3.犯罪宣言
「そもそも、なぜフォール地方なのだ」
瀕死の家庭教師を帰した後、私とお兄様、弟のミルの三人で食事をとった。
秋からはミルも国立魔術院に入学するし、三人で食事することも少なくなるんだろうなあ。
感慨深くお肉をもぐもぐしていると、ラス兄様が先ほどの話を蒸し返した。
「お兄様、食事中ですよ。もっと違う話題を」
「マリ姉さま、僕も聞きたいです」
ミルが思いつめたような表情で言った。
金茶のくるくる巻き毛に、大きな淡い緑色の瞳をした、私よりも美少女顔な弟。
可愛い。間違いなく天使。
ちなみに私は地味な榛色の髪に同じ榛色の瞳をしている。
親しい友人からは「よく見ると美人なのに、地味だよね」と、褒められてんのか貶されてんのかわからない評価を下された。
「フォールなんて、どうしてそんな遠くに行ってしまうのですか? 姉さまに何かあったら、誰が姉さまを守るのですか?」
そんな、目をうるうるさせてこっち見ないで。
私が極悪人みたいじゃないの!
「ミル、そんな深刻に考えないで。フォール地方はたしかに田舎だけど、その分、治安は王都よりいいのよ。いるのは老人と子どもだけだしね」
私の言い訳を、苦虫を噛みつぶしたような顔でお兄様が聞いている。
そんな顔したら、料理がマズかったんじゃないかってメイドが気にするでしょうが。
「フォールに行って、何をするつもりなのだ」
ラス兄様が、背景に暗雲をただよわせながら言った。似合うけどやめてほしい。
「向こうには癒しの魔術を使える人間が少ないそうですので、治療院で働こうかと」
私程度の魔力の持ち主は、王都には掃いて捨てるほどいるが、田舎にいけば話は別である。
魔力があるというだけで重宝されるのだ。
「贅沢はできませんが、私一人ならなんとか食べていけるくらい、稼げそうですわ」
実はもう、フォール地方に一軒だけある治療院に問い合わせ、就職後の給与や待遇について、詳しく調べ上げてある。
新しい癒しの魔術師が来る!と向こうは大喜びしてくれていた。ありがたい話である。
「……我が家が貧乏だから、フォールに行って働くということか?」
お兄様が、地を這うような低い声で聞いた。
ミルが怯えるのでやめてほしい。
「いや、貧乏って……、まあ貧乏ですけど。私はバカですから、お兄様のように飛び級もできず学費がかかってしまいましたし、玉の輿にのって実家にお金を入れることも無理そうですので、せめて迷惑がかからないようにと」
「迷惑だと!?」
くわっと目をむいたラス兄様の形相に、私とミルは手を取り合って悲鳴を上げた。
「ももも申し訳ございません!」
「お、お兄さま、僕からも謝りますごめんなさい!」
私たち二人の謝罪に、お兄様がふう、とため息をついた。
ただ息を吐いただけなのに、妙に色っぽいというか、退廃的耽美的な空気がお兄様の周囲にただようのは何故なんだ。
さっきまで怯えていたメイドまで、頬を赤らめてこっち見てるし。
「あの、お兄様……」
「なんだ」
「伯爵令嬢が平民に交じって働くなど、デズモンド家にとって醜聞になるということでしたら、籍を抜いていただいても……」
「きさま!」
お兄様が椅子から立ち上がった。
「ちょ、お兄様、まだお食事の途中です!」
「だから何だ!」
お兄様はテーブルをまわり、私の横に立った。
「お、おに、おに……」
「鬼だと?」
誤解ですー!!
ラス兄様はテーブルに手をつき、ぐいっと私に顔を近づけた。
「おお落ち着いて、ラス兄様、どうどう」
「わたしは馬ではない」
ラス兄様の射抜くような眼差しに、私は震え上がった。
「鬼だの馬だの、きさまは一体、わたしを何だと思っている」
吐き捨てるようにお兄様が言った。
「お兄さ……」
「挙句の果てには、籍を抜けだと? ハッ!」
お兄様は嘲るように笑い、私の顎をつかんだ。
私を見るお兄様の目が据わっている。
こ、こわい。
いつも怖いけど、いつもの十倍くらい怖い。
「これだけは言っておく。きさまをデズモンド家の籍から抜くなど、天地がひっくり返ってもありえぬ話だ。そのようなたわ言、二度と口にするな。もし口にしたら……」
「しませんしません」
お兄様は、私の目を見つめながら、ひと言ひと言、刻みつけるように言った。
「いいか、誓ってきさまを監禁してやる。手足を縛ってでも、わたしの魔力すべてを使ってでも、おまえを離しはせぬ。死んでも無駄だ。氷漬けにして、一生わたしの傍に置く」
ヒィイイイ! なんという堂々とした犯罪宣言!
「わかったか?」
「めちゃくちゃよくわかりました!」
怖いよ怖いよ、助けておまわりさん!
怯える私に、なぜかお兄様が傷ついた表情をした。
いや傷つくの私のほうでしょ!?




