1章-1
1章-1
あたしを含め、誰もが息を飲んで宝石を見守っていた。
透明な宝石は中で一度光り、それからゆっくりとオレンジ色の光を灯した。
「で、できた……」
あたしは、信じられなくて声が震えていた。苦節二週間、どんなにやってもできなかった『宝石に魔力を入れる』実験に成功したのだ。
「うわあああああんっ、できた、できましたー! みんな見てー! 見てー!」
「はいはい、よくできたわね、メイ」
「うわああん、アルフェさまー、褒めてください、もっと褒めてー!」
「そうね、沢山褒めてあげましょうね。偉い、偉いわ、メイ」
あたしのご主人さまであるアルフェさまが、あたしの頭を撫でてくれる。それだけで誇らしい。頭がとんでいっちゃうほど幸せだ。アルフェさまがこんなに褒めてくださるなら、頑張ったかいもあるというものだ。
クラスメイトの男友達、ルキスはまじまじと宝石を覗き込んでからあたしの顔を訝しげに見た。
「マジで? メイができたのか? 一生できねえと思ってたわ」
「一生できなきゃ、進級できないじゃないのー! ルキスのばかー!」
「でも、これで、次の試験は大丈夫そうね」
「うんうん、よかったな、メイ!」
レイファさんとディルくんの仲良しカップルがほのぼのとお祝いしてくれて、あたしは、少しだけ現実に引き戻された。
そう、これを明日の試験のときにもできなくちゃいけないんだ……。
あたしがそう思ったのと同時に、クラス担任のカノン先生が咳払いをひとつした。
「メイルディ・ラザさん」
「はい!」
「今日のは練習です。わかっていますね?」
「……はい」
「明日が本番の試験です。試験でできなければ、補習があります。補習でもできなければ……」
「ああああ、その先はいいです、言わなくてもいいです!」
「言わなきゃわからないでしょう、あなたは! 魔力というのは努力である程度は練り上げられるものなのに、メイルディさんといったら、入学してからこれっぽっちも魔力が上昇した気配がないじゃないですか!」
先生の言葉にぐうの音も出ない。あたしは耳を塞いだ。
二ヶ月ほど前の春、あたしは、主人であるアルフェさまの侍女として王立古代語魔法学園に入学した。
入学以来、少しずつ魔力が上がっていくクラスメイト四人とは違い、あたしの魔力は上がらない。
あたしにできることは、魔力で右腕を大きくさせることだけだった……さっきの、実験が成功するまでは。
でも、あたしにはアルフェさまの侍女としての意地がある。アルフェさまの侍女としてアルフェさまを学園でお守りするためには、あたしはアルフェさまと一緒に試験に合格して、進級しなくてはならない。そして、アルフェさまと一緒に仲良く幸せな学園生活を送るのだ。それは侍女としての誉れ。
ところがアルフェさまと言ったら、王立古代語魔法学園始まって以来の才女と讃えられていて、魔力の保持量は膨大、その練り上げ方は流麗、威力は強大。あたしとは似ても似つかぬ特待生っぷりなのだ。
ちなみにアルフェさまはプラチナブロンドのストレートの髪を腰まで垂らし、真っ白な雪のような肌に、薔薇の花のような赤い唇、湖のような青い瞳が印象的な美少女だ。あたしが誇らしくなる美少女で、失礼なルキスが「アルフェは胸がねえからなあ」とか言うけど、そんなところで女性の美しさを測らないでほしいと思う。いや、決してあたしも胸がないから言うわけじゃない、レイファさんうらやましいとか言わない。
とにかく、アルフェさまはとてもすごい才女で美少女なのだ。そんなアルフェさまと縁あって主従関係を結べたあたしは最高の幸せもので、だからこそこの幸せのために、試験を突破しなければいけないのだ。なのにあたしときたら、補習だ、落第だ、退学だ、とよろしくない単語が並ぶばかり。
「カノン先生、終業の鐘も鳴りましたし、今日はここを使ってメイの特訓を行ってもよろしいでしょうか」
あたしは耳を塞いでいたって、アルフェさまの声なら聞こえる。凛とした声でアルフェさまがカノン先生に尋ねると、カノン先生は大きなため息をついた。
「教室を片付けておくのでしたら構いません。アルフェリーナさんがついているのであれば、大きな問題も起きないでしょう。では、明日の試験まで皆さん、自己鍛錬に励んでください」
カノン先生は一つに束ねた黒い髪を結わえ直すと、教室から出ていった。カノン先生も美女だよなあ、とあたしは色々なことを忘れて思う。
「さて、メイ」
「はい、アルフェさま!」
あたしが実験に成功した宝石を握りしめてから差し出すと、アルフェさまは心底困ったような表情になった。
「終業の鐘が鳴ってから随分と経っています」
言われて窓の外を見ると、空はほんのりと橙色に染まりつつあった。
「寮の夕食の時間には間に合わせないといけません。そうすると、残り時間はわずかです。できますか?」
「がんばります」
「メイ、頑張ったってできないもんはできないんだぞ」
ルキスが茶化してくるが、無視する。
「困ったわねえ、アルフェさんがあれだけコツを教えているのに、成功したのは一度きりなのよねえ」
「でも、メイならできるよ! 大丈夫!」
レイファさんの言葉はそこはかとなく不安を誘うが、ディルくんの応援はもっと不安になるから不思議だ。
「レイファの言うように、コツはすべて教えました。できるだけ噛み砕いて教えたつもりです。宝石に意識を集中する。次に宝石に触れる指先に意識を集中する。最後に自分の体の中にある魔力を指先へ集中させる」
「あの、アルフェさま」
「なんですか、メイ」
「あたしの体の中の魔力がわかりません」
みんなが静まり返った。アルフェさまが心底困惑しているのがわかるので、本当に申し訳なく思ってしまう。そんなにひどいことを言ったんだろうか。
「お前、いつもどうやって魔法を使ってるんだ?」
しみじみとルキスが聞いた。あたしは困ってしまう。
「どうやってって……呪文唱えると、ぶわって右腕が膨らむ……」
「その間。呪文唱えると、魔力が発動するだろ?」
「魔力が、発動……?」
「そっか、メイは天性の魔法使いなんだな!」
ディルくんが明るく言うけど、それはとても嬉しくないような気がした。
レイファさんが困ったようにアルフェさまを見て、アルフェさまは宝石を片手で弄ぶように何度かくるくると回した。宝石のカット面に窓の外の夕日があたって、眩しい。
「ならば、メイ。右腕が膨らむイメージの代わりに、宝石に魔力がこもるイメージを持ってみなさい」
「わかりました」
すぐにあたしのためにアドバイスを変えてくれるあたり、アルフェさまは本当に頭がよくて教え方がうまいのだと思う。アルフェさまはあたしに宝石をひとつ渡した。緑色の宝石だ。安くて割れてもいいものを選んでくれたらしい。そんな配慮もありがたい。
あたしは机の上にそっと宝石を置くと、宝石をじっと見つめた。それから、その宝石に触れる。石独特のひんやりとした温度が指先から手のひらに広がっていく。深呼吸を二度して、気持ちが落ち着いたところで、あたしは呪文を唱えた。
「――あたしの姫さまのために!」
ぐぐっと右腕が膨らみかけた。失敗したかなって思ったとき、指先から熱い力の塊が飛び出したような気がした。
「わっ」
思わず、反動で後ろへと後ずさる。見ると、緑の宝石の中にオレンジ色の光がちかちかと光っていた。
「できた……」
「今の感触を覚えましたね、メイ?」
「覚えました! あたし、覚えた! アルフェさま、すごい、すごい! あたし、できたあああああ!」
「メイ、静かに」
アルフェさまに抱きつきかけたあたしは制されて、ぴたりと止まる。抱きしめるための手を広げたまま、アルフェさまをじっと見る。
「今の調子でやれば、明日の試験は突破できます。今後の試験はまたおいおい考えていきましょう」
「はい!」
「よかった、メイちゃんが笑顔なのが一番ね」
レイファさんがほんわりと笑う。ちょっとタレ目のレイファさんが笑うと、なんだか教室に花が咲いたように思える。
「じゃあ、片付けをしてそろそろ戻りましょうか。夕食に間に合わないと、寮長さんに怒られてしまいますから」
「かしこまりました!」
アルフェさまの言葉にあたしは率先して片付けを開始した。こう見えても侍女だ、片付けは手慣れたものだ。
魔力のこもった宝石は王立古代語魔法研究院や古代語魔法を使う騎士、魔法騎士が使用するので、別に置いておく。何もこめられていない宝石は小さな籠へまとめた。教室のカーテンを閉めると、魔力のこもった宝石だけがぼう、と光り、幻想的な光景に見える。
ルキスとディルくんがランプをつけた。あたしたちはランプの光をたどって教室を出る。
「しかしよかったよな、メイ。夕飯、きっと美味いぞ」
「ルキスみたいに、あたしはお夕飯がすべてじゃないんですけどー」
「でも、寮のお夕飯は美味しいですよね、メイ」
「はい、アルフェさま! きっと美味しいです!」
アルフェさまとルキスと笑いながら教室を出るのはいつもの楽しい日常すぎて。だから、この小さな教室で明日とんでもないことが起こるなんて、あたしは考えもしなかった。
●
翌朝。
あたしは、寮の一人部屋で、胸までの茶色の髪をいつものようにポニーテールに結い上げた。気合を込めて、いつもよりきつく結い上げる。今日は失敗できないのだ。黒の王立古代語魔法学園の制服を着、鏡で胸の青いリボンを整えた。緑の大きな目があたしをまっすぐに見ている。制服の右肩の部分から繕った跡があるのは、あたしが右腕をすぐ魔法で巨大化するからだ。
この世界には古代語魔法と精霊魔法が存在する。
古代語魔法は世界や体内にある魔力を古代語、またはそれに相当する言葉で練り上げ、形にする魔法のことを指す。
一方で精霊魔法は世界に存在する精霊と契約を結び、その力を借りることで行使する魔法のことを指す。
現在は魔力の枯渇が問題となっており、古代語魔法を使える人間はとても少ない。この王立古代語魔法学園でも、三年生が三人、二年生が二人、あたしたち一年生が五人と、合計十人しか在籍していない。おかげで学園は空き教室ばかり、手入れもしていない箇所が多く、庭は雑草が生い茂っている。
でも、あたしはこんなところで勉強ができるなんて思ってもみなかったので、毎日が楽しくて楽しくて仕方がない。文字を教えてくれていたアルフェさまのご実家であるルイーズ家に心から感謝した。
あたしの魔力は学年で一番ちっぽけだし、座学もそんなにいい成績じゃない。でも、アルフェさまやみんなと教室で学ぶのは楽しい。楽しいけど、もうちょっと魔力がほしいなあとは思う。
憧れのアルフェさまほどとは言わないけど……言わないけど、もうちょっとだけ、あたしでもコントロールできるような魔力があればいいなあ……。
そうしたら、アルフェさまにもご迷惑かけないし、逆にお手伝いできることもあるかもしれないのになあ。
今のあたしは授業においては侍女失格だ。それが本当に情けない。
いや、駄目だ。今日はそれを覆す歴史的な一歩とするのだ! がんばれ、あたし!
あたしは、ぱちん、と両頬を両手で叩くと大きくうなずいた。そこへ、部屋のノックの音が響く。
「メイ、用意はできましたか」
「アルフェさま!?」
アルフェさまに迎えに来ていただくなんて、本当に侍女失格だ。あたしは慌てて部屋のドアを開けた。きちんと身支度を整えたアルフェさまが自慢げに立っている。
「今日はメイの大事な日ですので、私も一人で身支度を整えてみました。なかなか様になっていますでしょう?」
そう、いつもあたしはアルフェさまの着替えなどからお手伝いさせていただいている。それを、あたしのために今日は一人で済ませられたなんて、あたしはアルフェさまの優しさに感動してしまった。
「はい! 胸のリボンも丁寧に結べていますし、まったく問題ありません。あ、少しだけ後ろを向いていただけますか?」
あたしは、アルフェさまに後ろを向いていただいて、部屋からブラシを取ってきた。アルフェさまの髪は本当にきれいだから、しっかり梳いてさしあげたいと思う。
アルフェさまのさらさらの髪を梳いていると、アルフェさまは振り返らずに静かな声で言った。
「昨日の調子で行えば、メイは大丈夫です。メイは私の大事な侍女。失敗なんて致しません」
まるでおまじないのように染み渡る言葉。あたしはアルフェさまに見えないとわかりながら、何度も大きくうなずいた。涙がにじむ。きっとアルフェさまはこれを言いに来てくださったのだろう。
「はい、アルフェさま」
アルフェさまが失敗しないと言われるなら、あたしは失敗なんてしない。
あたしにとってのアルフェさまは、そういう存在なのだ。
●
ついに試験のときがやってきた。
小さな教室はいつもカノン先生が立つ教壇と、あたしたちが座学をする机と椅子、その後ろに実験用の広い机がある。
今日はその広い机を皆で囲んでいた。
「では、名を呼ばれた者から順に、宝石に魔力を込めるように。工夫はいくらしてもかまいません」
カノン先生は羊皮紙とペンを持って、いつもより真剣な眼差しだ。
「ルキス・ケディ」
「はい」
ルキスの焦げ茶の髪はくせっ毛で、それを後ろで無造作にひとつにまとめている。ちょっとふてぶてしい茶色の瞳。身長は高いほうだろうか、少なくとも体格はしっかりしている。年はあたしよりひとつ上、アルフェさまと同じ17歳だ。
王立古代語魔法学園は同じ1年生でも年齢が同じとは限らない。魔力に目覚めた年齢が皆違うからだ。また、家の事情もある。年はばらばらだが、皆、習うことは同じだ。
ルキスは一歩前に出ると、左手に透明の宝石を持ち、右手でそれを覆った。
「入れ」
一言、力強く言うと、宝石が緑に光りだす。魔力の色まで変えるのはなかなか高度な技だ。カノン先生も感心したように見ている。
「随分と上達しましたね。合格です」
「どうも」
ルキスはつまらなそうに言うと一歩下がった。
「では、次。レイファリア・シルベスト」
「は、はい」
次はレイファさんだ。腰まである金の髪を今日はゆるく束ねている。瞳は青色。年齢は17歳。去年は王立精霊魔法学園にいたと聞くけど、編入してきた理由はわからないままだ。
レイファさんはおずおずと一歩前に出て、少し迷ってから黄色の宝石を選んだ。宝石を机の上に置き、手のひらをかざす。深呼吸を三回。
「大いなる魔力よ、この手のひらに集い給え」
手のひらから吸い込まれるように、魔力が宝石へと移っていく。オレンジ色の光が宝石の中に灯り、レイファさんはほっと胸をなでおろした。
「基礎がよくできていますね。次、ディルバフィル・イシュー」
「はい!」
レイファさんが一歩下がり、今度はディルくんが前に出る。黒の短く切った髪によく動く黒い瞳が印象的だ。身長はルキスよりも低いが、細身のせいで意外と高く見える。年齢はあたしと同じ16歳。
ディルくんは迷わずに透明な宝石を手に取ると、それをぎゅっと握りしめた。
「イシュー家の名において、魔力よ、集え!」
宝石を握りしめた指の間から、魔力の光があふれる。ディルくんが宝石を机の上に置くと、宝石はいくつもの輝きを散りばめていた。つまり、魔力を複数込めたのだ。
「これはまた、思い切ったことをしましたね。挑戦心を買いましょう。では」
カノン先生はあたしをまっすぐに見た。
「メイルディ・ラザ」
「はいっ」
あたしは、一歩進み出る。深呼吸をして、魔力が一番よく見える透明な宝石を選んだ。練習のとおりに宝石を机に置き、練習のとおりに指先を宝石にふれる。ひんやりとした感触に心臓がいつもより早く動いていることを知った。
落ち着いて、あたし。大丈夫、アルフェさまができるって言ったんだから!
深呼吸を二回。頭が集中で宝石のことしか考えられなくなったとき、あたしは声を上げた。
「あたしの姫さまのために」
腕が膨らみそうになる。熱いなにかが腕を通って指先からすとん、と落ちた。恐る恐る宝石を見ると、宝石の中に小さな魔力が灯っていた。
成功したんだ。
あたしは思わず、アルフェさまの顔を見る。アルフェさまは微笑んでいた。
成功したんだ!
カノン先生の顔を見る。カノン先生はほっとした顔でしばらく宝石を眺め、それから微笑んだ。
「頑張りましたね、メイルディさん」
「はい!」
あたしは自慢げな笑顔を向けてから、一歩下がった。
さあ、後はアルフェさまの美麗な技を見るだけだ。
「最後、アルフェリーナ・ルイーズ」
「はい」
アルフェさまもこころなしか安心した表情で、紺色の宝石を手にとった。宝石を机の上に置き、右手をその上で揺らす。
「星よ、地に満ちよ。星よ、その輝きを石に宿せ。我は力を持ちし者、集え」
信じられないことが起こったのは、その時だった。
アルフェさまの手が光ったように見えた。それだけ膨大な魔力を呼び寄せてしまったのだ。
魔力は一度、宝石の中に込められる。それはまるで、夜に見る満天の星空のようにも見えて、美しいだけに不気味だった。
やがて、魔力のぶつかる音が、パチリパチリとする。
明らかに魔力の込めすぎだった。このままでは魔力が暴発する。
古代語魔法は、言葉の選び方や抑揚を変えるだけで呼び寄せる魔力が変わってくる。だけど、アルフェさまはあんなに古代語魔法に精通していたのだ。アルフェさまがこんな簡単な実験で失敗するなんて、ありえないことだった。だって、アルフェさまは成績優秀で、失敗なんてしなくて、古代語魔法界の希望の星とまで言われていて。
「皆、私の後ろに隠れなさい! 防御魔法を張ります!」
カノン先生が叫ぶけど、たぶん、間に合わない。アルフェさまが驚いて動けない。青い瞳が驚きで見開かれている。そんなアルフェさまの顔をあたしははじめて見た。
あたしは。
あたしは、アルフェさまの侍女だ。だから。
「アルフェさま!」
あたしはアルフェさまを突き飛ばし、宝石に覆いかぶさった。こうすれば、あたし以外誰も怪我することなく済む。大丈夫、これが最良の選択のはずだ。
「メイ、そんなことをしたら……!」
「メイルディさん、離れなさい! 皆、伏せて!」
アルフェさまとカノン先生の声の後、お腹のあたりから轟音が響いた。
瞬間、あたしは吹き飛ばされた。それだけじゃない。お腹のあたりが熱くて痛い。呼吸が苦しい。
ああ、あたし死ぬのかなあ……。
あたしは天井にぶつかって、床に落下し、転がった。頭をしたたかに打ち、痛みが消えた。
目の前が真っ暗になっていく。アルフェさまの声も聞こえなくなっていく。
死ぬ前には思い出が蘇るって言うけど、本当なのかなあ。
でも、あたし、楽しかったからいいかなあ。学園で、本当に楽しかったこと。一番楽しかったのは……。
真っ暗になった視界に映し出されたのは、白い羽馬――ペガサスとお茶を飲んでいるあたしの姿だった。しかも、お湯を魔力で沸かし、ティーポットも魔力で浮かせてお茶のおかわりを注ぎ、挙句の果てには魔力でクッキーを焼いている。魔力の無駄遣いもいいところだった。
もちろん、あたしにはこんな光景、覚えがない。そもそも、ペガサスなんて人間と同等の知能を有すると聞くけれども魔物だ。魔物に知り合いはいない。
いいから、アルフェさまを最後に見せてよ。そうじゃなきゃ、その魔力、貸して。あたし、本当に痛いんだから。
そう思った瞬間、最近覚えたばかりの感触が湧き上がってきた。これは、魔力が体から湧き上がる感触だ。魔力は、白い光のようにあたしを包み込み怪我を治していく。同時に、あたしの頭の中に膨大な知識と記憶が流れ込んでくる。
あたしは、もちろん治癒魔法なんて使えない。治癒魔法を使えるのは本当に一握りの人だけで、あたしが知る限りではレイファさんだけだ。
待って、待って。なに、これ。
流れ込んでくるのは色々な魔力。ペガサスとの思い出。
そして、目の前に映し出されるのは剣の切っ先。忘れもしない精霊騎士の剣。
――滅亡の魔女、覚悟しろ!
ああ、そうだ。あたしは、精霊騎士に殺されたんだ。
あたしは、滅亡の魔女だったんだ、前世は。
なんだか、そんなことがすとんと腑に落ちたところで、あたしは気を失った。
「メイ! メイ、しっかりして!」
アルフェさまの声を耳にしながら。その声に大丈夫ですと言えない自分をもどかしく思いながら。