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2章-1

 翌朝、アルフェさまのご支度も終えて、あたしたちが寮の食堂へ朝ごはんを食べに行くと食堂がざわついたのがわかった。


 食堂内を見ると三年生の先輩が二人、お茶を飲んでいて、ルキスは二年の先輩と朝ごはんを食べている。全員の視線が、あたしに注がれている。


 あたしがきょとんとしていると、ルキスが手招きをした。こっちに来いと言うことだろう。アルフェさまに対して手招きとは、なんと無礼な。


「どうしますか、アルフェさま」

「朝ごはんを一緒に食べるのに何も問題はないわ。行きましょう」


 アルフェさまがそう言うので、あたしとアルフェさまはルキスたちと相席することにした。


 パンと野菜たっぷりのスープというアルフェさまに対して随分質素な朝ごはんを、アルフェさまの分もトレイに乗せて運んできて、席に座る。


「大変だったんだって、メイちゃん」


 二年の先輩、カイ・マイルリッド先輩が心配そうにあたしの顔を覗き込んだ。カイ先輩は魔法騎士を目指していて、それゆえルキスと仲がいい。ルキスもディルくんも魔法騎士を目指しているからだ。


「大変って何がですか?」


 アルフェさまの前に朝ごはんのトレイを置き、あたしたちはゆっくり食べ始めた。スープを口にしながら尋ねると、カイ先輩がストレートに言う。


「メイちゃんが死んだって噂を聞いたよ」

「生きてますー!?」


 危ない、危ない。もう少しでスープを吹き出しちゃうところだった。アルフェさまがめっとあたしを睨む。


「食事中に大きな声は慎みなさい、メイ」

「はい、すみません」

「でも、あれ、どう見ても死んでたよな。生きてねえぞ」


 ルキスまで言い出すから、あたしは制服の上から体を叩いてみせる。


「生きてます。ご心配をおかけしました」

「心配はしたけどさ、あれ、どうやって治したんだよ、アルフェ。お前、治癒魔法使えなかったよな? レイファも大泣きして魔法どころじゃねえし」


 ルキスはあたしの怪我はアルフェさまが治したと思っているようだ。確かに、この中で奇跡を可能にするならアルフェさましかいないだろう。

 アルフェさまは無表情でパンをちぎり、言った。


「私とメイだけの秘密です。申し上げるわけにはいきません」

「おいおい、それでカノン先生をごまかせると思ってるのか? 先生だって動揺してたの知ってんだろ?」

「ですが、申し上げられません。答えられることは以上です」


 アルフェさまはパンを静かに口に入れた。

 アルフェさま、あたしが内緒にしているから、一緒にかばってくださってるんだ……。

 そう思うと、あたしはじーんと感激してしまう。


「まあ、いいじゃないか、ルキス。メイちゃんが生きていたことはよかったことだよ」


 カイ先輩は食後の紅茶を飲みながら、笑みを浮かべた。


「じゃあ、俺はもう行くね。メイちゃん、あんまり無理したら駄目だよ。アルフェちゃんが心配するからね」

「はい、ありがとうございました」


 カイ先輩はトレイを片付けて行ってしまう。後にはふてくされたルキスと無表情なアルフェさま、そしてあたし。


「まあ、メイが無事だったからいいけどよ。もうヘマするなよ」

「致しません。あのような失敗、末代までの恥と存じております」


 ルキスの言葉に、アルフェさまは淡々と返した。アルフェさまはアルフェさまで、自分を責めるほど反省していらっしゃるんだ。やっぱり申し訳がない。

 あたしはなんて言葉を返していいのかわからなくて、もくもくと朝ごはんを食べ進めた。


「生き返ったわりにはよく食うよな、メイ」

「ルキスは余計な一言が多いと思うんだ」



 もちろん、授業が始まってからも、カノン先生をはじめ、ディルくんやレイファさんの心配や無事な理由の追求などはすごかった。

 すごかったんだけど、アルフェさまはすべてに対して「お答えできません」で通した。

 それはあたしをかばうためもあったけど、アルフェさまもあの事件を忘れたいと思っているのだとだんだんと分かってきた。


 自分の失敗で、人が死ぬかもしれなかった。そんなショック、誰でも早く忘れたい。

 あの判断は最良のものなんかじゃない、最悪のものだったのかもしれないとあたしはようやく思い至った。アルフェさまの心に傷をつけるなんて、侍女失格だし、なによりあたしが許せない。


 だから、あたしはアルフェさまが真っ白な顔になっていくのに耐えかねて、机を叩いた。


「あの!」


 みんなが、あたしを一斉に見る。


「お腹痛いんで、ちょっと休んできていいですか!」

「……構いません。昨日の今日ですからね。アルフェリーナさんにもこれ以上は追求致しません。メイルディさん、行ってらっしゃい」


 アルフェさまがほっとしたように息をついたのが見えた。あたしは判断してくれたカノン先生に頭を下げると、教室を後にした。


 仮病だとは言え、部屋でごろごろしてるのももったいない。あたしはもっと魔女のことを勉強しなくちゃいけない。あの精霊騎士たちのこともだ。


 だから、あたしはこっそり図書室へと向かった。あまり得意な場所ではない。アルフェさまの調べ物に付き合うときしか来たことはない。でも、今は緊急事態だ。そうは言ってられない。


 図書室には日がさんさんと注がれていてお昼寝するにはぴったりだった。その誘惑に打ち勝って、あたしは歴史の本が並ぶ棚へと向かった。

 どれを読めばいいのかなあ……みんな難しそうな本ばかりだあ……。


 随分と迷って、あくびが出てきた頃、とりあえず「歴史一」とついている本を手にとった。羊皮紙の重い束だ。

 一枚めくるとカビ臭い。しかも、創世神話から始まってる。こんな古い話じゃないんだ。あたしが座学で聞いたところだと、魔女が殺されたのはざっと三百年くらい前のことだ。これは先が長そうだぞ。

 あたしは「歴史一」と書いてある本をしまうと、「歴史二」を手にとって開く。これもまだ魔女の時代の前だ。ため息をついてそれもしまったときだった。


「あれ、メイちゃん。調べ物かい?」


 カイ先輩が図書室に入ってきた。仮病中のあたしは慌てる。


「あ、あの、調べ物なんですけど、本当のあたしは部屋でお腹痛くて寝てるんです」

「ん?」

「カイ先輩の見てるあたしは幻ってことにしてください。えっと、その」

「ああ、うん、じゃあメイちゃんとは会わなかったことにしておくよ。それでいいかな?」

「はい、ありがとうございます」


 カイ先輩、優しいなあ。あたしがほっとしていると、カイ先輩は補助魔法の本が並ぶ棚へと向かった。一冊手に取ると、図書室の机の上に置き、その前に座る。


「魔法の勉強ですか?」

「ああ、うん。今度魔法騎士の試験があってね」


 カイ先輩は少し苦い声で言いながら、羊皮紙をめくった。


「俺さ、剣の腕は自慢じゃないけどかなりいいんだ。でも魔力の使い方が下手でさ。そっちで補習になるかもしれなくて」

「補習は嫌です」

「メイちゃん、実感こもってるね」


 カイ先輩はようやく明るく笑った。


 古代語魔法を操る騎士のことを「魔法騎士」、精霊魔法を操る騎士のことを「精霊騎士」、そして魔法を使えない騎士のことを「剣士」と呼ぶ。あたしの怖い相手は精霊騎士だ。あいつらは精霊魔法を使ってきた。


 魔法騎士は剣を使いながら魔力を練らなければいけないので、精霊騎士よりなるのは難しいと言われている。ルキスがそう言ってた。


「それでさ、なんとか補修を免れる方法はないかなって、探しにきたんだ」


 カイ先輩はそう言って、羊皮紙をめくった。


「俺は魔力を敵にぶつけながら、相手が怯んだところを剣で斬っていたんだけど、それだと大勢に襲われたときに対処が難しくてね。剣に直接魔力を乗せる方法はないかと思って」

「それで、補助魔法なんですね」


 一般的にバフとかデバフとか言われるものだ。今のあたしなら、簡単にかけられる。カイ先輩は親切だから、なにかしてあげたい。


「あの、あたしがこっそりかけちゃいましょうか」

「え?」


 カイ先輩はびっくりしたようにあたしを見た。


「試験のときだけこっそり発動するようなバフならかけられると思いますけど」

「本当かい、メイちゃん? でも……」


 カイ先輩は少し迷ったようだった。少しだけ補助魔法の本に目を落としてから、小さくうなずいた。


「そうだな、ここで俺はメイちゃんに会ってないんだもんな」

「ですです」

「それじゃあ、お願いしようかな。でも……」

「わかってます、先生方は当然、他の誰にも話しません」

「アルフェちゃんにもかい?」

「うっ」


 あたしは痛いところを突かれ胸を押さえた。またアルフェさまに内緒事が増えてしまう。でも、「カイ先輩の剣に補助魔法をかけましたー」なんて言ったら、どうして補助魔法が使えるかの説明をしなければならない。やはり、これはアルフェさまのためにも黙っておくべきなのだろう。


「黙ってます。アルフェさまにも黙ってます」

「メイちゃんの本気がわかったよ」


 カイ先輩は笑って自分の剣を腰から外し、差し出した。


「それなら、お願いしようかな」

「はい」


 もう魔力の練り上げ方ならわかってる。あたしは剣の上に手を置いて、望む魔法を注ぎ込んだ。


「試験のときになったら、剣の柄を二回叩いてください。それが魔法発動の合図です。剣が軽くなり、目に見えない衝撃波が飛ぶようになります」

「俺がほしかったような魔法だ。メイちゃん、すごいんだな」

「えへん」


 万年最下位のあたし、褒められるとやっぱり嬉しい。カイ先輩は優しい人だから、アルフェさまに褒められたときの次くらいに嬉しい。


「じゃあ、俺たちだけの内緒ということで。そろそろ授業も終わるから、俺はメイちゃんに会わなかったふりをして去るよ」

「はい。あたしもお腹が痛かったことになってるので、部屋に戻ります」


 あたしたちは図書室を少しずらして出た。カイ先輩が笑顔で手を振って先に出ていく。

 誰かのお役に立てるって嬉しい。

 あたしは、はじめての経験に胸がどきどきしてるのを感じていた。



 部屋のベッドに潜り込んだときに、アルフェさまとレイファさんが訪ねてきた。まさに間一髪だった。


「メイちゃん、昨日の今日だからと思って心配したの」


 どうやらアルフェさまが気遣って、治癒魔法の使えるレイファさんを引っ張ってきてくれたらしい。あたしは、アルフェさまの優しい心遣いに涙が出そうになると同時に、嘘をついてしまったことへの後ろめたさを感じた。


「ありがとうございます。でも、もう治っちゃいました」


 治癒魔法の使えるレイファさんに傷跡を見せたら何かばれてしまうかもしれない。なにしろあたしの腹部は魔力で焼けただれ、穴が空いてるような状態だったのだ。それを完全治癒で一から修復してるから、肌の色とかがどうしたって違ってしまう。


 あたしが制服の上からお腹をぽんぽん叩いてみせると、レイファさんは心配そうに眉を下げた。


「でも……」

「メイがそう言うのでしたら大丈夫なのでしょう。レイファ、ご心配をおかけしました」

「……うん。でも、また痛くなったら言ってね、メイちゃん。私……」


 レイファさんは言いづらそうに言葉を濁してから、握りこぶしを作った。


「私、今度こそ、メイちゃんを助けるわ。びっくりして泣いているだけなんて、本当に恥ずかしいもの。アルフェさんみたいに、助けたいの」

「レイファさん……」

「そうやってね、ディルくんのこともサポートしていきたいんだ。だから」

「あら」

「あらー」


 アルフェさまとあたしはうふふって微笑みあった。


「レイファとディルは本当に仲がよいですね」

「うんうん。あたしもアルフェさまとそのくらい仲良しになりたいなあ!」

「あら、私はメイのことを大事に致しておりましてよ」

「えへへー」

「ふふ、アルフェさんとメイちゃんのほうが仲がよくてお似合いよ。私はまだディルくんの足元にも及ばないから」


 青い目を少し伏せて、寂しそうに言うレイファさん。

 あたしは、そんなレイファさんを見たことがあるような気がした。


 いや、レイファさんがこんな愚痴めいたことをあたしたちに言うのははじめてだ。あたしは、レイファさんと仲良くなれたような気がして嬉しい。


 なら、この記憶は?


 ――私は、まだあの方の足元にも及ばないから。


 寂しそうな声は、友達のペガサスの声だ。がんばり屋でしっかりもののペガサスは恋をしていて、よくあたしの――魔女のところへ相談に来ていたのだ。

 そのたびに、ペガサス専用の浅い皿に紅茶を入れた。クッキーも焼いた。懐かしい思い出。

 これは偶然なんだろうか。それとも……ペガサスも人として転生してるということなんだろうか? もしかして、それがレイファさんだったとしたら?


 いや、まだレイファさんだと決めつけるのは早い。そもそも、レイファさんに魔女であると打ち明けるのも怖い。アルフェさまを差し置いてレイファさんにまず告げることも恐れ多い。


「そんなことはないわ、レイファ。あなたとディルはお似合いよ」


 レイファさんに声をかけたのはアルフェさまだった。それはよく魔女がかけていた言葉にそっくりだった。


「あたしもそう思います。レイファさんはもっと堂々としてたらいいんじゃないかな」

「そうかしら」


 レイファさんはまだ困ったように視線をさまよわせる。あたしはぽん、と手を打った。


「じゃあ、お茶飲みませんか!」

「え?」

「メイ?」

「レイファさんとこんな話ができて、嬉しいんです。それならもっとレイファさんと話をして、安心してもらいたいなあって!」


 アルフェさまとレイファさんは顔を見合わせた。それから同時に笑い出す。


「お腹が痛い子にお茶を誘われるとは思いませんでしたよ、メイ」


 しまった! アルフェさまに痛いところを指摘されてしまった!


「ですが、そんなところがメイですわね。レイファさえよければ、お茶に致しましょうか。メイの淹れるお茶は絶品なんです」


 アルフェさまは嬉しそうに微笑む。レイファさんははにかんだ笑みを浮かべた。


「お二人にご一緒してもよければ」


 かくてあたしたち三人は入学以来はじめて女の子だけのティータイムをすることになった。

 ちなみに、レイファさんの惚気は砂糖三杯分より甘く、あたしとアルフェさまはクッキーさえつまめないほど堪能したのだった。


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