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3章-1

 カイ先輩が魔法騎士の実地訓練から怪我をして帰ってきたと聞いたのはそれから数日後のことだった。


 あたしとアルフェさまがカイ先輩の部屋をお見舞いに訪れると、先にもうルキスがお見舞いに来ていた。ルキスは魔法騎士志望だから、カイ先輩を尊敬しているらしい。先に来ているのも当然と言えた。


「二人とも、そんな心配そうな顔して来なくてもいいのに」


 カイ先輩はベッドに寝ながら、笑ってあたしとアルフェさまを迎える。


「ですが、お怪我をしたとうかがったので」

「かすり傷程度だよ。大量の兎型魔物に囲まれてね、対処できずあちこち噛みつかれたんだ」


 兎型と言えば小さく、噛みつくだけの弱い魔物だ。けれども、群れをなす。魔物なら羽が生えているから、上から下から囲まれるのだ。弱いと言っても油断はできない。


「兎型はうぜえですよね。あいつら、畑とか荒らすから本当に迷惑だった」


 ルキスが吐き捨てるように言う。ルキスは1年で唯一の平民出身だ。アルフェさまもディルくんもレイファさんも貴族家出身だから、畑なんて縁がない。ルキスの言葉にカイ先輩も頷いているので、カイ先輩も平民出身なのだろう。


「実家で見てたのにな。油断したよ」

「怪我、どのくらいで治りそうですか」


 あたしが聞くと、カイ先輩は安心させるように笑った。


「さっき、レイファちゃんが来て治癒魔法をかけてくれたからね。明日、明後日には傷跡もわからなくなるんじゃないかな」

「そうですか……」


 それなら、あたしは下手な真似しないほうがいいかな。カイ先輩の怪我なら一瞬で治せそうなんだけど。


「ルキス。兎型に対処するとしたら、どういう手が一番いいと思う?」


 カイ先輩が真面目な顔でルキスに問いかける。ルキスは即答した。


「魔法騎士ならバフでしょうね。デバフって手もありますが」

「だよなあ」


 カイ先輩はベッドに深く沈み込んだ。


「もう少しバフの練習するかな。やっぱり、付け焼き刃じゃ駄目か」


 それが、この前の試験であたしがかけてあげたバフのことを言ってるのはすぐにわかった。あたしは俯いてしまう。

 お手伝いしたかっただけなのに、それがこんな怪我になっちゃうなんて。


「ですが」


 不意にアルフェさまが口を開いた。


「大量の魔物を斬るのはいささか骨が折れます。最良の手は一箇所にまとめて古代語魔法で薙ぎ払うことかと」

「剣に頼らないで?」

「ええ。魔法剣士とは言え、古代語魔法使い。武器に頼るばかりが戦い方ではないように思えますが」


 カイ先輩は腕組みをし、ルキスはアルフェさまを睨んだ。


「アルフェは魔法騎士のプライドがわからねえからそんなことが言えるんだよ」

「ですが、苦手なものを今から得意にするよりは、戦略を変えたほうが効果的かと」

「アルフェちゃんの言うとおりかもしれない。一箇所にまとめるなら剣でもできる。なるほどね」


 カイ先輩はアルフェさまの言葉に深く頷いた。さすがアルフェさま。弱点を無理に伸ばすより、得意を利用することを提案するなんて。

 それに……そういう戦い方をしてくれれば、あたしも今回の件、それほど反省しなくても済む。


 ルキスはケチをつけたそうに鼻を鳴らしたが、何も言わなかった。


「ありがとう、アルフェちゃん。検討してみるよ」

「いえ、少しでもお力になれれば幸いです」

「俺はカイ先輩ともう少し魔法剣士の話がしたい。お前ら出てけよ」


 ルキスが不機嫌に言う。

 まあ、あたしたちには魔法剣士のプライドとかわからないから、ルキスが不機嫌になるのも仕方がないか。


「では、私たちは先に失礼いたします。お大事になさってくださいませ」

「カイ先輩、あの」


 それでも、あたしは一言謝りたかった。バフなんかかけちゃったこと。でも、カイ先輩は笑って手を振った。


「メイちゃんのせいじゃないよ。大丈夫、俺はもっと強くなるから」


 その言葉が苦しい。あたしは、思わずカイ先輩の手をぎゅっと握った。治癒力を高める魔力を少しだけ流し込む。

 ごめんなさい、カイ先輩。


「はい。お大事にしてくださいね」


 あたしとアルフェさまはそれでカイ先輩の部屋を出た。


 廊下を歩きながら、アルフェさまはちらりとあたしを見る。


「メイは、カイ先輩に何をしたのですか」

「え……」

「カイ先輩の戦い方は右手に剣、左手に魔法、と聞いたことがあります。実際、あの方の魔力は魔法騎士にするにはもったいないほどです」

「え、でも、カイ先輩は『剣の腕は自信があるけど、魔法は自信がない』って言ってましたよ?」

「それは使い方、応用力の問題です。魔力自体でしたら、あの方の持つものは結構なものです」


 アルフェさまは他の学年の生徒のことにも詳しいんだ。あたしはさすがだなあ、と感心する。


「それが突然バフだなんてらしくないことを言うのはおかしいと思いました。メイが落ち込んでいるようでしたので、私もらしくない助言など致しましたが、メイ、何をしたんですか」

「バフの勉強をしたいって言ったのはカイ先輩です!」


 思わず言ってから、これでは答えを告げたようなものだと気づく。アルフェさまも額を押さえた。


「そういうわかりやすいところ、私はメイの長所だと思っておりますが」

「……すみません」

「何があったんですか、メイ。急に魔力が増幅するのはまだ理解が追いつきますが、使い方のわからない魔法――たとえば、バフですとかデバフは私たちはまだ習っておりませんよね? それをメイが使えるというのはいささか不自然にすぎます」

「ちなみにアルフェさまは使えるんですか?」

「勿論です。おそらくルキスも使えると思いますが、それは各自の自習の成果です」


 あたしも自習しました、とはとても言えなかった。あからさまな嘘になる。さすがにそれをアルフェさまに言うのは嫌だ。


 あたしは考える。本当のことを言うのは簡単だ。でも、それでアルフェさまに迷惑がかかるのは嫌だ。あの羽馬、ペガサスのように殺されてしまうのは嫌だ。


 もっと、あたしは色々なことを知らなくちゃいけない。そうしてからなら、アルフェさまに本当のことを伝えられるかもしれない。


「アルフェさまのご迷惑になりたくないんです」


 あたしは、まずそのことを伝えた。


「でも、あたし、無知だから、色々なことを知ってからじゃないとアルフェさまのご迷惑になってしまう。だから、今は言えないんです」

「……わかりました」


 アルフェさまは、ため息をついた。


「自分の無知を認められる素直さも私はメイの長所と思っておりますよ。わからないことがありましたら、私に質問してください。わかる範囲で答えましょう」

「本当ですか!」


 自分で本を読むより、アルフェさまに教えてもらうほうが嬉しいし、きっとわかりやすい。あたしは、早速気になっていたことを質問した。


「精霊騎士のこと、教えてください。みんな嫌いだって言ってましたけど、どうしてですか? 精霊魔法となにか関係があるんですか?」


 アルフェさまはちょっと驚いた顔をしてから、あたしの手を握って足早に歩き始めた。


「え? アルフェさま?」

「あまり人に聞かれたくない話です。私の部屋で致しましょう」

「はい」


 これで謎がひとつ解けるかもしれない。あたしは息を飲み込んだ。



 アルフェさまの部屋で紅茶を入れ、クッキーを用意する。長い話になりそうだから、ティーポットにお湯はなみなみと注いだ。

 アルフェさまは椅子に座って、紅茶を一口飲まれるとため息をつく。


「メイも座りなさい」


 私は失礼してアルフェさまの前に座る。


「魔法には古代語魔法と精霊魔法の2つがあり、この2つはとても仲が悪いことは存じていますか?」

「仲が悪いんですか」


 アルフェさまは額を押さえた。


「300年前、精霊王が姿を隠され、その責任は古代語魔法の女王、古の魔女にあると結論づけられ、精霊騎士たちが古の魔女を『滅びの魔女』と名付け討ち滅ぼしました。以来、古の魔女から発せられていた魔力は弱まり、古代語魔法は存続の危機にあります。ここまでは歴史で習ってますね?」

「はい、アルフェさま」

「魔力が弱まったことで、魔物の力も衰えたので、人間にとっては悪いことばかりでもないのですが、それは一旦おいておきましょう。では、メイ、精霊魔法の力の源はどこにあるかご存知ですか?」

「えーっと、古代語魔法が魔力だから、精霊魔法は精霊力……?」

「正解です。精霊王がいなくなっても精霊は至るところにいると言われています。その力を借りて精霊魔法は使えばいいので、古代語魔法よりも簡単で、使える人は多いです」


 あたしは頷いた。そうなんだ。古代語魔法のほうが難しいのかあ。


「ですが、難易度の問題ではありません。古代語魔法は『滅びの魔女』の力。そのような力が受け入れられるはずもなく、精霊魔法は善、古代語魔法は悪、とまで言う人間さえいます」

「そんな!」


 あたし、前世で悪いことしてないのに! すごい言いがかりだ! しかも『滅びの魔女』なんて、あたし、家の前の雑草しか滅ぼしたりしてないのに!


「納得いかないのは古代語魔法を使っている者、皆そうですから。メイだけではありませんよ」


 アルフェさまは冷静に一口紅茶を飲まれた。


「ですが、事実、王の下で働く貴族院はその八割が精霊魔法の使い手。残り一割が古代語魔法を、一割が魔法を使えない一般貴族が占めています」

「それって、貴族は精霊魔法を使えないといけないみたいじゃないですか……」

「『みたい』じゃなくて、『使えないと価値がない』のです。精霊魔法を使えるか否かは貴族にとって出世の指針と言っても過言ではありません。男子は貴族院に入るため、女子はよりよい貴族に嫁ぐため、精霊魔法を習得したがります」

「精霊魔法が使えないと、お嫁さんにいけないのですか?」

「そういうことになりますね。勿論、家を継ぐこともできません」

「えっ」


 あたしは初めて聞く事実に紅茶をこぼしそうになった。


 アルフェさまはルイーズ家の長女だ。ルイーズ家は三女までいて、男兄弟はいない。あたしはこんなにも成績優秀で眉目秀麗なアルフェさまがルイーズ家を継ぐために、お婿さんをもらうものだとばかり思っていたのだ。ちなみに次女と三女は精霊魔法を使える。でもその力は微々たるものだ。


「アルフェさま……」

「私のことは気にしないように、メイ。私はメイという優秀な侍女がいるだけで十分ですから」


 アルフェさまは顔色ひとつ変えずに紅茶を飲んでいる。


「逆に私は安心したのですよ、メイが古代語魔法を使えたことに。これで、離れ離れにならずに済むと」

「アルフェさまぁ……」


 優しい言葉にあたしは泣きそうになる。えぐえぐ、目をこすってるとアルフェさまは咳払いをひとつした。


「続けましょう。現在、古代語魔法と精霊魔法にはこれだけの差があります。同じ魔法なのに、です。いえ、古代語魔法のほうが優れていると言ってもいいでしょう。精霊騎士など、バフしか使えないのですから」

「そうなんですか?」

「ええ。精霊の力を剣に乗せるだけ。それだけなら誰でもなれます。ですが、魔法騎士はあらゆる古代語魔法を駆使して、かつ剣を持つ。私がカイ先輩に助言してしまったのも、その事実があるからです」


 アルフェさまは髪をくるくると指に巻きつけた。


「……ルキスもそのあたりはわかっていると思いますが。ルキスはバフ使いですからね、少々心配ではあります」

「まあ、ルキスもプライドとか言ってたから大丈夫かなあとは……」

「どうもルキスとは相性が合いません。彼がメイに目をかけるのも、腹立たしい」

「え? ルキス、あたしに目なんてかけてませんよ」

「かけてますよ。レイファにメイと同じ助言など、絶対に与えませんから」


 それはレイファさんにはディルくんがいるからじゃないかなあ……。


 とにかく、古代語魔法と精霊魔法は仲が悪くて、今現在、精霊魔法のほうが優遇されていることはわかった。だから、『滅びの魔女』とか精霊騎士の言ってたことが真実としてまかり通っているんだとも理解する。

 前世が魔女じゃなくても、やっぱり精霊騎士は憎むべき相手だってこともわかった。


 アルフェさまの今後のことはとても気になるけれど、今、そのことで悩むのはやめておこう。アルフェさまに対して失礼にあたる。


 あたしは、アルフェさまのティーカップに紅茶を注いで、クッキーを勧めた。


「ありがとうございます。わからないことがようやくわかりました」

「それならよかったわ。それで、メイの秘密は私に話せそう?」


 ぐっ。精霊騎士のことはよくわかったけど、逆にあたしが魔女だってわかったら大変なことになることもわかった。また殺されるかもしれない。なにせ、精霊魔法全盛の世の中だ。精霊魔法使いたちにとって『滅びの魔女』が出てくるのは不都合だろう。


「……ごめんなさい」


 アルフェさまが秘密を漏らすなんて愚を犯すとは思えないのだけど、あたしが捕まって殺されるとき、アルフェさまにご迷惑がかからないとも言えない。結局、あたしは黙っているしかなさそうだ。


 アルフェさまは大きな大きなため息をつかれた。


「まあ、いつか話してくれることを待っているわ、メイ。それまで、わからないことは私に聞いて頂戴。いい、ルキスになど聞いたら駄目よ?」


 アルフェさまは本当にルキスが嫌いなんだなあ。悪いやつじゃないんだけどなあ。


「はい、アルフェさま」


 あたしが頷くと、アルフェさまはようやく笑顔を作り、クッキーを一口食べられた。


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