61.ロッテンマイヤーさんと私
ノースフォア家から婚約の裁可が下されたとして、お兄様は中央神殿に婚約の公示を求めた。
およそ一か月間の婚約公示を経て、どこからも異議が出なければ、私達は公的に認められた婚約者同士となる。
お兄様は、はた目にもわかるくらい上機嫌だった。
ゼーゼマン侯爵家の報復を警戒してはいたが、私がノースフォア侯爵家に入れば、手出しは難しくなる。
同じ侯爵家とは言っても、家柄、権力、財力、すべてにおいてノースフォア家がゼーゼマン家に勝っており、王宮での一件以降、ゼーゼマン侯爵は表面上は大人しくなっていた。
養女であるロッテンマイヤー嬢の聖女騒動も、鑑定した神官の誤りであったという報告が王宮に提出され、失笑を買っているらしい。
「何をどうすれば聖女鑑定で間違うことができるのか、その辺りも是非、詳細に報告してほしいものだな」
ラス兄様が皮肉たっぷりに言ったが、私も偽聖女と非難されたら同じ手を使おうと思っていたので、やっぱりみんな同じことを考えるんだなと妙なところで感心していた。
王都に初雪が降り、そろそろ冬本番を迎える頃、久しぶりに塔の魔術師、アメデオが屋敷を訪れた。
「レイフォールド様、朗報です!」
相変わらず愛想のよい笑顔でアメデオは言った。
「ゼーゼマン侯爵家の養女、ロッテンマイヤー嬢の出自がわかりました!」
屋敷にアメデオが来た場合、メイドなど使用人はすべて下げ、お兄様のみが対応している。
そのため、お茶も私が運んだのだが、アメデオのセリフに私は思わず足を止めた。
ゼーゼマン家の養女、ロッテンマイヤーさんは、私に闇の種子を埋め込んだと思われる人物だ。
闇の禁術を使える、つまりは闇属性の魔力を持っているはずなのだが、ゼーゼマン侯爵家の血筋に、闇属性の魔力の持ち主はいない。
「いやー、調べるの苦労しました! ゼーゼマン家には、誰も関わりたがらないですから、口割らせるの大変でしたよ!」
にこにこと言うアメデオの前に、そっと紅茶を置くと、
「あっ、マリア様、ありがとうございます! 正式にご婚約を結ばれましたこと、改めてお祝い申し上げます!」
「うむ」
何故かお兄様が満足そうにうなずき、ソファに座ったまま私を見上げて言った。
「おまえはロッテンマイヤーを気にかけていたな。報告を聞くか?」
「え、いいんですか?」
私は少し驚いてお兄様を見た。
正直、闇の魔術に関しては、私は素人もいいところなので、聞いたところで何の役にも立てないと思うのだが。
ただ、個人的にロッテンマイヤーさんはすごく気になっていたので、可能なら教えてもらいたいです!
私の心の声が聞こえたように、お兄様は甘く微笑み、私を隣に座らせた。
「わたしにできることなら、おまえの望みはすべて叶えたい」
「……あ、りがとうございます……」
本日もお兄様は絶好調だ。
私もそろそろ、この不意打ち攻撃に慣れたいのだが、なかなか難しい……ていうか無理!
こんな美形に、甘く微笑まれ、愛の言葉をささやかれることに慣れるなんて、不可能!
顔を赤くしてうつむく私を、お兄様が嬉しそうに抱き寄せ、髪を撫でる。
「じゃ、報告しますねー」
人目もはばからずイチャつく私達をまったく気にせず、アメデオが言った。
「ロッテンマイヤー嬢は、髪の色や顔立ちから、おそらく隣国の王族関係者じゃないかと思ってたんですけど、大当たりでした!」
アメデオの言葉に、私は思わず顔を上げた。
お兄様は、予想していたのか、驚いた様子もなく私の髪に指を絡めている。
「……やはりな。しかし、隣国の王族に、あれくらいの年齢の女がいたか?」
「まあ王族っていうか、臣籍に降下した公爵の血筋で間違いないんですけどね、認知されてません」
婚外子ということか。
「なるほど。しかし、それがどうしてゼーゼマン家の手に落ちたのだ?」
「そこなんですよ、いやー調べるの苦労しました!」
アメデオは嬉しそうに言った。
アメデオの話をまとめると、ロッテンマイヤーさんは、以下のような経緯をたどってゼーゼマン家の養女になったということだった。
1.隣国で内戦がおこる。
2.もともと公爵家から放置気味だったロッテンマイヤーさんとその母親、見捨てられる。
3.ロッテンマイヤーさんと母親、身一つで隣国を脱出。
4.脱出の際の怪我が原因でロッテンマイヤーさんの母親死亡。
5.ロッテンマイヤーさん、隣国にツテのあったゼーゼマン家に拾われる。
6.ロッテンマイヤーさん、ゼーゼマン家の養女として聖女を名乗る。
「えええ……。ロッテンマイヤーさん、被害者では……」
「マリア」
お兄様が顔をしかめ、私を見た。
「たとえそうだとしても、ゼーゼマン家の言うがまま聖女を騙り、おまえを害さんとしたのだ。そこを忘れるな」
「でも、それだってゼーゼマン家に強要されて、断れなかったのかもしれません」
はあ、とお兄様がため息をついた。
「……やはりおまえに教えるべきではなかった」
うっ。
お兄様の言葉に凹んでいると、
「まあまあ、いいじゃないですか。マリア様のそういうところ、聖女の特性っていうやつじゃないですかね」
アメデオがニコニコしながら言った。
「なんかマリア様の近くって、居心地いいんですよね。どうも闇属性の魔力を持ってると、聖女様に惹かれる傾向があるんじゃないかと思うんですよ。ロッテンマイヤー嬢も、マリア様に危害を加えることを心苦しく思ってたみたいで」
「えっ」
私は驚いてアメデオを見た。
「ロッテンマイヤーさん、私のこと何かおっしゃってたんですか?」
「あー、闇の種子を埋め込むこと自体、嫌がってらしたみたいですね。実際、マリア様にお会いして、可愛らしい方だった、とおっしゃっていたそうです」
「えっ……、ええ?」
私は思わず照れてしまった。
あんな美人の、しかもロッテンマイヤー・ゼーゼマンという尊い名前の女性に、「可愛い」と褒められるとは!
「……きさま、何をニヤついている」
お兄様の冷たい声音に、私はハッと我に返った。
「あ、いえいえ、何も。……ただ、ロッテンマイヤーさん、私よりずっと美人なのに、そんな方に可愛いって褒められるとか……、う、嬉しいかなー、って……」
お兄様の怒りに燃える眼差しに、言葉が尻すぼみになって消えてゆく。
「マリア」
「は、はい」
お兄様は私の両肩をつかみ、真剣な表情で言った。
「わたしとて、おまえを可愛いと思っている」
「……はあ」
「言葉にして、伝えもしたはずだ。忘れたとは言わせぬ」
「わ、忘れてません」
お兄様はもどかしそうに言った。
「わたしより、ゼーゼマン家の養女の言葉が嬉しいのか? 婚約者の、このわたしよりも?」
「……………………」
まさかとは思うがお兄様、ロッテンマイヤーさんに嫉妬してるのか。
正気か、と思うけど、でも恋は盲目っていうし、お兄様はこんな顔して、びっくりするくらい恋愛脳だからなあ……。