2章-2
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それから、あたしはアルフェさまにお願いをして、図書室へ通うようになった。アルフェさまはあたしに理由を聞かなかった。それがありがたく、また、申し訳なかった。
アルフェさまはアルフェさまで、古代語魔法の基礎を勉強しなおしたいとおっしゃった。そのお言葉に甘え、あたしは懸命に魔女の歴史を調べた。
けれど、座学で教えてもらったこと以上の内容は、どこにも載っていなかった。
魔女は魔力の源として産み落とされ、その魔力を生き物すべてに与えた。そのせいで、人も古代語魔法が使えるようになったが、同時に魔力を持った動物――魔物もうまれた。魔物はすべて、動物に羽が生えた形態をしている。
精霊王は精霊の力を人にしか貸し与えなかった。それゆえ、魔女と諍いが起こり、精霊王は魔女によって人間界を追い出された。
魔物を操り、人を滅ぼそうとした魔女を、人は断じ、魔女は「滅亡の魔女」と呼ばれ、精霊騎士によって殺された。
これにより、魔力は衰退。古代語魔法が栄華を誇った時代も終わり、精霊魔法の時代へと移り変わっていく――。
「うーん」
あたしは、読み終えた羊皮紙をしまって腕組みをした。やっぱり、あたしの知る魔女とは随分と話が違う。ペガサスの話も出てこないし、精霊王だって人間界から隠居しただけだ。とは言え、精霊界のことは魔女の力をもってしても様子がわからない。それに、あたしが転生するまで三百年ほどの間がある。その間に何かあったかもしれない。
でも、未だに人間界で精霊魔法が使えるってことは、精霊王は無事だって考えたほうが無難だろう。それは茶飲み友達として安堵した。
どちらにしろ、精霊騎士は怖いし、敵だ。それだけははっきりとわかる。
「メイ、調べ物は終わったのですか?」
アルフェさまが尋ねてきた。日のあたる座席で古代語魔法の基礎の本を読まれているアルフェさまは一服の絵画のように美しかった。こんな美しいアルフェさまを独占できる幸せを感じながら、あたしは頷いた。
「終わったんですが、わからないことだらけなんです」
「そう。たとえば? と聞いてもよいかしら?」
アルフェさまは親切心で聞いてくださる。それがありがたく、あたしは少しだけでもご相談したくなってしまう。
「たとえばです。あたしがある事件を見たとします」
「事件?」
「はい。とっても大きな事件で、その事件を王立古代語魔法研究院も調査して調査結果を出したとします」
「それは大きな事件ね。それで?」
「そこで問題なんです。あたしが見た事件と調査結果が違ってたら、あたしはどちらを信じたらいいんでしょうか」
「それは、メイはメイが見たものを信じるべきだわ」
アルフェさまは躊躇いもせず、はっきりと答えられた。
「あなたが見たものをあなたが信じなければ、真実というものはなくなってしまうのよ、メイ」
「そうなんでしょうか……」
「ええ。メイが何を調べていたかはわからないけれども、とても大きなことなんでしょう?」
アルフェさまは開いていた本を閉じて、あたしに歩み寄った。あたしが返した本が歴史の本だと見て少し首をかしげるけれども、すぐにあたしのことを青い瞳でまっすぐに見られる。
「あたしには大きなことなんです。とっても大きなことです。その……精霊騎士が大嫌いになるくらいに」
「あら」
アルフェさまはくすりと微笑まれた。
「大丈夫よ、精霊騎士をよく思っている人間はこの学園では少数派だわ」
「そうなんですか!?」
「メイはまだそのあたりの状況がわかってないのね……でも、私はそのままのメイが好きだから教えないわ。秘密」
「ええーっ、アルフェさま、気になりますー!」
「こら、図書室で大きな声を出したらいけないよ」
不意に図書室のドアが開いて、カイ先輩が顔をのぞかせた。唇に一本指を立てて見せる。あたしとアルフェさまは同じ仕草をして微笑んだ。
「ごきげんよう、カイ先輩」
「こんにちは、カイ先輩!」
「調べ物の最中かな、メイちゃんに一言伝えに来ただけだから」
カイ先輩は周囲を伺って、それから小声で言った。
「試験、うまく行ったよ。補習はなしだ」
「本当ですか!」
「うん、メイちゃんのおかげだ。ありがとう。これ、クッキーを買ってきたから、アルフェちゃんと二人で食べてくれ」
カイ先輩は可愛い包みをあたしに手渡してくれた。クッキーの重みがはじめて誰かを助けた充実感につながって、あたしはじーんとする。
「お役に立ててよかったです」
「こっちこそ本当に助かったよ。でも、このことは秘密でね? じゃあ」
カイ先輩はそれだけ言うと、図書室から出ていった。アルフェさまが不審そうにあたしを見る。
「メイ? 何をしたんですか?」
「え? な、何もしてません! それよりアルフェさま、クッキーをいただきましたよ」
「メイ?」
アルフェさまはじーっとあたしを見ている。その圧力はもう、ぺしゃんこになってしまいたくなるほどだ。
でも、カイ先輩と二人の秘密って約束したんだし、アルフェさまにご説明もできない。
「クッキー……」
あたしはひたすらクッキーをアルフェさまに捧げて、アルフェさまが追求を諦めるのを待つしかなかった。クッキーを間に挟んだ無言の戦い。アルフェさまは仕方なさそうに折れてくださった。
「では、お茶にいたしましょうか。私、少々不機嫌でしてよ」
「すみません……」
「メイ、最近、私に隠し事が多いんですもの。寂しいです」
そう言われてしまうと、なんにも言えない。前世のことも話したほうがいいのかと思う。でも、あのとき目の前で死んでいったペガサスのように、アルフェさまも襲われてしまったら、あたし、絶対後悔する。
だから、やっぱり言えない。「滅亡の魔女」の秘密が少しでもわからないと、言うことさえできない。
どちらにしても精霊騎士は嫌な奴だ。アルフェさまも嫌いなら、あたしも嫌っていいだろう。あたしは精霊騎士を敵認定すると、お茶を淹れるために足早に図書室を出た。
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事件が起こったのはそれから数日後の実技授業でのことだった。
あたしの事故が起こった後、はじめての実技授業になる。
その日の授業は「宝石に込める魔力の色を変える」ことだった。試験の応用編みたいな授業だ。
このくらいのことはアルフェさまは楽勝でできるし、ルキスとディルくんも余裕がある。レイファさんは集中が必要で、以前のあたしはできなかった。
でも、今のあたしは昔のあたしとは違うのだ!
「できましたー!」
透明の宝石に色とりどりの魔力を一瞬で閉じ込めたあたしに、教室中が静まり返った。
あれ? これは喝采の前の静けさ?
あたしがきょとんとしてると、カノン先生が悲鳴のような声を上げた。
「メイルディさん、何があったんですか!」
「え?」
「あなた、宝石に魔力を込めることすらできなかったんですよ!? そんな人が数日でここまで魔力が上達するなんてありえません!」
え……そうなの?
あたしがぽかん、と口を開いてカノン先生を見ているとみんなも集まってきて、あたしの細工した宝石をしげしげと眺め始めた。
「アルフェ、メイになんかバフとかかけてねえだろうなー」
いきなり疑ってきたのはルキスだった。アルフェさまは不機嫌そうに返す。
「致しません。なにもメイに協力をした覚えはありませんわ。ですが、これは……」
「すっげーな、メイ! 数日で魔法の腕追い越されちゃったよ」
「まあ、そうすると私も頑張りませんといけませんね」
ディルくんとレイファさんはのんびりと言うけれども、ルキスとアルフェさまは厳しい目であたしを見ている。
「あの……」
「なんですか、メイ」
「魔法っていきなりできるようになったりしないんですか?」
あたしの当然の疑問に、アルフェさまはため息をついた。
「メイ。カノン先生の授業をちゃんと聞いていましたか」
「えっ」
「アルフェリーナさん、私は少々疲れました。自習といたしますので、メイルディさんから事情をよく聞いておいてください」
カノン先生はふらふらと部屋を出ていく。
ディルくんとレイファさんは二人で自習を始めたけれども、アルフェさまとルキスはあたしの周囲でため息をつくばかりだ。
「では、説明します。メイ、ちゃんと聞いていてください」
「はい」
「古代語魔法というのは魔力を古代語や現代語の抑揚で練り上げて行使する術です。ここまでは大丈夫ですね?」
「大丈夫です!」
あたしは勢いよく答えた。ルキスが頭を押さえているが気にしない。
「古代語魔法に必要なものは、自身の魔力と、練り上げるための呪文。呪文は抑揚によっても効果が変わるので、何度も唱えて自分のものにしなければなりません。魔力は日々練り上げることで、少しずつ集められる量も増えていきます」
「つまり、日々の努力が必要ってわけだ。一から十にはいきなり飛べねえんだよ」
「うん。ええと」
「メイの魔力の上昇は非常に緩やかでした。これは個人差がありますので、補習とならなければ問題ないと思っておりました」
「ところが、お前の今の魔力は、アルフェを抜いてるぞ。どういうことだ」
……うん、それは事実だ。あたしの今の魔力はアルフェさま以上ある。それがちょっと嬉しくて、授業で披露してしまったのだ。
アルフェさまのお力になれたらいいなあって思っただけなのだ。
「……ええと」
なにやら失敗してしまった空気の中、あたしは口ごもる。ルキスはあたしの頭を小突いた。
「まあ、生き返ったときに何か事故でもあったのかね」
「そ、そう! きっとそうなんじゃないかなあ!」
「そんな話、聞いたこともねえけどな」
ルキスはさっさとあたしを谷底へ突き落とす。でもそうなんだもん、仕方がないじゃないかー。
困った。あたし、こんなに色々できるのに、魔力を隠しておかないと怪しまれちゃうのか。アルフェさまのお役にも立てないのか。えー、それって、意味ないじゃないかー。
しょんぼりしてしまったあたしを見たのだろう、アルフェさまは大きな息を吐いた。
「まあ、私も魔力に目覚めてから、魔力の上昇は早かったと聞きますので、メイもそのような時期なのかもしれませんね」
「アルフェさま、そうだったのですか?」
「メイがまだ侍女になる前ですわね。私、魔力に関しては早熟でしたの」
「あー、俺もそうだったな。ガキの頃、魔力に目覚めてからしばらく上昇は大きかった」
ルキスも思い出すようにうなずく。
「そう考えると、メイの上昇も納得できるか。先日まで、魔力がわかりませーんとか言ってたのが、理解したら急上昇する、とか」
「逆にそうしないと納得ができませんわ」
アルフェさまとルキスは複雑そうな顔でうなずきあった。あたしはおずおずと尋ねる。
「あたし、アルフェさまのお役に立てますか……?」
「そりゃ、難しいんじゃねえか」
答えたのはルキスだった。
「どうして?」
「魔法ってのはあくまでも道具だ。たとえば、レイファ。あいつは治癒魔法を使えるけど、いざってときにパニックを起こして呪文を唱えられない」
ルキスは声を潜めて言う。
「それと同じだ。古代語魔法ってのは魔力を練り上げる反応の早さが鍵になる。何かあったときに、どんな魔法を使ったらいいか。そういう判断は魔力とは別の才能だ。アルフェが一目置かれてるのはそこだからな」
「あら、ルキスにしては随分な褒め言葉ですね」
「いつか抜かすライバルのことを認めねえわけにはいかないだろ」
「……なるほど」
確かに、あたしは魔女の前世を持ってるし、力も受け継いだ。でも、あたしの性格が魔女みたいになるわけじゃないし、魔女みたいに頭のいいことも考えられない。
あたしに流れ込んできた知識は過去の知恵であって、どういう風に活かすかはあたし次第なのだ。
なんだ、万能無敵ー!ってわけじゃないのかー。それはそれでつまんないなあ。しかも全力で魔力使うと、また何か言われるんでしょ、得することなんにもない。
せっかくのこの力、隠さないといけないのかなあ。せっかく万年最下位から脱出できると思ったのになあ。
あたしはしょんぼりしてしまった。とは言え、アルフェさまに危害が加わらないようにするにはすべてを隠すべきなのかもしれない。
終業の鐘が鳴る。あたしは仕方なく、この力を隠すことに決めたのだけど――あたしは正直、「滅亡の魔女」という存在をまだきちんと理解していなかった。
滅亡の魔女。それは魔力の母として産み落とされた存在だったのだ。