サルでも書ける本格ファンタジー
――本格ファンタジーを書くのに高尚な知識も教養も必要ない。
――ただ『想像力』という名の自由な翼があればいい。
栄吉は、ライトノベルを愛していた。なかでも好きなのは『なろう系』と呼ばれるWEB小説である。
初期の異世界転生、異世界転移から、チートものはもちろんのこと。追放ざまあ、最新のダンジョン配信ものまで好んで読んでいた。
ある日、栄吉はいつものようにパソコンで小説を読もうとしていた。しかし、偶然見つけたSNSの書き込みを見て驚愕する。そこには、こう書かれていた。
『ライトノベルやなろう系小説しか読んだことのない者に、知識と教養が必要な本格ファンタジー小説を書くことはできない』
栄吉は激怒した。生まれてこの方、ライトノベルとなろう系小説しか読んだことがない。この書き込みは、そんな栄吉の人生を全否定するかのような文章だった。
栄吉は、怒りとともにこう宣言した。
「ならば、この俺が本格ファンタジーを書いていやろうではないか! ライトノベルしか読んだことのないこの俺が! 誰よりも面白い本格ファンタジーを書いてやる!」
今まで幾千ものライトノベルを読んできた栄吉だが、自分で小説を書いた事はこれまでにない。本格ファンタジーはおろか、自分の好きななろう系ファンタジーすら書いた事はなかった。
そんな栄吉だったが、その決意は固かった。さっそく本格ファンタジーを書くべくパソコンの前に向かう。アカウントは既に作ってあるので、いつでも書き始めることはできる。
しかし、そこで栄吉の手はピタリと止まった。
「……言ってはみたものの。本格ファンタジーとは実際にどう書けば良いのか?」
自分の好きな異世界転生などなら、迷わずにすぐ書く事ができたであろう。いわゆるテンプレと呼ばれる定石のようなものが存在するからだ。
しかし、本格ファンタジーを読んだことのない栄吉には分からなかった。本格ファンタジーの定石というものが。そもそも、定石が存在するのかも。
「お困りのようですね? 栄吉さん」
突然、背後から声をかけられて、栄吉はビクッと体を震わせる。慌てて振り返るが、そこには誰もいなかった。この部屋には栄吉しかいない。しかし、声が聴こえる。
「ふふふ。私に姿はありません。私は、本格ファンタジーの妖精です。栄吉さん。あなたに本格ファンタジーの書き方を教えてあげましょう」
「……妖精だって!? マジか?」
妖精だなんて、それこそファンタジーの世界の代物。とても信じられないが、こうして声が聴こえる以上、信じざるを得ない。栄吉は、妖精に尋ねた。
「教えてくれ! 本格ファンタジーを書くにはどうしたらいいんだ!?」
「お答えしましょう。栄吉さん。何も難しく考えることはないのです。例えば『桃太郎』という話があります。この話も実は本格ファンタジーなのです」
「桃太郎……?」
栄吉は、首を傾げる。妖精の声は続いた。
「そう、桃から生まれた桃太郎が鬼退治をする有名な話。しかし、実際に桃から人間が生まれることは現実にはありません。だからこそファンタジーなのです」
「なるほど……」
栄吉は、桃太郎を知らなかった。ライトノベルしか読んだことのない栄吉にとって、桃太郎は未知の領域。しかし、妖精の丁寧な説明でだいたいの要領を得ることができた。
その時、栄吉はあることに気づく。そして、その疑問を口にした。
「待てよ。ならば、俺の好きな『なろう系ファンタジー』も『本格ファンタジー』と変わらないんじゃないか? どこに違いがあるのだ?」
「良い質問です。栄吉さん。おっしゃるとおり『なろう系ファンタジー』も『本格ファンタジー』も同じファンタジー。本来、そこにさしたる違いはないのです」
妖精の声は、なぜか嬉しそうに弾んでいた。不思議そうな顔をする栄吉に、妖精の声が響く。
「栄吉さん。『本格ファンタジー』と『なろう系ファンタジー』。この2つの境界は、曖昧なものなのです。しかし、厳密に区分するならば、両者を分けるのは『お気持ち』だと言っておきましょう」
「お気持ち……?」
「ええ。例えば『ステータス』や『スキル』などといったゲームのようなシステム。これらが登場するファンタジー小説は『お気持ち』によって『なろう系ファンタジー』に分類されます。どんなに本格的な世界観であっても、そう区別されてしまうのです」
栄吉は、それを聞いて考え込んだ。それを諭すかのように妖精の声は響く。
「まあ、ここは難しく考えるとキリがありません。ストーリーが同じような話であっても『本格ファンタジー』にも『なろう系ファンタジー』にもなり得るのだと思えばいいのです」
「ふうむ。分かったような…… 分からないような……」
「ただ、ひとつだけ。はっきりとしていることがあります」
妖精の声色が少し変わった。
「栄吉さん。あなたは書けるのです。本格ファンタジーを簡単に書く事ができるのです。なぜなら、あなたは多くの『なろう系ファンタジー』を読んでいるから。『本格ファンタジー』と『なろう系ファンタジー』を別つのが『お気持ち』であるとするならば、『なろう系ファンタジー』を読んだことがあれば『本格ファンタジー』を書く事は理論上可能なのですよ」
「ああッ! そうかッ! それなら俺にも書けそうだ!」
栄吉は、ポンと手を叩いた。全てが繋がった。必要なかったのだ。高尚な知識も教養も必要なかった。必要なことはライトノベルと『なろう系ファンタジー』から既に学んでいた。
栄吉は、カタカタとキーボードを打っていく。その物語を書き始めた。そして、いつの間にか妖精の声も聴こえなくなっていった。
それから、一週間後。ひとつの本格ファンタジー小説が世間の注目を集めた。その小説自体は目新しいところのない凡庸な本格ファンタジーであったが。注目されたのは作者の方だった。新聞の記事にて、こう語られている。
――研究所で飼育されていたIQ100のニホンザルが小説を書いた。名前は、栄吉。オス。5歳。
~Fin~
この度の小説では『本格ファンタジー』と『なろう系ファンタジー』を別つのは『お気持ち』と称しておりますが。
具体的には『ゲームのような世界観』のようなものではないかと筆者は思います。
しかし、今後『ゲームのような世界観』であっても『本格ファンタジー』が生まれることがあるかもしれませんし。『なろう系ファンタジー』も日々進化しています。
結局、『お気持ち』は作者によっても異なるし、読者によっても異なるものだし、日々変化しているものだと思います。