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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

通り雨

作者: ネクタイ

診断メーカー『限界オタクのBL本』より作成しました。

名残惜しげに鎖骨にかじりつく馬鹿を、容赦なく引き剥がす。

ぐぅ、と鳴いて彼は嬉しそうに表情を緩めた。

森の中、鳥たちの声がところどころに聞こえる以外は深い闇に包まれてしまいそうだった。僕はそれでも意識の外に彼を見る。日が陰ったせいでよく見えない。それでよかった。今は、それで。



彼と出会ったのは大学1年生の4月。

新たなキャンパスライフに何も期待してなかったわけじゃない。と、同時に呆れてもいた。大学生は高校生の僕からしたらすごい憧れで、きっと素敵なことがたくさんなんだろうと。まあ、その期待も教授の暴言とともに消えてなくなったのだけれど。

それでも、期待を捨てきれなかった僕は購買のやっすいハムサンドを食べながら、ベンチに腰かけていた。

たくさんの人が僕など気にもせず通り過ぎる中、1人の男が目の前にしゃがむ。

黒いスーツに黒いネクタイ、黒いワイシャツ、黒い軍靴。

どこからどう見ても真っ黒だった。

男はにっこり笑って口を開いた。

「なあ、それくれよ。」

「それ?」

男は僕の右手を指さした。僕の右手には、食べかけのハムサンドがある。

見も知らぬ、名も知らぬ男の食べかけなど・・・。

そう思ってハムサンドから彼に視線を移すと、僕の右手は僕の意思に反して彼にハムサンドを差し出した。

受け取った彼は嬉しそうに笑う。そのまま小さく一口ずつ大事そうに食べ始めた。

「おいしい?」

「とっても。」

その姿が愛らしくて、初対面にも関わらずハムサンドを手放した僕の右手は彼の頭を撫でた。

不思議とさっきまでの虚無感や空腹感はなくなっていた。

彼は食べ終わると、僕にいきなり抱き着いて子供のように目を輝かせながら言った。

「お礼にとっても楽しいこと教えてあげる!」



彼は文字通り“楽しいこと”を教えてくれた。

それは俗にいう犯罪行為の数々で、捕まれば余罪多数で大事になるだろうと思う。

でも僕はこの何も起こらない4月に飽き飽きしていた。だから、彼の遊びに乗った。

彼はどこで覚えてくるのか、その言動の幼さからは考えられない犯罪の数々をこなして見せた。

誰のか知らない廃墟の中で愛を語り合ったこともある。

身も心も、気づけば彼に夢中だった。

スマホにGPSアプリを入れられた。盗聴アプリを入れられた。盗撮アプリを入れられた。

それは彼の愛情表現だったし、僕はそれが何よりうれしかった。

僕らは確かに愛し合っていた。



季節が変わり、雪が降って解けて、2年生の春が来ても僕は彼に夢中だった。

キャンバスでは他の友達はいなかったからいくらでも彼との時間に費やせた。

その頃だった。

「ぐぅ。」

「まだ足りないの?」

「うん。」

彼がひどい空腹を訴えるようになってきた。

食べ物をたくさん上げた。彼は飢えで苦しそうだった。飲み物をたくさん飲ませた。彼は渇きで干からびそうだった。

ある日、僕が怪我をした。指先をカッターでちょっと切っただけ。

その指先を彼が舐めた。そして彼は驚いた。

「おいしい。」

その日、彼は夕飯を食べなかった。

彼は僕を食べたことでおなかが満たされたようだ。


それも長くは持たなかった。

血だけでは足りなくなり、僕から生み出されるものすべてを彼は食した。

それでも足りない。それでも満たされない。

彼は僕にかじりつくようになった。

それでも足りない。それでも満たされない。

僕は地図アプリを開いた。



彼との犯罪の数々で、色んなものが家には揃っていた。

必要なものをそろえると、彼に運転を頼む。その車は一昨日盗んできたやつだ。

車は繁華街を抜け、細い道に入り、やがて山奥の獣道に入っていった。

車が入れないところまで来ると、2人で道具を抱え、獣道をさらにさらに奥へと進んでいく。

そこには開けた場所があった。

以前、とある犯罪のために作った隠れ場所。

僕はその真ん中に大の字で横になった。

「なに、してるんだ?」

彼が戸惑う。そのお腹が鳴る。僕は彼が最初にしたように嬉しそうに笑って見せた。

「わかってるんだろう?その空腹を止めるにはこれしかないって。」

きっと彼は初めてじゃない。




人間を食べることが。




彼が持っていた包丁で僕を捌く。が、あぁと自分の口から悲鳴が漏れる。

彼があいた手で僕の頭を掴んだ。そのまま殴りつけるようなキスをする。

目がチカチカしているのは一体どれのせいだろう。

どれでもよかった。僕も、彼も、今最高に満たされているのだから。

この後、彼はどうなるのだろう。また新しい食材を探すのだろうか。

どうだってよかった。今、彼は僕だけを食べていてくれるのだから。



名残惜しげに鎖骨にかじりつく馬鹿を、容赦なく引き剥がす。

ぐぅ、と鳴いて彼は嬉しそうに表情を緩めた。それを見て僕も微笑む。そして。

「もう一回だけ。」

とささやいて、甘い甘いキスをする。

通り雨が、僕から流れる血を薄めようとしていた。

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