9.お兄様の様子がおかしいのですが
「……おまえは、いつ知ったのだ?」
しばらくして、お兄様は小さな声で言った。
「え?」
「だから、わたしが……、いや、そもそもおまえは、何故わたし達が実の兄妹ではないと知っていたのだ?」
お兄様の言葉に、私は首を傾げた。
なぜここで突然、血縁関係の話?
だが、私はとりあえず答えた。
「いや、なぜって……、いくら私でも気がつきますよ。肖像画並べて見れば誰だってわかると思いますけど」
本当のことを言えば、前世の記憶があるから、お兄様と血のつながった兄妹ではないと知ったのだが、しかし、もし記憶がなかったとしても、遅かれ早かれ気がついたのではないだろうか。
歴代のデズモンド家の肖像画を見ると、髪の色は金茶か榛色でだいたい巻き毛、瞳は大きなたれ目で淡い緑か榛色、というのがずーっと何十人も続くのに、そこに突然、サラサラの黒髪に切れ長の黒い瞳、という容姿が混じるのだ。
しかもお兄様は、騎士団でも一、二を争うほどの腕前だが、デズモンド家のその他男子は、皆一様にろくに剣も持てない文官ぞろいなのである。気づかないほうがおかしい。
「それにお兄様、魔法属性が闇と氷ですけど、これもデズモンド家ではあり得ないですよね。お兄様以外、他はだいたい土属性ばっかりで、あとは水と風がたまに出るくらいじゃないですか?」
ちなみに私は、土と水と風、三属性を持っている。
珍しいっちゃ珍しいけど、魔力量が少ないから、あまり意味はない。
私の言葉を、ラス兄様は黙って聞いていた。
そして、小さく笑って言った。
「……そうか。おまえは、ずっと前から知っていたのだな」
その姿が、なんだか寂しそうに見えて、私は動揺してしまった。
私でさえ気づくような事実だから、お兄様ならてっきりもっと前から知ってるものと思いこんでたんだけど。
ていうか、小説の中のお兄様は、最初っから私と血のつながりがないことを知っていて、王太子に妹殺しをとがめられた際も「実の妹ではない」って平然と答えてたんだけど。
しかし、小説と現実では、結果は同じでも、経緯は違うこともある。
もしかして、もしかすると……、お兄様、つい最近まで養子の事実を知らなかった?
そんで、傷ついてた、とか……?
「お兄様、申し訳ございません!」
私は、膝をついてうつむくお兄様の手をとった。
「っ、マリア」
お兄様は、弾かれたように私を見た。お兄様の手が震え、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そんな、まさかお兄様が知らなかったなんて、思わなかった。
どうしよう、ショックだよね。
私は、震えるお兄様の手を、ぎゅっと握りしめた。
「本当に、本当に申し訳ありません。私、お兄様を傷つけるつもりは……」
次の瞬間、私はなぜかお兄様に抱きしめられていた。
「お、お兄様?」
「……マリア……」
ラス兄様がかすれた声で私の名前をささやいた。
かすれているせいか、無駄に色っぽい。腰が砕けそうだ。
状況を忘れ、私は一瞬、うっとりしかけたが、
いや、ちょっ、お兄様、力強すぎ!
めきめき音がして、骨折れそうなんですけど!
「お、お兄様、放してください」
私がもがくと、ラス兄様ははっとしたように腕の力を抜いた。
「……すまない」
お兄様は私から顔を背け、立ち上がった。
「……このような事、すべきではなかった。謝罪する」
「えっ!?」
私はびっくりしてお兄様を見上げた。
お兄様が! 謝った!
これっていつ以来? 8歳の時、私を小突いて泣かせた時以来?
驚いている私をよそに、お兄様は私の顔を見ないまま、部屋のドアを開けて言った。
「もう部屋に戻れ」
「え? ……あ、はい、わかりました」
なんかよくわかんないけど、今回のお説教、だいぶ短くない?
しかも最後、お兄様が! 謝った!(大事なことなので二回言わせていただきました)
お兄様の気が変わらぬ内に、と私はそそくさとお兄様の部屋を後にした。
でも、なんだろう、気のせいだろうか。
なんかお兄様、様子がおかしかったような?