5.天使と悪魔と被害者で朝食を
翌日、食堂に現れたお兄様は、相変わらず不機嫌そうな顔で私を睨みつけていた。
朝から胃もたれしそうなのでやめて下さい。
「マリ姉さま、おはよー」
私の天使がやってきた。
「おはよう、ミル」
二人でにこにこしていると、お兄様が低い声で言った。
「マリア、昨夜の話だが」
朝から言うんかい。
「あ、ああの、お兄様、私これから所用がございますの。お兄様もお仕事がおありでしょう? お話は、お兄様のお仕事がお済みの後でよろしいかしら?」
ラス兄様は仕事人間。
ブラック企業もびっくりの仕事漬け生活を送っている。
仕事を持ち出せば、これ以上は食い下がれまい。
ふはは!と勝ち誇る私を、お兄様は眼光鋭く睨みつけた。
「……いいだろう。今夜、夕食の後にわたしの部屋に来い」
「……ハイ……」
退路をふさがれました。
もそもそとサラダを食べる私を、心配そうにミルが見ている。
私は気を取り直し、ミルに微笑みかけた。
「ミル、学院に行くための準備はもう済んだの?」
「うん、そんなに荷物もないし」
そうだね、家は貧乏だしね。
「学院では、剣技のクラスがあるはずだ。……わたしの剣を持っていくか? ミル」
お兄様の言葉に、私もミルも驚愕した。
「……え、あの、レイ兄さまの剣って、あの、黒くておっきいあの剣ですか?」
「えええ、剣って、お兄様がいつも持ってる、あの縁起悪そうな剣?」
ミルは、お兄様を「レイ兄さま」と呼んでいる。
レイフォールドがファーストネームだから、そのほうが自然なんだけど、私はラスカルというミドルネームが非常に気に入っているので、ラス兄様呼びだ。
「……縁起が悪いとは、なにを以てそのような」
お兄様がしかめ面で私を見た。
だって、その剣で私の首を刎ねたじゃん!とは言えない。
なので私は、その剣について常々思っていた事実を伝えた。
「なんか、真っ黒で雰囲気が禍々しいから、縁起悪そうだな、って」
「……………」
お兄様が恨めしそうな目で私を見た。
「えと、あの……、僕にはちょっと重そうなので、遠慮しておきます」
そうだよねえ、あんな呪いの剣みたいなの、イヤだよねえ。
とは言えず、
「そうね、ミルには少し大きいかもね。ミルには細剣がいいんじゃないかしら?」
「しかし、屋敷に細剣があったか?」
お兄様の言葉に、私は考え込んだ。
ふつう、男子が二人もいる貴族の家なら、武器もざっと一揃えは用意しておくものだが、我が家は貧乏な上、根っからの文官家系だ。
ラス兄様は騎士団随一の魔法騎士として都にその名を轟かせているが、これはデズモンド家としてはまったくのイレギュラー、異常事態なのである。
しかし、細剣か。
どうだったかなあ、後で倉庫を漁ってみるか、と私が考えを巡らせていると、
「あ、あの……、たぶん、父さまの部屋の机の脇にある、お道具箱に入っていると思います」
ミルが小さな声で言った。
「え、お父様の? なんでそんなこと知ってるの、ミル?」
ミルは俯き、ぽつぽつと言った。
「あの……、昔、父さまが僕に教えてくれたの。おまえは私に似て非力そうだから、将来、学院で剣を使う時は、細剣がいいだろう、って。父さまが使っていた剣を譲るから、それを使いなさいって」
その時、お道具箱を開けて見せてくれたの、とミルは言った。
へー。お父様、そんな武器を持ってたのか。
ふだんまったく使わないから、道具箱に放り込んでたんだろうな。
ていうか、お父様が亡くなる前って、まだミルは6つかそこらだっただろうに、その頃すでにミルの将来を見越してたんだなー。
私が一人頷いていると、
「……そうか。父上が……」
ラス兄様がなぜかうなだれていた。
「父上は、ちゃんとミルのことを考えておられたのだな」
「偶然じゃないですか? ただ、ミルには細剣が合うだろうっていう見立ては合ってると思いますけど」
私が言うと、ミルも笑って同意した。
「うん、僕、非力だし、運動苦手だから、レイ兄様みたいに強くはなれなさそう」
ごめんなさい、とミルがお兄様に謝った。
「ミルはそれでいいのよ」
「そうだ、ミルは頭がいいしな」
ラス兄様が優しく言った。
私の時とは、えらい違いじゃないですか?




