纏う雰囲気は一転し、全身から怒気を放ち明確な殺意をこちらに向けてくる。
「はじめ移動するぞ、ここは狭すぎる!」
そう言いながら俺の手を掴み、窓からグラウンドに勢いよく飛び降りた。
いや、、ここ、、4階なんですけどぉぉぉ
「落ちる落ちる落ちる!!!」
「おいおい舌を噛むぞはじめ!〝鉤爪〟!!」
慌ててる俺をよそに、彼女は腕を大きく後ろにやり、地面に着く寸前で振り下ろす。
その腕を追うように三本の影がものすごい力で地面と衝突し、その衝撃で勢いを殺し着地した。
俺はと言うと、情けないことに地面に足をつけた途端よろけてしまい、崩れ落ちてしまった。
紫葵さんは、そんな俺を見てニヤニヤと笑みを浮かべてており……情けない?仕方ないだろ一般人なんだよ!
フラフラしながらも何とか立ち上がり、先程居た教室に目線を向けた刹那、轟音が鳴り響き教室から火の玉が空中へと飛び出してきた。
その火の玉は空中で揺らめきながら人型へと姿を変え、こちらをゆっくりと見据える。
穢人は右手をこちらに向け、自分の周りにいくつもの火の玉を作りだし、こちら目掛けて振り下ろしてきた。
空中から迫り来る幾千の火の玉に目の前の彼女は怯える様子はなく、紫葵は笑顔のままこちらを向き、口を開いた。
「君すごいのに呼ばれたねぇ?っと、大丈夫?立てる?」
「いや!!前!!前!!!」
目前まで迫る火の玉を前に声を張り上げるが、紫葵さんの余裕は止まらない。
「大丈夫大丈夫、だって私だから」
叫ぶ俺を見てくすりと笑い、迫り来る火の玉に向かって振り返ると同時に、どこからともなく取り出した黒い剣で火の玉を切り落とす。
「これだけ数があると…ちょーっと面倒臭いかな?」
そう言いながらも次々と火の玉を切り落とし、
あれだけあった火の玉はあっという間に全て無くなってしまった。
「ありゃ…終わっちゃった」
少し残念そうな表情を浮かべ、剣を地面に突き立てる。
剣が地面を刺すと同時に、刺された地面から大量の影が溢れ分散していく。
それは穢人が出した火の玉よりも量の多い大軍となり、紫葵さんの周りにとどまる。
「どれ、お返しといこうか」
ニヒルな笑みを浮かべ、生成した数々の弾丸を、穢人に向かって発射した。
自分の技を切り落とされ、あまつさえ模倣した技を向けられた穢人は、初めて叫び声を上げる。
腕から炎を噴射させながら高速移動を始め、迫り来る弾丸を避けながら打ち落とし、弾丸達を置き去りにしこちらに迫る。
腕から出ていた炎を凝縮し、槍を形成。
紫葵さんにとてつもないスピードで迫り振り下ろしてくるが、それでも焦る様子はなく、笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。
「〝影鞭〟」
その声と同時に、影から2本の太い鞭が出現し、槍と紫葵さんの間にバッテンを作り穢人の攻撃を食い止め、弾き返した。
空中に投げ出され、体制を崩した穢人に紫葵さんは声を上げ追撃を仕掛ける。
「まだまだぁぁ!」
バッテンにした鞭を解き、2本の影を使って、穢人の無防備な腹部をぶん殴り、後方へと吹き飛ばす。
「グギャァァァァァァ」
何度か地面にバウンドをしながら学校の壁に衝突し、叫び声をあげる。
巻き上がった砂煙を掻き分け、飛び出しながら炎のムチのようなものでこちらに攻撃を仕掛ける。
「俺にも真似できる。…そう言いたいのかな?」
先程地面にも突き刺した剣を手に取り、紫葵さんはそのムチ全て切り落とし余裕の笑みを浮かべていた。
「...つえぇ、」
思わず口に出た言葉は紫葵さんに対する賞賛の言葉だった。
異能バトルに直視したのは初めだが、素人目に見ても分かるほど紫葵さんの実力は圧倒的だった。
穢人は、ムチを出した状態でプルプルと震え、何度も地団駄を踏み叫び声を上げた。
腕を大きく振り下ろし地面に炎を放出、地面にバウンドした炎は頭上に集まり大きな塊へと変化していく。
「ちょっ!?紫葵さん!?アレはさすがにマズいんじゃ!?」
先程の技とはサイズ感が違い、明らかに力の込められた量の違いを感じる。
どんどんと大きさを増す黒炎に焦り、紫葵さんに声をかけるが、紫葵さんはどこか落胆したような表情を浮かべていた。
「...ただ大きいだけだよはじめ。さっきのムチのやつや防御の方がまだワクワクしたのだか…まぁ、そこは仕方ないな」
そう言うと右手を上げ、ため息を着く。
それを見た穢人は腕を振り下ろし、こちらに巨大な黒炎の塊を放ってきた。
隕石のようなそれはゆっくりとこちらに迫り、視界を埋めつくしていく。
「しきさっ……!?」
紫葵さんの名前を呼ぼうとして言葉につまる。
なぜ詰まったのかって?紫葵さんの髪の色が、群青色がより深くなりだんだんと髪の毛全体を覆うほど侵食していきびっくりしたのだ。
「...〝螺旋牢〟」
その言葉と同時に物凄い数の影が何重にも絡まり、敵の黒炎に向かって走り出す。
迫り来る黒炎と衝突したが、一瞬で爆散し影に飲み込まれていった。
勢いは留まるどころかむしろ増していき、穢人本体へと突き刺さる。
初めは幾度なく迫り来る影に押し出されていたが間もなくしてその身体を貫き空中へと押し上げていった。
穢人は叫び声を上げていたが、貫かれたと同時にうねり声へと変え、少しづつ体が崩れていく。
崩れたからだの一部が地に落ち砂に変わると同時に、世界にヒビが入り色がつき始めた。
「……終わったのか?」
俺がそう口を開くと、紫葵さんは静かに頷き崩れる穢人の方に歩いていった。
紫葵さんは影?黒いものに触ると、影はゆっくりと姿を消し、影を消したため穢人は地に落ち、落ちた衝撃で砂へと変わる。
穢人の亡骸の前でしゃがみ、紫葵さんは何かをひろい上げた。
「何かあったんですか?」
終わったことを理解するも高揚を抑えれず呆けていたが、ハッとし駆け足で紫葵さんのほうに向かう。
紫葵さんの手に持っていたものに目を向けると、彼女の手には黒の腕輪が置かれていた。
なんの腕輪だろうと首を傾げると紫葵さんが口を開いた。
「穢人はね、倒した後に石か固有の道具を落とすんだよ。後者は滅多にないんだけどね。そりゃ強いわけだよ」
いやあなたの方が何倍も強かったでしょうよとジト目を向けると、それに気づいたのかニヤッとしてから俺の手を掴み無理やり腕輪をかけてきた。
「それは君にあげよう!お姉さんからのプレゼントさ!」
「いや、、、なんか呪われそ」
「なんてこと言うんだ君は!全くもう...」
早く帰るぞーと言いながら紫葵さんは校門の方に向かって歩き出す。
あの穢人が俺を呼んだのには理由が、意味があるのだろうか?...
少し考え、腕輪に視線を落とす、、
ついてこない俺を不思議そうな顔で見つめ、手を振りながら声をかける。
「何をしているんだはじめ?早く帰るぞー近くまで送るから」
腕輪から目を離し、数メートル先にいる彼女の方へと駆け足で向かった。
紫葵さんの隣に行くと、彼女は満足そうに頷きまた歩を進める。
「歩きながらでいいから教えてください、あなたは穢人とはなんなんですか」
歩きながら、紫葵さんに改めて説明をしてくれないかと尋ねる。
紫葵さんはと言うと、何故かバツが悪そうな表情を浮かべ唸っていた。
「あー...まぁ、そうだよねぇ。このまま帰って日常に戻りなさいとか..受け入れなさそうだよねはじめは」
紫葵さんの返しに頷き、それを見て少し呆れたように笑う。
「いやまぁ、私も悪いんだけどね?その場のノリとかで動いちゃうし...」
そう言うと両指で頭をぐりぐりとし、うーんと悩んだような素振りをする。
「一応、これ聞いたら戻れないと思うし...あとこの世界血なまぐさいし、わけアリの人ばっかりだけど...それでもいいの?」
また渋るのかと、ここまで来てそれは無いだろうと何度も頷くと、観念したのか頬を何度か叩き、笑いながら数歩前に出た。
「よし!私個人としても君はこちら側に来て欲しいし、話してあげよう!!」
そう言いながら両手を開き、彼女は口を開く。
「...ようこそ、『影人』の世界へ!」