8.お兄様の心が謎すぎる
「おまえはバカか」
その後リリアと別れた私は、いま現在、ラス兄様のお部屋でお説教されていますよ……。
ええ、私はバカです、その通りですよ……。
正面のソファに座ったお兄様は、優雅にお茶を飲んでいる。
私の前にもお茶は出されているが、とても飲む気になれない。いま飲んでも、胃が荒れるだけである。
「聞くところによると、おまえはわざわざ紹介された家庭教師の口まで、すべて断っていたそうだな」
「……ハイ……」
ラス兄様の尋問に、私は素直にうなずいた。
ウソをついたところでラス兄様にはすぐ見破られるので、即座に認めて怒られたほうが、結果的には傷が浅くすむのである。
「何故そんな真似を?」
「………………」
しかし、これには答えられない。
答えは、とにかく王都にいたくないから、なのだが、それを言ってもそもそもの理由を信じてもらえないだろう。
お兄様はため息をつき、ソファから立ち上がった。
そして、身を縮こませている私の前に立ち、その膝をついた。
「……お兄様?」
顔を上げると、どこか苦しそうな表情をしたお兄様と目があった。
切れ長の黒い瞳が、痛みをこらえるように私を見ている。
てっきり怒っているものと思っていた私は、驚いて目をみはった。
「お兄様、いったいどう……」
「家庭教師の口まで断り、フォール地方で働くことを決めたのは……、王都にいたくないからか?」
お兄様の言葉に、私は息を飲んだ。
なぜそれを!
私の顔を見て、お兄様は苦く笑った。
「やはりそうか」
「な、なんで……」
えっ、私、お兄様に前世で読んだ小説のこととか、話してないよね?
え、まさかお兄様も前世の記憶があるとか?
それでもって、私と同じく前世が異世界だったとか?
えええ、それなのにミドルネームがラスカルって事実、文句も言わず受け入れてるの? 心強すぎない?
混乱する私に、お兄様がつぶやくように言った。
「……おまえは、わたしの気持ちに気づいていたのだろう?」
えっ、お兄様の気持ち?
ラスカルと呼ばれる気持ちですか?
「だからわたしから離れるため、王都を出ようとしたのだろう」
ん? と私は首をひねった。
お兄様の気持ちから、どう飛べば王都脱出につながるのか、よくわからない。
わからない、けど。
「まあ……、はい、結果的には、そういうことに……なる、のでしょうか?」
うん、合ってるよね。お兄様や王太子殿下、聖女リリアから離れるために王都を出るわけだから。
私の返事に、お兄様は深く息を吐いた。
「おまえがどう思っていたかは知らんが。……わたしは、おまえに無理強いするつもりなどなかった」
ええー、いつだって無理強いしてたじゃん、とは何故か言えない空気感だ。
なにこの重い雰囲気。
お兄様は私から顔をそらし、うつむいた。
サラサラの黒髪が肩をすべり落ちる。
いつもながら、なんてきれいな髪してるんだろう。
天然パーマでおさまりの悪い私の髪と交換してほしい。
そんなことを思いながら、私はじっとお兄様を見つめていた。